相応しき者(四段目)
拳がぶつかる。
音は遅れて来た。
空気の圧縮が先に弾け、
そのあとで地面が鳴る。
レイザーのジョルトカウンタは、
完全な形では入らなかった。
魔装グリッチの射程に
また潰されたからだ。
だが、それで終わる男ではない。
「……いいね」
レイザーが息を吐く。
「その拳」
「ちゃんと殺しに来てる」
シンは短く答える。
「当然だ」
次の瞬間。
レイザーの足元が揺れた。
空間が折れる。
相対入れ替え
一瞬で位置が変わる。
レイザーの身体が
シンの背後へ滑り込む。
だが。
シンの拳はすでにそこにある。
魔装グリッチの伸びた判定が
背後の空間を薙ぐ。
レイザーはさらに入れ替える。
二人の位置が、
また入れ替わる。
そしてもう一度。
また。
また。
空間が瞬きするたび、
二人の位置がズレる。
地面に足跡が残らない。
動いているのは
人間ではなく、
座標だった。
私は影の奥で、
静かに観察する。
(速い)
だが、速さだけではない。
レイザーの身体から
赤い揺らぎが立つ。
火炎のオーラ
炎が皮膚の表面を覆う。
熱ではない。
衝撃を滑らせる膜。
拳が触れれば
火花が散る。
シンの拳が当たる。
炎が弾ける。
その瞬間。
レイザーの足元で
重力が反転する。
重力波
一瞬だけ、
地面が軽くなる。
シンの体重がズレる。
バランスが崩れる。
その隙。
レイザーの拳が、
横から入る。
「っ」
シンの肩が揺れる。
深くは入らない。
だが。
“当たった”。
レイザーはすぐ離れる。
再び相対入れ替え。
位置。
重力。
炎。
全部が
ズレている。
レイザーの戦いは
最初からこれだった。
読み。
カウンター。
だが今は違う。
読ませない。
感じさせない。
重力波を絶妙なタイミングでON/OFFする。
ほんの数グラムだけ
体重がズレる。
拳の軌道が変わる。
そこへ
相対入れ替え。
さらに火炎オーラで衝撃を逃がす。
普通の戦闘なら
成立しない。
だがレイザーは
成立させる。
なぜなら。
「感覚が狂うだろ」
彼が笑う。
「距離、重さ、熱、全部まとめて戦ってんだ」
「それを一個ずつ壊していく」
シンの拳が
空気を裂く。
レイザーは避けない。
火炎オーラで
滑らせる。
その瞬間。
重力波。
シンの踏み込みが
半歩遅れる。
そこへ。
ジョルトブロー。
腰ではない。
体重。
全体重を
拳に投げる。
シンの顎が
わずかに揺れる。
だが。
倒れない。
シンの身体は
化け物じみている。
普通なら
頭が飛ぶ衝撃。
それでも。
シンは
一歩も退かない。
ただ。
拳が止まる。
レイザーの目が
細くなる。
「……なるほど」
彼は理解した。
シンのフィジカルは
自分の攻撃で壊れない。
だが。
ダメージが
ゼロではない。
なら。
「もう一段階だ」
レイザーが息を整える。
火炎オーラが
わずかに消える。
重力波も止まる。
相対入れ替えも
使わない。
静止。
完全な静止。
シンが言う。
「終わりか?」
レイザーが
笑う。
「いや」
「ここからだ」
彼は拳を下げる。
脱力。
完全に。
シンが踏み込む。
魔装グリッチの拳。
真正面。
その瞬間。
レイザーの瞳が
鋭く光る。
ゼロカウンタ
衝撃が
消える。
拳が当たる。
だが。
衝突の瞬間。
そこに
ゼロ領域が生まれる。
力の流れが
完全に停止する。
そして。
次の瞬間。
その力が
逆方向へ跳ね返る。
空気が
爆発した。
シンの身体が
後方へ弾かれる。
地面が割れる。
レイザーは
一歩も動かない。
拳を下げたまま
立っている。
「……理論上」
彼が言う。
「どんな攻撃でも」
「反射できる」
シンが立ち上がる。
顎を鳴らす。
口元が
わずかに笑う。
「厄介だな」
彼はそう言った。
倒れない。
だが。
理解した。
ゼロカウンタ。
タイミングさえ合えば、
攻撃は全部跳ね返る。
完全無敵ではない。
だが。
恐ろしく面倒な技だ。




