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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
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March Story43

ついにやってくる、決意の時───。

「蒼太くんに、聞きたいことがあるの」


 輝葉は、蒼太の目を───蒼太の心を、じっと覗き込むように見つめた。


「あの時───私が、勇人の人格を昔に戻してあげるって言ってたら……蒼太くんは、私にそれを願おうとした?」


 そう問われて、蒼太は、「それは……」と、口にした。



 蘇ったのは───かつての、自分の声だった。


 "……兄ちゃんに……会いたいよ……。……前の優しかった兄ちゃんに会いたい……"


 この町で、勇人と再会して、勇人と対面して話した、あの瞬間。


 自分の記憶とは違う人になってしまった───あの時は、そう感じた勇人に、投げかけた言葉。


 目を閉じると、今でも、はっきりと、”あの頃”の───自分があの時、もう一度会いたいと思っていた、勇人の姿が浮かぶ。


「蒼太」と呼んでくれる声の優しさも、髪の毛を撫でてくれる手の柔らかさも、自分に向けてくれた笑顔も───全部、覚えている。


 輝葉の能力によって、勇人の記憶を失っていた4年間以外───その存在を思い出した瞬間から、今まで、忘れたことがない。


 その姿に、重なって───。


 うんざりしたような声。体に触れる雑な手付き。呆れたように息を吐き出す仕草。


 ───今の勇人の、姿が浮かぶ。


 ”兄ちゃん”と呼んだら───必ず、自分のことを向いてくれる目。───昔から、今も、ずっと変わらないところ。



「……わかりません」



 蒼太は、首を横に振った。


「……きっと、あの時のぼくなら……すごくいろいろなことを考えて、答えを出そうとしたかもしれない……。そうして……もしかしたら、”兄ちゃんを昔に戻してください”って、あなたに頼んだかもしれない……」


 蒼太は、確かな目で、輝葉を見つめた。


「でも……今のぼくは、そうしようとは思わない……。ぼくは、あの頃、兄ちゃんと過ごした時間を、この先もずっと忘れないと思う……けど、同じくらい、この町で再会してから兄ちゃんと過ごした時間を、失いたくない……。なかったことにしたくない」


 握りしめた指先に、力がこもる。


 これは───取り繕った言葉なんかじゃない。ただの自分の、我儘なのかもしれない。───でも、この気持ちは、嘘じゃない。


 輝葉は、静かに、蒼太の目を見つめ、


「……君は、やっぱり、強い子だね」


 息を漏らすように、そう言った。


「私とは違う。……そして、あの頃の、勇人とも違う」


 輝葉の瞳は、夜空に、ただ一つ煌めく星のように見えた。


「私……11月のあの時、勇人の人格をもとに戻してほしいって願わせるの、最初は……君にしようと思ってたんだ」


 そう告げられて───蒼太の心に、衝撃は浮かばなかった。


「君は、私と同じくらい……昔の勇人に会いたがってる……そんな気が、してたから。それに……君は、勇人の弟っていうだけで、私とは、特別な関わりなんてない。何もない存在だって感じれていればいいんだって、思ってた」


 輝葉は、ほんの僅かに首を傾けた。


「……覚えてるかな?私が、あの日、君に、”君の願いを叶えてあげる”って持ち掛けた時、君、私に、こう聞いてきたよね?───”どうして、ぼくなんですか?”って」


 蒼太は、微かに、頷いた。覚えている───あの時も、こうして、夜空の下、輝葉と向き合っていたことも。


「私が、どうしてだと思う?って訊き返したら、君は、こう答えた。”ぼくが、兄ちゃんの弟だから?って……」


 輝葉は、あの時と違う───とても静かで、穏やかな目で、蒼太を見つめていた。


「私、そう言われて、気付いた。私の目的のために君を利用しようと考えるのと同時に───君の姿に、昔の勇人を重ねていたことに。そう気付いた時、私は、君のことを……君のことだけは、傷つけたくないと思った」


 輝葉の瞳の中に、深い感情が浮かぶ。


「───でもね、こうして、話してるとわかる。君は、勇人とは違うんだって。あたりまえだよね。兄弟だからって、中身まで瓜二つなわけ、ないもんね」


 そう、言葉を発して、輝葉は、目を伏せた。


「……随分、長話、しちゃったね」


 しばらくの間をつくった後で───輝葉は、視線を上げた。


「蒼太くん、約束の時間───君は……清水清隆のことを、どうしたい?」


 ※


 そう問いかけられて───蒼太は、思い出す。


 自分が今、ここにいる理由。


 輝葉と向き合っている理由。


 勇人の過去の物語を、聞いていた理由───。



 それは、すべて───この時のために、あったのだ。



 ───1歳から11歳までの期間をともに過ごした、"義理の父"・清水清隆を、自分が、どうしたいかを、決めるため。



「……ぼくにとって、あの人は……”お父さん”でした」 


 蒼太は、口を、開いた、


 ゆっくりと、自分の心の声に、耳を澄ませるり


「優しくて、頼りになって……いつでも、ぼくの味方でいてくれる……"お父さん"。ぼくは、あの姿を信じてました……12月のあの日……あの人の正体に気付くまで……。いや……あの"お父さん"の姿が、あなたの能力によってつくられたものだと知ってからも……ぼくは、あの人が、殺し屋で、ぼくが見てこなかった姿を持っていることを、信じられずにいた……」


