March Story36
輝葉が勇人に吐いた、最初にして最大の嘘───。
「自分たちがたてた計画が、完璧ではないことに、私たちは気付いていた」
目を伏せたまま、輝葉は言った。
「……私は、私の能力でできること全部を、勇人にしてあげたかった。……でも、それはできなかった」
その、淡々とした口調は、より一層に、痛々しいものだった。
「勇人が本当に望んでいたことは、お母さんが帰ってくること、蒼太くんとずっと一緒にいられること───本当のお父さんと再会して、家族4人で、暮らすこと」
屋上に吹きわたっていたはずの風は、いつのまにか、止んでいた。
「……私は……私の力では、お母さんの運命を変えることはできなかったし、勇人が蒼太くんと離れ離れにならない方法……勇人が考えた、蒼太くんの記憶から勇人の記憶を消す以外の方法を、思いつけなかった」
蒼太は、目の前に立つ輝葉の姿に、自分が、”ある光景”を重ねていることに気が付いた。
───取調室の、椅子に座る人の姿。
彼女は───今、この瞬間、自信の行いを、懺悔しようとしているのだ。
「……蒼太くんの記憶から、勇人の存在を消すこと。あの家から、あの町から、勇人がいた記憶を消すこと。……それらは、私の能力で、私自身の願いとして、叶えられた」
輝葉は、そこで、一度、言葉を止め、
「それから……勇人が願ったわけではない……御神有馬を、殺すことも……そう……」
一段と苦しそうな声で、そう言った。
「清水の人格を変えたとしても、その上に立つ、御神有馬を止めなければ、勇人の身は、危険に晒されたままになる。……有馬の記憶を操作しても、殺し屋の部下に囲まれた、彼の立場を変えられるわけではない。……だったら、私自身が、この手で……彼に与えられた私の能力で、彼の人生を終わらせるしかなかった」
蒼太は、どんな言葉を返せばいいのか───どんな顔をして、彼女の話を聞けばいいのか、分からなくなかった。
「……でも、それは、全てを見届けてからにしようと決めていた。勇人が、お父さんのもとへ、無事に行けてから……。蒼太くんの記憶を操作し……あの家から勇人の存在を消し……有馬を殺した……その代償が、私に圧し掛かってきたら、私は……どうなるか分からない。だから……せめて、有馬を殺すことだけは……全部が終わった後……私が、勇人のそばを去ってから、しようと思っていた……」
輝葉は、そう言い切り───蒼太の目から、顔を背け、
「……願いの代償は、すべて、私が払えばいいはずだった」
喉を詰まらせるような声で、そう、言った。
「……ただ……ひとつだけ……」
輝葉の息遣いが、激しく、震えた。
「……私は……私自身の意志で、人の人格を変えることができない……。……だから……勇人が……”義理のお父さん”の人格を変えてほしいって言って来た時……」
輝葉の感情が───彼女の後悔が、胸に染み込み、蒼太は、息ができなくなった。
「……私は、それを……勇人の願いとして叶えるしかなかった……勇人に、私の能力に、”代償なんて必要ないんだ”って、嘘をついて……」
※
「……その、願いを叶える力って、なんでも、叶えられるの……?」
───勇人が、そう聞いて来た時、私は、触れられたくないものに、触れられたような気がした。
「……人を生き返らせたりとか……、一度に複数の願いを詰め合わせたりとか……そういう……常識の範囲をこえたことはできないけど……」
私の答え方は、ひどく曖昧なものだったと思う。でも、勇人は……私の言葉を疑わなかった。
「じゃあ……」って、私の目を、嘘のない瞳で覗き込んで、勇人が私に叶えてほしい事柄を、口にした。
私は、震えながら、勇人が不安にならないようにと、頷くので精一杯だった。
勇人が言った事柄の中に、私ではなく、勇人に代償が向く願いがあることに、気付いたから───。
「あ……でも……」
不意に、何かに思い当たったように、勇人が言った。
「その能力で……叶える願いの大きさで、輝葉の体に、負担がかかったり、しない……?」
私は、勇人の目を見つめることができなかった。
その時、初めて、勇人の純粋さ、素直な心が、憎いと思った。
どうして、そんなことに、気が付くの?───って。
だって、私の能力に、代償が必要だって知ったら、勇人は───私に願いごとをするのを、やめようとする。
自分のためじゃなく───私のために。
私が犠牲になって、そのうえで、自分だけが幸せになればいいなんて、勇人は、思わないだろうと思った。私は───私は、最初から、それを望んでたのに。
私がどうなっても、もう、勇人に会えなくなったとしても、私は、勇人が救われるなら、それでいいと思ってた。
でも───今。私は、勇人に、代償を支払わせる直前にいる。
勇人に、代償のことを話したら、勇人は、この計画をやめようとする。
話さなかったら、勇人が代償を払うことになる。
私は、崖っぷちに立たされたような気分になった。
目の前には、そんなことに気付いてない勇人がいた。
その瞬間───私は、思った。
勇人は、いつもそうだった。
私が、どれだけ勇人に感謝してるか。どれほど輝かしい景色を見せてもらったか。かけがえのない感情を与えてくれたか。
勇人は───何も知らない。気付かない。
清水の人格を変える───それは、この計画において、絶対的なことだった。
あのまま、清水が殺し屋のまま生き続けたら、勇人が清水に追われることになる。蒼太くんの安全も、保障できなくなる。
勇人の願いを───私は、全部叶える。
勇人がしようとしていることは、悪い人を良い人に変えるためのことなんだから───その代償だって、きっと、それほど大きいものにはならないはず。
もし───その代償が、勇人を苦しめるものだったら、私が、必ず、助ける。
何を犠牲にしても───自分の存在が消えたとしても、必ず。
「……大丈夫」
私は、勇人に、答えた。
「…………大丈夫」
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