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“委員長”仲野良子は委員長という肩書きがあるものの
ごく普通のまじめな女子高生である。
銀縁のメガネをかけていて、前髪をピンで留め、長い髪を後ろでまとめている姿は
真面目な委員長のようだが、意外に顔は幼く、華奢な体はときに庇護欲をかきたてられるものがある。
気が弱く、頼みごとをされると断れない性格で、何かと面倒事を押し付けられることが多い。
――今朝の担任からの頼まれ事もそうだった。
進級してクラス替えがあったのが1ヶ月前、やっとクラス替え直後の
ギクシャクした雰囲気がなくなってきた5月の中頃、委員長決めの際、
例によって周りの生徒の就任要求を断れなかった“委員長”仲野良子は
一枚の紙を眺めながら大きなため息をついた。
――どうしよう――
今朝配られた進路希望の調査表、朝のSHRにいなかった生徒に渡すように
担任から頼まれたのだが、その生徒が――
「影山君だなんてぇ・・・」
そう呟いて良子は泣きそうになる。
周りの友達は良子に励ましの言葉をかけるが、皆どこか楽しげだった。
学校一の不良――影山正志の噂は良子の耳にも入っている。
実際、良子は同じクラスになって正志のまとった暗い雰囲気の怖さは実感したし、
授業が始まっても教室に戻ってこないことはしょっちゅうで、
正志がタバコを咥えながら帰っているのを見たこともあった。
――それに、誰かと話してたの見たことない――
学校内で、生徒どころか教師とも話しているところを良子は見たことがない。
みんな正志を避けていたし、正志自身も人を避けていた。
『誰かほかの人に頼めないかな?』
そう思って良子は周りを見渡してみる。
『女の子じゃ不安だし、でも男子には頼みづらいし・・・大丈夫そうな女の子いないかなぁ』
良子は気弱な性格もあって、極端に男性への免疫がない。
男子に話しかけるだけでもいっぱいいっぱいなのに頼みごとなどできるわけないのだ。
『だれか・・・あっ、高杉さんなら』
閃いた良子は大きなグループの中心にいる高杉麗に目をやる。
さっぱりした性格のクラスの中心人物で男子にも女子にも友達の多い高杉麗なら大丈夫ではないか、
と良子は考えた。
「よしっ」
小さく拳を握ってして良子は麗のグループに近づいていく、
「あの・・・高杉さん?」
談笑していた麗に声をかける。
「ん、何?委員長」
そう言って麗は良子に笑顔を向ける。
――やっぱり綺麗だなぁ――
同姓でありながらも麗の魅力的な笑顔に赤面しながら、良子は続ける。
「あっあの、この進路表、影山君に渡してもらえませんか?」
そう言って進路表を差し出す。麗の近くにいた女子生徒が顔をしかめる。
麗は「えっ?」、と一瞬驚いたような嬉しそうな顔をすると、すぐに申し訳なさそうな笑顔で、
「ごめんなさい、私は“駄目”なの」
そんなぁ、と良子は肩を落とす。
相変わらず魅力的な笑顔で麗は続ける。
「そういうのはやっぱり“男子”に頼んだほうがいいと思うな。私が誰かに頼もうか?」
その時、麗の近くにいた女子の良子への視線が一気に厳しくなった。
周りからも複数の視線を感じる。
「いっいや、大丈夫ですっ。自分で何とかしますから」
良子はあわてた様子で断り、その場を離れる。
相変わらず麗は笑顔だった。
――何であんなにに女の子の視線が――
良子は先ほど自分に突き刺さっていた女子生徒の視線に怯えていた。
『やっぱりそういう・・・どっ、同性愛とかあるのかな?』
そんなことを考えて良子は再び赤面する。
しかし懸案事項を思い出し、良子は顔をしかめる。
――本当にどうしよう――
そうしている内にチャイムが鳴り、良子はあわてて1時限目の授業の準備を始める。
3時限目が終わった直後の休み時間、クラスに緊張が走った。
とうとうこの時がやってきた。
――影山正志が登校してきたのだ。
『きっ、来ちゃったよ、どぉしよ~』
良子は少しパニックになっていた。
正志はゆっくりと自分の席に近づいていく。
『でも、渡さないわけにはいかないし・・・よしっ』
正志が席に着いたのを確認した良子は
『おっ女は度胸っ、一念発起、ここでやらねば誰がやるっ』
心の中で自分を励ましながら正志に近づく、
「あの・・・影山君・・・」
しかしいくら心の中で息巻いても相手は男子、しかも学校一の不良である。
良子は可哀想な位怯えながら話しかける。
「あぁ?」
正志が振り返る。
『うわっ、こっち向いたっ、えと・・・なんで話しかけちゃったのわたしっ』
良子のパニックは最高潮に達していた。
「なに?」
