#2 ライク ファーザー アンド サン
時が経つのは早い。
ソラという名でフィラメン家に生を得てから12年。
この12年の間に戦争が一度起こった。
そしてその戦争は世界の技術を一変させ、ツリーモアという小さな町の姿を変えていくこととなった。
家を照らすランプが電灯へと変わり、馬車の走っていた道を今は機関車が煤をまき散らしながら走っている。
町の大通りでは馬車や車両が行き交い、上空では気球艦が黒い煙を上げて泳ぐように飛んでいる。
転生前はAIまでの進歩を経験してきたソラだったが、目の前で起こる技術的進歩には驚かされるばかりだった。
しかし、元の世界とは圧倒的に違うものが存在した。
──するどい牙だ。
町の中心を割るように走る大通りで、それに遭遇した。
緑色の鱗に覆われた巨体。
足が地面に付けばその振動が小さいソラの体を揺らす。
口の端からは鋭い牙がのぞいている。
一見すると巨大な亀にも思えるが、それに甲羅はなく、ごつごつとした皮膚に鋭い突起が無数に生えていた。
──竜…。
それは『地竜』と呼ばれるものだった。
おとぎ話のキャラクターではなく、いま目の前でその巨大な四肢を動かし闊歩している。
心の中で『大王』と名付けているその地竜は、ただ大通りを目的もなく歩く。
「なんだ、ここにいたのか!」
大きな影がソラの全身を覆ったかと思うと、今度は『大王』の目線にまで上がるほどの高さへ抱えられる。
「……父さん、やめてよ!」
転生前は確かに二十歳を越えた立派な青年だったソラも、ここでは8歳の小さな少年。
父親に抱きかかえられる恥ずかしさもあるが、何より空に近い。
8年の時はソラの心を癒すには足りなかった。
ソラが抱っこやおんぶを異常に嫌がることを知っているブランドは苦笑しながらソラを静かに地面に降ろす。
「また地竜を見てたのか」
「……うん」
この世界には3種の竜がいる。
学校の授業、ブランド、アナから同じことを教わった。
『地竜』、『海竜』、そして『飛竜』だ。
この生まれ落ちた新しい世界の歴史を学ぶことはソラにとって心躍る時間だった。
地竜は大人しく、人類との共存を選んだ。
海竜は人類に干渉しないことを選んだ。
飛竜だけが特殊だった。
『空の王者』とも呼ばれる飛竜は人類の敵でもあり、友でもあった。
知能が高く好戦的、飛竜に遭遇したら逃げろ、そう先生には教えられた。
恐れ、敬われる存在、飛竜。
このツリーモアも属するウェルディリア王国は竜を信仰の対象とした。
『銀翼信仰』。
初代のウェルディリア王が見た銀翼の竜が決戦を勝利に導いた、そんな神話が元になっている。
以前の世界であれば本当に神話扱いしていた物語も、この世界では真実にも思える。
竜には特別な能力も備わっている、そう学校の先生は熱弁していた。
100年生きた竜は『竜人化』という現象が起きて見た目が人間に近い存在になるものもいる、らしい。
──とある国では竜人初の官僚が生まれたんだよ。
そんな話を教室でただ一人真剣に聞いていたのはソラだった。
いつか竜人と出会う時がくるのだろうか。
まぁこんな北方山脈に近い辺境で出会うことはまずないだろうが。
そんなソラには何十年とこの町で生きる大王を見ることが唯一の楽しみだった。
父親とはいえその時間を邪魔したブランドへの怒りでそっけない返事をしてしまう。
「おいおいそう拗ねるな」
ソラが生まれた時、ブランドは材木業を営んでいた。いわゆる木こりだ。
そんなブランドも時代の移り変わりを経て、ツリーモア近郊にできた炭鉱で働きだした。
今や現場監督として、町のリーダー的な存在となっていた。
町中では知らない者はいない、ちょっとした有名人。
そしてその息子のソラへも期待の目が向けられる。
しかし、ソラはブランドには似なかった。
高いところが苦手でいつも下を向いている。
しかし、ただ有名人の息子で、空が苦手なだけでそうなったわけではなかった。
違和感は数年前、同い年の男の子と出会った時だった。
ブランドに憧れていたその男の子は、ソラへ明確に敵意を持っていた。
その子の周りには暗い、影のようなものが渦巻いていて、それはソラにだけ見えるものだった。
その生きた黒煙はソラの頭の中へ染みこむように入ってくる。
モヤに包まれたソラは払いのけようとするが、スルリと手をすり抜けていく。
──……えろ、消えろ……ブランドさんは僕のものだ……消えろ……消えろ!!!
そのモヤの中から断片的でありながら明確な敵意がソラを刺した。
魔法、自らの意志とは関係のない未知なる力。
この世界では竜以外に魔法を使えるものはいない。
そう習っていた。
しかしソラには、ソラが望まない力が備わっていた。
その悪意から抜け出すために男の子を殴り飛ばした。
この小さな町で、奇異な目で見られるには十分な行動だった。
元から精神年齢だけが飛びぬけて高いソラは学校でも浮いた存在となった。
浮く分には特に問題はなかった。
学校という小さな社会、その外を知っていたソラにはそこまで大きい問題ではなかった。
しかし普通であれば見なければ済むはずのものが、形となって目の前に現れる。
自身へ向けられる好奇や悪意、様々な感情が無遠慮にぶつけられていく。
対処のしようがない現象は、ソラをさらに内向的にさせた。
そしていつしか感情を遮断させる術を覚えた。
スイッチのオン・オフ。
これが魔法なのかは分からないが、ソラは悪意を感じれば器用に切り替えを行うようになった。
靴を隠されようが、頭をはたかれようが気にならない。いや、気にしない。
しかしブランドは違った。
誰から聞いたのか、そのいじめっ子の家まで身一つで駆けていく。
炭鉱夫としてさらに膨れた筋肉を誇示するブランドには誰も敵わない。
ソラは誰にもいじめられなくなり、関わられなくなった。
アナは心配することはあっても、ソラが気にならないなら気にしないわ、と言って笑っていた。
そんなアナに、ソラは確かな血のつながりを感じた。
しかし父親らしさ、を体現するブランドとはあまり打ち解けられている気がしない。
静かな息子を前に戸惑いながらも、強き父を”演じる”彼。
その存在が自分のスイッチのオン・オフを乱されるように感じていたソラは、残酷なことを思う。
「さぁ、父さんと一緒に出掛けよう」
「う、どこに……?」
何度かキャンプにも連れていかれた。
ソラはその度訪れる妙な沈黙が苦手で、ほのかな拒否を匂わせた。
「安心しろ、キャンプじゃないぞ。面白いものを見せてやろう」
固い手のひらと炭で黒くなった爪、力強い手でブランドはソラの手を握った。
歩み寄ってくる姿勢を拒絶するほど子どもではない、ソラは半ばあきらめたようにその手を握り返した。
──航空祭にでも行くのかな。
今でも思い出すのは、本当の”父”の姿だった。




