第十一話 サクヤとの再会
約束の日がやってきた。
久々にサクヤに会える。楽しみだ。ただ、どういう顔で会えばいいのかな。
待ち合わせの渓谷の岩に腰掛けて水の流れを見つめている。ただ、顔は少し期待で上気している。
「おはよう。待った?」
背後からイワナガの声が聞こえた。よかった、にやけた顔を見られなくて。
「そうでもないよ。水の流れを見ているとなんだか楽しくて。」
嘘でも本当でもない。実際は二人のことを考えていたら時間が過ぎていただけだ。
「にぃにぃ。」
初対面のはずのサクヤからそんな言葉が漏れた。
「あ、この子コノハナサクヤヒメ、サクヤよ。」
イワナガが紹介するも、サクヤの目はニニギに注がれ、動こうとしない。
「あのぉ、どこかでお会いしましたっけ?」
「いや、初対面だよ。でも、なんだか懐かしいな。」
「私もです。」
「僕はニニギ。お兄ちゃんでもにぃにぃでも好きに呼べばいいよ。」
「はい、わかりました。にぃにぃでいいかな?お兄ちゃん。」
どっちやねん!と突っ込みたくなるが、にっこりと笑うサクヤはやはりかわいい。あの頃のように桜色に耳を染めている。
暑い空気の中、渓谷からの水を帯びた風がひんやりと揺らす。
「こんな日は『音守処』で『うちなーぜんざい』かな。さぶすくのふりーどりんくには入っていないから、ニニギ、供物の魚、3匹お願い。」
「へっ?ふりーどりんく以外もあるんだ。と感心。」
「あんたってめにゅー表も見ないんだね。」
「そんなのあるなんて知らないよ。」
「全くぅ。そこから?」
あきれながらもニニギに説明する。
「じゃ、私たちは先に音守処に行ってるから、供物、お願いね。」
「ああ、わかったよ。小さくても文句言うなよ。」
姉妹は仲良く音守処へ向かう。道すがらサクヤに神さぶすくの話などをし、音守処のマナーを教える。
音守処に着くと、渓谷の炭酸水を飲みながらニニギを待つ。
「お待た。ちょうどウグイを見つけたから、これでいい?」
とニニギの声。手には朴葉に包んだ3匹のウグイ。さらに朴葉を何枚か持っている。
「あら、ステキ。じゃあ『たぶれっと』から『うちなーぜんざい』を注文するね。そこの『音納』に供えてくれる?」
『音納』の上に朴葉、その上にウグイを載せて手を合わせると、供物はすっと消えた。カウンターには3つの『うちなーぜんざい』が置かれていた。
「この『うちなーぜんざい』だけど、本来は南の島でしか食べられないらしいの。金時豆の甘煮に白玉を入れて、削り氷をかけたやつ。珍しいでしょ。夏はこれが美味しいわね。頼めばいつでも出てくるけど、さすがに寒い冬に食べる気はしないわ。私、冬は氷抜きにしてもらうの。それも甘くて美味しいんだから!」
意外なところでイワナガが甘党なのが発覚した。
イワナガの好きなコトがひとつ知れて嬉しい。
そして三人で『うちなーぜんざい』を食べる。
この甘さと、そしてこめかみにキーンとくる冷たさに悶える。
「さてと、今日はサクヤのさぶすく契約も済ませたし、これから頑張ってお掃除しますか。サクヤはここの卓と椅子をきれいに拭いて、そのあと床の雑巾がけね。ニニギは普段手を入れていない外を頼むわ。裏に竹箒があるからそれで場を整えてね。」
「えー。俺だけ暑い思いをするの?」
「大丈夫。木陰でいい具合よ。それに、そうだな、この後うちの離れでお茶を一杯いかが。」
「よっしゃ、乗った。美味しいお茶、期待してる。」
ニニギが扱いやすい男でよかった。
さて、私は手つかずだった楽器と楽譜の虫干しをしましょう。
裏手の陰になっているところに楽器と楽譜を並べる。
虫干ししている間に、棚にしっかりとハタキをかけ、雑巾で拭き、真新しい綿の布で棚を磨く。
楽器を戻したとき、深い深呼吸が楽器から聞こえた気がした。
楽譜も同様、ひとりでに踊りだしそうな気配がある。
喜んでいるんだ。
そう感じるひと時が好き。
「おーい。掃除終わったかぁ。ちょっといいもの食べさせてやるよ。」
ニニギの言葉に、庭に出てみると、落ち葉に火をつけてその上に枝を組み、朴葉が置かれている。その上にはヤマブドウ。深い紫色が熱を加えられて、今にも「食べて食べて」と催促しているかのよう。
味見してみるとたしかに美味しい。いつも食べ慣れているヤマブドウがこんなにも甘いなんて。
イワナガはふと思いついて、朴葉の上にお茶の葉を載せ、焚火の傍でゆっくりと箸代わりの枝でかき混ぜながら茶葉を炙った。
「さ、片付けすんだら行きましょうか。」
そう声をかけて三人は離れへ急いだ。
◇ ◇ ◇
離れでは、イワナガが熱いお茶を淹れてくれた。
「えっ、こんなに暑いのに熱い茶かよ。」
ニニギは不服そうに言うも、
「いいから飲んでみなさい。」
イワナガの言葉には絶対服従がある。
ふてくされながらも素直に口にすると、
「えっ?何これ?すごく香ばしいし、この熱いお茶がちゃんと汗を流してくれている感じ。とても気持ちいいよ。」
隣のサクヤも同じ意見のようだった。
「ね、いいでしょ。このお茶もひと手間加えているしね。」
「あ、さっきの炙ったやつ?それだけでこんなに香りがいいんだ。」
「そう、ほうじ茶っていうの。焙じることで香ばしくするの。いきなり真似しないでね。失敗すると無残な味が残るから。」
見透かされたようでばつが悪い。
「わかった、でもここで飲ませてくれよな。」
そう頼むのが精一杯のニニギだった。
「ええ、わかったわ。準備が大変だから気が向いたらね。」
ちょっぴりしゅんとなるニニギもかわいい。
「明日も来れる?私はやることがいろいろあるから、二人で渓谷のあたりで遊んでいて。頃合いみてメッセージから呼ぶから待ち合せよう。」
イワナガの提案に二人で頷いた。




