March Story38
予期せぬ、故郷への帰還───そして。
輝葉に、今の父の居場所を調べてもらって、分かったのは───父が今住んでいるのが、北山町であることだった。
北山にある───勇人の生家。母と父が離婚する前、家族4人で暮らしていた家だ。
父がどうして、その家にいるのか───それは分からなかったが、その家の場所を、勇人は、今でも、はっきりと思い出せた。
輝葉が能力で連れて来てくれた場所は、町の中心から少し離れた、とある公園の敷地だった。
まだ、夜は深いが、人に姿を見られない場所の方がいいという判断からだった。
勇人が、公園の敷地外に踏み出そうとした瞬間───隣にいる、輝葉の体が、揺れた。
ふらりと、足の力が抜けたように前のめりになった輝葉の体を、勇人は驚きと同時に、受け止めた。
「大丈夫……!?」
声を掛けると、輝葉は、勇人の顔を見上げて、弱々しく笑った。
「ちょっと……能力を立て続けに使い続けちゃったせいかも……」
たしかに───能力を短い間に使い続けると、体に疲労がたまりやすいということは、勇人も知っていた。
輝葉は、この数時間の間に、何度も能力の使用を繰り返している。それに気づかず、彼女を頼りすぎていた自分を、勇人は責めたくなった。
「どこかで、休む……?」
そう尋ねると、輝葉は、「……うん」と、頷いた。
「……ちょっとの間だけ、休憩したら、大丈夫だから……」
輝葉の体が、勇人の手から離れる。
勇人は、輝葉の体を支えた時───手に触れた彼女の肩が、強張り、震えていることに気付いていた。
───でも、それを、彼女に確認することは、できなかった。
一瞬、自分から目を背けた輝葉の姿に、強い意志のようなものを感じたからだ。
きっと───その意志は、壊していけないものなのだと、そう思った。
※
2人は、公園の中心にあった、ゾウの形をしたすべり台の下へと入った。
ゾウの前足と後ろ足の間にできたスペースは、子供2人が入ってちょうどいい広さで、頭上を覆うゾウのお腹の裏側が、天井のような役目をしていてくれた。
勇人は、隣に座る輝葉が、じっと、無言のまま、地面を見つめていることに気付き、自分も口を噤んでいようと、スニーカーのつま先を見つめた。
ここまで、ほとんど歩いて移動していないはずなのに、足に、ずっしりと疲労がたまっていた。重いものは、上から下に落ちていくけれど、体中に溜まった疲れという名の重りが、足元に流れていっているのだろうか。
「……勇人」
その声に、勇人は、視線を上げた。
見ると、輝葉が、真っ直ぐに、自分を見つめていた。
「……もうすぐ、終わるね。私たちが考えた計画……全部」
輝葉の顔は、半分が影になっていて、表情をうまく読み取ることができなかった。
勇人は、「……うん」と頷いた。
父に会えたら───その瞬間に、計画は完了する。
独りよがりな願いを込めた計画───でも───一人きりではなしえなかった計画。
「……輝葉」
勇人は、輝葉を呼んだ。
そして、その目を真っ直ぐに見つめながら、息を吸った。
「……ありがとう。ずっと、離れないでいてくれて……一緒にいてくれて、ありがとう」
輝葉は、勇人の目を、大きな瞳で見つめ返したまま───動かなかった。
「いつか、必ず、返すから……輝葉からもらったもの、全部。……輝葉の願いは、俺が絶対、叶えるから」
勇人は、言った。
ずっと伝えたいと思って、伝えられずにいたことを───輝葉に、伝えた。
輝葉の瞳が、微かに、揺れた。
そして───輝葉は、勇人の目を見つめて───ふっと、優しく、微笑んだ。
「……絶対、叶えてね」
それは、勇人が初めて聞く、輝葉の声だった。
自分の意志を封じ込められながら生きてきた輝葉が───自分に見せてくれた我儘。
それを受け止めて、勇人は、「うん」と頷いた。
じんわりと、温かい感情が、心を埋め尽くしていく。
輝葉が望むもの───願いたいことは、何なのか。
勇人は、その時、聞かなかった。
どんなことでも、自分が必ず、叶えるんだ───。
それが、輝葉を、幸せにするのなら……どんなことでも……。
※
───私の願いは……
───私の願いは、勇人が、ずっとこの先、幸せでい続けられることだから……。
※
目を開けた瞬間───勇人は、はっと激しく息を呑みながら、体を起こした。
しまった───眠ってしまっていた。
輝葉の姿を確認しようと、左を向く。
───しかし、そこに……。
「……輝葉……?」
その姿は、なかった。
外にいるのだろうか?───と遊具から顔を出してみる。
辺りを見回す───でも、輝葉は、いない。
「どこ……行っちゃったんだろう……」
呟く声を、風が運んでいく。
見上げた空の色は、眠ってしまう前から、あまり変わっていないように見える。
きっと、眠りについていたのも、数十分の間くらいで───その間に、輝葉がいなくなった……?
