出発
「シナ!」
ユナは思わず叫んだ。
護送車へ向かっていたシナが足を止め、小さく首を傾げる。
「あの時……助けてくれたのって、シナなんだよね?」
シナは数秒沈黙した。
ユナの言葉の意味を確認するように思考し、やがて静かに答える。
「はい」
言葉足らず、分かっている。
だが、二人には十分だった。
溢れそうになる涙をぐっと堪える。
泣くのはまだ後だ。
今は違う。
ユナは拳を握りしめた。
「なら、次は私の番だね!」
シナの光学センサーが静かに明滅する。
「お待ちしております」
その言葉を最後に、シナは護送車へ乗り込んだ。
重い扉が閉じられる。
その少し離れた場所では、相馬と久我が向き合っていた。
「久我」
相馬が呼びかける。
「丁重に扱え」
久我はわずかに肩をすくめた。
「分かってますよ」
どこかふてくされたような声だった。
相馬は久我を真っ直ぐ見据える。
「お前も分かっているとは思うが、この件はただの大量殺人なんかで片付く問題じゃないぞ」
久我は答えない。
少しだけ考えるような表情を見せた。
相馬は続ける。
「自分を見失うなよ」
それだけ言うと、返事も待たずに背を向けた。
やがて護送車がゆっくりと動き出す。
シナを乗せた車両は、皆の視線を受けながらオリジンの敷地を抜けていく。
その姿が見えなくなるまで、ユナは目を離せなかった。
「ユナ」
戻ってきた相馬が声をかける。
「支度しろ」
「はい!」
「やることは山ほどある」
そして少しだけ表情を引き締めた。
「シナを取り返したいなら、死に物狂いでついてこい」
ユナは唇を強く噛みしめた。
足の傷はまだ痛む。
全身も重い。
だが不思議と嫌ではなかった。
むしろ、その痛みすら前へ進む理由になる気がした。
シナを助ける。
今のユナには、それだけで十分だった。
研究室
研究室へ戻ると、フリットはモニターに向かったまま、凄まじい勢いでキーボードを叩いていた。
「フリット、いるか?」
相馬が声を掛ける。
「はいはい、ここにいますよー」
軽い返事が返ってくるが、視線は一度も画面から離れなかった。
相馬とユナはそのままフリットの後ろへ回り込む。
「何かわかったか?」
その問いに、フリットの指が止まった。
「それが……」
「わからないことだらけです」
画面には、シナの解析結果が映し出されていた。
「まず、シナの製造元と製造者ですが……不明です」
ユナが思わず首を傾げた。
「不明?」
「はい。本来なら軍用機であろうと民間機であろうと、製造番号や設計責任者、製造工場など、必ず何らかの履歴が残っています。」
フリットは画面を操作する。
そこには『該当データなし』の文字が並んでいた。
「しかしシナには、そのどれも存在しません。」
「データが消された……ってことか?」
相馬が尋ねる。
フリットは首を横に振った。
「いえ。それなら痕跡が残るはずです。」
「これは……最初から登録されていない可能性があります。」
研究室が静まり返る。
「つまり」
「シナは、誰が、いつ、どこで作ったのか、一切わからないんです。」
相馬の表情が曇る。
しかしフリットはすぐに言葉を続けた。
「ですが、逆算ならできます。」
「逆算?」
「はい。」
フリットは解析画面を拡大する。
「これほどの性能を持つ機体を、一般企業や町工場が製造したとは考えにくい。」
「候補は限られます。」
「国家規模の研究施設か……」
「あるいは、ユニティ級の技術力を持つ組織です。」
相馬は腕を組んだ。
「どうしても、その可能性が出てくるか……」
「ええ。ただ、一つだけ説明できない点があります。」
フリットの表情が真剣になる。
「シナはユニティの制御下にありません。」
「もし、ユニティ製の機体なら遠隔制御や認証システムが存在するはずです。」
「ですがシナには、その痕跡が見当たりません。」
「つまり、ユニティ製とも言い切れない……」
「そういうことです。」
決定的な証拠はない。
この場で結論を出すことはできなかった。
その時だった。
「でもさ……」
ユナがぽつりと口を開く。
二人の視線が自然と集まる。
「真人さんのお父さんって、すごい研究者なんだよね?」
フリットが頷く
「うまく言えないんだけど……」
「あの時のお父さん、シナを見た瞬間だけ表情が変わった気がしたの。」
「ただのロボットを見る目じゃなくて……」
「もっと、大事なものを見るみたいな。」
