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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
388/410

March Story40

物語は、絶望の果てに終結する───。

「───どういうことだよ」


 ぼんやりと、その声は響いた。


 ゆっくりと、体内に意識が戻って来るような感覚があり、勇人は、目を開けようとした。


 しかし───開かない。


 精一杯、瞼を開こうとしているのに、真っ暗な景色しか見えない。


 背中に汗が滲んだ瞬間に───勇人は、はっと気が付いた。


 ───自分は今、仰向けに寝そべっている。


 背中についているのは冷たい床で、頭を微かな力で締め付ける何かがある。


 これは───目隠し───?


 自分がとっくに、目を開けることに成功していたことに気付く。ただ───外の景色を、塞がれているだけで。


 ここは───どこなのだろう。


 自分は今ここで、何をして───いや、されているのだろう。


「───どうして、本人が来てないんだっ」


 すぐ近くでしたその声に、勇人は、びくりと身体を強張らせた。


「俺はボスからの招集だからって、慌てて駆けつけたんだぞ。それだってのにあいつは……何考えてるんだ!」


 その、苛立ったような声は、頭上の高い場所からした。


「ひと仕事してから行くからって言って、聞かなかったんだよ」


 そこに、もう一つの声が加わる。


「バカ言えっ。ボスからの呼び出しに遅れるやつがいるか。いくら仕事入ったからって、普通断るだろ」


 吐き捨てるように答える声。


 勇人は、一度引いたはずの汗が、再び───今度は、冷や汗になって背中を流れていくのを感じた。


 男が2人、自分を取り囲むように立っている───。


 その瞬間───意識を失う前の記憶が、蘇った。


 自分は、外に出て、ビル群の中を歩いて───誰かに肩を掴まれて───誘拐されたんだ……。


「あいつは、殺人中毒者だからな」


 勇人が目を覚ましたことに気付いていない様子で、男たちは話を続ける。


「呑気なこと言ってる場合か!?ボスが来たら、どう説明するんだよ!」


「そう、騒ぐなよ。池達はボスのお気に入りなんだから、少しの遅刻くらい目を瞑ってもらえるんじゃないのか?そのこと、本人も分かってんだろ」


「……クソッ……!あいつのせいで、俺たちは、ここで雑用かよ。ああ、早く終わらせたいってのによお」


「雑用ったって、ガキの見張りだろ。何の苦労もねぇよ」


「そんなことがあるかっ!お前の事情は知らないが、俺は、子供が殺されるところを見るのは苦手なんだ!子殺しの仕事だって全部断ってるくらいだぞ!」


「だから、騒ぐなって。……たく、情けねぇな、お前」


「何言ったって、無理なもんは無理なんだよ!それに、池逹のやり方って、とんでもねぇらしいじゃねぇか……。子供だと特に、必要以上に痛めつけて殺すんだろ……」


「あー、らしいな。でも、今回はそこまで荒くやらないんじゃないか?目的は、血を吸うことなんだから。死体になってから、散々損壊するかもしんねぇけど、生きてる状態でやるよりマシだろ」


 勇人の心臓が、ドクン、と跳ね上がった。


 殺人中毒者?子供が殺される?血を吸う?死体になってから損壊する?───この人たちは、何を言ってるんだ……?


 平然と語られる言葉たちの渦は、勇人の脳内を、少しずつ浸食していった。


 この男たちは、自分を見張っている。そして、誰かの到着を待っている。その誰かとは、殺人中毒者で、子供を痛めつけて殺すことが好き。しかし、今回は、そんな殺し方はしない。目的は、血を吸うこと。血を吸って───殺すこと。


 この人たちは……この男たちは……殺し屋……?


 こいつらは、誰かが殺されるのを、待っている……?


 そして───その誰かとは、



 ……俺……?



 頭の先から、体温が下がっていき、頭が真っ白になっていく。


 あの日───清水清隆と、輝葉から聞いた話を、思いだした。


 輝葉の父親が、自分が持つ、”姿を消す能力”を狙っている───その力を奪い、殺し屋のために役立たせようとしている。


 輝葉の父・御神有馬の能力は、死んだ人の体から、生前、その人が持っていた力を奪うこと───。



 御神有馬が、自分を殺しにくる……?



