第69話 菩提樹の木陰で、祖父が語る母の思い出
朝の食堂には、焼きたてのパンの香りと、窓から差し込む柔らかな日差しが満ちていた。ここ数日、庭園の木々を揺らしていた風は昨夜のうちに弱まり、窓の向こうでは、色づき始めた葉が時折静かに揺れるだけになっている。
エレノアは温かなスープを口へ運びながら、窓の外に広がる庭園へ目を向けた。
先日、祖父オーギュストから聞いた古い菩提樹の話が、まだ心に残っている。祖父が若い頃に本を読んでいた場所であり、母アデラインも幼い頃から親しんでいたというその木を、エレノアは一度ゆっくり見てみたいと思っていた。
「今日は随分穏やかな天気になったね」
アルフォンスが窓の外を眺めながら言うと、オーギュストも頷いた。
「そうだな。庭師からも、昨日までに小道の状態を確認したと聞いている。風も弱いようだし、午後なら庭園を歩くのにちょうどよさそうだ」
その言葉に、エレノアは思わず顔を上げた。
オーギュストは孫娘の反応に気づいたらしく、目元を和らげる。
「エレノア、先日約束した菩提樹のところへ、今日行ってみるかい。もちろん、君の予定がよければの話だがね」
「……よろしいんですか?」
「私の方から誘ったのだから、遠慮はいらないよ。せっかく天気もよくなったことだし、歩けるうちに案内したいと思っていたんだ」
エレノアは嬉しくなり、自然と笑みを浮かべた。
「はい。ぜひ、ご一緒したいです。お祖父様のお好きな場所を、私も見てみたいと思っていました」
マルグリットは二人のやり取りを聞きながら、穏やかに微笑んだ。
「それなら、午後のお茶を少し遅らせましょうか。庭園を歩いてから、皆で温かいお茶をいただくのもよさそうですね」
「母上、それなら僕もご一緒して構いませんか。今日は午後の予定を調整できそうなので」
セドリックが尋ねると、オーギュストは楽しそうに頷いた。
「もちろんだとも。アルフォンスはどうかな。仕事の都合がつくなら、一緒に歩いてほしいのだが」
アルフォンスは少し考え、手元の予定を思い返した。
「午後の早い時間でしたら大丈夫です。急ぎの書類は午前中に確認できますし、今日は皆で歩きたいと思います」
家族の予定が少しずつ決まっていく様子を見ながら、エレノアは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
自分が庭園を歩いてみたいと伝えたことから、こうして家族が一緒に過ごす時間が生まれている。
以前のエレノアなら、誰かの予定を変えてしまうことを申し訳なく思い、誘われても一度は遠慮していたかもしれない。
けれど今は、祖父も祖母も、叔父も従兄も、楽しそうに予定を考えてくれていることが分かる。
(私が一緒に歩きたいと思ったことを、皆様も楽しみにしてくださっているのね)
エレノアはそう思いながら、もう一度窓の外へ目を向けた。
遠くに見える大きな木の枝が、朝の光を受けてゆっくりと揺れている。
あれが祖父の話していた菩提樹なのだろうか。
午後になれば、その答えも分かる。
そう考えると、食事を終えたあとの時間まで、少し楽しみに感じられた。
◇ ◇ ◇
朝食後、自室へ戻ったエレノアは、リディアとともに午後の散策に着ていく衣装を選んでいた。
衣装箱には、淡い色合いの外出着がいくつか整えられている。庭園を歩く予定なので、裾が長すぎず、足元の動きを妨げないものがよいだろうと、リディアは丁寧に説明した。
「こちらの薄い青緑色の衣装はいかがでしょうか。生地が軽く、歩きやすい仕立てでございます。上着を合わせれば、少し風が出てきても寒くないかと存じます」
エレノアは衣装を手に取り、窓辺の光の下で色を確かめた。
「綺麗ね。昨日選んだ髪飾りとも合いそうだわ。でも、庭園を歩くなら、もう少し落ち着いた色の方がいいかしら」
「どちらでも問題ございませんよ。お嬢様がお好きなものをお選びくださいませ」
リディアの言葉に、エレノアは少し考えた。
淡い青緑色の衣装は、春の若葉を思わせる柔らかな色合いだった。秋の庭園には少し明るすぎるかもしれないと思ったが、それは着てはいけない理由にはならない。
「……それなら、こちらにするわ。今日の空の色にも少し似ている気がするの」
「かしこまりました。では、午後のお支度までに整えておきますね」
リディアは衣装を丁寧に畳み、必要な上着と歩きやすい靴を用意した。
エレノアはその様子を見守りながら、机の上に置かれた図案帳へ視線を向けた。
先日庭園で見つけた青紫色の花は、まだ図案の段階だった。祖母と一緒に糸の色を試したことで、花弁の色合いを少しずつ表現できそうになっているが、実際に刺繍へ取りかかるのは、今進めている青い花が完成してからにしようと思っている。
