35話「忘れ物」
高校に入学してから3年以上が経った。
卒業後、私たちはみんな進学したけど全員同じところではなくて、前みたいに毎日顔を会わせることはなくなっている。みんな各々やりたいことに真っ直ぐなのだ。
かく言う私も真面目に勉強して海外の医学系の大学に進学した。理由はここが世界で一番吸血鬼に詳しい学校で、私がもっと吸血鬼のことを知りたいっていうのと、どうせなら私だって長生きしたいし、長生きさせたい人もいるから。吸血鬼と付き合って行くにはこの上ない場所だと思っている。
ちなみにそのソラさんと、もう1人トイトさんは私にくっついて同じところに通っていたりする。
というか、3人で部屋を借りて一緒に住んでいる。この2人がついてきてくれるのは心強いし、そもそも普通に嬉しい。
カナミさんとコトハさんも行こうとしてたんだけど、ここ英語じゃないから新しい言語の専門用語を覚えるのが難しくて断念したらしい。なので普通に2人は国内の大学に進学してて、カノンさんも学校は違うけど同じ感じ。
スイさんに関しては、やっぱり海外の大学に進学した。離れたようで物理的な距離はコトハさんたちより近かったりもするんだけど、前よりもさらに忙しくしてるみたいで会いに行く時間はない。
でも。今日は全員に会える。
というのも、スイさんが仕事で帰国するというから、私たちも日にちを合わせて帰ってくることにしたのだ。
空港。長い空の旅を終えて、私とトイトさんとソラさんは久々に母国へ帰ってきた。
時期としては、春はもうとっくに終わっていて、だから早めの夏休みと言った感じ。
「ヅッキー定食!ヅッキー定食食べ行こーぜ!」
「私はメインのおかずじゃないけどね。」
「違う。ヅキは私と菓子パンを買い占めに行く約束がある。」
「ないよ。勝手に約束させないで。」
2人とも“食”というものに飢えているのだ。
この前深夜に小麦粉で蕎麦打ってたし。
ただ、今は付き合っていられない。これからスイさんと合流しないとなので。
「ふたりともあとでいくらでも付き合うから、行くよ。」
空港のエントランスに移動して、見知った姿を探す。
(…あ、いた。)
探すまでもなく、分かりやすく彼女は目についた。
見る度に美しさに磨きがかかっている気がする。
「スイさん。久しぶり。」
「久しぶりチヅキ君。に、ソラ君とトイト君も。」
「先にご飯食べに行っていい?ソラさんがお米食べたいって駄々こねるんだよ。」
「もちろんよ。確かに私も最近お米は食べていなかったし、行きましょう。」
ということで先に昼食を取りまして。
その次はホテルにチェックインと荷物を置いて、今日の予定は夜までこれで終わり。
そしたらトイトさんが部屋に来て。
「ヅキ、パン買いに行こう。」
と誘われ、同じタイミングで来たソラさんに。
「ヅッキー、和菓子買いに行こう。」
と誘われ、なんとなくでついてきたスイさんには。
「…じゃあ。チヅキ君、お茶しに行かない?」
となんとなくで誘われる。
「いやいいんだけど、じゃんけんでもやってひとりに決めて。」
1分経って決まったらしく、私はスイさんと喫茶店へ行くことになった。
レトロな雰囲気漂う店内で、スイさんは注文したコーヒーを口に運びながら、なぜか私のことをじっと眺めていた。
「……なんですか…?」
「いえ…チヅキ君って、本当に変わらないなと思って。服装とか、髪型とか…包帯とか。」
「包帯は…外してもいいんだけど、トイトさんとソラさんが“ないとしっくりこない”って言うから…。」
「そんな理由で巻いていたのね…。」
「一応、噛み跡を隠す目的はあるけど、数ヶ月くらい噛まれてないし。」
「それは…それなりに慣れてきているのよ。みんな。」
一口、スイさんはカップを傾けた。
「だけれど私は、未だにチヅキ君のこと、慣れられないわ。チヅキ君のことになると全然分からなくなるもの。いつになったら口説き落とせるのかしら…。」
「なにそれ?ずっと前から落とされてるよ?」
「……こういうところが分からないのよ。」
