March Story39
輝葉との思い出の場所───ビル群を訪れた勇人は、新一と思わぬ再会を果たし───?
輝葉が、公園に戻ってきたとして、自分の居場所を探るとしたら───能力を使わずとも、「勇人なら、ここにいるんじゃないか」と悟ってくれるだろうという場所に、勇人は向かった。
天に向かってそびえ立つビルとビルの間を通って───その間に見える、煉瓦造りの建物。
勇人は、その前に立っていた。
輝葉との待ち合わせ場所に使っていたビルの前に行く前に、「この景色を見に行きたい」と、何故か思った。
ここから見る、この建物の光景は───勇人にとって、全ての始まりのようなものだった。
目を閉じると、源新一に連れられて初めてここを訪れた瞬間や、輝葉と出会った日のことが、鮮明に蘇る。
(……源さん、元気かな……)
ふと、思いながら、目を開けた時───見上げた、建物の屋上に、人の影が見えた。
「……えっ……?」
見間違いかと、目を凝らす。
───いや、確かに、いる。
屋上の柵のそばで、ビル群を見回すように立っている、人がいる。
背の高い男性。
濃い、緑色の髪をしている───。
「源……さん……?」
呆然と呟いた瞬間───屋上の上に立つ新一の視線が、真っ直ぐに、自分に向いた。
新一が、「勇人くん……?」と口を動かす姿が、見えた。
※
通された部屋は、はじめて新一と出会ったあの日、怪我の手当をしてもらった場所───来客室だった。
躊躇いながらソファに腰を下ろした勇人に対し、
「寒くないかい?」
新一が部屋に入って最初にしてきた問いは、それだった。
勇人は、新一の瞳を見つめた。そこには、出会った頃と同じ───穏やかで温かな色が浮かんでいる。
勇人が頷くと、新一は、勇人の隣に腰を下ろし、
「お腹が空いたり、喉が渇いていたりは、してないかい?」
そっと、勇人の肩に、手を触れた。
今度は、「はい……」と声に出して答える。
新一の姿は、以前に会った時から、何も変わっていなかった。
最後に会った日───それを、はっきりと思い出せないほどに時間が経っているし、それほどまでに久しぶりなった再会が、こんな形になるなんて、勇人だけではなく、新一も思っていなかったことだろう。───にも関わらず、新一は、何も聞かずに、勇人をこうして、この場所に迎え入れてくれた。
「あの……」
自分の目を覗き込む新一に向かい、勇人は、口を開く。
「……源さんは……あそこで、何をしてたんですか……?」
本来なら、自分が何故、ビル群の真ん中に立っていたのかを、先に説明すべきかもしれないと思うが、"自分が何故、あそこにいたのか"───そこに至るまでには、あまりにも多くのことがありすぎた。それを話すより先に、新一の事情を、知っておきたかったのだ。
勇人の問いかけに、新一は、ふっと、瞳を柔らかくさせて、こう、答えた。
「空を見ていたんだ」
「空……?」
「私は、この建物の屋上から見る、空の景色が好きなんだ。特に、夜がゆっくりと過ぎ去って、のんびりと朝がやってくる───このくらいの時間の空が。ふと、夜中に目が覚めると、そんな空の色が見たくなって、屋上に上がる───子供のときから、そうだったんだ」
嘘のない笑顔でそう語る新一を見つめて、勇人は、自分の心を覆っていた何かが、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
ここに来るまで、あったこと───それを誰かに打ち明けるとしたら───その最初は、父にしようと決めていた。
自分が経験してきたことは、あまりにも信じ難い出来事の連続で、それを受け止めてくれる人は、到底いないだろうと、そう、思っていた。
───でも。
(源さんなら……きっと……信じてくれる……)
新一の、穏やかなのに、ぶれることのない、深緑色の瞳を見つめて、そう確信した勇人は、ゆっくりと、息を吸い込んだ。
※
すべてを、最初から最後まで、スムーズに話せたわけではなかった。
感情が溢れ出しそうになって、何度も、言葉が詰まったし、声が掠れた。
それでも───何とか、勇人は、自分が見てきたすべてを、新一に、伝えきった。
それまで、勇人の言葉に口を挟まず、ただ、じっと耳を傾けてくれていた新一は、
「……勇人くん」
勇人の目を、真っ直ぐに見つめて、勇人の頭に向かって、手を伸ばした。
「───今まで、よく、頑張ったね」
大きくて優しい手が、勇人の髪に触れる。
新一は、勇人の目を見つめたまま、そっと、息を吸い込んだ。
「……さくらさんは……勇人くんのお母さんは……いなくなったりしないよ」
その言葉に───勇人は、静かに、目を見開いた。
新一は、とても、優しい目をして、言った。
