36話「わっちは」
帰国を考える前の休日、私は突然来た連絡に頭を悩ませていた。
それが随分まともに話していない両親からのものだったというのもあるし、内容自体もある。
「……どうしよう。」
「“どうしよう”ったって、行けばいーじゃん。早めの夏休みみたいなモンでしょ。ついでにカノカノたちに血吸わせてくれば?」
偶然家にいたソラさんに話したら軽くそう返してきた。
「あー、でも。まずはヅッキーが病院行くトコからか。」
「それは明日行くんだけど。家族に会うことが私の中でどれだけハードル高いか知ってるでしょ…?」
「家出してきたみたいなモンだもんねー。」
「そうなんだよ…。……相談乗る気ある?」
「ないよ?そーゆーのはトイッチの仕事でしょ?私はあてつけでついてきたんだから。」
「あてつけって、そうは言うけど勝負仕掛けてこないよね?」
「だって勝つのはイヤだし、負けるのは普通に癪だし、引き分けはなんか、シンプルに勝敗つかんのスッキリしないじゃん。なにヅッキー、私と一緒に破滅したいの?しちゃう?いいよ?地獄で一緒にカノンの崩れた顔眺めよーね。」
「ほんと変な方向に吹っ切れたよねー。」
私がソラさんに延々いじられていると、少し前に何に使うつもりなのか分からない小麦粉を買いに行ったトイトさんが帰ってきた。
「ただいま。」
「トイッチおかえりー。しまうの私がやっとくから、ちょっとヅッキーの話聞いてあげて。」
ということで私はトイトさんに事の相談をする。
「実は…ミヅキが吸血鬼になっちゃって…。」
「慣れない土地で辛いことあんならいつでも言って?」
「いやガチ!ガチだから!真面目な相談!」
トイトさんに冷ややかな眼差しを向けられたが、これが本当の事なのだから仕方ない。
「いやー、トイッチ。マジらしーぜ?母方のご先祖様に吸血鬼がいたんだってさ。私もさっき聞いて遂に壊れたかと思った。」
「相変わらず酷い言い方…。」
とは言いつつも、私も知った時は半信半疑だった。
「つまり“先祖返り”か…。珍しい…。」
完全な人間でも、先祖に吸血鬼がいると後天的に遺伝することがある。らしい。
薄まって消えたはずの血が突然発現するこの“先祖返り”は例が最近になってほんの少しだけ記録されるようになったもので、私自身、受験勉強では引っかからずに大学で初めて知ったくらい。
「まさかヅッキーが吸血鬼とはねー。ショックー。」
「いや、一応私も明日検査受けるけど、先祖返りは普通の吸血鬼と同じように、子供の時に体が大人の吸血鬼のものに成長することらしいじゃん?だから多分、私は普通の人間だよ?」
「ヅキって吸血鬼顔だし、納得。」
「だから私は人間だって。」
真面目に考えてくれているのか、ただ私で遊びたいだけなのか、とにかく2人はいつも通りだ。
「で、相談なんだけどトイトさん。ミヅキに会うべきか会わないべきか、帰国するべきかしないべきか、どうしよう?」
「サイコロふって決めれば?」
「ねぇ真面目に考えてよぉ…。」
「面白そうだからついてきただけで、私はヅキの相談役じゃない。」
「そんなこと言わずにお願い…!今度美味しいもの買ってくるから…!」
トイトさんは分かりやすく大きなため息をついて。
「いんじゃない?行けば。」
と、答える。
「でも…。」
「私も行く。」
「いいの!?」
「ミヅキちゃんには会わんからな?」
「だよね…。」
それでも一緒にきてくれるだけで背中を押された気になる。
そして、“ふたりが行くなら”とソラさんもついてきたので、3人で帰国することになったのだ。
今、私は生まれ育った建物の玄関扉の前で立ち往生している。
鍵は持っているから今すぐにでも開けられるのだ。
でも今さら何食わぬ顔で差し込んだそれを回せる気がしなかった。
高校1年の後半からほとんど帰ってなくて、たまに必要なものを取りにきても人のいない時にして避けていて、だから当然家族の誰とも数年会っていない。
でも今日はそんないつもとは違い、みんな揃ってる。
(家に帰るのを悩む必要なんてない。)