「どういうこと…?」
「あの日、倒れた私が君に影響を与えたと、ずっとそう考えていたわ。だけれど、多分違うのよね。君は元々こういう人だったのよ。だから好きになった。」
正直、スイさんの言うことはまだよく分からない。
でも、彼女は嬉しそうだった。
会計を終えてホテルへ戻る帰り道。
「チヅキ君と二人っきりだったらキスしたかったのに…。」
「キスでいいの?血は?」
「我慢するわ。」
「ふーん。また今度、二人だけの時にね。」
「そうね。頑張って仕事をして、時間をつくらないと。」
「頑張りすぎないでよ?」
「…そうね。ほどほどに頑張るわ。」
ホテルに戻るとエントランスに見知った姿があった。
「チヅキちゃん、スイちゃん、お帰り…!」
「ただいま。カナミさん、今日休みじゃないよね?」
「時間できたから来たの。すぐ戻らなきゃだけど。…ソラちゃんとトイトちゃんは?一緒じゃないの?」
「あー、なんか最終的にあんぱん買いに行くってことで合致してたから、そのうち帰ってくると思う。」
「どういうこと…?…あ、でも、スイちゃんとはお話できるんだよね?」
「ごめんなさい。私は明日の仕事の打ち合わせがあるから、部屋に戻るわ。また夜に会いましょう。」
「そっか…。またね。」
スイさんは部屋に戻って、私はカナミさんと2人でエントランスのソファーに腰を掛ける。
「チヅキちゃんはこの前言ってた映画見た?どうだった?面白くなかった?」
「いや“面白かった?”って聞いてよ。…いやまぁ、面白くなかったんだけど…。」
私が通っている大学の国で制作されたこの映画。言葉が分かるのに何が起きてるのか最後まで分からない挑戦的な映画だったような気がする。分からないから何も言えないのがもどかしい。
「やっぱりそう思うよね。チヅキちゃんは言葉分かるから面白いって思ったりするのかなって考えてたんだ。私もせめてヒアリングぐらいできたらな…。」
「私だって、短期間で知識だけ詰め込んだだけだから、ちゃんと理解できてるトイトさんとソラさんと比べたら全然だよ。」
「それでも凄いよ。…私も行きたかった…。」
落ち込むカナミさんに私は。
「こんな風にまた帰ってくるし、卒業したらもっともっと会えるようになるよ。」
と、そう言う。
「…ほんとに?」
「ほんとに。」
「……やっぱり、少しずつでも勉強する。チヅキちゃんが心変わりして帰ってこないかもだし。」
「そこは信じてよ…。」
「信じてるよ。大好きだもん。」
カナミさんはそれだけ言って、私に返事をさせないままソファーを立った。
言っていた通りカナミさんはすぐに戻ってしまい、どこまで買いに行っていたのか夕方になってようやくトイトさんとソラさんが帰ってくるまで、私はホテルの部屋でのんびりと夜を待った。
そして、トイトさんとソラさんと仕事を終えたスイさんと一緒に、ご飯を食べる約束を守りにお店へ行く。
「お寿司食べんの久々だぜ…。」
「ソラさん、前にカノンさんと食べに行ってなかった?」
「それ半年ぐらい前なんだが。」
「お寿司なんてそんな頻繁に食べるものじゃないでしょ。」
「私は食べたい時に食べたいものを食べ行くからね!異国の生活で飢えてんの!」
お店に着くと、既にコトハさんとカナミさんが待っていた。
「コトハさん久しぶり。カナミさんはさっきぶり。カノンさんはまだきてないの?」
「それがねヅキちゃん…。カノンちゃんは店長さんが厨房のカノンちゃんを気をつかって手伝おうとしたから遅れるの…。」
「手伝おうとしたんだよね…?」
そんなことを言っていたらカノンさんからメッセージがきて、今駅に着いたらしい。
「私、迎えに行ってくるよ。みんなは先に入ってて。」
「ひとりで大丈夫?ヅキちゃんは吸血鬼と違って夜目がきかないんだから気をつけてね?」
「大丈夫だよ。じゃあ行ってくるね。」
私はカノンさんが歩いてくる道を逆に進んで迎えに行く。
しばらく歩くと前の方から見知った人影がやってきた。
「チヅキ?わざわざこなくても。」
