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薄暗い階段を登り、錆びた扉を開ける。今日は少し風が強いのが風鳴りの音が響いていた。
屋上に出て扉のすぐ近くにあるはしごを登り、貯水槽の裏に腰掛ける。
内ポケットを弄り、タバコの箱を取り出す。箱の中にある100円ライターとタバコを一本をとり、
タバコを咥え火をつける。ふぅっと一口目の煙を吐き出すとゆっくりと二口目を口に運ぶ。
揺れる紫煙をながめながら彼は先ほどの視線について考える。
――ねっとりとした、なんともいえないプレッシャーを感じる視線。
まるで自分を非難するような・・・――
『委員長のことを好きな男が嫉妬でもしたのか?』
そんなことを考えて、ハッと鼻で笑い自嘲する。
「もういいや、めんどくせぇ・・・」
そう呟いて無理やり思考を中断し、タバコを口に運ぶ。
「眠・・・」
そういって大きくあくびをかいて、3分の1ほど残っているタバコを コンクリートの床に押し付ける。
――そーいや朝は懐かしい夢を見たな――
まだ彼がまだこんな荒んだ生活を送る前、まだ両親も健在で、理想的な家族だったあの頃、
まだ幼馴染とも仲良く楽しい日々を過ごしていたあの時の夢・・・
―――彼のあの頃の記憶の中にはいつも幼馴染の高杉麗の姿があった。
彼の父親と麗の父親が同じ会社の同僚で住所も近くだったため、家族ぐるみでの交流が多く、
同い年の正志と麗は自然と仲良くなっていた。
陰気で人との交流が苦手だった正志と、天真爛漫まさにおてんば娘だった麗。
陰気な正志を無理やり連れ回し、世話をやきたがった麗はまるで正志のもう一人の姉のようだと
彼らの両親は微笑ましく見ていた。
実際、幼年期の正志は彼女のことを姉のように思っていたし、麗も彼のことを弟のように思っていた。
関係が変わり始めたのは小学校高学年になってから、
周りの例に漏れず彼らも異性を意識するようになり、姉弟のように触れ合うことはなくなったものの、
なんでも気軽に話せる親友のような関係になっていた。
しかし、その関係もある事をきっかけに唐突に終わりを迎える。
中学2年生の梅雨の時期、彼の母親が交通事故で急死した。
そのときの彼のショックは計り知れず、元々陰気だった性格がさらに暗くなり、
部屋に篭り誰も寄せ付けなくなっていた。
彼の家族にも変化が見られ、彼の父親は妻の死を忘れたいかのように仕事に打ち込みだし、
あまり飲まなかったはずの酒を毎晩つぶれるまで飲むようになった。
当時高校生だった彼の姉は進学先を有名国立大からなぜか地元の短期大学に変更した、
そのことで父親と口論になり昔の仲の良かった父娘の面影は一切見られなくなった。
家族の中心人物であった母の死により、理想の家族と謳われた影山家は崩壊した。
そんな中、麗は部屋から出てこなくなった幼馴染のために毎日彼の家へ足を運んだ。
麗の励ましにより、徐々にではあるが正志は外に出るようになっていった、
夏休みが明ける頃には学校にも通えるようになった。
しかし学校には復帰したものの不登校になる前よりもさらに暗くなった正志に
周りの人間は冷たかった。
最初は陰口から始まり徐々に面と向かって罵詈雑言をあびせられるようになった。
上履きを隠され、倉庫に閉じ込められた。
正志へのいじめは日に日にエスカレートしていき、クラスの中心人物であった麗でも
正志へのいじめは止められなかった。
それでもなんとか正志を守ろうと彼女は必死だった。
しかし、いじめの矛先は徐々に麗にも向けられるようになった。
ある日、麗のロッカーに大量のごみがつめられていた。
一緒に登校していた正志はそれを目撃し、彼女は「気にしないで」と笑っていたが、
正志は情けない気持ちでいっぱいだった。
その日の昼休み、進路のことで職員室へ呼び出された帰りの校舎の一角で