 いや……男たちの話の中に登場した”ボス”というのが、組織のリーダーである御神を指すのなら、男たちが待っている人物は、違う人間ということになる。


 どういうことなんだ……?何故、今、こんなことが起きている……?


 輝葉は……?ここが、御神有馬のアジトなのだとしたら、彼女もまた、この場所に連れてこられているのか……?



「───お待たせ。あれ、まだ、ボスは来てなかったんだね」



 不意に───遠くの方から、新たな声が聴こえた。


 それは、若い男の声だった。爽やかで、穏やか声色に、勇人は、その人物がどこにいるのか探ろうとしたが、できなかった。


「池逹……!お前、焦らせるなよ……!」


 勇人のそばにいる男が、怒りの声を放つ。


「ごめん、ごめん。これでも早く終わらせてきたつもりだったんだけどな」


 池逹と呼ばれた男は、軽く受け流すように答え、「あーあ」と落胆したような声を漏らした。


「でも、ボスがまだおいでになってないんなら、もうちょっと時間かけてくればよかったかなぁ。───せっかく、この体での、最後の殺しだったのに」


「この体で、最後?どういうことだ?」


「ん?君たち、知らないんだ?僕、明日、整形するんだよ───体をね」


 勇人の存在など、その場にないとでもいうような様子で、池逹は答える。


「ボスの理想を叶えるんだよ。子供の姿をした殺し屋が見てみたい───っていう。ボスは、僕に便利なものを与えてくれる代わり、自分の願いも押し付けてくるんだよ。まあ、子供の姿になろうが、僕のやることは変わらないんだけどね───ただ、殺したいときに、殺したい人間を、殺すだけ」


 軽い足音が、近づいてくる。


 勇人は、身動き一つとることができなかった。


「ところで、その子?姿を消す能力を持ってる、男の子って」


 自分を見下ろす視線が、一つ増えたのがわかった。


「そうに決まってるだろ。他に誰がいるんだよ」


「嫌だな、確認だよ。間違って違う子供の血を吸ってしまったら最悪じゃないか。僕は、時間の無駄遣いが嫌いなんだ」


 おどけたような口調で言う声がした直後───勇人の肌に、ふわりと風が触れた。


「綺麗な顔をした子だね」


 耳元でした声に、勇人は、息を呑んだ。


 男が───自分の顔を覗き込んでいる……。


「目が隠れてるのに、分かるのか?」


「うん、大体わかるよ」


「というか、お前、標的の見た目とか気にするんだな。てっきり、どんな人間を見ても、全部同じ顔に見えてるような奴だと思ってたぜ」


「ははは。随分な言いようだね。まあ、あながち間違ってないけど。綺麗な顔してようが、汚い顔してようが、殺すのに変わりないんだからさ。ただ、僕は、殺す相手のことを観察するのは、好きなんだよ。その人間が、どんな人生を歩んてきたのか、感じることができるからね。この子は、そうだなぁ」


