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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
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March Story41

ふたりが支払った、代償の正体───。

 頬をつたる、冷たい感触に、蒼太は、はっと息を呑んだ。


 手の甲で拭うと、それは、透明な液体───涙だと分かった。


「……これで、この話は、おわり」


 輝葉が、言った。


 その声は、とても、静かなものだった。───まるで、今この世界に存在しているのが、蒼太と輝葉の、二人しかいないのではないかと、思えるくらい。


「最初にいった通り……これは……私が勇人に吐いた嘘と、勇人が私に支払った代償の話……だったでしょう」


 その問いに───蒼太は、答えることができなかった。


 蒼太の目を見つめた輝葉は、すっと、その目を閉じた。


「……この先は、昔話の……後日譚とでも言おうかな」


 瞼の下から、幻想的な色を帯びた瞳が、微かに覗く。


「……御神有馬は、死んだ。……その後、勇人は、源新一さんに見つけられた。源さんは、この建物にいたはずの勇人がいなくなったことに気付いて、必死に、勇人のことを探していてくれたみたいだよ。結果……私たちが住む”世界”の入り口……狭い狭い路地の中にあフェンスの前に倒れてた勇人を、源さんは見つけてくれた」


 輝葉は、そこで、言葉を止め、


「……私が、あの時……勇人と一緒にいたあの公園からいなくなった理由は……自分でも分からない……」


 息を漏らすような、微かな声で、言った。


「その間の記憶が、すっぽり、抜けおちているの。目が覚めた時……私は、自分が住む屋敷の───御神有馬のアジトにいた。自分の部屋のベッドに横たわっていた。……そして、眠っていた間、自分が見ていた夢を、回想していた……」


 輝葉の口調は、再び、物語を朗読するようなものへと、変わっていった。


「その夢の中で、私は、”外の世界”にいたの。いくつも立ち並ぶ廃ビルの中に、一人ぼっちで座ってた。この世界は、私のいるべきところじゃない。でも、私は、私がいる世界が怖い。だから、少しでも、離れた場所にいたい……そんなふうに、怯えていた私を……見つけた人がいた。黒い髪に、赤い目をした男の子。その子は……私を、見つけてくれた。私は、その子に、信じられないくらいに、幸せな景色を見せてもらった。たくさんの思い出をもらった」


 輝葉は、そこで、言葉を止めた。───自分自身の胸に、その事実を、刻み込むように。


「夢から覚めた直後……有馬が、私のもとに来た。そして、ある人の名前を口にして、”この少年が、今、どこにいるのか教えろ”と言ったの。……私は、その名前に、聞き覚えがなかった。だから……言われるがまま、淡々と、答えた。……その子の、居場所を」


 輝葉は、蒼太の目を見つめ───


「信じられないでしょう。私、忘れてたんだよ。……勇人のことを」


 自信を嘲るように、口元を笑わせた。


「有馬が部屋から去った後───再び、私の意識は途切れた。ただ、意識を失っている間……夢の続きを見たの。……夢に出た男の子……あの子が、御神有馬を、殺す瞬間を……」


 輝葉は、口元に笑みを保ったまま、そう語った。───表情を変えてしまったら、全てが崩壊することを自覚しているから───蒼太の目に、その表情は、そう映った。


「私は、それが、自分の身に現実に起きていたことなのか、私がつくりだした幻想なのか───分からなかった。もう一度、目が覚めた時、聴こえたのは、やかましいくらいの喧騒だった。部屋を出ると、有馬の部下たちが、”ボスが死んだ”、”殺された”と騒いでいた。私はそれを聞いて、───”ああ、そうなんだ”って思った。どうしてか分からないけど、夢が、現実になったのねって。私は、夢の中の男の子が誰なのか、本当に存在しているのか、調べようともしなかった。別に、どうでもいいと思った。───勇人と過ごした日の記憶と、元の人格を失った私は……そうとしか、思わなかった」


 輝葉は、薄い膜の中に感情を閉じ込めた、ガラスのような瞳を、蒼太に向ける。


「勇人といたあの公園から、無自覚にいなくなり───気付けば、人格を失い、新たな人格として、御神有馬の意志を引き継いだ、人を傷付けることを厭わない冷酷な人間になっていた……それが、勇人の願いを叶えた私に課された、代償だった」


 ※


「有馬の後継者として、組織の当主になってから───私は、あの日に見ていたものと同じ夢を、繰り返し、繰り返し見た。───だけど、思い出せなかった。有馬の後継者になるまで、私は一体、どんな人生を歩んできたのか。夢の中に出てくる男の子は誰なのか───」


