第六話 ニニギ、イワナ(魚)を見つける
一度合格してからも、ニニギは暇さえあれば音守処へ足が向く。
神掃除士に目覚めたのもあるが、ここに来ればイワナガに会えるかもしれないといった期待もある。
イワナガに会える日もあれば会えない日もある。
それでも小一時間にも満たない掃除がなんとも心地よい。
心なしか、楽器も喜んでいるように見える。
イワナガに会えた日は嬉しいのと同時に、「うぇ、今日は気が抜けないぞ」と緊張が走る。
イワナガは一見人に厳しいように見える。が、自己にも厳しい。だからこそ偽りがない。
彼女のひと言は正直言って音守処の肝に響く声より恐い。
別に生命が脅かされるわけでもないのに、恐い。
「今度、桜すかっしゅの炭酸が採れるところを案内するわね。」
「えっ、知ってるの?じゃあ、いつでも炭酸が飲めるね。」
暑い日が続く。今日はひとりで掃除した。
じっとしててもじんわり汗ばんでくる。
こんな時は渓谷に行くに限る。
ああ、以前は弓を持って駆けまわっていたな。
感慨に耽るニニギ。
渓谷は夏でも涼しい。
その時、ぴちゃっと音が鳴る。
一匹の魚が跳ねた。
この銀の模様には見覚えがある。
あ、イワナガだ!
「待って、イワナガ。僕は君に会いたいんだ」
今まで俺だった一人称が僕に、お前だった二人称が君に変わっている。
けれど本人は気付かない。
「うふふ、みつかっちゃった」
本来の姿に戻ったイワナガが悪戯っぽく笑う。
「今日は暑いわね。水浴びがしたくなっちゃう。」
岩魚でいた言い訳をしながら、ニニギの横の岩にちょこんと腰掛ける。
「桜すかっしゅの炭酸はこの渓谷で採れるのよ。」
「ああ、この間言ってた炭酸が採れるところ?」
「そうよ。ここの渓谷から生まれる水はほんとにおいしいの。
これで淹れたお茶は絶品よ。」
そうか、桜すかっしゅの季節は終わったけど、お茶を飲むのも楽しみだなぁ。
密かにそう思う。
「じゃあさぁ、もちろんお酒も美味しいんだよね。」
「・・・侮れないわね。もちろんそうよ。
杜氏になる試験なんてものすごく大変だって言ってたから。」
「へっ?試験なんてあるんだ。」
「三次試験まであって、その後面接があるの。
やはりお神酒を作るには、お酒の知識と実際に作ったお酒の品評。これに真心が備わっていないと、って協会長が言っているわ。」
「協会もあるんだ。すごいな、酒造りって。
ところで協会長って誰なの?」
「オオヤマツミ、山の神とも呼ばれているわ。私の父よ。」
「うわっ!」
心底、驚いた。
「父はね、『酒は造り手の心を飲むんだ』って
そして『どんな名水でも、心が濁れば酒も濁る』って、口癖なの。
だから、いつも私は、丁寧にお茶を淹れるの。飲む人が美味しいと思ってくれるように。」
イワナガが持つ洗練された空気感が、すーっと沁みる。
そういえば、イワナガのお茶は一度しか飲んだことがない。あの、出会った日だ。
あのときはお茶の味どころじゃなくて、そう思うと悪いことしたな。
「ねぇ、イワナガ。よかったら君のお茶をまた飲ませてくれない?」
「いいわよ。ちょうど近くに離れがあるからそこに案内するわね。」
そう言って、イワナガは小さな桶に水を汲み、歩き出す。
「あ、持つよ。」
ニニギはイワナガから桶を受け取り、後を歩く。
イワナガは花や草を摘んだりしている。
「これは食用。これは薬草になるの。だけど一旦干さなきゃいけないの。」
野草のことにも詳しく、どうやって食べるか、薬効は何かなど教えてくれる。
あ、この草は昨日のメシだった。苦くて食べるのに苦労したっけ。
などと思いながら話を聞いている。
「そうそう、先日サクヤが生まれたよ。やっぱり綺麗な子だよ。
もうすぐ会えるから、また遊んであげてね。
ほら、サクヤの写真だよ。」
そうやってすまほの写真フォルダを見せてくれる。
「おー、こんなにちっちゃいのに美人さんというのがよくわかるね。
あ、この泣いているのってサイコー!耳が桜色だ!」
「生まれたばかりのサクヤは、ほんとに小さくて、耳を桜色にして泣くのよ。
かわいいんだから。見せてあげたいくらい。」
「ああ、久しぶりに会って、遊ぶのが楽しみだな。だけど、キツネじゃないんだよな?
野山を駆けられるか?」
「さあね?場所によるんじゃない?
それにしてもあなたって、ほんと、サクヤのことが好きよね。
妬けちゃうな。」
「そりゃ、サクヤは妹みたいなもんで、あの頃、僕がグレなかったのはサクヤのおかげだからさ。」
「あらそうなのね。サクヤが居なかったらグレてたってことね。」
ふっと笑うイワナガ。
「サクヤはあとひと月もすれば成人女性の見た目くらいになるわ。そのころにここに連れてくるわ。」
「ああ、楽しみだ。でも、僕のことは覚えていないんだろう?遊んでくれるかな?」
「魂が覚えているから大丈夫よ。きっと貴方に会えたとたん、懐かしさであふれると思うわ。」
それにしてもひと月で大人とは、、、成長が早いな。まさか、今生も生き急いでないか?
胸元にふと不安が走る。
「そういえば、アマテラス様からもよろしく言われてたわ。」
いきなりばぁちゃんの名前が出てびっくりする。
面識があったんかい!
・・・・・・神様の世界って、狭い。
そんなことを思いながら、ニニギはイワナガの後ろ姿を追いかけた。




