第三話 サクヤのプレイリスト
サクヤを見送った後、沈黙が続く。
ふたりとも何かを言おうとするけど、言葉にならない。
ふと疑問に思ったニニギが静寂の中で問う。
「なあ、イワナガ。
あのキツネの娘サクヤは命を代償にするというけど、君はどうなの?」
「ふふふ、知りたい?
女としてはある意味命より辛いかも。
わたしはね、美しさを代償とするの。」
たしかに美しいとは言えない容姿。
けれど、その姿は幾度となく他者を救ってきた証なのだろう。
「けれどね、わたしは死なないの。
この大和の国を永遠に守る宿命を負っているの。」
乾いた、それでいて強い意思を感じさせる、そんな横顔をニニギは心底美しいと思った。
「はい、もう朝よ。
この桶に水を一杯汲んできて!」
有無を言わせずニニギに朝の支度を手伝わせる。
言われた通りにおとなしく従うニニギ。
「はぁ、イワナガって圧がすげぇ。ケガ人をこき使うなって。」
小さく、誰にも届かないように本当に小さく呟く。
「あ~あ、アンタのせいでレコードに傷が入っちゃったわ。
クリーニングしてみたけど、のいずは消えないわね。
傷の入ったレコードは嫌われる、けど、耳を澄ませてよく聞くとそこだけにしかない音があるの。」
あの無鉄砲に放った矢の一本がレコードをかすったらしい。それは、悪いことをした。
どういう仕組みかわからないけど、目の前のLPレコードは手のひらより小さなすまほの中に吸い込まれてゆく。見た事のないミュージックアプリに入れて音楽を聞かせてくれる。
「これがあのときの山を駆けずり回ってあそんでいたときのサクヤの音、題名は『サクラ遊戯』よ。
私は、こうやってこの『あぷり』に入れて『さぶすく』しているのよ。いつでも聞けるように。」
「そのあぷり、俺にも教えてくれよ」
「いいわよ、あぷり名は『音守処』というの。今日から数えて三ヶ月間は無料で聞けるわ。
その後は私の紹介ということで『神掃除さぶすく』でいいかしら?」
「『神掃除さぶすく』って、何だ?」
「一般会員は、音楽を聴くだけ。
神掃除さぶすくは、来店時にお掃除をするの。」
「……掃除するのか?客なのに。」
「その代わり、いつでも音楽が聴けるわ。
それと、来店した日はふりーどりんくがいただけるの。季節限定商品もあるわよ。」
「おっ!ふりーどりんく!もちろんお代わり自由だよな?ただで飲める!入る!絶対『神掃除さぶすく』だ!」
「そこ?」
異常な喰いつきに呆れてしまう。
「いや、そこ大事だろ!」
「あはは。でもまだ!最後まで聞いて。
これは神様しか入れない特別なさぶすく。しかも紹介制なの。」
「……じゃあ俺は?入れるの?」
イワナガヒメは、くすっと笑う。
「さっき言ったよね。もう紹介済みよ。
だから今、そのあぷりに入ってるでしょう?
利用規約、読まなかったのね。」
利用規約……そんなの読んだことない……
気まずそうにうなずくニニギ。
「でしょうね。」
察したようにつぶやく。
音守処?さぶすく?
ちょっと難しかったけど、一般会員と神掃除さぶすくの違いも丁寧に教えてくれる。
何よりふりーどりんくが魅力だ。
ま、掃除くらいちゃっちゃと終わらせられるだろ。問題ないや。
「もちろん、音守処って知らないよね。でも大丈夫、ちゃんと行けるようになってるから。」
ふーん。よくわからないけど、イワナガが言うんだからそうなんだろう。
イワナガに対する信頼感は爆上がりだ。
「いつか音守処で会えるかもね。その時は力仕事を任せるわ。」
イワナガヒメのさわやかな笑顔は、ふとニニギの不安をあおった。
これは、やべー約束をしちまったかも。
「今、音守処にあなたのプレイリストを登録するね。
初回は時間が掛かるから、待っている間、サクヤのプレイリストでも聞いてくれる?」
質問形を取った命令形でイワナガは言う。
これで断れるはずもなく、待っている間、おとなしくサクヤのプレイリストを開く。
サクヤのプレイリストにはサクラ遊戯以外にも、いくつかの曲が入っている。
一曲目から軽快なポップスが流れる。
女性ソロシンガーの甘い声がいい。
続いて、ロック調、バラード調といかにもサクヤ好みの歌が続く。
俺、サクヤのことあまり知らないはずなのに、何故サクヤ好みってわかるんだろう。
ニニギは知らない。
キツネだった頃のサクヤと遊ぶうち、知らず知らず彼女の好きな音を心に刻んでいた。
言葉を交わすわけでなく、音を共有していたのだった。
そして、最後の曲。『またね』
「……またね、か。次に会う約束したしな。」
とニニギが小さくつぶやく。
一通り聞き終えた頃、通知音が鳴る。
♪ 新しいプレイリストができました ♪ 新しいプレイリストができました ♪ 新しいプレイリストができました
「あっ、できたみたいよ。」
イワナガが
ニニギのすまほを持ってやってくる。
ニニギのためのプレイリストだ。
一曲目。『またね』
サクヤのための最後の曲が一曲目にある。
えっ?とイワナガヒメを見ると目が合う。
言わんとするとこがわかるかのように、
「きっとサクヤとの約束がここに表現されたのよ。
音守処は自分でも気づかない微妙な音を読み取るのよ。
再会したら遊んでやるって、言ってたよね。」
サクヤは今はいない。でも再会したときにちゃんと向き合えればいいと思っている。
「だけど、俺の好みの歌、よくわかったね。」
「そりゃあね、見てりゃ誰でも丸わかりじゃない?
ひーろー大好きのお子ちゃま、お母ちゃん大好きのまざこん。
それでいて自分が一番カッコイイと思っている。」
「な、なん・・・・。」
言い当てられて何も言えなくなるニニギ。自覚はあったようだ。
何か言い返したいけど、言葉が出てこない。
プレイリストを再生したあとに沈黙の時間は終わる。
「そしてね、『音守処』のすごいところ、勝手にプレイリストが成長するの。」
「ん?成長?」
「成長というか、契約者の心の内をとらえて、それを音楽にするの。
だから、今はそんな気分じゃない、って時は別の音楽が流れる。」
「過去を振り返りたい時は『けんさく』すれば、当時の音楽が聞けるわね。
だからある意味日記みたいなプレイリストよ。」
「なぁイワナガ、俺のあぷりにサクヤのプレイリストも入れておいて。」
「それはね、友達になるか、相手をフォローすれば共有できるわ。
はい、これで大丈夫ね。
あとね、手動で追加するときはこの機能を使って。
そうねぇ、自分でできなくて私に代行依頼するなら対価はこのくらいね。」
いたずらっぽく笑うイワナガ。
やっぱりこの女には敵わない。
未来永劫、尻に敷かれる予感がした。




