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【連載完結】王族との婚約を破棄した私は溺愛した伯爵様と一緒に辺境の地でゆっくりと過ごす事にしました  作者: 逆立ちハムスター


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帝都からの使者が、今度は「白旗」を掲げてヴェスペラの門を叩いた。

前回の「黄金鷲騎士団」の無様な敗北、そして我が領地の農夫(元・伝説の傭兵団)が放った威嚇射撃の噂は、瞬く間に皇帝陛下の耳に届いたらしい。


応接室で私の前に差し出されたのは、帝国の紋章が刻まれた重厚な親書だった。

かつては、この紋章を見るだけで動悸がし、背筋を伸ばさなければと強迫観念に駆られたものだけれど、今の私には「あら、少し上質な紙かしら」程度の感想しか浮かばない。


ヴァレリウス様は、私の隣で不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……アウレリア。この手紙、触れる必要はありません。内容に毒が仕込まれていないか、現在、我が領の鑑定士たちが第十二工程までの精密検査を行っていますから」


「ヴァレリウス様、皇帝陛下からの親書に毒を塗るような不敬な真似、いくらなんでもなさらないと思いますわ……」


「分かりませんよ。あの愚かな息子——クラウディウスにそそのかされた可能性もあります。……カト、鑑定が終わったら、私が素手で触れても安全だと証明してからアウレリアに渡せ」


「御意に、閣下」


ようやく私の手元に届いた親書には、驚くべき内容が記されていた。


『親愛なるアウレリア・テレンティア・ルフィヌス嬢。ならびにヴァレリウス・カッシウス・アルビヌス伯爵へ。

先日の我が息子の浅はかな振る舞い、および騎士団の不調法を深く詫びる。クラウディウスはすでに皇太子位を剥奪し、北方の修道院へ永久追放とした。また、ルキッラなる娘については、度重なる窃盗と虚偽の罪で地下牢にて謹慎させている。

つきましては、アウレリア嬢と伯爵の婚約を帝国を挙げて正式に認め、ここに祝福を贈りたい。どうか、これ以上の抗議(武力行使)は控えていただけないだろうか。帝国が崩壊する』


……最後の一文、もはや皇帝陛下というより、一人の怯えた老人からの悲鳴に聞こえるのは気のせいかしら。


「……というわけで、アウレリア。私たちは正式に、誰からも邪魔されない夫婦として認められました」


ヴァレリウス様は、手紙を読み終えた瞬間、先ほどまでの不機嫌さが嘘のように消え去り、蕩けるような甘い微笑みを浮かべた。


「嬉しいですわ、ヴァレリウス様。これでようやく、本当の意味でゆっくりとした生活が送れますのね」


「ええ。ですから、その『ゆっくり』とした生活の第一歩として——」


ヴァレリウス様は私の手を取り、うっとりと目を細めた。


「世界で最も美しく、最も贅を尽くした、歴史に永遠に刻まれる結婚式を挙げましょう。アウレリア、あなたの美しさを称えるためには、この惑星の資源すべてを使っても足りないくらいですが……まずはヴェスペラ全土を祝祭の光で埋め尽くす準備を始めました」


私の頭の中で、またしても「ゆっくり」という言葉がガラガラと崩れ落ちる音がした。


翌日から、ヴェスペラ領は「天変地異」に見舞われたかのような騒ぎになった。


まず、結婚式の衣装だ。

私が「落ち着いた、白いドレスがいいですわ」と伝えたところ、ヴァレリウス様は即座に大陸最高の魔導師百人を召喚した。


「アウレリア。このドレスは、ただの布ではありません。北極点にのみ降り注ぐ『純潔の月光』を魔導糸に変え、さらに東方の精霊の森に咲く『永遠の薔薇』の花弁を織り込んでいます。これを着れば、あなたは物理的に発光し、周囲のすべての生物はあなたの神々しさにひれ伏すことになるでしょう」


「……ヴァレリウス様。私、結婚式で発光したいとは言っていませんわ。あと、製作している魔導師の方々が、あまりの魔力消費にバタバタと倒れているのが窓から見えるのですけれど」


「光栄なことだと喜んでいましたよ。彼らは今、『女神の衣を編む聖人』として歴史に名を残せる喜びに震えています(※実際は過労による震え)」


次に式場である。

館の庭園にある小さな礼拝堂で十分だと言ったのに、翌朝には庭園の中央に「浮遊するクリスタルの大聖堂」が建設され始めていた。


「地上の礼拝堂では、あなたの足元に埃が舞うかもしれません。ですから、空中に浮かせることにしました。式の当日は、千羽の白鳥が聖歌を歌いながら空を舞い、雲の隙間から天使の梯子が降りてくる演出をギルドに発注してあります」