「いいじゃん久々に会えるんだし。テンション上がってるんだよ。」
「まぁ、別にいいけど。」
カノンさんと合流して、私は道を引き返してお店に向かう。
「ねぇ、ソラってちゃんとご飯食べてる?体調は?」
「食べてるよ?心労が減って寿命延びたって言ってたし、めっちゃ健康体。」
「アンタは?」
「心配しなくても、ソラさんも私も、今は前と違って長生きするつもりでいるよ。そのためにあの大学選んだのもあるし。」
「ならいいけど。じゃあ、ソラと同居して変なコトされてない?家がソラの私物で埋まってるとか。」
「いやまぁ、確かにソラさんの物は多いけど、私もトイトさんも物あんま持たないし、勝手に飾り付けて掃除もしてくれるからむしろ助かってるかな。」
「そう?でもソラに不満があったらアタシに言って。直させるから。」
「大丈夫だって…。」
ソラさんは相変わらず、信頼されてるのか信頼されてないのか、ある意味信頼されてるのか分からない。
そして分からないと言えばカノンさんも。
「…カノンさんって、私へもソラさんへもおんなじ感情なの?」
「何…?今さら…。」
「気になっちゃって…。」
「…別に、そんなのアンタと同じ。好きな人がふたりいるってだけ。…いや、チヅキは4人なんか…。チヅキに比べれば半分くらいマシじゃない?」
「うぅ…。確かに…。」
カノンさんのことがまた少し、分かった気がした。
回るお寿司を食べながらみんなで近況を報告し合って、気付けば太陽が見えなくなった頃、今日はこの辺りでお開きとなった。
が、お店を出てもみんな各々話したいことを話し続けている。
スイさんはトイトさんと親の仕事の話を。ソラさんはカナミさんとカノンさんから食生活に気をつけろとお説教を。
そして私はコトハさんと妹の話をしていた。
「ヅキちゃん見て。妹が絵画コンクールで入賞したんだよ。」
「おー。すごい。さすがコトハさんの妹さん…。」
「…比べるわけじゃないけど、私からしたらミヅキちゃんのほうが『さすがヅキちゃんの妹さん』ってなるよ?」
「そう?いやでもミヅキは私より…あー、いや、ごめん。私がこういうスタンスなのよくないよね…。明日会いに行くのに…。そのために帰国したんだから…。」
「頑張って!応援してるよ!」
「ありがと。」
明日はミヅキに会いに行く。
思えば、最後に顔を会わせたのは随分前のことだ。
どんな顔をすればいいのか、そもそも会ってくれるのか、結局帰国しても考え続けて結論は出ないまま。
「そういえば、ミヅキちゃんのこと、みんなには話した?」
「トイトさんとソラさんには聞いた時にそのまま相談したけど、他はコトハさんにしか言ってないよ。」
「やっぱり…。どうして私にだけ話してくれるの?特別扱いは嬉しいけど、でも、いやだよ?私だけなんて。」
私は少し自分の中で整理してから。
「コトハさんの前ではなんというか、弱くなるのかも。特別ってより特殊みたいな。」
と、返答する。
「…それ、私が珍しいほうの吸血鬼だからかな?」
「どうだろ。関係あるかな。…いや案外関係あるのかも。大学戻ったら調べてみる。こういうことも真面目に研究してれば理由があるかもだし…。」
「……ヅキちゃんのその顔、やっぱり好き。」
「ありがとう。…どの顔?」
「うーん…悩んでる顔かな?」
「えー…?好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、できれば悩みたくないよ…。」
「私も悩みたくないな~。でも、生きていれば悩みごとはできるし、生きているから悩めるし、悩めるから解決方法や答えを探せるんだよ。だから、明日、ミヅキちゃんのことヅキちゃんならうまくいく。そう、私は思ってる。」
「…ありがと。楽になった。」
「よかった。」
コトハさんは私に活力をくれた。
他のみんなもそう。
(妹に会うだけなんだ。緊張しすぎるなチヅキ。)
この日は遅くなる前に解散し、そして次の日、私は予定通り実家の玄関扉に手をかけようとしている。