そう自分に言い聞かせ、私はやっと扉を開けた。
「ただいま。」
家に入ると、すぐにお母さんとお父さんが出迎えてくれる。
「おかえり。」
「ただいま。…あーこれ、お菓子。お土産。」
「ああ。ありがとう。」
平坦にやるつもりだったのに波立ってしまった。
顔は見れる。目は見れる。
だけどやっぱり、つらい。
「ミヅキは?」
「二階。部屋に。出てきたくないみたい。」
私はお土産のお菓子を2つ持ってミヅキの部屋へ行く。
扉の前まできて一度立ち止まり、会いにきたんだと心を立たせてノックをした。
「ミヅキ、起きてる?お菓子、お土産で買ってきたんだけど、一緒に食べない?」
部屋からは何も返ってこない。
「入っていい?嫌だったら言って。」
私はドアノブに手をかけ、回して押す。
しかし、鍵が付いていない扉なのに、向こう側で何かが押さえているようで、押しても開かなかった。
「…ミヅキ?そこにいるの?」
答えはやはり返ってこない。
だけど分かる。ミヅキはこの扉の向こう側で、扉に背を預けるようにして座っている。
私はミヅキと同じように、扉に背を預けて座った。
「何で帰って来たの?」
腰を下ろしてすぐ、ミヅキは扉を開けないままそう聞いてきた。
「ミヅキが吸血鬼になったって聞いたから。」
「それで何で帰って来るの?今まで帰って来なかった癖に。」
「やっぱ納得いかない?私はミヅキのお姉ちゃんだから、心配なんだよ。まともな理由は…ないけど。」
ミヅキのことは多分、私は全然知らないのだろう。
だが吸血鬼のことは人より知っているつもりでいる。
力になれたらなんて甘い考えはない。ただ、会いたくなっただけなのだ。
「そんなこと言っても、私のこと嫌ってるんでしょ。」
「そんなことない。好きだよ。ミヅキも。お母さんもお父さんも。」
「嘘…。私を見る時、いつも辛そうな目だった。私がチヅキを怖がるから、一緒にいるのが苦しいんでしょ?そうだって言ってよ…。じゃなきゃ、どうして私を捨てたの…?チヅキが変わって、やっと仲良くなれるかもしれないって思ったのに…。そう思ったのは、私だけだったの…?」
後ろから聞こえてくるミヅキの声は、私なんかよりずっと苦しそうだった。
「ミヅキは凄いよ。私にはできないことができるし、私ができることを私よりできるんだもん。だから、私なんかを目印にして、止まって欲しくなかった。私のいない環境で…もっと…。」
だが私は分かってなかったのだろう。ミヅキの気持ちを。苦しさを。
ただ上辺だけを見てこの子なら問題ないと、そう、本当に身勝手なことを。私は。
「……私は凄くなんてない…。優秀なんかじゃない…。だって吸血鬼だったんだもん…。同じ遺伝子なんだから、吸血鬼の私がチヅキよりできるのは当たり前のことだったんだよ…。私の力は自分の力じゃなくて、吸血鬼の力だったんだ…。」
顔は見えないが、ミヅキは泣きながらそう言った。
「…確かに吸血鬼は優れた人が多いよ。私だって吸血鬼の血を引いてたからここまで勉強ができるのかもしれない。」
「そうでしょ…?やっぱり…。」
「でもねミヅキ。どんなに優れた土台があっても、評価されるのはその上に建てられた美しい塔なんだよ。大丈夫。私はミヅキがどれだけ頑張ってきたか知ってる。ミヅキが自分を信じられなくても、私が代わりに信じる。」
「…何でそんなこと言えるの…?何でそんな…私のことを自信もって…。」
「そりゃあ、こんなのでも私、ミヅキのお姉ちゃんだからね!分かるよ。妹のことは。」
私は持ってきたお土産のお菓子に目をやって、ふと昔のことを思い出す。
「ミヅキが生まれた時、『いいお姉ちゃんになるんだ』って、私もなってたんだ。でも、いいお姉ちゃんにはなれなかったね。…遅くなって、本当にごめん。私も仲良くなりたい。お菓子、一緒に食べない?」
少しして、扉に預けた背中がバランスを崩しかけ、そして体勢を戻して振り返ると、ミヅキが部屋の扉を開けてくれていた。
ミヅキの部屋に入ったのはいつぶりだろうか。
