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飛竜王史 ―竜人の少女兵が空を駆ける ―  作者: 角松


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2/6

#1 アンダー ザ グレート スカイ

 目覚めると、ぼんやりとした世界が目の前に広がっていた。

 上手く目が開けられていない、その視界の奥では恐らく人間であろう影が何人も右往左往している。

 つい数秒前までの落下体験、死が襲い掛かってくる恐怖。

 あの腹の底から湧き上がる怯えを思い出して彼は怖くなった。


「……おぎゃー! おぎゃー!」


 悲鳴を上げたつもりだったが、口から出たのは言葉にもなっていない泣き声だった。

 情けない声を聞かれることの恥ずかしさに悶えながら、叫びが止まることはなかった。

 5分10分経っただろうか、落ちついた彼は初めて見る女性の胸に抱かれていた。

 肩までの長さの金髪、整った顔立ち。

 その美しい女性は先ほどまで相当過酷な体験をしていたのだろう、汗に濡れた髪が額に張り付いていた。

 その西洋の女性は肩で息をしながら、深い愛情を持った瞳で彼を見つめていた。

 そして、その彼女の肩に手を回して豪快に笑う男性。

 栗色の髭を口の周りいっぱいに生やした男もまた、彼に向かって期待を持った眼差しを向けていた。

 彼は自身を取り囲む状況が理解できず、混乱していた。

 しかし、彼女の胸元で毛布に包まれ、その暖かさで先ほどまでの恐怖心は薄れていた。

 自衛官として常に鍛えてきた体が自慢の彼だが、そんな自分を軽々と抱くこの女性は何者だろうか?


「はは! アナ! 男の子だ! 頑張ったな」


 髭を蓄えたガタイの良い男が、彼を胸に抱く女性の額にキスをする。


「ええ、あなた。見て、髪はあなたの色で、瞳は私と同じ」


 アナと呼ばれた女性が彼を覗き込むと、彼もその瞳を見つめ返す。

 その瞳は吸い込まれそうな淡い青色だった。


「顔はどっちにも似ているな!」


 豪快に笑いながら男が彼の額にキスをする。

 口の周りに生えた短めの髭がくすぐったい。

 体を包む毛布から手を抜き出してその髭を払った。


 ──あれ?


