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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
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March Story44

勇人の過去の物語を知った蒼太は、"今"の勇人のもとへと向かう───。

 心の中あった何か一つを失ったような───どこか、ぼんやりとした気持ちを抱えながら、蒼太は、屋上から2階へと続く階段を下った。


 廊下を照らす蛍光灯の明かりが、ああして輝葉と話して、夜空の下の空間にいた間も、「現実は、ちゃんと続いていたんだよ」と、蒼太に伝えてきているように思えた。


 蒼太は、蛍光灯から視線を、見慣れたドアの方角へと移す。


 今まで、何度も───今となっては、意識せずに開けるようになってしまった、部屋の───オフィスのドア。


 約束をしていたわけではないが、蒼太は、勇人が、自分が戻ってくるまでの間、あの部屋の中にいたような気がして、ならなかった。───その思いを確信に導く証拠のように、ドアの隙間から、微かな光が覗いている。


 蒼太は、その光に向かって進んだ。


 そっとドアノブを掴んで、ゆっくりと、ドアを引く。


 やはり───その中に、勇人は、いた。


 オフィスにメンバー6人が集まる時、勇人がいつも座っている場所───ドアを入って右にあるソファの一番奥。


 蒼太は、動きかけた足を止めた。


 ───ソファの背に寄りかかるようにして、勇人が眠っている姿に、気付いたからだ。


 思えば、蒼太が、勇人が寝ているところを見るのは、ほとんど記憶にないことだった。


 小さい頃、同じ部屋で寝ていた時はいつも、蒼太は、勇人より先に眠ってしまっていた。そして、蒼太が起きる頃にはもう、勇人が先に起きていた。


 蒼太は、そっと、ソファに近づいた。


 目を閉じた表情を隠すことなく、そこにいる勇人の姿を見た、その瞬間───蒼太の頭の中に、輝葉の声が、言葉が、蘇った。



 "……私の中での勇人ってね、決して……強い人間じゃなかったの"



 あの言葉の意味は───今の自分だから、理解できるものなのかもしれないと、蒼太は思う。


 今までだったら───勇人の過去を知らない自分だったら、理解しきれな方だろう、と。



 ───知らなかった。



 いや───違う。今まで、考えたことがなかったのだ。


 勇人が───兄が、今の自分と同じ年の時、何を見て、考え、生きていたのか。


 蒼太にとって、勇人は、ずっと、背中を追う存在だった。


 自分が悩んでいること、不安なことは、きっと、兄ちゃんが同じ年だった時にはなかったんだろうと、思い込んでいた。



 でも───違った。



 ───兄ちゃんも、同じだった。



 ぎゅっと胸が締め付けられて、蒼太は、一瞬、泣き出しそうになった。


 それを、ぐっと堪えるために首を振り、蒼太は、そっと、勇人の肩に向けて、手を伸ばした。


「……兄ちゃん」


 小さな声で呼びかけたはずだったのだが───その一言で、勇人は、目を覚ました。


 開いた瞼の中の瞳が、僅かに動き───直後に、蒼太の姿を捉える。


 そして、その目が一瞬にして、鋭くなった。


「……遅ぇよ」


「えっ……?」と身構えた蒼太に、勇人は言った。


「あっ……あ、あ……ごっ……ごめんっ……」


 反射的に謝りながら、蒼太は、あたふたと時計を見上げる。


 時刻は、午前4時を回ったところで、勇人と別れてから2時間が経っていた。


 だが、輝葉から聞いた話の内容の濃さを考えると、「まだ、それしか経ってなかったんだ……」と思ってしまう。ただ、そう思ったことを勇人に話すと怒られそうなので、黙っておくことにした。


 勇人は、一つ、長い息を吐き出すと、体を起こし、立ち上がった。


 蒼太がその姿を見つめていると、勇人の視線が再び蒼太の瞳を捉えた。


「お前、あいつに何か言って、話ややこしくしたんじゃねぇのか」


 その問いかけに、蒼太の口から、「へっ……?」という、素っ頓狂な声が漏れる。


「しっ、してない……!してない……と思う……!」


 突然、この兄から向けられる疑いほど、怖いものはない。本当に、そんなことはしていないつもりなのだが、この後の、勇人と輝葉との会話の中で、無自覚にそれを行っていたことが判明してしまったら、どうしよう。


