第五話 神掃除士ニニギ誕生?
今日も音守処に呼ばれた。これで連続一週間だ。
毎回、何かとダメ出しが入る。なかなかくりあできない。
初日はお母ちゃんに箒の使い方を習ったな。
知らなかったよ。力任せに振り回すんではちっともキレイにならないって。
それにしても、毎回毎回、言うことがあるもんだ。
自分の力量不足を棚に上げて、憤慨、いや、感心する。
鳥居をくぐると、ニニギは足を止めた。
何も言われなくても、湧水で手と口を清める。
そのまま店へ向かった。
「あ~あ、今日で7日目か。どうやったらOKになるかな?」
自分自身が情けなく、呟いてみる。
ヒントはないかと掃除日誌を読み返してみる。
初日:
”” 初の掃除とはいえひどすぎる。まるでなってない。箒はごるふくらぶでない。
二日目:
”” 箒は振り回していないが、ゴミが集まっていない。何のための箒か。
三日目:
”” 四隅が残っている。四角い部屋は丸くはない。
四日目:
”” 一通り箒したつもりのようだが、卓の下は無視するのか。
五日目:
”” 雑巾を絞らずにいた。床を濡らせとは言っとらん!
六日目:
”” 道具を片付けるまでが掃除だ!
「久しぶり~、やっと会えたね。」
どうやら、今、到着したところのようだ。イワナガの声がする。
「やぁ、久しぶり。ここんとこ、毎日通い詰めだよ。」
めーるやちゃっとでないイワナガはあのプレイリストをもらった日以来だ。
いつかは会えると思ってはいたけど、音守処に来て一週間で会えるなんて、嬉しい。
「うふふ、それじゃきっとお掃除の腕も上がったのね。楽しみだわ。」
「そんなことない。ダメ出しばっかだ。」
掃除日誌を見ながら二人で桜すかっしゅを飲み、雑談する。
「掃除日誌を見ると、成長してるのがわかるわ。
今まできちんとしてこなかったのが露見しちゃった感じね。
今日は私も一緒にやるから、楽しみにしてね。」
イワナガの話はいつも面白い。めーるやちゃっともいいけど、こうやって面と向かって声を交わすとテンポよく会話が弾む。しかも造詣が深い。
イワナガ
「掃除の基本は『上から下へ、奥から手前へ』よ。」
ニニギ
「……それって効率がいいから?」
イワナガ
「もちろんそう。何故効率がいいか、わかる?」
「うーん、埃は上から下に落ちるから。
そして、手前から掃除すると奥の汚れがまた付いてしまうから。」
考えながら答えを出す。
「そう、わかっているわね。この数日で掃除道が身についてきた証拠ね。
あ、掃除道というのは、私が勝手に呼んでいるだけ。実際、そんな道場なんか無いし、経典なんかもないわ。
でもね、掃除をすると、自分の中の汚れがキレイになる気がするの。」
ほう、そういうものなのか。
妙に納得してしまう。
「でも神様のお掃除はそれだけじゃないの。
『掃く・拭く・磨く』。」
「それは知ってる。」
「本当?ちゃんと意味がわかっている?」
「掃いて、拭いて、磨くんだろ?」
「深い意味は理解していないみたいね。
ここでは、『祓う・清める・幸える』と言い換えるの。」
「え?」
「あなたも神なら『祓え給い、清め給え──』って聞いたことくらいあるでしょう?」
「……あるけど。それと掃除はどう関係するの?」
「知らないのね。」
くすっと笑う。
「箒は祓うため、邪に対抗する神聖な武器なの。だから振り回しちゃだめ。」
「武器!?」
単なる道具だとばかり思っていたのに、『武器』と言われて狼狽する。
「ちょっと難しかったかな。何も戦うだけが武器の使用方法じゃないのよ。
正装する、装備する、と言った方がしっくりするかしら。」
「掃除するとね、わかるの。
邪気、虚傷、それらはいくら気をつけていても入ってくる。埃も一緒。
だから常に祓う必要があるの。」
すごくわかる。昨日、掃除したばかりなのに、埃が溜まっていることはよくある。
「だからこそ、道具は丁寧に扱うのよ。」
そうか、戦うのでなく、邪気を祓うための武器なのか。
武器は正しく使わないと正しく機能しない、と親父も言っていたな。
「じゃあ拭くのは?濡らしてゴシゴシじゃ駄目?」
「雑巾は濡らすための道具じゃないわ。
穢れを拭き取る道具なの。」
「そうなのか、なるほど……。
じゃあ磨くって?」
イワナガは少しだけ笛を見つめた。
「ねぇニニギ。
もしあなたが誰からも使われなくなった楽器だとしたら?」
「……寂しいな。」
「でしょう?磨くってね。光らせることじゃないのよ。
ここにあるヒト・モノ・コトを大切にすることなの。
つまり本来の輝きを思い出してもらうことなの。」
「半信半疑って顔ね。」
「……バレた?」
「じゃあ証明してあげる。」
イワナガは引き出しに入っているちょっとくたびれた笛を差し出す。
「試しにこの笛を吹いてみて。笛は得意だったよね。」
「ああ。」
♪♪♪
「じゃあ、このままこの笛を丁寧に磨いてみて。」
ニニギは磨き布を受け取り、言われた通りに息を吹きかけながら、指穴の縁まで丁寧に磨いた。
笛は輝きを取り戻した。
「はい、もういいわ。もう一度吹いてみて。」
「ああ、うん。」
♫♫♫
えっ?
……同じ笛だよな?
……息の入り方まで違う。
イワナガは一度も触れていない。つまりタネもシカケもない。
余りの変化に呆然とするしかなかった。
音が丸くなっていた。
いや、そうじゃない。笛が変わったんじゃない。
イワナガの言う『大切にする』という意味が、音になって返ってきたのだ。
そうなるとここにある楽器、プレイヤー、卓、椅子、全てが愛おしく感じてくる。
モノだけでなく、音守処そのものにも。
生きとし生けるものだけでなく、自分を取り巻くあらゆるものが、自分を生かしていると知る。
「桜すかっしゅが飲める期間も、もうあとわずかね。さぁ、今日の仕事にかかりましょう。」
ふたりで掃除に取り掛かる。イワナガに言われた事を気に留めて心を込めて掃除する。今までになく音守処が喜んでいる気配がする。
そして、箒、雑巾をきれいにして片付ける。
自然に言葉が出た。
「今日もありがとうございます。」
ニニギはイワナガが帰ったあと、箒を丁寧に見つめる。
彼女の余韻を味わうように。
担当:イワナガ ニニギ
評価・コメント:合格!これからも期待している。




