第2章:死の領域の淵での邂逅
禁域は、あらゆる生命を呑み込もうと待ち構える巨大な黒い口のように、レイ=Tの目の前に立ち現れた。ここはかつて賑わいを見せた都市区画だったが、今では有毒なミアズマの霧に沈んだ瓦礫の山と化し、怪物どもの本拠地として人々の間で語り継がれている。
レイ=Tは自作の防毒マスクを直し、錆びついた有刺鉄線の束を慎重にすり抜けた。今の彼の頭にある唯一の目的は、孤児院の少女を治すための特別な薬草を何としても見つけ出すことだった。リナにはもう時間が残されていない。彼は薄暗い懐中電灯を点け、崩れ落ちた壁の苔むした部分を照らし出しながら、血草特有の赤い輝きを探した。
「ザッ……ボキッ……」
頭上の暗闇から、乾いた物音が響いた。レイ=Tは足を止め、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。崩落した高層ビルの天井から、下級モンスターの一種――「ナイト・ストーカー(闇の狩人)」がドサリと地面に降り立ったのだ。その皮膚はぬめり気を帯び、乱杭歯の隙間からは緑色の粘液を垂らす牙が覗いている。すでに人間の匂いを嗅ぎつけていた。
レイ=Tは咄嗟に短剣を引き抜き、数歩後ずさった。スラム街育ちの自分の体力では、この種族に正面から太刀打ちできないことは嫌というほど分かっている。怪物は耳を劈くような咆哮を上げると、一気に飛びかかってきた。レイ=Tは身を翻して転がりながら回避し、すれ違いざまに短剣を振るって奴の脚を斬りつけた――だが、刃は怪物の体をそのまま通り抜けてしまった。まるでこの怪物には物理的な実体がまったくないかのようだった。
怪物は鋭い棘の生えた尻尾を振り回し、レイ=Tの胸板を直撃して煉瓦の壁へと吹き飛ばした。そう、人間の物理兵器は怪物に傷一つ負わせることができないのに、逆に人間の肉体は怪物の攻撃によって一方的に傷つけられるのだ。このあまりにも理不尽な法則ゆえに、人類は怪物どもの前で無力さを強いられてきたのである。レイ=Tは激しく咳き込み、喉元に鉄錆のような濃い血の味がせり上がってきた。「やっぱりヴァンガードの特別な武器がなきゃ、こんな怪物どもと戦う希望すら持てないっていうのか」。怪物は悪臭を放つ大口をカッと開き、トドメの一撃を繰り出そうと身構えた。
レイ=Tが死を覚悟したまさにその瞬間、眩い蒼光の閃光が霧の幕を引き裂いた。
ズガァン!
一発のエネルギー弾が、怪物の頭蓋骨のど真ん中を撃ち抜いた。唸り声がピタリと止む。その巨大な躯は、レイ=Tの靴先から手のひら一つ分も離れていない場所にドサリと崩れ落ちた。
霧の中から、すらりとした人影が歩み出てきた。レイ=Tと同じ年頃の少女だった。ヴァンガード組織の軽装戦術アーマーを身に纏い、白銀の髪を高い位置で綺麗に束ねている。その手に握られたエネルギーライフルからは、まだ硝煙が立ち昇っていた。
戦術ブーツに包まれた足音が乾いた瓦礫を踏みしめ、安全な距離を保って立ち止まる。レイ=Tが安堵の息を吐く間もなく、少女の手にあるまだ熱を帯びたエネルギーライフルの銃口が即座に動き、彼の額の真ん中へと真っ直ぐに向けられた。
冷徹な蒼いレーザーサイトが、スラム街の少年の眉間にピタリと重なる。
「ナイフを捨てて、両手を挙げなさい」少女は澄み渡りながらも氷のように冷たい声を発した。正規の訓練を受けた軍人ならではの威圧感が滲んでいる。「禁域外縁部は厳重に封鎖されています。許可なく防護柵を越えた者はすべて、闇市の鉱物密輸業者か脱走犯とみなします」。
薄いフィルターマスクの下で、凍りついた湖面のように深い蒼色の瞳が、目の前の人物の微細な動きすら逃すまいとロックオンしていた。実のところ、エレナはヴァンガードの正規編成に属する戦士だったが、弱き一般市民の命を軽視する上層部の態度を常に憎んでいた。そのため、彼女は夜になると頻繁に独断で司令センターを抜け出し、スラム街への負担を少しでも減らそうと、禁域外縁部で網をすり抜けた怪物を掃討する単独パトロールを密かに行っていたのだ。とはいえ、死の領域のど真ん中でボロボロの民間服を着て短剣を握りしめる人物と出くわしたことで、彼女は最大限の警戒を払っていた。
凶獣の尻尾の一撃による胸の激痛に耐えながら、崩れた壁の根元にへたり込んだまま、レイ=Tは目の前の黒い銃口を真っ直ぐに見据えた。
エレナがこれまでに出くわしてきた闇市の犯罪者たちのように、パニックになって命乞いをしたり、自暴自棄になってナイフを振り回したりする代わりに、その十八歳の少年は彼女を完全に呆然とさせる反応を見せた。彼は自作の短剣を静かに手放して石畳の上にカチャンと落としたが、擦り傷だらけの両腕を慌てて引き寄せ、胸元に下げていた古びた小さなブリキ缶をぎゅっと抱きしめたのだ――まるで、彼女が引き金を引けばエネルギー弾が自分の心臓を貫くことよりも、その小箱が壊れてしまうことの方を恐れているかのように。
