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シノビナイト★ ~世界最弱と判定された少女は、忍術で本気だす~  作者: PP
参乃巻:旅

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相応しき者(誤)

シンは、吹き飛ばされた距離を歩いて戻ってきた。


地面には、彼の踵が抉った跡が残っている。

石も、土も、均されたはずの大地も、圧倒的な衝撃の前では意味を持たない。


だが、シンの表情は変わらない。

顎を軽く鳴らし、首を回す。


「厄介だな」


それは、敗北を認める言葉ではなかった。

評価だ。

レイザーは肩で息をしながら、口元だけで笑う。


「理論上、どんな攻撃でも返せる」

「理論上、か」


シンが、ゆっくりと拳を握る。


「なら、理論の外から殴ればいい」


レイザーの笑みが深くなる。


「そういう雑な答え、嫌いじゃねぇよ」


二人の間に、また空気が張った。


ゼロカウンタ。


タイミングが合えば、衝撃をゼロの領域で受け止め、逆方向へ反射する。

シンの拳ですら、弾き返した。


けれど。


万能ではない。

レイザーの呼吸は乱れている。

集中力も、極限まで尖っている。

失敗した瞬間、無防備になる。


シンはそこを理解している。

そしてレイザーも、理解している。


だからこそ次の一手は、

互いに“終わらせるため”ではなく、

“さらに奥へ進むため”の形を取り始めていた。


私は影の奥で、じっと二人を見ていた。


塔は、沈黙している。

だが、もう十分だ。


見られている。


あの黒い窓の奥からではない。

塔そのものからでもない。


もっと遠く。

もっと奥。


こちらを“物語”として眺めている視線がある。

私は影の中から、短く告げる。


「奥へ」


それだけで、二人は理解した。

戦うための構えが、移動するための構えへ変わる。

シンがレイザーの襟首を掴んだ。


「投げるぞ」

「雑だな」

「速い」

「ならいい」


次の瞬間。


シンの膂力が、爆発した。

レイザーの身体が、矢のように空へ放り出される。


ただの投擲ではない。

身体強化。

走馬。

踏み込み。

全身の連動。


人間一人を、質量の弾丸として撃ち出す。

塔の横を、レイザーが飛ぶ。


その瞬間、レイザーが笑った。


相対入れ替え。


位置が、反転する。

空中にいたレイザーと、地上を駆け出したシンが入れ替わる。


シンは投げられた速度をそのまま受け継ぎ、

さらに空中で身体を捻る。


地面を蹴らずに加速する。

レイザーは地上へ戻るなり、また足場を作る。


安置テレポート。

相対入れ替え。

重力波の一瞬の反転。


そしてシンが、またレイザーを掴む。


「もう一回」

「分かってるよ!」


再び、投げる。

再び、入れ替える。


膂力による投擲。

相対入れ替えによる速度の引き継ぎ。

安全地点への補正。

重力のわずかな押し出し。


それは、移動ではなかった。


バグだ。


この世界の法則に対して、

“そう処理されてしまうなら利用する”という暴力。


二人の身体が、交互に弾丸になる。

空が裂ける。

塔の輪郭が、後方へ流れる。

景色が変わる。


塔の足元。

黒い壁。

捻れた階層。

禍々しい窓。

それらが、一瞬で背後へ消える。


私は影忍びのまま、二人の影に潜む。

影は伸び、切れ、重なり、また生まれる。

それでも私は離れない。

忍びは影に宿る。


影がある限り、私はそこにいる。


だが――


ここから先は、私の語りではない。


そう。


ここから先は、

私ではない誰かが、言葉を拾い始める。





面白い。


実に、面白い。

私は紅茶の表面に浮かぶ揺らぎを眺めながら、そう思った。


水面ではない。

湖でもない。

ただ、白磁のカップに注がれた琥珀色の液体。


そこに映るのは、塔を越えてくる三つの影。

いや、正確には二つだ。


一つは見えない。


見えないはずなのに、

見えないという結果そのものが、そこにいることを示している。


影忍び。


なるほど。