「リディア、今日は図案帳を持っていかなくてもいいかしら」
エレノアが尋ねると、リディアは少し考えてから答えた。
「お花を描かれるご予定でしたら、小さな紙と筆記具をお持ちすることもできます。ただ、今日は皆様と庭園を歩かれるのでございますから、必ずしも何かを描く必要はないかと存じます」
その言葉に、エレノアは小さく笑った。
「そうね。今日はお祖父様のお話を聞くことが一番の楽しみだから、何か描きたいものを見つけたら、帰ってから思い出して描いてみるわ」
「それもよろしいかと思います。お嬢様が楽しくお過ごしになれることが何よりでございますから」
リディアはそう答え、衣装箱を閉じた。
エレノアは窓辺へ向かい、庭園の方を眺めた。
母の思い出を探すために歩いた前回とは、今日の散策は少し違う。
もちろん、祖父から母の話を聞けることは楽しみだった。
けれど今日は、祖父自身が大切にしている場所を知りたいという気持ちも強かった。
母のことだけではなく、祖父がどんな時間を過ごしてきたのか。
そのことを知るのも、家族を知るということなのだろう。
エレノアはそんな思いを胸に、午後の時間を待つことにした。
◇ ◇ ◇
午後になると、空は朝よりも明るくなり、薄い雲の間から穏やかな日差しが庭園へ降り注いでいた。
エレノアが支度を整えて玄関広間へ向かうと、そこにはすでにマルグリットとセドリックが待っていた。少し遅れてアルフォンスが現れ、最後にオーギュストがゆっくりと階段を下りてくる。
「待たせてしまったかな」
オーギュストが尋ねると、セドリックは首を横に振った。
「いいえ、祖父上。僕たちも今集まったところです。庭師からは、予定している道なら問題なく歩けると聞いています」
「それなら安心だ。エレノア、寒くはないかい」
「はい。リディアが上着を用意してくれましたので、大丈夫です」
エレノアが答えると、オーギュストは満足そうに頷いた。
リディアも少し後ろに控え、必要な時に手を貸せるよう準備している。
家族は玄関を出て、庭園へ続く小道をゆっくりと歩き始めた。
外へ出ると、ひんやりとした空気が頬に触れた。
けれど、風は穏やかで、日差しの当たる場所では心地よい暖かさを感じる。
足元の砂利は丁寧に整えられており、雨のあとに柔らかくなっていた場所にも、新しい砂利が薄く敷かれていた。
「庭師たちが、昨日までに手入れをしてくれたそうだよ」
アルフォンスが小道を見ながら説明した。
「古い石の腰掛けの周囲も確認したけれど、今日はそちらへ寄る予定ではないからね。まずは父上の好きな菩提樹を見に行こう」
エレノアは頷き、祖父へ顔を向けた。
「お祖父様、菩提樹はこの道の先にあるのでしょうか」
「ああ。もう少し進んで、左側の小道へ入ると見えてくるよ。昔は今よりも道幅が狭くてね。雨の日には足元が随分ぬかるんだものだ」
オーギュストは懐かしそうに話した。
「その頃は、庭師たちが小石を敷いて歩きやすくしてくれていた。今ほど整った道ではなかったが、それはそれで風情があったよ」
「お祖父様は、昔からこの庭園をよく歩いていらしたんですね」
「そうだね。若い頃は、仕事の合間に歩くことが多かった。頭の中で考えがまとまらない時など、部屋にこもっているより、外の空気を吸った方が落ち着くこともあったからね」
エレノアはその話を聞き、少し驚いた。
祖父はいつも落ち着いていて、何事にも迷わず判断できる人のように見えていた。
けれど、若い頃には考えがまとまらず、庭園を歩きながら気持ちを整えることもあったのだという。
「お祖父様も、考え事をして迷うことがあったんですか?」
思わず尋ねると、オーギュストは楽しそうに笑った。
「もちろんだとも。今でも迷うことはあるよ。年を重ねたからといって、何でも分かるようになるわけではないからね」
エレノアは少し目を見開いた。
「そうなんですね。お祖父様は、いつも落ち着いていらっしゃるので、あまり迷われないのかと思っていました」
「そう見えているなら嬉しいが、実際には考えることも多いんだよ。ただ、迷っている時ほど、急いで答えを出さないようにしているつもりだ」
オーギュストは穏やかに答えた。
「庭園を歩いていると、木々が育つのにも時間がかかることを思い出す。人の考えも、すぐに形になるものばかりではないからね」
エレノアはその言葉を胸に留めた。
何かを決める時、すぐに答えを出さなければならないと思っていた頃の自分を思い出す。
けれど、祖父は迷うことを恥ずかしいとは思っていないようだった。
むしろ、考えるための時間を大切にしている。
(私も、迷った時には少し時間をかけてもいいのね。すぐに答えが出なくても、それだけでいけないことにはならないんだわ)