 輝葉の声は、蒼太ではなく、頭上に広がる、真っ暗な空に向かい、言い聞かせているようなものだった。


「……私が、勇人のことを思い出したのは……”ASSASSIN”の存在を、知った時」


 その言葉は、ぽつりと、蒼太の耳に響いた。


「今から、ちょうど一年前……3月のある日ーーー部下の一人が、”我々殺し屋を追う組織が活動を始めた”と、報告してきたの。……”ASSASSIN”……その名を知って、私は、すべてを思い出した。あの夢は、夢なんかじゃない。”ASSASSIN”は……勇人が考えた、組織だった……」


 ”ASSASSIN”───蒼太が今まで、何度も口にし、耳にしてきたその名を、輝葉は、とても───とても、繊細な声で語った。


「私は、全部思い出した。勇人と過ごした日々のこと。勇人が私にくれたもの。勇人とした約束。……私が、勇人に誓ったこと」


 辺りを吹いて風は、いつの間にか、止んでいた。


 蒼太は、そこでも、言葉を返すことができなかった。


 彼女の言葉の続きを聞くことを自分が望んでいるのか、いないのか───分からなかった。


「……勇人が私に支払った代償が……どこからどこまでの出来事をさすのか……私には、分からない」


 蒼太の反応を待たぬまま、輝葉は、口を開いた。


 それは───彼女が、その続きを語ることを望んではいないのに、語らなくてはいけない───そう、自分自身を、締め付けているようだった。


「……有馬の部下に連れ去られて、殺されかけたこと……」


 輝葉が、語りだす。


 勇人の身に起きた出来事を───再び、物語の一部としてではなく、彼女自身の言葉で。


「……お母さんの死を目撃したこと……。……お母さんを殺した、御神有馬を、殺したこと……」


 輝葉はもう、声の震えを、抑えようとしなかった。───抑えきれないほどの感情が、彼女の心を、埋め尽くしているのだ。


「……どこからが、決められていた未来で……何が、代償によって導かれた結果だったのか……それは……今考えても、分からない。この先も、答えは出ないのかもしれない。……だけど、間違いなく分かることが、一つだけある。……あの日、あの瞬間……勇人の身に起きた出来事がきっかけになって……勇人が、変わった……ただ、それだけ」


 蒼太は、呆然と、輝葉の姿を見つめた。


 勇人が、変わってしまった理由───それを、自分は、知っていたはずだった。



 ───自身を襲った殺し屋を、殺めてしまったこと……。


 ───理解していたはずだった。


 その過去は、変えられなくても、ぼくは、兄ちゃんのそばにいる───それを、勇人に、伝え続けてきたはずだった。



 ─── ……でも……それだけじゃ、なかった……。



「……私は、勇人のことを思い出して、すぐに、勇人の現在を探った。……そこで……本当の意味で、理解した。……私は……私の能力で、勇人の人生を狂わせたんだって……」


 輝葉が、途切れ途切れに、紡ぐ言葉。


 ───蒼太の脳内に、”ある光景”が浮かんだ。


 4月の、あの日。この町に戻って来て、このビル群の中で、勇人と再会した、あの瞬間───記憶の中に思い描く姿と、全く違う人間になっていた勇人を、目にしたこと。その時に感じた、あの感情……。


 蒼太は、あの時、勇人が”そうなった”理由が、分からなかった。だから───希望に縋ろうとした。


 再会した勇人の姿は、今まで、会えなかった時間がつくった差異なのだと。また、前みたいに、すぐ近くで、話ができたら───勇人は、自分のもとに、戻って来てくれる。あの頃と、何も変わらない姿で。───そう、信じていた。


 自分と輝葉の違いは───そこにある。


 彼女は───勇人の人格が変わってしまった理由を、知っていた。


 ───自分が、嘘をつき、勇人に代償を払わせたことを───彼女は、知っていた。


「……私は、勇人のことを、助けたいと思った。私のせいで、勇人が、変わったんだとしても……私が、そこから救ってあげなくちゃと思った。……きれいごとなんかじゃない。何が何でも……何を犠牲にしても、私が勇人の世界を変える……それから、私は、その考えに、憑りつかれるようになった」


 輝葉の声が、激しく揺れる。


「……けど……できなかった……。私一人の力では……何も変えられなかった……。清水清隆の時と同じ……私は、私自身の力で、人の人格を変えることが、できなかった……」


 輝葉の言葉は、蒼太に語りかけるものではなく、自分自身の心に叫ぶようなものへと、変化していった。


「……だけど、見ず知らずの人間の人格を変えてほしいって願ってくれる人なんて、いない。一瞬……思い浮かんだのは、私と同じくらい……もしかしたら、私以上に、勇人の幸せを願ってる、勇人のお父さんの存在だった。でも、すぐに、だめだと思った。勇人のお父さんに代償を払わせることはできない。そんなことしたら、勇人がひとりぼっちになっちゃうかもしれない……」


 言葉を詰まらせた輝葉は、「そんな時……」と、囁くような、声を漏らした。


「私は……気付いた。勇人の周りにいる……君たち……"ASSASSIN"のメンバーの、存在に……」

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