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シノビナイト★ ~世界最弱と判定された少女は、忍術で本気だす~  作者: PP
四乃巻:管理者

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管理者との邂逅

「ずっと見ていたよ」


白い部屋に、その声だけがやけに綺麗に響いた。


管理者は、紅茶のカップを置いた。

音は小さい。

けれど、その一音だけで空間の温度が変わったように感じた。


レイザーは半身に構える。


シンは拳を握る。


私は、影から出た直後の姿勢のまま、管理者を見据えていた。


白い床。

白い壁。

白い天井。


施設に似ている。


けれど、違う。


ここは清潔な部屋ではない。

ここは、観察箱だ。


私たちは今、標本として置かれている。


管理者は柔らかく微笑んだ。


「そんなに警戒しなくてもいい。私は君たちを歓迎しているんだ」


「歓迎って顔じゃねぇな」


レイザーが低く吐く。


「そうかな?」


管理者は首を傾げた。


その仕草は人間のものに見えた。

けれど、呼吸の間がない。


瞬きの必然がない。


表情に、筋肉の遅れがない。


生き物に似せた何か。


この世界を動かす側の存在。


シンが一歩前へ出た。


「お前が、この世界の管理者か」


「その呼び方で構わないよ」


「なら聞く」


シンの声は静かだった。


「俺たちをここに呼んだ理由はなんだ」


管理者は楽しそうに目を細める。


「呼んだ?」


そして、こちらを見る。


「違うよ。来たのは君たちだ」


言葉と同時に、床が光った。


淡い緑の線。


アイズで見る魔造の線に似ている。

だが、密度が違う。


空間そのものに線が走る。


壁に。

床に。

天井に。

私たちの足元に。


世界が、罫線で区切られていく。


「せっかく来てくれたんだ。少し、確かめたい」


管理者は指を一本立てた。


「君たちがどこまで、この世界のルールを壊せるのか」


瞬間。


視界に表示が走った。


《領域規則:戦闘条件を再定義》

《使用可能術式:登録済みアセットに限定》

《未登録魔造:遮断》

《即興魔行:遮断》

《未保存構築:遮断》

《例外処理:無効》


「――っ」


私は反射的に袖へ手を入れる。


巻物。


開く。


文字はない。


いや、違う。


文字が浮かぶ前に、線が途切れた。


魔造が成立しない。


イメージが世界に触れない。


私は即座に呼吸を落とす。


水遁。


影縫い。


煙玉。


変わり身。


頭の中で術を組む。

いつものように、イメージを走らせる。


しかし、緑の線が現れた瞬間、空間の規則に噛み砕かれる。


術が、産声を上げる前に死ぬ。


管理者は嬉しそうに笑った。


「やはりね」


「君の忍術は、かなりバグに近い」


バグ。


その言葉に、私は眉を動かさない。


「アセット化されていない。保存されていない。手順を無視して、現象だけを押し通している。普通なら暴走する。普通なら自壊する。普通なら、そもそも成立しない」


管理者は、私を見る。


「けれど君は、それを“忍術”という物語で固定している」


物語。


言い方が気に入らない。


私にとって忍術は物語ではない。


術だ。


心得だ。


生きるための技だ。


「だから、こうする」


管理者が指を鳴らした。


《個体:シノ》

《使用可能アセット:該当なし》

《戦闘出力:大幅低下》


身体が軽くなる。


いや、違う。


軽いのではない。


支えにしていた世界の仕組みが、急に足元から抜け落ちた。


この世界で鍛えてきた忍術。

魔法を忍術と言い張り、即興で押し通してきた技の数々。


それらが、今。


まとめて封じられた。


レイザーが横目で私を見る。


「シノ?」


私は答えない。


答えないが、状況は分かる。


これは不利だ。


かなり。


シンが前に出る。


「つまり、お前はシノを弱らせたわけだ」


管理者は穏やかに頷いた。


「正確には、世界のルールに戻しただけだよ」


「そうか」


シンの拳に、黒い揺らぎがまとわりつく。


魔装グリッチ。


「なら、俺が殴る」


レイザーも笑った。


だが、その笑みは軽くない。


腰を落とし、片足を引き、手を開く。


ジョルトカウンタの構え。


「俺もいるぜ」


管理者は二人を見た。


「君たちはいいのかい?」


「何がだ」


レイザーが言う。


「彼女は今、この領域でほとんど戦えない。守るなら、君たちは彼女の分まで壊れることになる」


管理者の声は、優しい。


優しいからこそ、残酷だった。


「それに君たちは、別に彼女に所有されているわけじゃない。命令を受ける必要もない。忠誠を誓った覚えもない。自由な世界だ。逃げてもいい」


一瞬、沈黙が落ちた。


白い部屋の奥で、紅茶の香りだけが静かに漂う。


その沈黙を破ったのは、レイザーだった。


「逃げる?」


彼は、心底おかしそうに笑った。


「誰が?」


シンも続く。


「俺は、強い奴と戦うためについてきた」


そして、少しだけ間を置く。


「だが、それだけじゃない」


レイザーが私の前に立った。


シンも、反対側に立つ。


二人の背中が、私の視界を塞いだ。


