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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
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March Story37

兄だけが知る、兄弟の別れの瞬間───。

 4月30日───その日は、蒼太と過ごす、最後の日だった。


 勇人は、なるべく、いつも通りの姿のままでいようと、心に誓った。


 自分の様子がおかしいと、蒼太が不安になる。蒼太の悲しい顔を、見たくなかった。


 昼間は、蒼太と一緒に絵を描いて遊んだり、本を読み聞かせてあげたりして過ごした。


 晩ご飯には、蒼太が好きなクリームシチューを作って、一緒に食べた。


 ───夜は、あっという間にやってきた。


 夜9時。


「蒼太」


 いつも通りに布団に入ろうとしていた蒼太を、勇人は呼んだ。


「こっち来て。一緒に寝よう」


 そう、言葉を掛けると、蒼太は、僅かに驚いたような目をした。


 思えば───勇人が、蒼太に対して、自分がしてほしいことを頼むのは、これが初めてのことだった。


 最初で最後の、頼みごと───蒼太は嬉しそうに、「うん」と頷いて、勇人の布団の方に寄って来た。


 蒼太の体を抱き寄せてると、顔のすぐ近くにある蒼太の髪の毛から、シャンプーの甘い香りがする。


 その髪に手を触れると、ふわふわとした心地いい感触が、指にあたった。



 ああ───これが、最後なんだ。



 こうして、蒼太の体温を感じられるのも、頭を撫でてあげられるのも───もう……。



「……兄ちゃん」



 不意に、蒼太が、勇人を呼んだ。


「……ん?」


 勇人が応えると、蒼太は、勇人の顔を見上げて、


「いつも、ありがとう」


 そう言って───笑った。


 何故───蒼太が唐突に、そんなことを言ってきたのか。───勇人には、分からなかった。



 ただ───その、瞬間。



 勇人の頭の中に、蒼太と過ごした時間の記憶が、一気に、蘇った。



 母が、「勇人、お兄ちゃんになるんだよ」と笑顔で教えてくれたあの日。


 母のお腹にいる赤ちゃんの性別が早く知りたくて、母が病院に行くたびに、「男の子?女の子?」と答えをせがんだこと。


 たくさんたくさん、答えを待った後、「男の子だったよ」と教えてもらった時の、胸がくすぐったくなるような喜び。


 病院の病室で、蒼太と初めて会った瞬間。母の腕の中で眠っている蒼太の自分のよりずっとずっと小さな手に指を触れた瞬間。


 蒼太が初めて家にやって来た時、はしゃぎすぎて、「勇人、危ない」と母に苦笑いされたこと。


 日に日に、蒼太と触れ合える時間が増えていった頃の、蒼太が見せてくれる、一つ一つの反応に対しての嬉しさ。


 蒼太が初めて、「兄ちゃん」と呼んでくれた日のこと───。


 家でも、外でも、2人でたくさん遊んだこと。


 2人だけの秘密を打ち明けあった瞬間。


 数々の約束。



 ───それらの思い出に重なって、蒼太の笑顔が浮かぶ。




「……うん」



 勇人は、声を震わせないように、頷いた。



「……ありがとう」




 勇人が言葉を返すと、蒼太は、安心したように、目を閉じた。



 蒼太が眠った後────その寝顔を見つめているうち───勇人の心に流れ込んできた感情の波が、外へと、溢れ出た。



 違う───違う……。


 顔を枕に押し付けて、声が漏れないように抑える。瞼を、手で覆う。



 ”いつも、ありがとう”───俺は……あんな言葉をもらえるほどの、自分じゃない。



 蒼太が思う”兄ちゃん”の姿が───蒼太の目に映る自分の姿を、勇人は、知っていた。



 ───強くて、優しい、ヒーローみたいな人。



 違う───違うんだよ……蒼太。



 自分はそんなに、凄い人間なんかじゃない。


 もし、自分が本物のヒーローだったら、こんなことになってなかった。


 お母さんを失うことも、蒼太と離れ離れになることだって……なかった。


 本当は、蒼太にもっとしてあげたいことが、たくさんあった。


 本当は、蒼太とずっと一緒にいたかった。 


 本当は───本当は、自分のことを、忘れてほしくない。



 ───背後で、ガラガラ……と、静かな音が鳴った。