 蒼太は、顔を上げ、輝葉の瞳を見つめる。


「……だから……あなたは今、教えてくれたんですよね……?ぼくが知らなかった……清水清隆の姿を……」


 輝葉は、頷かなかった。ただ、じっと、蒼太の目を見つめ返してきた。


「兄ちゃんの目を通してみた、あの人の姿を知って、わかりました。清水清隆が、どれだけ、兄ちゃんやお母さんを苦しめてきたか……。そしてぼくは今、それを……絶対に……許したくない……。……それを、償わせたい」


 蒼太は、きつく、拳を握る。


「ぼくは……あの人のことを……捕まえないといけない。あの人の息子としてじゃない。……”ASSASSIN”の、ぼくとして」


 それは───決して揺らぐことのない決意だった。


「───わかった」


 輝葉は、静かな声で答えた。───それはまるで、蒼太が、その決意をすることを、どこかで予感していたかのような答えだった。


「そのためには、清水に、殺し屋時代の記憶を蘇らせて、外の世界に身を送らないといけない……その準備には、一日くらいの時間がかかるかもしれない。清水が外の世界に出たら……君に伝えるから───それからのことは……君たちに任せて、大丈夫だよね?」


 蒼太の瞳の奥深くを見つめるように、輝葉は問いかけてきた。


「───はい」


 蒼太は、深く、頷いた。


 ───輝葉が言う、”君たち”というのは、自分たち、”ASSASSIN”のことだ。


 ぼく一人だったら、きっとできない。ぼくは、殺し屋に戻ったあの人とは、対等に戦えない……。


 ───でも、みんながいるから大丈夫。みんなが、いてくれるから───。


 その確信は、蒼太の心を、強くしてくれるものだった。


「───このまま、こうして話し続けてたら、夜が明けちゃうね」


 不意に───輝葉が、空を見上げた。


「そろそろ、お別れの時間だ───蒼太くん」


 目を見つめられ、そう告げられた瞬間───蒼太は、”あること”に思い当たり、「……あの」と、口を開いた。


「お母さんの……ぼくと兄ちゃんのお母さんのお墓を建ててくれたのは……あなたですよね……?」


 その問いに───輝葉の表情は、変わらなかった。


 ただ、じっと立ったまま、動かなかった。


「……あなたがしてくれた話の中で、お母さんが、亡くなった後のことは、明かされなかった……。ぼくは、お母さんがいなくなった後……お母さんは、事故で亡くなった……そういう話を、聞かされてきました……。でも……それが、真実じゃなく、あなたの能力によって作られた話だったと知って……思ったんです。お母さんが、御神有馬のアジトの中で亡くなったんだとしたら……その後、お母さんは、どうなったのか……。ぼくは、お母さんの故郷……瑞橋市にある、お母さんのお墓に、何度も行ったことがある……。それは……お母さんが亡くなってから誰かが建てたんじゃないと、辻褄が合わない……。それをしてくれたのは……あなたなんじゃないですか……?」


 真っ直ぐに、輝葉を見つめる。


 ───しかし、彼女は、蒼太の瞳から、目を逸らした。


「……さあ」


 ゆるりと、輝葉は、首を振った。


「───どうだろう」


 その姿に、蒼太は、声を詰まらせた。


 彼女は───これ以上、自分に、母のことを追求されることを、望んでいない。


「……あなたは、これから……兄ちゃんに、何を伝えるつもりなんですか……?」


 代わりに、蒼太は、問いかけた。


 輝葉の肩が───微かに、動いたように見えた。


 ゆっくりと視線を上げ、輝葉は、ふっと、口元を笑わせた。


「───人の話を盗み聞こうとするのは、よくないよ」


 ───その表情は、蒼太に、出会ったばかりの頃の輝葉の姿を、思い起こさせるものだった。


 何を考えているのか分からない。心がどこにあるのか分からない。───それが、蒼太にとっての、御神輝葉だった。


 でも───今は、違う。


 彼女の口から語られた、勇人の過去の中にいた彼女は───そんな人ではなかった。


 そして、今、蒼太の目の前にいる彼女も────。


「……さっき……あなたが言ってたこと……兄ちゃんが、自分の弱いところをあなたに見せていたのは……、あなたが兄ちゃんにとって、ただ、あの場所で会うだけの存在だったから……って、言ってたこと……」


 蒼太は、どこを見つめているか分からない輝葉の瞳に向かって、語りかける。


「それは……たしかに、そうなのかもしれない……。兄ちゃんは、ずっと、家でも学校でもない……他の場所に、自分の居場所を見出したかったんだと思います。そして、そこに、誰かが、いてほしかった……。……でも、兄ちゃんにとってそれは……あなたじゃない、他の誰かでもよかった……なんて、そんなことなかったって……ぼくは、思います」


 蒼太は、自分の声に、力がこもっていくのを感じた。


「あなたが……あなただったから……兄ちゃんは、あなたのことを信じられた。大切だって、大好きだって思えた……。だから……これからも、ずっと一緒にいたいって……願ってた……」


 輝葉が、すっと、瞳を動かした。


「───ありがとう」


 蒼太の声を途切れさせるように、輝葉は、言った。


 その顔は、とても穏やかで───蒼太は、何も、言葉を返せなくなった。


「でも、もう、いいの。……私、勇人に、最後に伝えること、決めてきたから」


 輝葉は、言った。


 蒼太は、首を、横に振る。


「……最後なんて……勝手に、決めないでください……」


 漏れ出た声は、悲しみで震た。


 輝葉が、微笑む。


「───まるで、勇人みたいなこと、言うんだね」


 ───その言葉が指す”勇人”が、昔の勇人なのか、今の勇人なのか───それとも、どちらもなのか。───蒼太には、分からなかった。

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