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飛竜王史 ―竜人の少女兵が空を駆ける ―  作者: 角松


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#4 フロム・ザ・スカイ

「竜騎士? はは、私はそんな立派なものではないよ」


 レインは小屋の外に置いた樽から水を飲み、ククッと笑った。


「私は()()の背中を借りていただけだよ」

「彼女……」


 陽の光を反射し、白銀に輝く飛竜。

 翼が気になるのか、翼を上げ下げして具合を確かめているようだ。

 その背にはまるでコックピットのような鞍が付けられていた。ガラス製のカバーで前面が覆われており、飛行中の風からパイロットを守っているようだ。

 飛竜の口にはめられたハミからは、茶色の皮で出来た手綱が伸びている。

 ソラはその美しき飛竜から目を離すことが出来なかった。


「どうだ? 小屋の方は」


 ブランドが飛竜を見上げながらレインに声をかける。


「ああ、電気と水道が通っていない以外はとてもいい」

「ガハハハハ! 町はずれだからな、我慢しろ」

「冗談だよ」


 言葉を交わし、笑い合う二人にソラは視線を移す。

 体格も真逆で性格も違いそうな二人。


 ──旧友、古き友か。


 ソラからの視線に気づいたブランドが、レインの肩に手を回して誇らしげな顔をする。


「レインはな、ここの出身で俺と母さんの幼なじみだ。町一番の秀才だったんだぞ」

「おいおい……いつの話だよ」

「10年ぶりだからな。ソラが生まれた時も紙おむつも送ってくれなかったよな?」

「悪かったって……。ちゃんと電報は送ったんだから許してくれよ」


 ブランドの丸太のような腕を二度三度叩き、レインは降参のポーズをとる。


「で、いつまでいれるんだ」

「どうだろうな。彼女次第だが……」


 そう言うとレインは飛竜の傍に寄り、翼を優しくなでる。

 ソラがこの世界に生まれ落ちてから初めて目の当たりにする光景だった。


「どうだい? 撫でてみるかい?」

「え?」


 まるで馬にでも触れさせてあげると言わんばかりに軽いレインの言葉に、ソラの目が丸くなる。


「で、でも」


 ソラがブランドをチラリと見ると、彼は面白いと言わんばかりにウインクで答えた。

 彼がパイロットだった時代に乗っていた戦闘機と同程度のサイズ。

 動物園の象ですら怖かったのだから竜なんてもってのほかだ。

 それでも──竜に触れられる。

 憧れが勝ったソラは、足の震えを手で無理やり止めて一歩一歩近づく。


「さぁ、こっちに」


 レインに促され、そろりと傍に近づく。

 飛竜の傍まで来ると、ひんやりとした冷気が漂ってくることに気づいた。

 レインは言葉を発さずソラの手を取って静かに飛竜へと導く。

 自分が映り込むほどにキレイな鱗に触れてみる。

 その氷に触れるような冷たさにピクリと指先が跳ねる。


「冷たくて、綺麗」

「彼女は白竜種だ。氷の魔法を使えるからね」

「白竜……」


 初代ウェルディリア王が見たという銀翼の竜も、こんな感じだったのだろうか。

 呼吸のたびに上下する白銀の生き物を撫でていたその時だった。

 ソラの手のひらから淡く黄色い”色”がにじみ出たかと思うと、飛竜の体に吸い込まれていった。

 すると、飛竜の体が大きく跳ねてその長い首がぐるりと回り、その美しい金色の瞳がソラを捉えた。

 と同時にレインがソラの体が浮くほどの力で引っ張り、覆いかぶさった。

 背中を強く打ち、音にならない声を上げるソラ。

 一瞬の出来事、何があったのかソラは理解が追い付かなかった。

 いつの間にかブランドもソラを守るように飛竜との間に立っていた。

 が、何も起こらなかった。

 飛竜から暴れる気配が無いことに気付いたレインはソラを起こす。

 背中をさすりながら起き上がるソラに飛竜が静かに顔を近づける。


「わ、わぁ……!」


 飛竜の鼻先がソラをくすぐるように押し付けられる。

 ()()なりに優しく摺り寄せただけだろうが、それでもソラの体が浮くほどの勢いだった。

 その頭を恐る恐るなでると、飛竜の喉からクルル、と音が鳴った。