毒霧を透かして届くぼんやりとしたヘッドライトの光の下で、レイ=Tの琥珀色の瞳が彼女を見上げた。その瞳には、盗人の狡猾さも、死を恐れる者の臆病さも微塵もなく、ただ透き通るほど純粋で、不敵なまでに揺るぎない決意が輝いていた。
引き金にかけられていたエレナの指が止まった。彼の胸元の擦り切れた服を染める鮮やかな赤い血痕と、錆びついたブリキ缶だけを必死に守ろうとする骨ばった両手を見て、若き少女の慈悲深い心がわずかに揺らいだ。
彼女はライフルの銃口を下げ、戦術ベルトから止血用の医療包帯をひと巻き取り外すと、彼に向かって放り投げた。
レイ=Tは包帯を受け止め、少し戸惑いながら視線を走らせて、少女の胸元に輝くヴァンガードの徽章に気づいた。だが、彼はふとあることに気がついた。目の前の少女の眼差しは、今日の午後、演習場で彼を容赦なく切り捨てたヴァンガードの将校たちの傲慢で残酷な目とは違っていたのだ。その厳格な外見の奥深くには、不思議なほどの慈しみが隠されていた。
「ヴァンガードの高貴な兵士様が、なんでこんな死のゴミ溜めなんかに潜り込んでるんだ?」
レイ=Tは包帯を裂いて胸の傷口に自分で巻きつけながら、素っ気なく尋ねた。
「ここにも、守る人間が必要だからよ」エレナは短く答え、揺るぎない視線を立ち込める黒い霧の向こうへと向けた。「それで、あなたこそ、エネルギー兵器も防護アーマーも持たない民間人が、命知らずにもこんな場所で何をしているの?」
「血草を探してるんだ。孤児院にいる七つの子のために」レイ=Tは拳を強く握りしめ、低くくぐもった、しかし断固とした声で言った。「あの子は怪物のネズミに噛まれて、ミアズマ毒が骨の髄まで回っちまった。あんたたちの医療ステーションは、貢献ポイントのない貧민を救うのを拒否したんだ。日が昇る前に俺が薬を持ち帰らなきゃ、あの子は死ぬ」。
エレナはわずかに息を呑んだ。少年の飾り気のない言葉は、自分が身を捧げている組織の不条理さについて、彼女の心の中で常に燻り続けていた良心の呵責を鋭い針のように突き刺した。彼女は目の前のボロボロの服を着た少年を改めてよく見た。特権もなく、最新鋭の武器もなく、ただの鉄屑で作ったナイフ一本しか持たないというのに、孤児の少女の命を救うためだけにたった一人で死地へと踏み込む勇気を持っている。
エレナの深い蒼色の瞳の奥に、ふと形のない敬意が芽生えた。彼女は数歩前に進み出ると、遠くにそびえ立つひび割れた断崖の渓谷を指さした。
「その薬草は、こんな外縁部には生えていないわ。高濃度のミアズマが立ち込める断崖絶壁でしか育たないの」エレナは低い声で言った。「あそこの渓谷の入り口に地質の亀裂がある……だけど、そこはナイト・ストーカーの群れの巣窟でもあるわ」。
一秒の躊躇もなく、レイ=Tは地面に手をついて勢いよく立ち上がり、短剣を拾い上げてブーツに差し込んだ。「包帯と情報、礼を言うぜ。そこにあるってんなら、悪魔の巣窟だろうが何だろうが絶対に手に入れてみせる」。
「待ちなさい! あなた一人でそんな場所に行くなんて、自殺するのと同じよ!」エレナは眉をひそめ、慌てて彼の前に立ち塞がった。「私の後ろについてきなさい。渓谷の淵まで案内するわ。薬草を採ったら、即座にここから離脱するのよ!」
レイ=Tは一瞬呆気にとられたように、前方を歩いて道を切り開いていく白銀の髪の女戦士の、華奢でありながらも背筋の伸びた後ろ姿を見つめた。凍てつく禁域の闇夜の中で、彼女の出現は、スラム街メガ7の底辺で十八年間生きてきた彼が一度も出会ったことのない、優しくも非現実的な奇跡のように思えた。
わずか五分後、二人が渓谷の入り口にそびえる断崖絶壁に近づいた瞬間、レイ=Tの琥珀色の瞳がパッと明るく輝いた。
地面から六メートルあまり上の場所、漆黒のミアズマの霧が滲み出る岩の裂け目の上に危うく張り出すようにして、三本の血草がまるで脈打つ生きた血の雫のように深紅の光を放っていたのだ。
「あの上だ!」
エレナが周囲を警戒し終えるのも待たず、レイ=Tは断崖の根元へと駆け出した。幼い頃からスクラップの山を登り慣れてきた者ならではのしなやかさで、酸性雨に濡れて滑る鋭利な岩の突起に素手の指先だけでしがみつき、軽やかに身を躍らせて登っていく。亀裂の周りに生い茂る棘だらけの蔦が彼の手のひらを切り裂き、鮮血が手首を伝って岩肌へと滴り落ちたが、レイ=Tは少しも気にとめなかった。彼は精一杯手を伸ばし、血草の株を根ごと慎重に引き抜くと、胸元のブリキ缶に収めてしっかりと蓋を閉めた。
ただ一枚だけ、深紅の小さな葉が風に煽られて枝からちぎれ、断崖からひらひらと舞い落ちて、下で警戒に当たっていたエレナの腰の戦術ポーチのベルトの隙間にそっと引っかかったが、二人ともそのことにはまったく気づいていなかった。
レイ=Tが滑り降りて無事に着地したまさにその瞬間、二人の足元の地面が突然激しく揺れ動いた。
グオオオオオッ!