 なんか手が小さい。まるで赤ん坊のような…。

 実は少し気付いていたが認めたくなかった。

 それでも、こうやって実際に目の当たりにしてしまうと…。

 う、うわああああ!! と叫んだはずが、


「おぎゃー!!」


 と変換される。


「ほれ、ブランド! 髭が痛いんだろうが!」

「ははは! ばあちゃん、見てみろ、でかい声泣き声だ。将来大物になるなぁ!」


 横からひょこりと現れたおばあさんが動物にやるように舌を鳴らして彼を覗き込む。

 どうやら、自分の両親はブランドとアナのようだ。そして自分は転生したことを悟った。


 ーーーーーー


 落ち着いた彼は開かない目を無理やり開けて周囲を観察する。

 木造建築の家、天井にはガス式のランタンがぶら下がっているが、今は窓から差し込む陽の光だけで十分なのか火は灯っていなかった。

 ブランドやアナをねぎらうためか来訪も多く、その多くは西洋人の顔つきで日本、アジア圏ではないことが分かる。

 服も所謂スーツやTシャツのようなものも見受けられるが、ハットや杖など今時見ないものを使っていて、どうやら彼の生きていた現代ではなさそうだ。

 とはいえランタンやコーヒー、新聞など見覚えのあるものも存在しており、異世界感という感じも特にない。

 しかしスーツを着ている来訪者の一人が開くその新聞には、見覚えのない文字が並んでいた。

 ヨーロッパあたりの過去の時間軸なのか。

 そして、あの時自分はやはり死んだのか……。


 ──師匠はどうなったかな。


 一機撃墜した情報は入っていたので、彼ならなんとかしただろう。

 不出来な部下で申し訳ありません、意味もなく、師匠へ向けて謝罪してしまう。

 今頃両親にも連絡がいっているだろうか。

 父親は取り乱すことはなさそうだ、ベランダで一人泣くような気はする。

 母親は……だから言ったのに、と怒られそうだ。

 曲がって自由に動かない関節を懸命に伸ばしながら、彼はそんなことを考える。

 彼の気持ちも知らず無遠慮に覗き込んでくる来訪者たちへ睨みの目を向けるが、皆ニコニコと笑みを返すのみだ。

 これからどうなるのか、現実の両親とは似ても似つかないこの二人の子どもとして、生きることになるのだろうか。


「さぁ、名前は? 何か考えてるんだろう?」


 スーツを着た男がコーヒーをすすりながらブランドに声をかける。


「そうさなぁ、実はまだ考えてないんだよ」

「おいおい……」

「近所のジャクリーンさんが女の子が生まれるよってあまりに言うもんだから。女の子の名前しか考えてなかったんだ」

「あら、私は男の子の名前も考えたら?って言ったのよ」

「おいアナ……」


 アナからの横槍にたじたじのブランドは少し考える仕草をするがすぐに頭を掻いた。

 次に彼の顔を真剣な形相で見つめ、脂汗をにじませながら唸るブランドだったがそれでも出てこなかった。


「うーん、もっと顔を良く見せてみろ」


 アナはクスクスと笑いながら「もう」と言って抱いていた彼を優しくブランドへ抱かせた。

 その巨体に恐怖してアナにしがみつくが赤子は無力、彼はなされるがままブランドへと抱かれる。

 ガサツな動きだったが、それでも精一杯優しく彼を抱き寄せる。

 ただやはり筋肉質、固い。

 子どもが自然と女性を好きになる理由が分かる。

 居心地の悪そうな彼の顔を見て笑いながらブランドは家の外に出た。

 陽の光がまぶしい、あまり目が開かないが瞼越しにも明るさを感じる。

 彼に陽が直接当たらないよう、ブランドが毛布をずらす。


「晴れたなぁ! 天気も祝福してくれているな」


 春に似た気候なのか、その暖かさと鳥の鳴き声が妙に心地いい。

 ブランドの無骨で太い腕の中で、


「お、見てみろ。飛竜だ」


 ん? 赤子ながら訝しむような声が出る。

 毛布から顔を出して薄く目を向けると、先ほどまで落下していた空が眼前に広がっていた。

 ──怖い怖い怖い……!

 恐怖心に支配された彼はまたもや情けない声で泣きめわく。


「はっは! 怖いか!」


 掲げるように彼を空へ向けるブランドに言いようもない怒りを覚えた彼だが、空に浮かぶ黒点に気づく。

 黒点からは二つの影が伸びて規則的に動いていた。

 泣き喚く彼に呼応するように、高く厚みのある鳴き声が響いた。


 ──ドラゴンだ……!


 いつの間にか空への恐怖心は消え、彼はその未知の生き物に心を奪われていた。

 飛竜を掴むように空へ手を伸ばす彼を見て、微笑むブランド。


「いいか、竜は神の使いだ。仲良くしていかなきゃならん。竜を守り、竜が護る。それが『銀翼信仰』だ。竜を守れば、必ずお前を守ってくれる」


 眼前に広がる青空、悠然と空を駆ける飛竜を見ながら、ブランドはある言葉を思い出す。


「……そうだ。東の国の商人が言っていた。この空のことを『ソラ』というらしい」


 聞き覚えのある言葉だ。


「うん、いいじゃないか。よし! お前はソラ・フィラメンだ!」


 少し前だったら喜んでいただろう。

 ただ、今はその名前に強烈な嫌悪感しかない。

 ソラはできうる限りの抵抗をした。

 泣き叫ぶ、手足をバタつかせる、よだれを垂らす……。

 アナの胸元に戻されるまで続けたが、名前を撤回させることは叶わなかった。


「素敵な響きね。ソラ……ソラ」


 アナはそう呟きながらソラの額にキスをする。

 ブランドと違って柔らかく、温かい唇。


 ──もう、何でもいいや。


 アナの腕の中でウトウトとしながら、ソラ・フィラメンはこの世界で生きることを認めた。

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