エレノアはそう考えながら、祖父の隣を歩いた。
小道の両側には、秋の花が控えめに咲いている。
先日歩いた南側の庭園とは違い、こちらには背の高い木々が多く、地面には木漏れ日が細かな模様を描いていた。
遠くで鳥が鳴き、風が枝を揺らすたびに、葉が擦れ合う柔らかな音が聞こえてくる。
エレノアはその音に耳を傾けながら、ゆっくりと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
やがて小道が緩やかに曲がると、前方に大きな菩提樹が姿を現した。
幹は大人が両腕を広げても抱えきれないほど太く、枝は左右へ大きく広がっている。葉の一部は黄色く色づき、まだ緑を残した葉と重なって、柔らかな秋の色合いを作っていた。
木の下には低い石の腰掛けがあり、その周囲には落ち葉が丁寧に集められていた。
エレノアは思わず足を止めた。
「……大きな木ですね」
その声には、素直な驚きが含まれていた。
窓から遠くに眺めていた時には、ここまで立派な木だとは思っていなかった。
近づいてみると、幹の表面には深い皺のような模様が刻まれ、長い年月をかけて育ってきたことが感じられる。
「そうだろう。私が若い頃には、もう立派な木だったが、今ほど枝は広がっていなかったんだ」
オーギュストは菩提樹を見上げ、懐かしそうに目を細めた。
「この木がどれほど前からここにあるのか、正確な年数までは分からない。だが、私が子供の頃にも、すでに庭園の大切な木として扱われていたよ」
アルフォンスも木を見上げた。
「私も幼い頃、ここでよく遊びました。父上が本を読んでいるところへ、アデラインと一緒に来たこともありましたね」
「そうだったな。お前たちは、私が静かに本を読んでいると、決まって何か話しかけに来たものだ」
オーギュストが笑うと、アルフォンスも少し照れたように微笑んだ。
「子供の頃は、父上が何を読んでいるのか気になったんです。難しい本ばかりだったので、内容まではよく分かりませんでしたけれど」
マルグリットはその会話を聞きながら、懐かしそうに頷いた。
「アデラインは、本の内容よりも、挟んである栞の方を気にしていたことがありましたね。花の模様が描かれた栞を見つけて、どうしてその花を選んだのかと、何度も尋ねていました」
エレノアは祖母へ顔を向けた。
「お母様は、栞の花にも興味を持っていらしたんですか?」
「ええ。小さな模様でも、気になるものがあると、じっくり眺めていました。何かを作る時の参考にしたかったのかもしれませんね」
マルグリットはそう答えたが、最後の言葉には推測であることを示す柔らかな響きがあった。
エレノアは頷き、菩提樹の幹へ目を向けた。
母も、この木を見上げたことがある。
祖父が本を読んでいるところへ来て、栞の花について尋ねたことがある。
その光景を自分の記憶として思い出すことはできないけれど、家族の言葉を聞くことで、少しずつ想像できるようになっていた。
オーギュストは石の腰掛けへ近づき、表面を確かめた。
「ここも、随分長く使っている。座面は何度か手入れをしているが、場所そのものは昔から大きく変わっていないはずだよ」
エレノアは腰掛けを眺めた。
先日、南側の庭園で見た古い石の腰掛けとは形が違っている。
こちらは横幅が広く、木の幹を少し離れた位置から眺められるように置かれていた。
「ここで、お祖父様は本を読んでいらしたんですね」
「ああ。天気のよい日には、ここへ座って本を開いたものだ。ただ、マルグリットに言われたように、仕事の書類まで持ち込むこともあったがね」
オーギュストは苦笑した。
マルグリットはその隣で、穏やかに微笑んだ。
「休むために来たはずなのに、気がつくと難しい顔をしていらっしゃるのですもの。せっかく綺麗な景色があるのに、もったいないと思っていたのですよ」
「今なら、その気持ちも分かるよ。若い頃は、何かしていないと落ち着かない時期もあったからね」
祖父母の会話を聞きながら、エレノアは少し笑った。
長い年月を共に過ごしてきた二人だからこそ、こうして昔の出来事を穏やかに話せるのだろう。
その時間の積み重ねが、エレノアにはとても温かなものに感じられた。
◇ ◇ ◇
家族は菩提樹の下でしばらく休むことにした。
オーギュストとマルグリットが石の腰掛けへ座り、エレノアは少し離れた場所から木を見上げていた。アルフォンスとセドリックは、木の周囲の小道や枝の様子を眺めながら、昔の庭園について話している。
菩提樹の葉が風に揺れるたび、木漏れ日が地面の上で静かに動いた。
エレノアはその様子を眺め、ふと祖父へ顔を向けた。