「白鳥に歌を教えるギルドなんて、この世にあるのですか……?」


さらに、披露宴の料理に至っては、もはや食材の範疇を越えていた。

「素朴な辺境の味がいい」という私のリクエストは、どう変換されたのか、以下のようなメニューに化けていた。


前菜。

伝説の火竜サラマンダーの卵を使った、世界で最も栄養価の高いオムレツ。

メイン。

海の底の古代遺跡で眠っていた、熟成千年の魔導魚のカルパッチョ。

デザート。

天界の果実と噂される、百年に一度しか実らない「星降る林檎」のタルト。


「ヴァレリウス様。これ、一口食べただけで寿命が五百年くらい延びて、人間を辞めてしまいそうなラインナップですわ……」


「いいえ、アウレリア。あなたには永遠の時を私と共に生きていただかなければなりません。そのためには、この程度の食事は最低限の基礎体力作りです」


ヴァレリウス様は、私の懸念を「愛の足りなさ」と勘違いしているのか、さらに過保護を加速させていく。

彼は今や、私が一歩歩くたびに、地面に最新のクッション魔法が自動発動するように領主館のすべての床を改造しようとしていた。


式の前夜。

あまりの過密スケジュール(という名の、ヴァレリウス様による「アウレリアを愛でる儀式」)に少し疲れた私は、夜風に当たろうとバルコニーに出た。


ヴェスペラの夜空は、帝都よりもずっと星が近い。

冷たく澄んだ空気が、私の火照った頬を優しく撫でる。


「……アウレリア」


背後から、低く、甘い声が聞こえた。

振り返ると、そこには豪華な装飾を脱ぎ捨て、シンプルな黒のシャツを纏ったヴァレリウス様が立っていた。

その瞳は、昼間の「暴走気味の溺愛」とは違う、静かで深い、海のような色をしていた。


「……疲れさせてしまいましたね。ごめんなさい」


彼は私の隣に立ち、夜空を見上げた。

その横顔は、帝国の守護者としての厳格さと、愛する女性を失うことを何よりも恐れる臆病さが同居しているように見えた。


「私は、臆病なのです。……あなたがかつて、あの金色の鳥籠の中で、どれほど独りで耐えてきたかを知っているから。……私の元へ来てくれたことが、今でも奇跡のように思えて、何かをしていないと、贅を尽くしてあなたを繋ぎ止めていないと、朝起きたらあなたが消えてしまうのではないかと……そう思ってしまうのです」


大きな、戦うための手が、私の小さな手を包み込む。

その手が、わずかに震えていることに私は気づいた。

帝国最強の男が、私という一人の女性を前に、これほどまでに脆く、愛を乞うている。


私は、彼の胸にそっと顔を寄せた。

トクトクと、力強く、けれど少しだけ速い鼓動が伝わってくる。


「ヴァレリウス様。……私は、どこにも行きませんわ。あなたが用意してくださる月の光のドレスも、空飛ぶ聖堂も、とても嬉しいです。……けれど、私が本当に欲しかったのは、そんな豪華なものではないのです」


私は顔を上げ、彼の銀色の瞳を見つめた。


「あなたが隣にいて、一緒に朝食を食べて、羊の世話をして笑い合う。……そんな、明日が来るのが当たり前だと思える毎日。それが、私にとっての『贅沢』なのです。……だから、そんなに怖がらないでくださいませ。私は、あなたのことが大好きなのですから」


ヴァレリウス様は、目を見開いた。

そして、今にも泣き出しそうな、それでいてこの世のすべてを手に入れたような顔で、私を強く、壊さないように抱きしめた。


「……ああ。……アウレリア。私は……私は、一生をかけてあなたに報います。あなたの言う『ゆっくり』が、どんなものか、これからも学ばせてください。……愛しています。宇宙が滅び、星が尽き果てたとしても、あなただけを愛し抜くと誓います」


静かな夜のしじまの中で、私たちは初めて、虚飾のない、深い口付けを交わした。

それは、月の光よりも温かく、どんな魔法の薬よりも私を癒やす、最高の安らぎだった。


そして迎えた、結婚式当日。


結局、ドレスは「発光」を抑えめにした(それでも周囲の景色が霞むほど美しかったけれど)、ヴァレリウス様のこだわりが詰まったものになった。

空飛ぶ聖堂には、皇帝陛下をはじめ、近隣諸国の王たちが「ここで参列しなければ国が滅ぼされる」という危機感から、全員が引きつった笑顔で列席していた。


式の最中、ヴァレリウス様は私の指に、巨大な宝石——ではなく、この地の山脈で見つかったという、透明度の高い「ヴェスペラの涙」と呼ばれる伝説の石をはめてくれた。


「アウレリア。これからの毎日は、すべてあなたのものです。……さあ、披露宴の後は、あなたが望んでいた『羊のブラッシング』を一緒に行いましょう。……もちろん、羊には一頭につき三人の護衛を付けましたが」


「……そこは、やっぱり譲ってくださらないのですね」


私は苦笑いしながら、夫となった彼の腕に寄り添った。

辺境の地で、溺愛された伯爵様と過ごす「ゆっくり」とした生活。


それは、一般的な意味での「ゆっくり」とは少し……いえ、かなり違うものになるかもしれないけれど。

この愛の重さごと抱きしめて、私は最高の幸せを紡いでいこう。


そう、新種の小麦が黄金色に輝く、この愛しきヴェスペラの地で。

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