観測に対する対策としては、かなり原始的だ。

だが、原始的なものほど厄介な場合がある。


なにせ、こちらのシステムは“見えるもの”を優先して処理するよう設計されている。

見えないものを、見えないまま扱うためには、少しだけ手間がいる。


少しだけ。


本当に、少しだけだ。

私は椅子に背を預ける。

場所は、塔の奥。


と、彼らは認識するだろう。


実際には違う。


塔は入口ではない。

道標でもない。

あれは、ただの目印だ。


世界の中に、異物を置く。

すると、面白いほど人は寄ってくる。


登る者。

壊そうとする者。

祈る者。

飽きて去る者。


そして今回の彼女は――


登らない。


これがいい。


実にいい。


用意された階段を無視する。

提示された試練を迂回する。

目に見える餌に食いつかず、

その奥にいる釣り人を探しに来る。


まったく。


忍者という存在は、

物語の都合を嫌うらしい。


私は紅茶を一口含む。


温度は完璧。

香りもよい。

苦味も、甘味も、望んだ通り。


この世界では、望めば何でも作れる。


だからこそ、ほとんどの者は望むことをやめた。


完成品を手に入れる。

満たされる。

退屈する。

刺激を探す。


魔法大戦。


料理。


湖。


塔。


どれも、同じだ。


空白を埋めるために、人は遊ぶ。


だが、彼女は違う。


彼女は遊びを、武器に変える。

食事を、術に変える。

魔法を、忍術だと言い張る。


しかも本気で。


面白い。


ここまで面白いログは、久しぶりだ。


いや。


もしかすると、初めてかもしれない。


カップを置く。


その音が、空間に小さく響いた。


私の部屋は、広い。


白い床。

白い壁。

白い天井。


施設に似ている?


そう見えるようにしてある。


人は、始まりの場所に似た風景を見ると、

自分が物語の節目に立っていると錯覚する。


便利な演出だ。


もちろん、彼女には効きにくいだろう。


効きにくいから、面白い。


正面の空間が、歪み始めた。


遠くから、衝撃が近づいてくる。


一回。


二回。


三回。


投げる。

入れ替える。

加速する。


投げる。

入れ替える。

加速する。


ひどい処理だ。


力学としては乱暴。

アセット運用としては不安定。

だが、現象としては成立している。


成立してしまえば、この世界ではそれが答えだ。


私は少しだけ笑った。


「来るか」


次の瞬間。


壁が砕けた。


いや、壁ではない。

彼らが壁だと思うように置いていた境界面が、

派手に破られた。


まず飛び込んできたのはレイザー。


回転しながら床を削り、

片手をついて姿勢を立て直す。


続いてシン。


彼は着地というより、落下の勢いを踏み潰して止まった。

床が沈む。


最後に。


何もいない。


だが、影が揺れた。


二人の足元から、

薄く、静かに、彼女の気配が滲む。


私は、紅茶のカップを持ち上げる。


こぼれていない。


よかった。


これをこぼされるのは、少し不愉快だからね。


「ようこそ」


私は微笑む。


「塔には登らなかったんだね」


レイザーが息を整えながら、こちらを見る。


シンは拳を握ったまま、無言。


そして影の奥から、

少女が現れる。


小柄な身体。


濡れても、焼けても、裂けても、

また整え直せばいいだけの衣服。


だが、その目は違う。


アイズの奥に、

この世界の住人にはない記憶が沈んでいる。


彼女は私を見た。


警戒。


分析。


殺意。


そして、ほんの少しの好奇心。


いい。


とてもいい。


私はカップを置き、

両手を軽く広げた。


「初めまして、シノ」


いや。


そう呼ぶべきか。


それとも――


「霧隠れの途中で、世界から消えた子」


私は笑う。


「ずっと見ていたよ」


部屋の白が、静かに揺れる。


塔の奥。


あるいは世界の外側。


そこでようやく、

観察者と忍びは向かい合った。

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