「お祖父様、ここでお母様と過ごされた時間のことを、もう少し聞いてもよろしいでしょうか」
オーギュストは穏やかに頷いた。
「もちろんだよ。どんなことを聞きたいのかな」
エレノアは少し考えた。
母がどんな花を好きだったのか。
どんな刺繍を作っていたのか。
これまでにも、家族からいろいろな話を聞いてきた。
けれど今日は、母が祖父とどのように過ごしていたのかを知りたいと思った。
「お母様は、お祖父様がここで本を読んでいらした時、どんなお話をされていたんでしょうか。お花のこと以外にも、何かお話しになっていたんですか?」
オーギュストは少し目を細め、遠い記憶を探すように菩提樹を見上げた。
「そうだな……アデラインは、よく私に質問をしていたよ。庭園のこともそうだが、どうして人は同じものを見ても違うことを考えるのか、そんなことを尋ねられたこともあった」
エレノアは驚いて顔を上げた。
「そんなことを、お母様が?」
「ああ。もっとも、幼い子供らしい言葉だったけれどね。確か、同じ花を見て、マルグリットは綺麗だと言い、庭師は今年もよく育ったと言ったことがあったんだ」
オーギュストは懐かしそうに続けた。
「アデラインは、同じ花なのに、どうして違うことを言うのか不思議だったらしい。私は、人によって見ているところが違うからではないかと答えた覚えがあるよ」
エレノアは静かに耳を傾けた。
「それで、お母様は何とおっしゃったんでしょうか」
「正確な言葉までは覚えていないが、しばらく考え込んでいたよ。それから、自分は花の色が好きだけれど、庭師は花が元気に育ったことを喜んでいるのだろうと、そんな話をしていたと思う」
オーギュストは少し笑った。
「子供なりに、相手の気持ちを考えようとしていたのかもしれないね」
エレノアはその話を聞き、胸の奥に小さな温かさを感じた。
母が幼い頃から、他人の考えに興味を持っていたこと。
同じものを見ても、人によって感じ方が違うのだと知ろうとしていたこと。
それは、今のエレノアにとっても大切なことのように思えた。
「……私も、同じ景色を見ても、皆様が何を感じていらっしゃるのか、聞いてみたいと思うことがあります」
エレノアがそう話すと、オーギュストは優しく頷いた。
「それはいいことだと思うよ。自分がどう感じたのかを大切にすることも、相手が何を感じたのかを知ろうとすることも、どちらも大切だからね」
マルグリットも静かに微笑んだ。
「アデラインも、相手の話を聞くことが好きでした。ただ、いつも上手にできたわけではありませんよ。自分の考えを伝えたくて、相手の話が終わる前に口を挟んでしまうこともありました」
エレノアは思わず笑った。
「お母様にも、そんなことがあったんですね」
「ええ。子供の頃は、知りたいことが次々に浮かんでいたのでしょうね。あとから自分で気づいて、少し恥ずかしそうにしていることもありました」
マルグリットは懐かしそうに話した。
エレノアはその言葉を聞き、母の姿を想像した。
いつも穏やかで、優しく微笑んでいた母。
けれど、幼い頃には好奇心が先に立ち、思わず話を遮ってしまうこともあった。
そんな一面を知ると、母が少し近くに感じられる。
完璧な人としてではなく、喜んだり迷ったり、時には失敗したりする一人の人として、母のことを知ることができたからだ。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、セドリックが菩提樹の根元近くに落ちていた葉を一枚拾い上げた。
黄色く色づいた葉は、端の方に少し茶色い部分があり、長い時間風に揺られていたことを感じさせる。
「エレノア、見てごらん。菩提樹の葉は、近くで見ると形が少し面白いんだ」
セドリックがそう言って葉を差し出すと、エレノアは興味深く受け取った。
葉は丸みを帯びながらも、先端が細く伸びている。
左右の形も完全には同じではなく、葉脈が中心から細かく広がっていた。
「本当ですね。遠くから見ていた時には、こんな形だとは気づきませんでした」
エレノアは葉を光に透かしてみた。
薄い部分から柔らかな光が通り、葉脈が少し濃い線となって浮かび上がる。
「綺麗……。花とは違いますけれど、葉にもいろいろな形があるんですね」
セドリックは頷いた。
「そうだね。僕も子供の頃は、落ち葉を集めて形を比べたりしていたよ。アデライン叔母上に見せたこともあったと思うけれど、どんな話をしたかまでは覚えていないな」
エレノアは葉を眺めながら微笑んだ。
「お兄様も、昔からいろいろなものを集めていらしたんですね」
「そうだね。木の実や小石も好きだったし、形の違う葉を見つけると、つい持ち帰りたくなっていたよ」
セドリックは少し照れたように笑った。