 部屋に、そっと足を踏み入れる人の気配がする。


 勇人の肩に、小さな手が触れた。


「……勇人」


 約束の通り───輝葉が来てくれたのだとわかった。


「……うん。……わかった」


 勇人は、頷いた。


 音を立てないように、体を起こし、蒼太が眠る姿を見つめる。


 目に焼き付けておこうと、ずっと見つめているのに、その姿は、静かで───いつまでも、変わらない。


 輝葉が、そっと、自分の背中を見守ってくれている気配がする。


 勇人は、振り返り、


「……あのさ……輝葉」


 ポケットの中に入れていた、2つの”物”を、輝葉に差し出した。


「この御守の中に、これを入れて、蒼太に託したいんだけど……できるかな?」


「えっ……?」


 輝葉が、目を見開く。


 勇人が用意していたのは、蒼太が持っている、あの水色の御守りと、小型のボイスレコーダーだった。


「もし……蒼太が、俺のことを思い出して……"お父さん"の秘密に、気付いた時……蒼太に、聞いてほしい言葉を、残したんだ」


 そう答えると、輝葉は、勇人の想いを察したように、「……わかった」と頷き、それを受け取った。


「ありがとう。……ちょっと、ベランダに出てても、いいかな?」


 勇人が尋ねると、輝葉は、僅かに、はっとしたような目をした後、「……うん」と、答えた。


 勇人は、ゆっくりと立ち上がり、裸足のまま、ベランダに出て、窓を閉めた。



 これから、輝葉が、蒼太の記憶から、自分の存在を消す。



 家の中にある机も、教科書も、布団もーーー自分に関するものすべてが、消えてなくなる。



 その瞬間を───その場に立ち会って、平然と見つめることは、できなかった。


 ※


 深夜の、見慣れない町の景色は、勇人の心に空いた穴を、より大きく広げるような侘しさがあった。


 東市───北山町からほど近い、しかし、北山とは真反対の、都会の町だ。


 町の中心部から離れた住宅街に、人の気配はなかった。


 輝葉と並んで歩きながら、勇人は、手の中にあるメモ用紙を、ぎゅっと力強く握りしめていた。


 何度も何度も確認した、父が住む家の住所。


 本当は、輝葉が父が住んでいるアパートの目の前まで送ることを提案してくれたのだが、勇人は、それを断った。


 不安だったのだ。父との再会が。


 あんなに待ちわびていたのに。いざ目の前にしてしまうと、高揚感など、感じている暇がない。


 気持ちを落ち着けるために、少し歩きたい──そう、輝葉に頼んで、まずは、東市の中心部まで、連れてきてもらった。


 2人は、ひっそりと息を潜めるように、無言で歩き続けた。勇人は、言葉を発する余裕がなかったし、輝葉は、そんな勇人の様子に、気を遣ってくれているようだった。


 歩き続けていたら、いつかは、目的地に着いてしまう。


 真横に現れた、灰色の壁を見上げて、勇人は、「……ここだ」と、呟いた。



 メモに書かれて部屋番号を辿ると、2階の右端が、父が住む部屋だった。


 くすんだオレンジ色のドアの前に立ち、勇人は、迷った。


 この深夜の時間に、インターホンを鳴らしても、大丈夫なのだろうか。


 蒼太や”父”に悟られないタイミングで家を出るには、この時間帯しかない──そう思うまま、こうして真っ先に、父の家を訪れてしまったが……果たしてこの判断は、正解だったのか……。


 指先が宙を泳ぎ、目指している場所に、止まらない。


 隣で、輝葉が、自分が判断を下すのを待ってくれている気配がする。


 勇人は、微かに震えた指先を、ようやく、そこにおいた。


 暗闇と静けさの中に、「ピンポーン」という、間の抜けた音が響く。



 ───しかし、反応は、なかった。



 ドアの向こうを、人が動く気配がしない。



 勇人はもう一度、インターホンを押して見た。



 ───結果は、同じだった。



「勇人……」と、輝葉の声がして、振り返る。


 輝葉が、「お父さんが今、家にいるかどうか、調べてみる」と言って来た時───勇人は、インターホンに向けた指を、下ろせないままいた。



 ───しばらくして。



 輝葉が、勇人の目を見つめてらほんの小さく、首を、横に振った。



 母が、自分に託してくれた父の居場所───そこに、父は、いなかった。

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