正志の目つきがさらに険しくなる。
『やっ、殺られるっ!!』
良子はビクゥと肩を震わす。
『しっ進路表さえ渡せばいいんだ、大丈夫・・・大丈夫』
そう自分を落ち着かせ、軽く深呼吸する。
「あの・・・進路表・・・先生が・・・」
どもりながらもなんとか進路表を差し出す。
「あぁ、ありがと・・・」
正志はそう言って進路表を受け取る。
心なしか少し彼が笑ったような気がしたのは良子の錯覚だろうか。
『意外と普通に受け取った、ほんとは怖い人じゃないのかも』
ほっとした良子はついでにと説明を始める。
「提出は週明けでいいそうです。それから進路希望は第2希望まででいいそうで、
できるだけ詳しく書くようにとのことです。」
説明を終えた良子はほっと胸をなでおろす。
「あぁ、わかっ――!!」
正志が何かを言いかけた途中で急に辺りを気にしだした。
『どうしたのかな?まぁいいか』
「じゃ、じゃあ、提出日はまもってくださいね」
良子はそう正志に告げて彼から離れる。
『よしっ、うまくできた、良くやった私』
良子は自分に賞賛を送る。
『影山君もほんとは悪い人じゃない気がする・・・ていうか男子と普通に話せたっ、
成長したなぁ良子っ』
心の中で色々と独り言を呟きながら良子は自分の席に戻る。
――少しして正志が教室から出て行く。どこからともなくクラスから安堵の声が上がる。
良子はクラスの反応に少しムッとしながら次の授業の準備を始める。
「大丈夫だった委員長?」
珍しく高杉麗が話しかけてきた。
「あっ、はい、大丈夫でしたよ」
――心配してくれたのかな――
「あんまり影山君と関らないほうがいいよ、何されるかわからないから」
良子は驚いて麗の顔を見上げた。
相変わらず綺麗な笑顔ではあったが、その笑顔はどこか曇った感じがしていた。
――高杉さんがこんなこと言うなんて――
高杉麗は偏見もなく誰にでも分け隔てなく接する、それが麗の魅力のひとつであった。
にもかかわらず影山正志についてこのような言動をするのは意外だった。
同時に良子は麗の言葉に対する不快感を感じていた。
「でも影山君、確かに暗くて素行も良くないけど根っからの悪人じゃない気がします。」
良子からは自然とそんな言葉が出た。
「そう」
麗はそう呟く、相変わらず笑顔だがやはり曇った感じがする。
「ねぇ仲野さん、あなた“正志”のこと好きなの?」
「えっ?」良子は麗の質問に素っ頓狂な声を上げる。
正志って誰だろうと一瞬疑問に思ったが、影山正志という名前がポンと浮かんで顔を赤らめる。
「え、え~とですね、そんなんじゃなくて」
しどろもどろになっている良子は麗の変化に気付くことはなく。
「なんか、影山君ってほんとは人と接するのが苦手なだけで意外と
寂しがり屋なんじゃないかなぁって、だから――」
「あなたに正志のなにがわかるの?」
言葉を遮られた良子は再び麗の顔を見上げる。
――良子は時間が止まったような錯覚を覚えた。
そこには普段からは考えられない無表情の高杉麗の顔があった。――
なんの感情も感じられない、暗く淀んだ瞳の精巧に作られた人形のような顔。
良子はそんな麗に底知れない恐怖を覚えた。
ひどくのどが渇いて、冷たい汗がひと筋流れた。
口元が細かく震え、彼女のつぶらな瞳には涙が今にも溢れかえりそうだった。
うまく呼吸ができなくなり、自然と息が荒くなる。
それでも良子は麗から眼を離せなかった。眼を離してはいけない気がした。
そんな良子を見下ろしながら、麗はいつもの笑顔で
「いい?金輪際影山君には近づかないこと、それが委員長のためなんだから」
そう言っていつものグループの輪に入っていった。
その後、様子のおかしい良子に気付いた彼女の友人たちが心配して声をかけたが、
良子はただ生返事を返すだけだった。
――その日の昼休み、早退を薦める友人たちをなだめながら良子は昼食の弁当を広げていた。
そんな中、一人の女子生徒が良子に話しかけてきた。良子はとても嫌な予感がした。
「ちょっと来てくれない?委員長」
毎度のごとく断れず、女子生徒の後ろについていく。
屋上へ続く階段を登ると、屋上の扉の前の踊り場で数人の女子生徒が待ち構えていた。
「話があるんだけどいいかな?」
そう言って待ち構えていた女子生徒の一人が扉を開け屋上へ出るように促す。
いつの間にか囲まれており、逃げることはできなくなっていた。
良子は恐る恐ると屋上へ出て、周りの女子生徒もそれに続いた。
屋上に出た女子生徒たちは扉を背にする形で囲み、良子を睨みつける。
――「なんでここに呼び出されたかわかる?委員長」
良子はわけもわからずただ怯えるしかなかった。