いつだったとしても、私には見慣れない景色なのだが、それよりも真っ先に気になるものがあった。
「その腕、自分で噛んだの?」
半袖のシャツを血で汚したミヅキは、左腕にいくつもの噛み跡をつけていた。
随分前に見たことのあるものだ。我慢するためにそうせざるを得なかったのだろう。
私の問いかけに、ミヅキは何も言わないままゆっくりと頷いた。
「消毒とか、包帯とか、私やろうか?」
「いい。これ、昨日のだから。」
「そっか。…お菓子、食べれる?」
「ごめん…。おかゆとかがいい…。」
「作ってこようか?」
「いや、嬉しいけど、先に話しときたい。」
ミヅキは今の自分の体がどうなっているか、ひとつずつ話してくれた。
先祖返りの基本的な例では、ミヅキの年齢なら体は吸血鬼のものになっているはず。しかしそうなっておらず、ミヅキはかなり珍しいタイプらしい。
ただ体は人間でも吸血欲求は年齢相当のものであり、しばらくすれば体も吸血鬼のものになるらしいのだが、ある程度変化するまではこのままの精神状態で我慢するしかないそうだ。
「学校行ける?」
「まだ無理。もう少し落ち着いてくれれば行けるけど、まだ辛い。…友達、襲いたくないし…。」
「…パートナー、見つけられそう…?」
「それは…チヅキが4人も見つけられるんだから、私なら大丈夫なんじゃない?」
「そうかも…。」
「…チヅキ、一線越えたことある?」
「な…!?……ノーコメントで…。…ていうか、なんでそんなこと聞くの…?」
「私、誰かと付き合ったこととかないから、参考にしようと思って。」
「恋愛に関して私を参考にするのは絶対やめた方がいいよ…。」
「そう?遠距離恋愛はどんな感じかとかも聞きたかったんだけど。」
「どんな感じかって聞かれても…“やっぱり寂しい”かな。」
「ふーん。やっぱそういうものなんだ。」
少しミヅキと2人で話をして、その後おかゆを作って食べさせて、今度は吸血鬼のあれこれを教えて、そしてその日は数年ぶりに実家で夜を明かした。
次の日の朝、起きてリビングに行った私は衝撃を受ける。
「ヅキおはよ。」
「…おはよ。なんでトイトさんいるの?」
トイトさんは何食わぬ顔で私の家族3人と談笑していた。
「ヅキを捕獲しにきた。」
そう言うと、トイトさんはお母さんお父さんミヅキに順番に挨拶して、私の荷物を強制的にまとめて私を強制的に着替えさせて、そしてそのままの勢いで腕を引っ張って実家を後にさせようとしてくる。
「なに?なんでそんな急いでるの?もっと家族と楽しくおしゃべりさせてよ。」
「おしゃべりなら私がさっき代わりにしておいた。」
「なんの代わりにもならないよそれは。」
「予定を忘れたのかヅキ。全員に会える今、血を吸わせずにどうする。」
「あ、そっか。そういえばそうなのか。」
ということで、ミヅキとも両親とも、これでまたしばらくお別れです。
「ミヅキ~!また会いにくるからね~!」
「うん…。大変だねチヅキ…。お疲れ様…。」
そうして私は実家を後にした。
ホテルに戻ってみんなを待つ。
最初にスイさんがきて、次にカナミさんがきて、その次はカノンさんで、最後にコトハさん。
もちろん面白がってトイトさんとソラさんもきている。
「それでどうする?誰から吸う?」
「私は最後でいいわ。住んでいるところの距離がまだ近いし。」
「ダメだよ。スイちゃん忙しいでしょ?私が最後にする。」
「いやアタシも別に、全然まだ我慢できるから最後でいんだけど。」
「みんなちゃんと公平に決めなきゃだめだよ。トイトちゃん、なにかいい方法ある?」
「ソラパス。」
「一線越え選手け――!」
「分かったじゃんけんで決めよう。みんなそれでいいね?いくよ。じゃーん、ぽーん……――。」
まぐれ合格から始まった私たちの日常は、これからもずっと続いて行く。
時には四方八方塞がれたり、偶には二進も三進も行かないことだってあるかもしれない。
でも、私もみんなも、ずっと楽しく、元気でいることだろう。
「けん!!」




