第二話 天孫降臨から逃げたい・・・そして一時のお別れ
今は昔。。。何年も、何十年も、何百年も、何千年も遡ってみる。時は神話時代。
この日、ニニギは狩りに出ていた。
さっきからキツネを追っている。というかキツネしか見当たらない。
そのキツネは輝くような美しい白い毛並みで、なぜか両耳の先だけが桜の花びらを染み込ませたように淡く色づいている。
神の使いだと言われても納得できそうなほど美しい。
しなやかな動きは軽やかでまるでキレのいいダンスを踊っているかのよう。
ノリのいいサウンドが聞こえてくる気がする。
自然と自分もステップを踏み目が離せない。
これが魅力ってもんだろう。
うん、かわいい。
なのに、やたら誘うような目つきが妙にふてぶてしい。
コイツはかまってちゃんか!
そのキツネが幾度となく目に入ってくる。
その度、平常は8ビートの心音が、16ビートに早鐘を打つ。
この手に捉まえられそうなのに目の前でふわりと逃げられる。
そして気が付くといつの間にかそばにいる。
逃げ足の速いこいつは、木の陰から顔だけ出してこちらを見ていたかと思えば、「ほれ、こっちだよ」と言わんばかりに尻尾を振って消える。
完全に遊ばれている。
あまりにも悔しく弓を三本重ねて放つ。
「そーら、『魂の16連射』だ!」
ま、弓は十六本でなく三本ではあるが、一本よりは確実に破壊力はあるだろう。
当たればではあるが。
案の定、弓は木と草むらとそして岩にぶつかって折れる。弓の無駄遣いをしてしまった。
「ちっくしょう!こうなったら残すは『会心の一撃』だ!」
効きもしない技の名前を考えるより、罠を仕掛ける方がよっぽど効率がいいとは思うのだが、頭に血がのぼっているニニギはそれに気付かない。
ニニギは息を切らしながらどうやったら会心の一撃をお見舞いできるか考える。
「今度こそしとめてやるぜ!」
ニニギは何故狩りをしているかというと、言ってしまえば現実逃避である。
決して食料調達ではない。
天孫降臨といわれ、この大和の地を統治する基盤を作れだの、そのためには後世を残す子孫をなすことが義務だと。
なんとも頭の痛い話である。
それもアマテラスばぁちゃんが決定したとのことだから誰も逆らえない。
あのスサノオのじっちゃんすら恐れているんだから。あのばぁちゃんは。
だから、やり場のない気持ちを抑えるために狩りをしている。
だけど、この場にはそのキツネ以外は何もいない。だから、キツネの思うまま追ってしまう。
天孫降臨の話があったとき、親父は浮かれていた。
「ニニギよ!」
「聞け!」
「めでたいぞ!」
「実にめでたい!」
嫌な予感しかしねぇ……
「ニニギよ、天孫降臨を拝命したぞ!数多の従兄弟たちをさし置いて、お前にその役割を、とのお達しだ!有難く拝受せよ」
予感的中!
この日から俺はこの有難いお役目に縛られることになってしまったのだ。
思い出すとあまりの理不尽さにイライラが募ってくる。
なんだって俺だけがそんな面倒な役を引き受けなきゃならんのだ!
天孫降臨はめんどくせーよー
イライラの中、キツネの姿が見えたときだけ記憶から遠ざかりワクワクする。
自分の中で、高揚感あるテンポの早い音楽が流れる。
「はっはっは~、我ながらいい気なもんだ!」
このまま、足を滑らせて異世界移転なんてしたらおっもしれーなー。
『ニニギ、行方不明。痕跡残さず。異世界転移か⁉』
なんて、
今季のうぇぶにゅーすはこれでとれんど入りだぞ!」
心ここにあらずという感じで歩いていると急に足元の土が崩れる。嫌な浮遊感がある。と同時に曲が変調する。
「うわあああああ~、うそだろう~~、思った側から本当に滑るかな~。
イヤだ、異世界になんて行きたくない。
かぁちゃんの飯が食えなくなるなんて最悪だ~。
まだ女神とイチャコラもしてないんだぞ~。」
神とは思えぬ下品な叫び声だ。決して人に聞かせられないような声が出る。
一瞬、景色が空に変わったと思ったら崖の下の川に落ちてしまった。
どぼん!