少しだけ考え込むように視線を泳がせる。
「だから、シナを作ったのって、真人さんのお父さんだったりしないのかな?」
相馬とフリットが同時に目を丸くする。
数秒。
沈黙。
そして勢いよく立ち上がる。
「その発想はありませんでした!」
フリットは解析画面を見つめながら続けた。
「まず、シナの記録媒体には真人さんの観察記録が保存されています。」
「そして、いつ作られた機体なのかは不明ですが、人格モデルにはAI戦争後期の旧世代モデルが使用されています。」
「旧世代の人格モデル。」
「真人さんの観察を目的とした設計。」
「そして、もし設計・開発者が神代久喜先生だったと仮定すれば……」
フリットはゆっくりと振り返る。
「今ある情報は、ほとんど矛盾なく説明できます。」
少しだけ表情を曇らせた。
「ですが、あくまで推論です。」
「確定するには、まだ決定的な根拠が足りません。」
相馬は静かに頷いた。
「……そうか。」
「ありがとう。」
そう言ってユナの肩をぽんと叩く。
「よくやった。」
その一言だけで、ユナの表情がぱっと明るくなった。
相馬は二人を見渡す。
「とりあえず、俺たちはレガシーへ向かう。」
「ユニティじゃないんですか?」
ユナが尋ねる。
「相手は警察みたいなものだ。」
「真正面からぶつかっても勝ち目はない。」
ユナは小さく頷いた。
「それに向こうには久我もいる。」
「だから、まず情報収集から始める。その為のレガシーだ。」
「それで、真人さんを襲ってたレガシーを...」
その時だった。
「……あ。」
ユナが何かを思い出したように顔を上げる。
「どうした?」
「私を襲った三機のレンジャーです!」
「シーカーをレガシーへ連れて行くって言ってました!」
研究室が静まり返る。
相馬はユナを見つめたまま、しばらく黙り込んだ。
視線は合っているはずなのに、その目はどこか遠くを見ているようだった。
「……前言撤回だ。」
「そんなぁ……」
ユナが肩を落とす。
相馬は小さく笑った。
「だが目的は変わらん。」
「レガシーは手掛かりになった。」
「俺たちはレガシーへ向かう。」
フリットは真剣な表情で二人を見送る。
「気をつけてください。」
「今のレガシーは、過激派の活動が活発になっています。」
相馬は短く頷いた。
ユニティ本部
「久我、戻ったか。」
低く響く声に、久我は足を止めた。
振り向くと、大柄な男が腕を組んで立っている。
ユニティ東方方面特殊機動隊隊長。
真壁・グラント・修司。
「戻りました、真壁隊長。」
久我は姿勢を正し、敬礼する。
「例のブツは回収できたのか?」
「はい。」
久我が一歩横へずれる。
その後ろから、シナが静かに姿を現した。
「ほぅ……。」
真壁はゆっくりとシナへ近づく。
「随分と小さい機体だな。」
そう呟くと、シナの脇へ手を置いた。
軽く持ち上げる。
「軽い……。」
装甲を指先で軽く叩く。
乾いた音が廊下へ響いた。
「見たことのない素材だ。」
興味深そうに眺めていると、久我が一歩前へ出る。
「隊長。」
「証拠品です。乱暴な扱いは控えてください。」
真壁は「ああ、すまん」と笑い、シナを静かに床へ降ろした。
「さて。」
久我はシナへ視線を向ける。
「これより記録媒体の確認を行います。」
「取り調べ室へ連れて行きます。」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「……いや、待て。」
真壁の表情が僅かに変わる。
「そいつは研究室へ連れて行け。」
「研究室……ですか?」
久我は思わず聞き返した。
「まずは記録媒体を確認するのでは?」
真壁は首を横に振る。
「記録媒体の解析は研究部の仕事だ。」
「俺たち現場が口を挟むことじゃない。」
「ですが、証拠品保管の手続きは——」
「上が済ませている。」
その一言で会話は終わった。
「とにかく急ぎだ。」
「研究室まで連れて行ってくれ。」
「……了解しました。」
久我は敬礼すると、シナへ向き直る。
「ついてこい。」
「了解しました。」
シナは短く答え、静かに歩き出した。
廊下を歩きながら、久我はちらりとシナを見る。
表情はない。
感情も分からない。
ただ、その赤いセンサーだけが真っ直ぐ前を見つめていた。
――相馬さんたちは、どうしてこの子をあそこまで守ろうとしたんだ。
何を記録しているんだ?