 その様子を見ていたレインは「将来有望だな」とブランドを肘で小突いた。


 そこからは毎週土曜日の昼は()()の授業になった。

 学校が無い休日、ブランドの仕事もない休日。

 バイクの背に乗って竜の巣盆地に向かう時間は何よりも楽しみだった。

 ブランドも初めのうちは息子の好奇心に喜び、送迎を買って出ていた。

 しかしそれも最初の2~3回までだ。

 盆地に着けばソラはブランドそっちのけでレインへの質問攻めを始める。

 神の使いでも竜騎士でもなく、レインは竜学者だった。

 竜の生態についての研究。それはTVもスマホもない時代にソラが最も興味のある話題だ。


「飛竜は地竜や海竜と違って雌しかいない」

「何故なんですか?」

「正直に言えば分からない。だが、マザードラゴンに関係することは確かだな」

「レイン……さんはマザードラゴンを見たことは?」

「ないな。以前『ドラゴン・ラン』へ調査に行ったが、北方山脈には若い飛竜がわんさかいてね。近寄ることも難しかった」


 丸太の束を椅子にして、レインは教師役を嫌な顔一つせず演じてくれた。

 付き合わせられたブランドは退屈そうにアクビをかみ殺す。


「生まれてから50年ほどは北方山脈で生活して、その後大陸中に散らばって住処を見つける」

「あの子も?」

「そうだ、彼女は北方山脈で見つけた」


 小高い丘の上で丸まって眠る飛竜をその場の全員が見つめる。


「見た通り、目立つだろ? 普通は見失うんだが、彼女は陽の光に当たるとキラキラとね」

「追いかけたの?」

「そしたら故郷の真横だったって?」


 レインとソラの授業を片耳で聞いていたブランドが呆れたように笑う。


「なんだよ、あの子の行き先次第ではまた10年会えなかったかもしれないって言うのか?」

「驚きだろ? 彼女は故郷からあまり離れたくなかったのかもしれないな」


「まったく、学者っていうのは……」とブランドは呟いて肩をすくめた。

 飛竜に関する調査は長年進展がなかった。

 その凶暴性から調査対象にするには難易度が高かったせいだ。

 だが車両やバイク、気球艦の登場が世界を変えた。


「飛竜は大陸中に散らばるが、どうやってだと思う?」

「飛んでるから?」


「それも正解だ」律儀に手を上げて答えるソラにレインが片眉を上げて答える。


「だが、一日で飛べる距離も限られている。ただ飛ぶだけであれば彼女のように近くで暮らす飛竜が多いはずだ。しかし実際は散らばるように生息している。それが何故か」


 レインの人差し指が上空に向けられる。


()()だ」


 以前から世界の不思議の一つであった『アストロモフ≒金璃問題』。

 北方山脈固有種と思われていたアストロモフという花、それが大陸東部を隔てるように並ぶ大鳳山脈の内の一座、「寧山」でも発見された、というものだ。

 東部の学者たちからは黄色い花びらと希少性から「金璃」と呼ばれていた。

 昨年まで別の種で認識されていたが、大陸中央で行われた研究会で同じ植生が注目された。


「世間からは学者が実験で植えただのブーツに種が付いていただのと散々な言われようだった」

「学者は変わり者が多いからな!」


 茶化すようなブランドにソラから睨みの目が向けられる。

 ブランドはバツが悪そうに「で、それが関係あるのか?」とレインに質問することで話を戻した。

 そんな二人を交互に見て噴き出すようにレインが笑った。


「親子だな」

「そりゃそうさ。髪の色は俺で、瞳の色はアナ譲りだぞ」

「もう、そんなことはいいから!」


 手を上げて降参の意を表すと、レインが話を続けた。


「『危険空域』をソラは知っているかい?」

「雲より上、身を隠す場所がなく、飛竜の標的にされる空域、ですよね」


 感心するレインになぜかブランドが得意げな顔だ。


「そう。ある日、天候調査用の気球艦が風に煽られてその危険空域に意図せず入ってしまった」


 ソラはあの時の死の光景が頭をよぎった。


「そしてそこでとある気流に乗ってしまい、西へ二つ隣の国へあっという間に流れ着いた。気球艦に乗っていた学者によってその気流は『エアライン』と名付けられた」

「エアライン……」