 男は、僅かな間をおいた後、


「大切に愛情を注がれて育てられてきたんだろうね。───ただ、同時に、孤独でもある」


 囁くような声で、言った。


「……っ!?」


 ───突然、服が捲られ、腹に、誰かの指先が触れた。


 それは、恐ろしく冷たい手だった。


 全身に鳥肌が立ち、頭の中が、冷たくなっていく。


「あれ?起きてるね」


 勇人の体の反応に気付いたのだろう───男が、手の動きを止めた。


 ただ、それは、ほんの一瞬だった。男の手は、勇人の腹を滑り、胸に向かって、真っ直ぐに進んできた。


 左胸のそば───その下に、心臓がある位置に、指先を置かれる。


 ドクドクドクドクドクドク…………心臓が、はち切れそうなほどに、脈打っている。


「目隠しを取るか?」


「いや、いい。こういう時に怯えた顔とかされるとさ、イライラするんだ」


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…………体が全力で、男の手を拒否している。


 なのに───勇人は、体を動かすことができなかった。ピクリとでも動けば、男の爪が、心臓に突き刺さりそうな気がした。


 男が、ふっと笑った気配がした。


「叫んだり暴れたりしないじゃないか。中々、好感がもてる」


 勇人の肌に触れた男の指先に、僅かに、力がこもった。


「この子の血が、僕の体に入るわけかぁ」



「───準夜」



 ───声がした。



「お遊びはそこまでだ。仕事の時間だぞ」


 部屋の温度が、下がったような気がした。


 一人の人間の登場だけで───この部屋の空気は、一変した。


「目隠しを外せ」


 勇人の体のすぐ近くにあった気配が、僅かに遠ざかる。


「ええー、どうしてですか」


「お前の趣味は知らん。俺は、人間の怯えた、惨めな顔を見るの好きなんだ」


「相変わらず、趣味が悪いですね」


「お前に言われた筋合いはない。早くしろ」


 胸元から、男の手が離れた。


 勇人は、息ができなかった。


 少しでも動いたら───その瞬間に、殺されるかもしれないと思った。


「お前たちは、下がれ。もう必要ない」


 その声の直後───「はい」という、2人の男の声が揃い、数秒、無音の時間が訪れた。


「ボス、この子、どうやって見つけたんですか?たしか、監視場所から、突然いなくなったんですよね?清水とも連絡取れなくなったとか聞きましたけど」


 勇人の頭上で、男が問いかける声がした。


「そんなものは簡単だ。準夜、殺しのことで頭がいっぱいなのは分かるが、少しは他のことに頭を使え。───輝葉の力を使ったんだ」


 ボス───そう呼ばれた男が答える。



 ───勇人は、目隠しの中で見開いた目を、閉じれなくなった。



「まったく、あいつの能力は便利だ。この少年の居場所を知らせろ───そう言葉にするだけで、答えが知れる」


「ご自身で、その力を植え付けておきながら、よく言いますね。あれ?でもたしか、輝葉さん、さっきから様子がおかしいって裏の連中が騒いでましたけど、大丈夫だったんですか?」


「ああ。意識が朦朧としている様子だった。普段はない姿だった。ただ、そんなものは別に関係ない。あいつの能力が正常に機能していれば、それでいい。───準夜、いつまでも話を長引かせるな。早く目隠しを外せと言ったろ」


「はーい」という、この場に似つかわない返事とともに、勇人の頭に、男の手が触れた。


 長い指先が後頭部を周り、するりと、布が解ける感触がした。


 目隠しを外されて、最初に見えたのは───灰色の天井だった。


 そして───視界を塞ぐように、男の顔が現れた。


 栗色の髪に、薄紫色の瞳をした男が、そこにいた。


 その目は───たしかに、自分を見下ろしていた。


 ただ、それは───人間を見る目ではなかった。


 これは、自分が好き勝手に遊んでいい。ぐちゃぐちゃに壊してもいい、おもちゃ。


 ───男の目に映る勇人の存在は───それに違いなかった。


「───お前、輝葉に会ったことがあるのか?」


 離れた場所からした声に───勇人は、弾かれるように、視線を向ける。


「………え………」


 そこには───椅子に座った男の姿があった。


 上下を黒いスーツに身を包み、背中を丸めて、こちらを見つめている。真っ白な長髪を後ろで一本に結び、銀色の瞳には、恐ろしいほどに、一切の光が宿っていない。



 ───御神有馬



 ───その人だと、すぐに分かった。



「代償の兆しが見える」


 御神有馬は、勇人の目をじっと見つめて、言った。


「代償の兆し?───ああ、ボスは、輝葉さんの能力による代償が降りかかる人間を見分けることができるんでしたよね」


「ここに来る前、輝葉が眠る姿を見た時、あいつの体に、何度も能力を使った痕跡が残っていた。それも、どれも大きな力だ。一体、何のためにと思っていたが……まさか、あの女の息子と、繋がっていたとはな」


 御神は、そう言い終えて、ふっと、息を吐き出した。


「───まあ、そんなことはどうでもいい。こいつは、今ここで死ぬんだ。輝葉とどんな繋がりがあったかなんて、聞いても無駄なことだったな」


 御神の目が、すっと、鋭さを帯びた。


「準夜───やれ」


 その声を合図に───男の顔が、首元に近づいてきた。


 唾液を飲みこむ音が聴こえ、肩に、冷たい息がかかった。


 チクリとした痛みを、首と肩の境目に感じた。


 次の瞬間───激しい痛みが、首をつたい、脳に広がった。


 痛い痛い痛い……苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい……死にたくない、死にたくない、死にたくない……。


 頭を埋め尽くす言葉たち。


 指の先の痺れが、体から血を抜かれていく現実を、突き付けてくる。


 見えるのは、灰色の天井と、蛍光灯だけ。


 その光が、ゆらゆらと揺れて、歪んでいく。


 目の奥に、様々な人の顔が浮かんだ。


 どんなに喧嘩しても、また仲直りできると信じていた優樹菜。


 いつでも、優しい笑顔で自分を迎え入れてくれた新一。


 これから先も一緒だと思っていた蒼太。


 ずっと会いたかった、父。


 そして───自分に嘘を吐いていた、自分のそばからいなくなった、輝葉。


 何で、嘘ついたの……?どうして、いなくなったの……?