胸の奥に、小さな違和感だけが残ったまま、久我はシナを連れ、研究室へと歩みを進めた。
同時刻
オリジン正面口
「しっかり道具は揃えたか?」
相馬の確認に、ユナは勢いよく頷いた。
「はい!」
「レガシー本部までは少し距離がある。半日もあれば着くだろう。」
「結構かかるんですね。」
「十分近い方だ。」
相馬はそう言って歩き出す。
研究室で情報を整理した後、一行は旅支度のため一度解散となった。
情報収集とはいえ、これから始まるのは短い遠征ではない。
シナを取り戻すための、本当の意味での旅だった。
「ユナさーん!」
遠くから聞き慣れた声が響く。
振り返ると、箱を抱えたフリットがこちらへ駆け寄ってきていた。
「フリットさん!」
「よかったぁ、間に合いました。」
肩で息をしながら箱を差し出す。
「これ、渡そうと思ってたんです。」
箱の中に収まっていたのは、一機のシーカーだった。
「これって……もしかして。」
「倉庫に同型機が一機残っていたんです。」
フリットは少し照れくさそうに笑う。
「ユナさん、落ち込んでたじゃないですか。」
「なので、こっちで保管していたユナさんのシーカーの記録媒体だけ移植しました。」
「完全に元通りではありませんが、探索用としては問題なく動くはずです。」
「本当に!?」
ユナの表情が一気に明るくなる。
「早速、起動してみてください。」
ユナはそっとシーカーを両手で持ち上げた。
電源を入れる。
小さくランプが点滅する。
羽が微かに震えた。
数秒後。
電子音が鳴り、シーカーはふわりと宙へ浮かび上がった。
「おはようございます。」
聞き慣れた無機質な声。
「シーカー!」
ユナは思わず一歩踏み出す。
「あの時はごめん。本当に――」
「初期設定を開始します。」
「少々お待ちください。」
感情の入り込む余地もなく、シーカーは淡々と日付や言語設定を進めていく。
ユナはその様子を、どこか寂しそうに見つめている。
そして初期設定が終了する。
シーカーはユナへ向き直った。
「ユナ様、おはようございます。」
「お、おはよう、シーカー。」
返事はしたものの、その先の言葉が続かない。
少しだけ迷ってから、ユナは口を開いた。
「ねぇ、シーカー。」
「昨日のこと、覚えてる?」
「昨日は探索へ出ておりません。」
「最終記録は、一昨日の探索です。」
「ユナ様が迷子になった記録を最後に保存されています。」
静かな沈黙が流れる。
フリットが申し訳なさそうに口を開いた。
「こちらにある記録媒体は問題無いですが本体メモリは手元には無いので」
「昨日の記録は……残っていません。」
「そ、ですよね。」
ユナは引きつった笑顔を浮かべる。
あの時のことを聞くことも。
助けてくれたことを伝えることも。
謝ることもできなかった。
「……よし。」
ユナは小さく息を吸う。
「シーカー、スリープ。」
「了解しました。」
シーカーは静かに地面へ降り立ち、ランプの光を消した。
ユナはそれを丁寧に折り畳み、バッグへしまう。
そして、いつものように笑顔を作る。
「さて。」
「起動確認もできたし、出発しますか!」
からりとした声が、オリジンのロビーへ響き渡った。
出発 end...