四方八方から咆哮が反響し、死の気配が凝縮されたような不気味な音響となって押し寄せる。先ほどエレナが撃ち殺した怪物の血の匂いに加え、レイ=Tの手の鮮血の匂い、そして血草が岩の裂け目から引き抜かれた際のエネルギー変動が、霧の中から狂乱状態で殺到する数十匹ものナイト・ストーカーの群れを引き寄せてしまったのだ。
「包囲されたわ!」エレナは歯を食いしばり、左手首の半球形エネルギーシールドを起動しつつ、右手のライフルから絶え間なく弾丸を放って茂みから飛び出してきた二匹の凶獣を押し返した。「薬を手に入れたなら、早く右側の狭い岩の隙間を通ってスラム街へ逃げなさい! 私にはアーマーとシールドがある、ここで奴らを食い止めるわ!」
絶体絶命の窮地において、ヴァンガードの戦士ならアシスト機構を使って自分一人だけ高速で離脱することも十分に可能だった。だがエレナは、見ず知らずの民間人に活路を開くため、怪物の群れの真正面に立ち塞がることを選んだのだ。
しかし、エレナがさらに数発の銃弾を放った直後、二匹の巨大なナイト・ストーカーが頭上の樹冠から彼女の真上へと不意に急降下して襲いかかり、過負荷に陥ったエネルギーシールドが激しく明滅した。
エレナはよろめきながら後退し、引き金を引いたが、銃口からはカチリという乾いた音しか響かなかった――使用中のエネルギーマガジンが完全に尽き、新しいマガジンを装填する一秒の猶予すら残されていなかったのだ!
怪物の鋭利な鉤爪がエレナの喉元まであと五十センチに迫ったその瞬間、とっくに逃げ去っているはずの少年の影が、放たれた矢のように猛然と逆戻りしてきた!
「頭を下げろ!」
レイ=Tは大声で叫んだ。彼は古びたバックパックの中から、ゴミ捨て場で拾ったリン粉末とマグネシウム片をぎっしり詰め込んだ自作の鉄球を取り出すと、起爆ピンを短剣の柄に強く叩きつけ、二匹の凶獣の顔面のど真ん中へと真っ直ぐに投げつけた。
ドォン!
強い光に敏感な怪物どもの鼻先で、目を灼くような純白の閃光と鼻を突く硫黄の煙が炸裂した。二匹のナイト・ストーカーは苦痛に金切り声を上げ、目を押さえてよろめきながら後退する。
千分の一秒の隙も逃さず、レイ=Tは立ち込める濃煙の中へと飛び込んだ。切り傷と血にまみれながらも燃えるように熱い彼の手が伸び、装甲に包まれたエレナの冷たい手首をしっかりと掴むと、彼女を自分の背後へと強く引き寄せた。
「命の恩人を一人で見殺しにして逃げるような趣味はねえんだよ!」レイ=Tは低く唸るように言い、煙と塵の中で琥珀色の瞳を爛々と輝かせながら、短剣を構えて彼女の前に立ち塞がった。「スラム街へ戻る元の道は奴らの群れに完全に塞がれた。渓谷の奥へ下がるしかない! 走れ!」
エレナは自分の手首を強く握りしめる少年の手を呆然と見つめた。戦術グローブ越しに伝わってくる不思議な熱量に、彼女は一瞬だけ息を呑む。言い争っている時間はなかった。彼女は即座に予備のマガジンをライフルに素早く装填し、きっぱりと頷いた。
二人にはもう、背を向けて走り出し、死の領域のコア区画へと足を踏み入れる以外の選択肢は残されていなかった。