「ただ、何でも集めてしまうものだから、母上に置き場所を決めるように言われたこともあったな」
マルグリットはその言葉を聞き、楽しそうに笑った。
「そうでしたね。机の上だけでなく、窓辺や棚の中にも小石を並べていましたから。掃除をする人が困らないように、箱を用意したこともありました」
アルフォンスも懐かしそうに頷いた。
「セドリックは、一つ一つに理由があると言っていたね。形が面白いとか、色が綺麗だとか、拾った場所を覚えていたいとか」
エレノアは従兄へ顔を向けた。
「素敵ですね。小さなものでも、拾った時のことを覚えていられるんですね」
セドリックは少し考えてから答えた。
「そうだね。ただ、全部覚えているわけではないよ。今でも残っているものはあるけれど、どこで拾ったのか分からなくなったものもある」
彼はエレノアが持っている葉へ目を向けた。
「でも、今日この葉を見つけたことは、しばらく覚えていられそうだ。エレノアと一緒に、この木の下で見つけたものだからね」
その言葉に、エレノアの胸が温かくなった。
自分にとっては、ただ一枚の落ち葉かもしれない。
けれど、従兄にとっても、今日の時間を思い出すきっかけになるのだという。
「……それなら、私もこの葉を覚えていたいです」
エレノアはそう言い、葉をもう一度眺めた。
持ち帰って図案帳へ挟むことも考えたが、乾燥した葉は傷みやすいかもしれない。
それに、今日の景色を覚えておくために、必ずしも何かを持ち帰る必要はないような気もした。
「今日は、このまま眺めておこうかしら。お部屋へ戻ったら、形を思い出して描いてみたいです」
セドリックは微笑んだ。
「それもいいね。実物と少し違っても、エレノアが見た時の印象を残せると思うよ」
エレノアは頷き、葉をそっと地面へ戻した。
落ち葉は柔らかな土の上に静かに落ち、ほかの葉と重なった。
その様子を見ながら、エレノアは小さな満足感を覚えた。
◇ ◇ ◇
菩提樹の下で過ごす時間が長くなるにつれ、家族の会話も少しずつ広がっていった。
オーギュストは若い頃の庭園の様子を話し、マルグリットは季節ごとに咲いていた花のことを思い出していた。
アルフォンスは子供の頃、妹アデラインと庭園を走り回ったことを話し、セドリックは自分が幼い頃に見た景色と、今の庭園の違いについて語った。
エレノアはその一つ一つに耳を傾けた。
家族が同じ場所を見ていても、覚えていることは少しずつ違う。
祖父は木の成長や小道の変化を覚えており、祖母は花の色や季節の移ろいをよく覚えている。
叔父は幼い妹との遊びを思い出し、従兄は自分が集めていた木の実や小石を懐かしんでいる。
それぞれの記憶が重なり合い、同じ庭園の中にいくつもの時間が存在しているように感じられた。
「……不思議ですね」
エレノアが小さく呟くと、オーギュストが顔を向けた。
「何が不思議なのかな」
エレノアは少し考え、ゆっくりと言葉を選んだ。
「皆様が同じ庭園のお話をしていらっしゃるのに、覚えていることが少しずつ違うんです。お祖父様は木のことを、お祖母様はお花のことを、叔父様やお兄様は遊んだ時のことを覚えていらして……」
エレノアは菩提樹を見上げた。
「でも、どのお話も、同じ場所で起こったことなんですよね。それが、とても不思議で、素敵だと思いました」
オーギュストは静かに頷いた。
「そうだね。人は、自分が心を向けたものをよく覚えているのかもしれない。もちろん、時間が経てば記憶は曖昧になるけれど、それでも大切にしてきたものが残ることはある」
マルグリットも穏やかに続けた。
「だから、同じ景色を見ても、違う思い出が生まれるのでしょうね。エレノアも、今日ここで見たものを、私たちとは違う形で覚えているかもしれませんよ」
エレノアは祖母へ顔を向けた。
「私が、今日見たものを……」
「ええ。私たちは昔の話をたくさんしましたけれど、あなたにとっては、今日初めてゆっくり眺めた菩提樹でしょう。今のあなたが何を感じたのかも、大切なことだと思います」
その言葉に、エレノアはしばらく黙って木を見上げた。
太い幹。
黄色く色づいた葉。
風が吹くたびに変わる木漏れ日。
祖父の穏やかな声と、祖母の笑い声。
叔父が母のことを話す時の懐かしそうな表情。
従兄が落ち葉を差し出してくれた時の、優しい笑顔。
それらはすべて、今日のエレノアが見て、聞いて、感じたものだった。
(私にも、今日の思い出ができたのね)
エレノアは胸の奥が温かくなるのを感じた。
母と過ごした幼い時間を、はっきり思い出すことはできない。
それは今でも寂しいことだった。
けれど、今日の時間は違う。
祖父母や叔父、従兄と一緒に歩き、菩提樹の下で話を聞いたことを、今の自分は覚えていられる。