湖で沈みかけた二人。

水を知らず、泳ぎを知らず、死の輪郭に触れた二人。

その二人を、私は見捨てなかった。


見捨てる理由はあった。


助ける義務はなかった。


それでも私は、二人を抱えて泳いだ。


人は一人より、二人。

二人より三人。


そう思ったからだ。


レイザーが言う。


「俺たちは」


シンが続ける。


「「シノのナイトだ」」


二人の声が重なる。


「必ず守る」


白い部屋が、わずかに静まり返った。


管理者は目を細める。


その表情に、初めてわずかな変化が生まれた。


喜び。


驚き。


興味。


「……なるほど」


管理者は、ゆっくり立ち上がった。


「シノビナイト、か」


その言葉を、管理者が口にした瞬間。


世界が震えた。


《全アセット参照:解放》

《汎用戦闘ライブラリ:接続》

《環境制御:許可》

《対個体圧制:開始》


管理者の背後に、無数の緑線が開いた。


剣。

槍。

盾。

雷。

氷。

炎。

毒。

風。

重力。

空間転移。

反射。

遮断。

強化。

分解。

再生。


この世界に存在する、あらゆるアセットの影。


いや、影ではない。


本物だ。


管理者は、それらを“持っている”のではない。


理解している。


理解しているから、扱える。


全アセットを。


全構築を。


全パターンを。


レイザーが小さく息を吐く。


「……ふざけんなよ」


シンが笑う。


「強いな」


「そうだね」


管理者は微笑む。


「私は強いよ」


その直後、シンが飛び出した。


身体強化。


走馬。


魔装グリッチ。


拳の射程を伸ばし、白い床を踏み砕いて一直線に突っ込む。


速い。


だが、管理者は動かない。


目の前に、透明な盾が一枚だけ現れた。


シンの拳がぶつかる。


轟音。


盾が割れる。


しかし、その奥に二枚目。


三枚目。


四枚目。


五枚目。


シンの拳が進むたびに、盾が生成される。


一枚一枚は薄い。


だが、距離を削る。


威力を削る。


角度を変える。


最後の一枚が割れた時、管理者はすでに横にいた。


「近距離特化。素晴らしい完成度だ」


管理者の指先が、シンの腹に触れる。


「ただ、直線だ」


爆発。


シンの身体が横へ吹き飛ぶ。


壁に叩きつけられる直前、レイザーが相対入れ替えで位置を変える。


シンを安全位置へずらし、自分が管理者の背後へ入る。


ジョルトカウンタ。


体重を投げる拳。


相手の動きの裏を取る、レイザーの新しい切り札。


だが。


管理者は振り向かなかった。


床から鎖が伸びる。


レイザーの足首に絡む。


「地形拘束アセット」


さらに、肩へ重力が落ちる。


「重力固定」


炎の輪が背後を塞ぐ。


「退路封鎖」


レイザーの拳がわずかに遅れた。


その遅れだけで、管理者は十分だった。


「カウンター型は、タイミングを奪えば崩れる」


管理者の手のひらが、レイザーの胸に触れる。


衝撃。


レイザーが吹き飛ぶ。


だが、彼は空中で笑った。


「ゼロ――」


発動しかける。


しかし、管理者は先に指を鳴らした。


《衝撃属性:分散》

《反射対象:複数化》


レイザーのゼロカウンタが、空を噛む。


反射すべき一点が存在しない。


衝撃が百に散らされ、全方向から彼の身体を叩いた。


「がっ――!」


レイザーが床を転がる。


シンが立ち上がる。


レイザーも立ち上がる。


二人とも、まだ折れていない。


だが、差は明白だった。


管理者は、戦闘をしていない。


解答している。


二人の手札に対し、もっとも効率のいい処理を返しているだけだ。


私は、奥歯を噛む。


アセットは使えない。


魔法も通らない。


即興魔行も遮断。


ならば。


私は、管理者を見る。


そして、二人を見る。


ボロボロになりながら、それでも私の前に立ち続けるナイトたちを見る。


(アセットが駄目)

(魔法が駄目)

(この世界の仕組みを使った忍術が駄目)


なら。


私は、指先に爪を立てた。


皮膚が裂ける。


血がにじむ。


緑の線ではない。


赤い線。


フェムトデバイスによる魔造ではない。


私自身の身体から出た、現実の線。


私はその血を、白い床に落とす。


点。


線。


文字。


かつて研究した忍術。


紙に記す。


印を結ぶ。


血を媒体にする。


言葉で世界を縛る。


この世界に来てから、私はずっと便利な力に頼っていた。


魔法を忍術と言い張った。


それは間違いではない。


だが。


忍術は、それだけではない。


本来の忍術は、もっと泥臭い。


もっと遅い。


もっと不確かで。


もっと恐ろしい。


「シノ!」


レイザーの声が飛ぶ。


管理者が、初めて私を見た。


その目が、わずかに細くなる。


「……へえ」


私は血の線を引きながら、静かに笑った。


「ここからは」


白い床に、赤い文字が広がる。


「本来の忍術でいく」


管理者の微笑が深くなる。


「面白い」


その言葉は、最初と同じだった。


けれど今度は、

少しだけ違って聞こえた。

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