 勇人は、蒼太の反応を何も言わずに見つめると、


「2時間もなに話すことあんだよ」


 と、蒼太に語りかけているのか、独り言なのか分からない言葉を残して、蒼太の横を通り過ぎていった。


 蒼太は、その姿を振り返る。


 勇人は、振り返らずに部屋を出て行ったが、蒼太は、その背中を呼び止めることは、しなかった。


 ※


 時計の針は、4時を少し過ぎている。


 室内には、秒針が動く音だけが響いている。


 カーテンのすき間から覗く空は、真っ暗で、いつまでも夜が明けないような───そんな気がした。


 蒼太は、ソファから立ち上がった。


 部屋を横切り、ドアを開けて廊下に出る。


 ゆっくりとした足取りで、蒼太は一階に向かう階段を下った。


 一階の廊下の突き当り───社長室のドアは、いつものように、閉まっていた。


 蒼太は、そのドアに近づいた。


 勇人が、かつて、そうしていたように、そっと、ドアノブを回す。


「───ああ」という、聞き慣れた声が、蒼太を出迎えた。


「蒼太くんか」


 いつものように───新一は、窓の前にある椅子の上に、座っていた。そして、いつものように、優しく微笑んでいた。


 新一は、ずっとこうして、蒼太と勇人が家に帰るまでの時間を過ごすつもりなのだと分かった。2人が、いつでも、自分のもとを訪ねてきて、いいように───。


「今……ぼくの番が終わりました」


 蒼太は、新一のもとに近付いて言った。


 新一が、「そうか」と穏やかに頷く。


「あの……社長」


 蒼太は、新一の深緑色の瞳を見つめた。


「社長に、聞きたいことがあるんですけど……いいですか……?」


 蒼太の目を見つめ返した新一が、「うん」と、その目を笑わせる。


 そうして、椅子から立ち上がった新一は、


「座って、話そうか」


 部屋の中心にある応接セットを、指差した。


 ※


 テーブルを挟んで、ソファに向かい合って座った新一に、蒼太は、「社長……」と口を開いた。


「ぼく……聞いたんです。御神輝葉さんから……兄ちゃんの、小学生時代のこと……」


 新一の目が、微かに大きくなったように見えた。


 蒼太は、その目に向かって、息を吸い込む。


「そこで……知りました。"ASSASSIN"ができる前……社長が、"社長"になる前……兄ちゃんと、どんな時間を過ごしてきたのか……」


 新一の胸が、ゆっくりと上下するのを、蒼太は見た。


 蒼太は、自分が緊張を感じているのに気付き、膝の上の手を、そっと握りしめた。


「社長は……兄ちゃんが考えた……ノートに記した組織をもとに、”ASSASSIN”を、つくったんですよね……?」


 新一は、蒼太の目を、見つめ返してきた。


 ───その目が、揺らぐことは、なかった。


「───うん」


 新一は、頷いた。


 頷いた直後───その顔に、柔らかい、笑みが広がる。


「正しく説明すると、創立を決めたのは、私ではなく、優樹菜ちゃんだったけれどね」


 新一は、その記憶を回想するように、ゆっくりとした口調で、語りだした。


「私は、勇人くんからノートを託されて───それをずっと、手元に保管していたんだ。勇人くんが中学3年生になって、学校に少しずつ行けるようになってから、優樹菜ちゃんが勇人くんと再会して……そこから、”あるきっかけ”で、私と優樹菜ちゃんが出会い、私は、私が知っている勇人くんの過去を、優樹菜ちゃんに話した。その中で、あのノートを、優樹菜ちゃんに見せたんだ。その内容を見た優樹菜ちゃんは、勇人くんが考えた組織を……”ASSASSIN”を創ることを決意した」


 新一は、そっと、カーテンが閉まった窓の方に目を向け、


「───その話は、今から語ると、きっと、とても長くなってしまう。また、別の機会にした方がいいかな?」


 確認するように、蒼太の目を見つめた。


 蒼太は、「はい」と頷いた。


 今は、確認するまでもなく、とても遅い時間だ。"ASSASSIN"の創立話が、気になることは事実だが、それを受け入れるまでの体力は、今の蒼太に残っていなかったし、勇人が戻ってくるまでの間に、その話が終わるかどうかも、分からない───。


 ───そこまで考えて、蒼太は、「あっ……」と、"あること"を思い出し、「え、えっと……」と目を泳がせた。


「……その、兄ちゃんのノートなんですけど………ごめんなさい……今、ぼくが持ってるんです……」


 あれは───去年の9月のことだった。


 資料室の本棚の中に、あのノートを見つけ───色々あった結果、家に持ち帰ってしまっていたのだ。そして、そのまま、返すことを忘れてしまっていた。


 蒼太の告白を受けた新一は、


「ああ───そうだったのか」


 驚く様子はなく、納得したように、微笑んだ。


「ついこの前、資料室で資料を探していた時、あのノートが見当たらくなっていて、不思議に思っていたんだ。そうか、蒼太くんが持っていたんだね」


 蒼太のことを、とても優しい目で見つめた新一は、「───そうか」と、もう一度、頷いた。


「きっと───私が持っているより、蒼太くんの手元にあった方が、ずっとよさそうだね。あれは、勇人くんの持ち物だったから───いつかの将来、蒼太くんから、勇人くんにのもとに、返してあげてほしい」


 蒼太は、新一の瞳を見つめ返した。


 新一が発した言葉は、自分に向けられたもののようで、同時に、新一が新一に向けて、語りかけているかのようなものだった。


 不意に───新一の目が、ふっと、微かに、暗さを帯びた。


「……あのノートを見るたび、私は、いつも、後悔を感じていたんだ」


 新一は、蒼太の方ではなく、自身が膝に乗せた指先を見つめながら、言った。


「あの時、勇人くんが寝ていた2階の部屋に、一緒にいてあげられてたら……勇人くんが一人で外に出て、殺し屋に襲われることなんてなかったんじゃないか。勇人くんと輝葉ちゃんに、ビル群で遭遇しなくなった時期に、2人の居場所を探せていたら……2人を助けることが、できたんじゃないか……」


 膝を掴む新一の指先に、力がこもるのを、蒼太は見た。


「勇人くんのことも、輝葉ちゃんのことも……私は、救えなかった。2人の姿を、境遇を、知っていたのに……何もできなかった。考えれば考えるほどに、"あの時、こうしておけばよかった"という感情ばかり浮かんで……私は、過去のことばかり見つめていた」


「……でも」と、新一が、視線を上げた。


「変えられるのは……”今”だけなんだ。私は……今日、この場所で、勇人くんと輝葉ちゃんが会う話を聞いて、そう思ったよ」


 その目には───とても、悲しげで、とても、優しい色が浮かんでいた。


「……輝葉ちゃんは、勇人くんに、何を話すんだろうね」


 新一は、蒼太と同じ物語を───勇人と輝葉の物語を知っている人だった。


 そして、新一はきっと、その結末を、想像している。────蒼太がしているのと、同じように。

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