そのことが、エレノアにはとても大切に思えた。
◇ ◇ ◇
やがて、オーギュストがゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ戻ろうか。長く外にいると、少し体が冷えてくるからね」
マルグリットも頷き、上着の襟元を整えた。
「そうですね。お茶の用意もお願いしてありますし、屋敷へ戻って温まりましょう」
エレノアはもう一度菩提樹を見上げた。
大きな枝の間から、午後の光が差し込んでいる。
今日初めてゆっくり眺めた木なのに、少し前から知っていた場所のような親しみを感じた。
「お祖父様、今日は案内してくださって、ありがとうございました」
エレノアがそう言うと、オーギュストは優しく微笑んだ。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。私も久しぶりに、ここでゆっくり過ごせたよ」
「お祖父様のお話を聞けて、とても嬉しかったです。お母様のことも、皆様のことも、また少し知ることができました」
エレノアはそこで少し照れたように笑った。
「それから……今日のことも、きっと大切な思い出になると思います」
オーギュストはその言葉を聞き、しばらく孫娘を見つめた。
その表情には、静かな喜びが浮かんでいた。
「そうか。それなら、私にとっても嬉しいことだよ」
祖父はそう答え、エレノアの歩幅に合わせてゆっくりと歩き始めた。
帰り道では、来た時とは少し違う景色が見えた。
行きには気づかなかった小さな花が小道の端に咲いており、木々の間からは屋敷の屋根が見える。
エレノアはその一つ一つを眺めながら、家族とともに歩いた。
途中、セドリックが以前見つけた青紫色の花の場所について話し始めた。
「エレノア、あの花はもう少し南側だったね。今日はそこまで行くと少し遠回りになるけれど、また別の日に見に行こうか」
エレノアは頷いた。
「はい。今日は菩提樹を見られただけで十分です。また今度、あの花がどうなっているのか確かめてみたいです」
セドリックは嬉しそうに笑った。
「そうだね。季節が進めば、花の様子も変わっているかもしれない」
エレノアはその言葉に、少しだけ寂しさを感じた。
青紫色の花も、いつかは咲き終わってしまう。
今日見た菩提樹の葉も、やがて落ちていくだろう。
けれど、それは失われることだけを意味するわけではない。
季節が変われば、また違う景色が生まれる。
祖父が話してくれたように、庭園は長い時間をかけて姿を変えながら、大切にされ続けてきたのだから。
(今見ているものが、ずっと同じ姿で残るわけではないのね。でも、だからこそ、今の景色を大切にしたいと思うのかもしれないわ)
エレノアはそう考えながら、ゆっくりと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
屋敷へ戻ると、小応接室には温かな茶と焼き菓子が用意されていた。
外の冷たい空気に触れていたせいか、室内の暖かさがいつも以上に心地よく感じられる。
エレノアは上着をリディアへ預け、家族とともに席へ着いた。
窓の外には、先ほど歩いてきた庭園が広がっている。
遠くに菩提樹の枝が見えたが、ここからでは木の下の腰掛けまでは分からなかった。
「こうして戻ってくると、随分歩いたように感じるね」
アルフォンスが茶器を手に取りながら言うと、オーギュストは穏やかに頷いた。
「昔は何とも思わなかった距離だが、今は少し休みながら歩く方がいいようだ。それでも、皆と一緒なら楽しいものだね」
マルグリットは微笑み、焼き菓子をエレノアへ勧めた。
「今日はたくさんお話を聞きましたね。疲れてはいませんか」
「大丈夫です、お祖母様。とても楽しかったです」
エレノアは焼き菓子を受け取り、少し考えてから続けた。
「お祖父様のお話を聞いて、庭園を見る時の気持ちが少し変わったような気がします。今までは綺麗なお花や景色を見ていましたけれど、今日は、その場所を大切にしてきた皆様のことも考えました」
マルグリットは嬉しそうに頷いた。
「それは素敵なことですね。庭園は、そこにある花や木だけでできているわけではありませんから。手入れをしてきた人や、そこで過ごした人たちの時間も重なっているのでしょうね」
オーギュストも穏やかに微笑んだ。
「そうだね。私も今日、久しぶりに昔のことを思い出したよ。アデラインが幼かった頃のことも、アルフォンスたちが遊んでいた頃のこともね」
アルフォンスはその言葉に、少し懐かしそうな表情を浮かべた。
「私も、妹と庭園を歩いた頃のことを思い出しました。あの頃は、毎日同じような景色を見ていると思っていましたが、今振り返ると、一日一日が違っていたんでしょうね」