「いつだって、勇人くんの心の中にいる。今も、これからも……さくらさんは、勇人くんのそばにいるよ」
新一の手が、頭から肩へと移る。
新一の手からつたわってくる体温が、そのまま、勇人の心に、染み込んだ。
新一は、ゆっくりと、勇人の肩を撫でると、静かに、微笑んだ。
「たくさんのことがあって、疲れただろう。一度、休んだほうがいい」
その言葉が意味することを察した勇人は、「でも……」と反論しかけたが、新一は、「輝葉ちゃんのことが心配なんだね」と、勇人の心を見透かしたように言った。
「───けど、きっと、大丈夫だよ。輝葉ちゃんは、必ず、ここに来る。あの子は、勇人くんと同じで、賢くて、優しい───強い子だからね」
新一の、あたたかな声が、勇人の心に貼り付いた緊張と焦りを、ふっと、消した。
そうだ───輝葉は、必ず、ここに来てくれる。絶対に、また、会える。
「2階に、お客さん用の布団があるんだ。1階には布団を敷けるスペースがないから、その部屋を使ってもらうことになるけれど……大丈夫かい?」
新一の問いかけに、勇人は、「はい」と頷いた。
新一が、「今、布団を用意してくるね」と、立ち上がる。
2階に上がり、新一の後をついていくと、かつて、この建物内を案内された際、源家がリビングとして使っていたと紹介された空き部屋にたどり着いた。
新一が押し入れから布団を取り出し、床に敷いてくれるの姿を見つめて、不意に、"あること"を思い出した。
「……源さん」
新一の背中に、呼びかけて、足元のリュックを探りを、一冊のノートを取り出す。
「あの……これ」
勇人は、新一に、ノートを差し出した。
「中に……俺が考えた、俺が作りたいって思った組織のことが、書いてあるんです。俺が寝ている間に、見てもらっても、いいですか……?」
新一は、ノートの表紙を見つめて、「うん」と、顔を上げた。
「───もちろん」
新一が、微笑む。
新一は、気遣いから、「このまま部屋にいようか?」と提案してくれたが、勇人は、それを断った。心遣いは有り難いが、自分一人の空間の方が、落ち着いて眠れそうだと思ったからだった。
見慣れない部屋の壁に囲まれて、初めて横になる布団の上で、勇人は、ぼんやりと天井を見つめた。
明日───父の家に行こう。
新一には、そのことを話してあるし、協力もしてくれると約束してくれた。
(でも……源さん……)
勇人は、先程までの新一とのやり取りを回想した。
(お母さんとお父さんの話とか……殺し屋の話をしても、あんまり、驚いた様子がなかった……)
もしかしたら、知ってたのかな───?
思い返すと、新一は、母の昔からの知り合いで、父のことも知っているような素振りを見せていた。
初めて新一と会った日───家に帰った母に、彼との出会いを話した時、母が新一に会いにいくと家を出たことがあった。
(お母さん……源さんが、俺に対して、家族のこととか、殺し屋のことを話さないように、頼んでたのかな……?)
そう思うと、全てに、納得がいくような気がした。
なんだ───そういうことか。
この状況に似つかわない軽い感想を抱いて、勇人は、ゆっくりと、目を閉じた。
※
目が覚めた時───真っ先に目に入ったのは、白いカーテンだった。
見慣れない部屋の壁、天井─── 一瞬、「ここは、どこだろう?」と、考えた。
そうだ───ここは、新一の家だ。
体を起こして、窓に近づく。
そっと捲ったカーテンの隙間から、白く霞んだ空が見えた。
朝がやってきたのだ───。
勇人は、いくつにも重なっているビルの壁に、目を凝らす。
ふらりと立ち上がって、部屋を出た。
廊下を通って、階段を下る。
新一は、まだ起きていないような気がした。
玄関の鍵は、閉まっていなかった。
そうか。こんな場所に、来訪者はほとんど訪れないだろうから、鍵がなくても、安心なんだ。
勇人は、ドアを開けて、外に出た。
ひんやりとした空気が、肌に触れる。
目の前にあるビル群に向かって、歩き出す。
そうすると、輝葉と初めて出会った───輝葉が身を隠していた、あのビルが見えた。
勇人は、あの時と同じように───その壁の向こうを、覗き込んだ。
そこには───誰もいなかった。
あたりまえか。輝葉が、ここに来てたとしても、こんなところに、身を隠してるわけないか。───そう思って、肩を下ろす。
その、直後───。
勇人は、後ろから、誰かに、腕を掴まれた。
体を引かれ、足がもつれる。
息を呑む暇もなかった。
後ろを振り返ろうとした瞬間───目の前が、真っ暗になった。
よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!