男子たちの会話が聞こえてきた、
「高杉の奴、何で景山なんかと・・・」
「あいつ最近ほんとウザイよな」
どうやら自分達をいじめている同級生の男子のようだった。
正志はここで出て行くとまずいなと思い、遠回りしようと方向を変えたそのとき、
「高杉、ヤっちゃわね?」
そんな言葉が聞こえてきた。
「いいねぇそれ、いつかの正志みたいに倉庫に閉じ込めてさ」
男子達の下衆な笑いが響いていた。
正志は冷静になれなかった。
冷静に考えれば彼らがそんな大それたことをできるはずがないことはわかるのに、
彼は冷静になれなかった。
――これ以上麗を傷つけてはいけない、彼女を守らなくては・・・――
そんな彼の目に掃除ロッカーが目に入った、彼はそこから室内用箒を取り出すと
男子達に近づいていく、そして――
学校内は騒然としていた。
突如として陰気な男子生徒が箒を片手に暴れだしたのだ。
その場にいた男子数人は打ちのめされ地面で呻いていた。
一人は病院に運ばれ、学校側は直ちに生徒の保護者を呼び出し、大きな問題になると思われた。
しかし、暴れた男子がいじめを受けていたことは学校側も把握しており、
この事実が外に漏れることを恐れた学校側はこの問題を秘密裏に処理することにしたようだった。
正志は考えていた。
――これ以上麗の傍にいてはいけない、麗は明るくて、綺麗で、みんなの人気者で、
自分は麗と一緒にいてはいけない――
それが麗のためだ、と。
まもなく謹慎を言い渡されていた正志のもとに麗がやってきた、
「大丈夫?怪我はない?」
と珍しく不安げな表情で心配してくれる麗を見て正志は心が痛んだが、
『これは麗のため』
と自分に言い聞かせ、彼女に拒絶の言葉をはなった。
――「もう、俺にかまわないでくれ!!」
しかし麗は、うろたえた様子もなく、冷静に正志に言葉をかける。
「落ち着いて正志、いろいろあって疲れてるのよ」
そういって正志に手を伸ばす。
しかし正志は、麗の手をはじくと、
「もう俺に触れるな、話しかけるな、いい加減迷惑なんだよ!!」
心にもないことが次々と口から飛び出す。
麗は、はじめは目をカッと見開き、驚いたような顔をしていたが、
徐々に表情が固くなり、日ごろの彼女からは想像出来ないような無表情になっていた。
正志はそんな彼女に気付くことなくただ拒絶の言葉を叫ぶ。
しばらくして正志の叫び声が止まり、彼の荒い息遣いが響いていた。
肩を上下させる正志を無表情でじっと見つめていた麗は、
「そう、わかった」
と一言呟き、彼の前を去っていった。
麗の姿が見えなくなると正志はその場に崩れ落ちた。
事件以降、彼へのいじめはなくなった。その変わりに周りの生徒は正志を恐れるようになった。
麗は正志が拒絶して以降、一時期落ち込んでいたようだが、またクラスの中心人物に返り咲いていた。
それからの正志の生活の堕落ぶりは凄まじかった。
酒やタバコを覚え、夜中の繁華街を当てもなくぶらつき、喧嘩に明け暮れた。
しかし、正志は同じような人間と群れるようことはなかった。
いつも独りで行動し、いつしか一匹狼の不良としてあたりでは有名になっていた。
家族も、姉は最後まで正志のことを心配し、どうにか正志を更生させようとしていたが、
父親は何も言わず放置した。
そして、いつの間にか家に帰らないようになっていた。
なんとか高校に進学したものの正志の生活はかわらなかった。
ただ、麗も同じ学校に進学していたことに正志は少し驚いた。―――
――ギー
錆びた扉が開く音がして正志ははっとした。
――いつの間にかうとうとしてたのか――
校舎からは喧騒が響いている。いつの間にか昼休みになっていたようだ。
「誰か来たのか?」
貯水槽の影から除くと数人の女子の姿が見えた。
――仲良く屋上でランチって雰囲気でもなさそうだ――
先ほどの休み時間に正志に声をかけた少女が怯えながら数人の女子に囲まれていた。