エレノアは叔父の言葉に耳を傾けた。
母が幼い頃に過ごした時間。
叔父が妹と一緒に遊んだ時間。
祖父母が子供たちを見守っていた時間。
そして今日、エレノアが家族と歩いた時間。
それらが、同じ庭園の中に重なっている。
そう考えると、胸の奥が温かくなった。
「……私、また皆様と一緒に歩きたいです」
エレノアは自然とそう口にしていた。
言ってから少しだけ驚いたが、すぐに取り消そうとは思わなかった。
オーギュストは嬉しそうに頷いた。
「もちろんだとも。季節が変われば、また違う景色を見られるだろう」
マルグリットも微笑んだ。
「次は、春の庭園も一緒に歩いてみたいですね。今とは違う花がたくさん咲きますから」
セドリックは楽しそうに続けた。
「その頃には、エレノアの青い花の刺繍も完成しているかもしれないね」
エレノアは少し照れながら笑った。
「そうですね。でも、急がずに作りたいと思っています。完成したら、皆様にも見ていただきたいです」
「楽しみにしているよ」
セドリックの言葉に、エレノアは嬉しそうに頷いた。
家族の会話は、その後も穏やかに続いた。
焼き菓子の甘い香りと、温かな茶の湯気。
窓の外に広がる秋の庭園。
そして、同じ時間を過ごす家族の声。
エレノアはそのすべてを、心の中へ大切にしまっておきたいと思った。
◇ ◇ ◇
夕方、自室へ戻ったエレノアは、机の上に図案帳を広げた。
リディアが上着を片づけている間、エレノアは今日見た菩提樹の葉の形を思い出していた。
丸みを帯びた輪郭と、細く伸びた先端。
左右で少し違う形。
葉脈が細かく広がる様子。
エレノアは紙の端へ小さな線を引き、記憶を頼りに葉の形を描き始めた。
実物を持ち帰ったわけではないため、正確な形にはならないかもしれない。
けれど、今日見た時の印象を残すことができれば、それで十分だと思っていた。
「エレノア様、何を描いていらっしゃるのですか」
リディアが尋ねると、エレノアは顔を上げた。
「今日、菩提樹の下でお兄様が見せてくださった葉を描いているの。少し形が違うかもしれないけれど、思い出しながら描いてみたくなったのよ」
リディアは机の上の紙を眺め、穏やかに微笑んだ。
「柔らかな形でございますね。お花とはまた違った図案になりそうでございます」
「ええ。今日は刺繍にするつもりではないのだけれど、いつか何かに使えるかもしれないと思って」
エレノアはそう答え、葉の輪郭を少し整えた。
青紫色の花の図案とは違い、今回は色をつけず、形だけを描いてみる。
その方が、今日見た葉の特徴を残せるような気がした。
「お祖父様が、昔からこの木を大切にしていらしたと聞いたの。お母様も幼い頃、あの木の下で過ごしていらしたそうよ」
エレノアは筆を動かしながら続けた。
「でも、今日一番嬉しかったのは、昔のお話を聞けたことだけではないの。皆様と一緒に歩いて、同じ景色を見られたことが嬉しかったわ」
リディアは静かに頷いた。
「大切な一日になったのでございますね」
「ええ。お祖父様が好きな場所を、私も好きになれた気がするの」
エレノアはそう答え、紙を少し離して眺めた。
描いた葉は、実際に見たものよりも少し丸みが強いかもしれない。
けれど、その形を見ると、菩提樹の下で聞いた家族の声が思い出される。
エレノアは小さく微笑み、紙の端へ今日の日付を書き添えた。
そして、その下に短い言葉を記した。
『お祖父様の菩提樹』
その文字を見つめていると、胸の奥が温かくなった。
これは、古い記録ではない。
母が残したものでも、誰かが昔の出来事を書き留めたものでもない。
今の自分が、今日の思い出を残すために描いたものだった。
エレノアはそのことを嬉しく思いながら、紙を図案帳へ挟んだ。
◇ ◇ ◇
同じ頃、オーギュストは自室で、窓の外に広がる庭園を眺めていた。
夕方の光は少しずつ弱まり、木々の影が長く伸びている。
先ほどまで家族と歩いていた菩提樹の辺りも、今は静かな夕暮れに包まれているのだろう。
オーギュストは椅子へ腰を下ろし、机の上に置かれた古い庭園の記録へ目を向けた。
数日前、エレノアに見せた冊子だった。
そこには昔の木々の位置や、庭園の手入れについての記録が残されている。
けれど、今日家族と話したことのすべてが、その冊子に書かれているわけではない。
アデラインが幼い頃に尋ねたこと。
アルフォンスが妹と遊んでいたこと。
マルグリットが仕事を持ち込む自分を気遣ってくれたこと。
そうした出来事は、正式な記録には残っていなかった。
それでも、確かに存在していた時間だった。
(エレノアが、あの場所を好きになってくれたのなら嬉しいことだ)