輝葉は、能力を使えば、どこにでも行くことができ、離れた場所でも、勇人の居場所を知ることができる───しかし、勇人には、それができない。
いかに、自分が輝葉と比べて無力なのだろうと痛感しながら、勇人は、「どうしよう……」と、左手で、頭を掻いた。
輝葉がいなくなった理由……それは、一体……?
輝葉が、急に何かを思いつき、でも、眠ってしまった自分を見て、「勇人には言わないで行こう」と思った……?
そう考えると───それは、とても、輝葉らしい行動だと思った。
少ししたら、戻ってきてくれる───そう信じて、勇人は、待つことにした。
ゾウの遊具を出て、勇人は、公園の奥にあるベンチへと、足を向けた。
何故、そこに場所を移そうと思ったのかは、分からない。───ただ、一人になった瞬間、ゾウがつくる、真っ暗な洞穴の中にいるのが、少しだけ、恐ろしくなったのだ。
ベンチに座り、背中に背負って来たリュックを膝に乗せる。
その瞬間───胃の中が、空っぽになっていることに気が付いた。
リュックの中には、昨日、コンビニエンスストアで買っておいた、菓子パンが入っている。
父が東市のアパートにいて、すぐに会えるという保証がなかった昨日───念の為にと、用意していたものだ。
(輝葉は……お腹空いてないかな……?)
勇人は、パンを取り出して、端の方をちぎり、一口だけ食べた。
「……輝葉?」
勇人は、ゾウへと近づいた。
※
ゾウの中には───人がいた。
しかし───輝葉ではなかった。
見知らぬ、男の子だった。
勇人の目を、見開いた目で、見つめている。
灰色の髪に、紫色の瞳───能力者の子だった。
輝葉かと思って覗きこんだ場所に男の子の姿を見つけた勇人より、いきなり覗きこまれた男の子の方が、驚きが大きかったのだろう。男の子は、やせ細った体を、石のように強張らせていた。
「───お腹空いてない?」
気付けば、勇人は、男の子に、そう声を掛けていた。
男の子が、声にならないような声を発する。
「パン、食べる?……あ……でも、食べかけのだから……だめかな。ちょっと待って、今、買ってくるから」
勇人は、男の子の返事を待たず、公園を飛び出し、すぐ近くにある24時間営業のコンビニに向かった。
菓子パンを一つ取って、持っていくと、レジの奥から出てきた男性店員は、気の抜けたような様子で、レジを打った。この深夜に、小学生が一人で店内を訪れていることを、特に気にしていない様子なのが、助かった。
勇人は公園に戻り、ゾウの体の下で自分を待っていた男の子に、レジ袋を差し出した。
「これ、よかったら食べて。ごめんね……このまま、ずっと一緒にはいられないんだけど……」
勇人は、リュックの中からノートとペンを取り出すと、父の家がある位置の、地図を書いた。
「何か困ったことがあったら、この家に来て。力になってあげられると思うから」
男の子の手に地図を渡し、勇人は、「じゃあ───」と、ゾウの体を出た。
このまま、男の子の隣で、輝葉を待つのは、男の子に迷惑をかけてしまうかもしれないと思った。
自分たちの計画に、彼を巻き込んでしまってはいけない───勇人は、別の場所で、輝葉の帰りを、待つことにした。
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