「その風に乗って飛竜や植物の種は大陸中に散らばっていく、というわけだ」


 エアライン、大陸を巡る風の道。

 この大陸の生態はこの気流によって生まれているといっても過言ではない、真面目な顔でレインが言う。


「飛竜の巡航速度は100km、最高速度は時速約160km。そしてこのエアラインは風速85m/s、時速は約306kmと言われている」


 大陸全土を血流のように駆け巡る気流の存在。

 その価値、恐ろしさに気付いたような反応を見せたソラにレインが鋭い視線を飛ばす。


「この意味が分かるのかい?」

「圧倒的な戦略価値……」

「まいったな。君は本当に12歳かい?」


 二人のやり取りを聞いていたブランドの頭の上にはハテナが浮かんでいる。

 最高時速115kmの気球艦しか空を飛ぶ手段のないこの世界でその速度が表す意味。

 エアラインを抑えることが、この大陸の覇者となる。

 ソラの肌に波打つように鳥肌が立った。飛竜の存在により、制空権の重要性に辿り着いていないこの時代で、その計り知れない価値に気付いた。


「いま空は飛竜の支配下だ。だったら、その飛竜の背に乗れたら?」

「行ったんですか?」


 ソラからの問いにレインは言葉では無く、首を横に振ることで答えた。


「空には数えきれないほどの飛竜が存在している。無事に辿り着くのは難しいだろう」


 あの広い空を縦横無尽に飛び回る飛竜の群れ。


 ──しまった。


 頭の中に光景が浮かぶ。と同時に手足の震えがソラを襲った。

 圧倒的高度、圧倒的無、死が確定した空間。

 恐怖に頭が塗りつぶされていく感覚。

 この状態になってしまった時の対処法は編み出している。

 まずは心を閉じて感情を遮断し、大地を掴むように足を地面につなげる。

 そして目を閉じ、暗く光も通さない殻に閉じこもるようなイメージを頭の中で思い浮かべる。

 その傍でブランドはソラの腕をさすり続ける。

 この12年、何度も経験してきた。

 慣れというには残酷な親子の光景を、レインは静かに見守った。

 暗闇の中、ソラが感じるのは確かな地面の感触だけだった。

 静かな自分だけの時間。しかし、唯一のつながりであった地面から今までにない振動を感じた。

 世界に引き戻されたソラの前には、どこか心配そうに喉を鳴らした飛竜の頭があった。

 ソラはふと差し出されたその頭を優しく撫でる。


 ──冷たくて、気持ちいいな。


「飛竜に心配されるなんて……罪な男だね」


 どこか羨ましげにつぶやくレインの肩に、ブランドの大きな手が励ますように置かれる。


「ブランド、君が問題なければ……」

「……」


 飛竜とソラ、二人の姿を見つめたあと、ブランドが重く頷いた。


「あの子のためになる」


 じゃれ合うソラと飛竜の傍に座ったレインが、語り掛けるようにソラへ声をかけた。


「ソラ、今私は助手を探していてね。君さえ良ければ……」


 唯一好きだった空を嫌いになり、居場所がないと思っていた。

 そんな自分が変わるきっかけになる、そうソラは感じた。

 しかしこの世界では自分は12歳の子どもだ。

 チラリとブランドの顔色を窺うと、日に焼けたごつごつとした顔には笑顔が張り付いていた。

 しかしその体にまとった色は、少し寂しげな、青と緑の混じった複雑な色だった。


 ──父も、こんな色だったのかな。


 似ていないはずのブランドと、父親の姿が重なって見えた。

 心の決まったソラが、ブランドへ真剣な眼差しを向ける。


()()()。ぼく、ここで学びたい……!」


 この12年、ブランドを本当の父親と思えた日はあまりなかった。

 しかし今、この瞬間、初めて父親と向き合った気がした。

 普段は誤魔化すように茶化すブランドも、そのソラの眼差しに応えるように真剣な表情で応える。


「おう! レインなら安心だ。母さんには俺から言っておこう」


 そう言うとブランドはソラに背を向けて「へへ」と鼻をすすった。

 ソラは飛竜に再び触れる。


 ──この子は俺の救世主だな。


 喉から鳴る甘えるような音が心地いい。

 彼女のために努力しよう、そうソラは心に決めた。

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