オーギュストはそう思い、静かに微笑んだ。
孫娘がロシュフォール家へ来てから、少しずつ表情を和らげるようになったことは、彼も感じていた。
もちろん、まだ不安を抱えることもあるだろう。
ベルナール家で過ごしてきた時間を、簡単に忘れられるわけではない。
それでも、今日のエレノアは自分から庭園を歩きたいと望み、家族の話を楽しそうに聞いていた。
その姿を見られたことが、オーギュストには何より嬉しかった。
彼は古い冊子を閉じ、窓の外へ目を向けた。
庭園は、これからも少しずつ姿を変えていくだろう。
木々は育ち、花壇の花も季節ごとに変わる。
けれど、そこで過ごした時間を大切に思う気持ちは、きっと残っていく。
オーギュストはそう考えながら、静かに夕暮れを眺めていた。
◇ ◇ ◇
夜、エレノアは自室の机に向かい、日記帳を開いた。
窓の外には月が昇り、庭園の木々が淡い光を受けている。
昼間歩いた菩提樹の辺りは、ここからははっきり見えない。
けれど、エレノアの心には、今日見た景色が鮮やかに残っていた。
太い幹と、広がる枝。
黄色く色づいた葉。
木漏れ日の下で聞いた祖父の声。
祖母が懐かしそうに笑ったこと。
叔父が母との思い出を話してくれたこと。
従兄が一枚の落ち葉を見せてくれたこと。
エレノアはそれらを一つずつ思い返しながら、ゆっくりと筆を進めた。
日記には、今日の庭園散策について書き留めていく。
祖父が若い頃、菩提樹の下で本を読んでいたこと。
母アデラインも幼い頃、その木の下で過ごしていたこと。
同じ花を見ても、人によって感じることが違うのだと、母が不思議に思っていたという話。
そして、自分自身も今日、同じ景色を見ながら、家族それぞれの思い出を知ることができたこと。
書き進めるうちに、エレノアは少しだけ筆を止めた。
母の思い出を知ることは、今でも嬉しい。
けれど、今日はそれだけではなかった。
祖父の好きな場所を知り、祖母や叔父、従兄と一緒に過ごすことができた。
そして、その時間を自分自身の思い出として残せることが、何より嬉しかった。
(お母様が過ごした時間を、私は全部思い出すことはできない。でも、今日のことは、今の私が覚えていられるのね)
エレノアはそう考え、胸の奥が温かくなるのを感じた。
過去の記憶を取り戻せないことは、今でも寂しい。
けれど、その寂しさだけに心を向け続ける必要はないのだと、少しずつ分かってきた。
今の自分にも、新しい時間がある。
これから出会う景色があり、家族と交わす言葉があり、自分で選ぶものがある。
エレノアは日記帳の最後に、今日一番大切にしたいと思った言葉を書き添えた。
『今日は、お祖父様の好きな菩提樹を見に行きました。お母様の思い出を聞くこともできましたが、それ以上に、皆様と一緒に新しい思い出を作れたことが嬉しかったです。いつかまた、同じ場所を歩いてみたいと思います。』
書き終えると、エレノアはしばらくその文章を眺めた。
机の上には、今日描いた菩提樹の葉の図案が挟まれた帳面が置かれている。
その隣には、制作途中の青い花の刺繍があった。
母の思い出に触れながら作っている青い花。
今の自分が庭園で見つけた青紫色の花。
そして、今日新しく描いた菩提樹の葉。
それぞれに違う意味があり、違う時間が重なっている。
エレノアはそのことを嬉しく思いながら、日記帳を閉じた。
机の横の壁には、まだ何も飾られていない。
母と幼い自分が描かれた絵の複製が作れるかどうかは、まだ分からないままだ。
それでも、その壁を眺めるたびに、エレノアは少しずつ楽しみな気持ちになる。
いつかそこへ絵を飾ることができたなら、今日描いた菩提樹の葉の図案も、近くに置いてみたい。
母の思い出と、今の自分の思い出。
その両方を、大切にできる場所にしたいと思った。
エレノアは灯りを落とし、寝台へ入った。
窓の外では、夜風が静かに庭園を渡っている。
菩提樹の葉も、今頃はその風に揺れているのだろう。
今日、祖父が教えてくれたこと。
迷った時には、急いで答えを出さなくてもいいということ。
同じ景色を見ても、人によって感じることは違うということ。
そして、昔の思い出を大切にしながら、今の自分の時間も重ねていけるということ。
エレノアはそれらを胸に留め、ゆっくりと目を閉じた。
明日もまた、穏やかな一日になるかもしれない。
あるいは、何か新しいことを知る日になるかもしれない。
どちらであっても、今のエレノアには、その時間を大切に過ごしていきたいという思いがあった。
窓の外では、菩提樹の枝が夜風に揺れ、静かな葉擦れの音を響かせていた。
その音を遠くに感じながら、エレノアは穏やかな眠りへと落ちていった。