 何で、俺の居場所を教えたの……?


 裏切ったの……?最初から、俺のことなんて、どうでもよかったの……?


 それを聞けないまま……終わってしまうのか……?


 人生の最後なんていうものは───こんなふうに、訪れるのか───?



 ───バンッッ!!!!



 ───耳をつんざくような激しい音が響いた。


 勇人の目の前にあった男の体が、遠くに、吹き飛んだ。


 勇人は、愕然と、その光景を見つめる。


「───勇人!!」


 それは───とても聞き覚えのある声だった。


 勇人は、声がする方に、顔を向けた。



 ───そこには、母が、立っていた。



 声が出なかった。


 ただ、目を見開くことしかできなかった。


 母は、手に、銃を持っていた。


 勇人が目を向けた時───見えたのは、自分を見つめていた母の視線が、御神有馬に向き変わる瞬間だった。


 御神有馬もまた、母を向いた。


 次の瞬間───御神は、懐から銃を取り出し、銃口を、母に向けた。


「お母さん……っ!!」


 勇人が叫んだ、その時───。


 2つの銃口から、それぞれの銃弾が飛んだ。


 母が撃った弾は───御神有馬の、腹を射貫いた。


 御神の体が傾き、床に倒れる。


 御神が撃った弾は───母の心臓を、直撃した。


 母の胸が、血に染まり、その体が、銃弾とともに、床に落ちる。


 床に、赤い液体が広がっていく。


「……おかあ……さん……?」


 勇人は、その体に向かって、呼びかけた。


 母は───ぴくりとも、動かなかった。


「なに?」と、振り返ることを、しなかった。


 勇人───そう呼んでくれる声が、時折見せる怒った顔が、あの、優しい笑顔が、蘇る。


 蘇って───重なって───それらが、頭の真ん中で、ぷつりと、弾けた。


 ※


 御神有馬は、体を起こそうと、床に手をついた。


 唸り声が漏れる。彼が体に傷を負わされるのは、およそ20年前───ある男の能力により、左目を失明させられて以来だった。


(まさか……あの女……監視を振りほどいて……)


 忌々しく、床に横たわった女の死体を見つめる。


 この女が自分のもとに来て以来───何かのタイミングに利用するか、不要と判断した時点で殺そうと、見張りをつけて監禁していたのに───その見張りが持っていた銃を奪い、自分を襲撃しに来たのか……。


(全ては……子供を守るため……)


 そう考えて、御神の口から、冷たい嘲笑が漏れる。


 何の美談だ───馬鹿馬鹿しい。


 起き上がろうとした手がもつれ、御神は、再び床に倒れ込んだ。


 腹を撃たれたくらいで起き上がれなくなるとは───自身の体の衰えを感じ、苦笑が漏れる。───それは、彼が長らく感じていなかった、自分が人間であるという感覚だった。


 一度、仰向けの体勢になり、御神が、頭を上げようとした瞬間───。


「ぐ、ふっ……!!」


 その胸を、ナイフの刃先が、直撃した。


 御神は、目を見張った。


 目の前には───少年がいた。


 清水さくらの息子───自分が力を奪うことを計画した少年。


 その手に握られたナイフは、御神が持ち歩いていたもの───銃で撃たれた際、床に落ちたて転がっていたのか……?


 少年は、それを拾い上げ、自分を襲った……?


 ───いつの間に……?


 その思考は、直後に、闇へと落ちて行くことになった。


 少年が握ったナイフが、御神の体を、もう一度切り裂いた。


 何度も───何度も───。


 死に際───御神の目に映ったのは、激しい憎しみを瞳に宿した少年の顔だった。


 返り血が、彼の頬を濡らし、それはまるで───涙のように見えた。

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