「うっ、いたたたた・・・」
そりゃそうだ。この高さを落ちてきたんだから。
やべー、これは折れてるぞ!親父になんていいわけすっかなー。
それにしても、よく死ななかったな。
あ~あ、びしょ濡れだ!こんな姿、誰にもみせられないぞ。
その時ぴちゃっと音がして銀色の魚が跳ねた。
その魚は一回転すると女性の姿になった。いや、どう見ても人でなく神である。
一柱の神は決して美人ではない。
けれどものすごい安心感がある。
「あ~、やっちゃったね~生きてる?この子が『ばふ』かけてくれたんだよ。
『ばふ』かけて守ってなきゃアンタはどうなってたことやら。
ま、お礼でも言っときなさい。」
「へっ?」
目の前には女神と例のキツネがいた。
「守る?そんな事頼んでない!」
情けないところを見られた気まずさもあり、ニニギは思わず手に持っている矢を構えた。しかし力が入らない。骨折しているようだ。
「うふふ、この子には弓は当たらないわよ。なんせサクラの花びらなんだから。
ちなみにさっきの三本矢のうちの一本は私のホホに当たったわ。
ま、当たっても貫くことは無いけどね。」
女性の顔を覗くと矢がかすった跡があった。
急にとんでもないことをしていたと気付き、恥ずかしさのあまり、うつむいてつぶやく。
「すまない、むしゃくしゃして弓でも放たないと気が晴れそうになかったんだ。」
ニニギは自分の身の上に起こった不幸話を女神に話した。
女神は手当てをしながらニニギの言葉を聞いている。ただそれだけだ。
そして、一通り話が終わったのち、
「ふーん、アンタってただのガキなんだね」
静かに聞いていたかと思った女神は呆れながらそうつぶやいた。
「ガキって言うなよ。これでも一応神なんだから。あのアマテラスばあちゃんの孫なんだよ。その辺のモブ神と一緒にすんな!」
「だからガキって言うのよ。ちゃんと自分のことを俯瞰しなさいよ。
天孫降臨ってね。神様一人の思いつきじゃない。
八百万の神が何度も話し合って決めたことなの。」
「……え?」
「アンタが選ばれたのも偶然じゃない。
三種の神器を授かったその日から、アンタはもうその役目を背負ってたの。」
ニニギは目を丸くする。
「……初耳なんだけど。」
「そう?アンタのお父さん、そういう大事なこと説明しないタイプなのね。」
そういえばそうだった。あの時も急に決まったかのような振りをしていたけど、周りはしらーっとしてたもんな。
捲し立てられ、ニニギは呆然とはしたが、でも妙に納得する。
「でも、なんで俺が知らないことまで知ってんだ?」
「だって、アンタが産まれたころ、うぇぶにゅーすでばずってたから、知らない神はいないわよ。
アマテラス様からもよろしく言われたしね。」
「そんなぁ。ドッキリさせようって魂胆だったのか?あの親父!」
知らぬ間にドッキリを仕掛けていたかと思うと、余計に怒りがこみ上げる。と、同時に諦めた気持ちになる。
ま、あの親父だからな。
そして、女神は口を閉じたかと思ったら、神妙に怪我の手当てをしてくれた。
「ひーる」
ぽわんと温かな光が身体を包む。
ここまで来て、女神の名前を知らないことに気付く。
「ところで、貴女のお名前は何とおっしゃる?」
先程まで不貞腐れたガキは、丁寧に礼節を持って尋ねる。
「うふふ、私はイワナガ。そしてこの娘はコノハナサクヤ、サクヤと呼べばいいわ。」
イワナガはそう言って傍らのキツネを紹介する。
「怪我は、、、ちょっと長引きそうね。少し様子を見ていたいから連絡先を交換しましょう。すまほくらい持ってるでしょ。」
「はい。」
と懐からすまほを取り出す。
つられてニニギも自分のすまほを取り出し重ねる。
ふたりは連絡先を交換した。
連絡先には「イワナガ」と、表示されていた。そのイワナガこそ後に大きな存在となるイワナガヒメであるのだけど、今のニニギには知る由もない。
女神はニニギの手当の他に甲斐甲斐しくサクヤの世話もしている。
さっきまで元気に飛び跳ねていたサクヤがすごくおとなしい。
どうしたもんかと少し心配になる。
女神が決心したかのように口を開いた。
「この子は誰かを助ける度に命を縮めるの。
でね、この『ばふ』で今生の命はお終い。
明日には人の姿になる前に消えてしまうわ。」
「えっ?俺を助けたから?」
「でも、心配しないで!すぐに生まれ変わるわ。
だけど、せっかく遊んでくれたお兄ちゃんの記憶は失ってしまうわね。」
ニニギははっとした。
そう、キツネを追っているとき、何度も危ない目にあっていた。
運がよかったと言えばそれまでだけど、いつも助けてくれていたんだ。
自然にニニギの手はサクヤを撫でていた。サクヤもニニギに甘えるようにすり寄ってくる。
「ありがとうな。来世でも遊んでやるから、近くに生まれて来いよ。」
サクヤは幸せそうに目を閉じてニニギにもたれかかる。怪我をしたところをかばうようにそっと寄り添ってくれる。
ニニギはサクヤの柔らかな毛並みを撫でながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
この気持ちに名前があるのなら、きっとまだ知らない。
夜も更ける頃、弱々しいサクヤの尻尾がそっとニニギに触れた。
サクヤは一度だけニニギを見上げる。
その瞳はどこか満ち足りたように穏やかだった。
朝になる前に、ニニギとイワナガヒメに看取られ、サクヤは静かに消えた。
あたりに桜の花びらを散らして・・・。
あの追っかけっこしたキツネのサクヤはもういないんだ。
ニニギの心はぽっかりとした感覚にとらわれた。
その日散った桜は、遠い未来でもなお、人々の胸に残り続けている。




