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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第13章
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March Story28

運命の歯車が、逆方向に回りだす───。

 重い足を引きずりながら、一人きりで、坂道を上がり、辿り着いた家の玄関の引き戸を開けた瞬間───


「ちょっと待ってよ!!」


 耳に飛び込んできたのは、母が叫ぶ声だった。


 勇人は、はっと身体を強張らせた。


「話が違う!この家から出ようとしなければ、ある程度の自由は保障するって……子どもたちを学校に通わせることもできるって、そう言ったじゃないっ!」


 それは、家じゅうに響き渡るほどの声量だった。


 勇人は、その声に突き動かされるように、居間へと近付いた。



「事情が変わったんだよ」


 淡々とした声が、勇人の動きを止めた。勇人が、その声を聞くのは、いつ以来か思い出せないほど───思い出したくないほど、前のことだった。


「そんなに騒ぐな。蒼太に聞こえる」


「父親ずらしないでよ!私の家族は、あんたのものじゃない!」


 母の荒い息遣いが、勇人の耳にまで届いた。


 心臓が、ゾクリ、と嫌な音をたてて、溶けていくような気がした。


 母が───”父”と、言い争っている───。


「あんたたちの狙いは、私なんでしょ……子供たちは関係ない!」


 母の声に、必死な熱さが加わった。


 ───だが、相手は、動じなかった。


「それを決めるのはお前じゃない。最初から、お前に選択権はないんだよ」


 冷たい声が、母の想いを消し去る。


「子供を守りたいんだろ?」


 母を追い詰めるように、”父”は、言葉を重ねた。


「だったら、大人しく従うことだ。さっさと、荷物をまとめろ」


 床に、何かが落ちる音が聴こえた。───それが、母が、膝から崩れ落ちた音だと気付いても、勇人は、その場から動くことができなかった。


 室内を歩き回る足音と、気配が、ゆっくりと、勇人の方に近付いてきた。


 "父"が、勇人の目の前に、姿を現した。


 冷えきった真っ黒な瞳が、勇人を見下ろす。


「後1時間後に出発する。この先の生活で必要なものだけ、バッグに詰めろ。余計なものは置いて行け」


 そう言い残して、"父"は、姿を消した。


 ※


 よろめくように部屋に入り、勇人は、机に手をついた。


 子供部屋に、蒼太の姿はなかった。どこにいるのか、考える余裕を、勇人は失っていた。


 出発まで、後1時間───今後の生活で必要なものしか、持っていっちゃいけない。───それが、何を意味するのか。頭の中を埋め尽くすのは、それだけだった。


 無我夢中で押し入れを開き、旅行鞄を取り出す。その中に、入る分だけの衣類を、詰めていく。


 必死だった。自分が今、何をしているのか、体に頭が追い付いていなかった。


(あとは……あとは……)



"この家から出ようとしなければ、ある程度の自由は保障するって……子どもたちを学校に通わせることもできるって、そう言ったじゃないっ!"



 母の声が蘇る。


 学校に行くときに使っているリュックのファスナーを開き、教科書を片っ端から入れた。


 そうしながら、反射的に、机の引き出しを開く。


 そこには、2冊のノートが、入っていた。


 1冊は、勇人が、誰にも見せたことがない、自分だけが知る、自分だけの言葉が書かれた───日記だった。


 その中には、この家で積み重ねてきた───昨晩、母にぶつけた思いのすべてが、詰まっている。


 勇人は、僅かに躊躇った後───そっと、教科書と一緒に、リュックの中に入れた。


 もう1冊のノート───それは、勇人が、何より大事に保管していた、あのノートだった。


 輝葉とつくった、秘密結社のルールを書いたページ。母に見つけられてしまった、殺し屋と暗殺者の違いを記したページ。そして───”ASSASSIN”のことを書いたページ。


 勇人は迷うことなく、そのノートを入れて、ファスナーを閉じた。


 ※


 車が発進して30分───隣の席にいる蒼太は、眠ってしまった。


 勇人が学校から帰ってきた時、蒼太は、庭で遊んでいたらしい。


 ───だから、"父"と母の喧嘩のことを、蒼太は知らない。もう、この町には帰って来られないことも、きっと、知らない。


 自分の肩に寄りかかる蒼太の体から伝わる体温があっても、勇人の指先の震えは、治まらなかった。


 窓の外を通過していく、見慣れた町の風景を、勇人は見つめた。


 ───あのスーパーも、コンビニも、もう、行けないのかな……。昔、蒼太と遊びにいった空き地。もう一回、行っておけばよかった。あんなに行くのが嫌だった学校。でも、今は、クラスのみんなや、先生に会いたい。優樹菜は、俺がいなくなったこと、心配してくれるかな。それとも、いなくなって、せいせいしてるかな。


 窓はやがて、枯れ葉の落ちた木々を映した。


 そこは───夏休みに、輝葉と共に訪れた、あの公園の入り口だった。






"無理して、我慢しなくていいんだよ。勇人が、本当に思ってること───それが、綺麗なものじゃなかったとしても、私は、勇人のそばから、離れたりしないから"



"勇人と出会えて、それまで、知らなかったものを、たくさん知れた"



"もし……この先、勇人と、今みたいに会えなくなっても、勇人が、私のことを忘れても、私は、それでも、いい。私が、勇人のことを覚えていられたら……それで、いいから"



 輝葉がくれた言葉たち。


 思えば、輝葉はいつも、自分の気持ちを、真っ直ぐに伝えてくれていた。



 ───本当のことを言うのを怖がっていたのは、自分の方だった。



 自分が、輝葉のことをどう思っているのか───それを言ってしまったら、あの関係は、終わってしまうのではないかと、恐れていた。



 ───伝えておけばよかった。



 こうやって、いつか会えなくなるって分かってたら───ちゃんと伝えてた。



 目から、涙が零れ落ちても、それを拭ってくれる人は、誰もいなかった。


 助手席に座る母の姿は、カーテンで仕切られて見ることができない。運転席に座っているのは、勇人が待ち望んでいる、父ではない。


 車は、北山を抜け、勇人の知らない道を、走り出す。自分の人生が分断された瞬間を見たような気がした。

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