第48話 皇室へ向かう手紙
朝の光が窓辺へ差し込む頃、エレノアはいつもより少し早く目を覚ました。昨夜は寝つくまでに時間がかかったものの、不思議と身体は重くない。寝台の中でしばらく天井を見つめてから、ゆっくり上体を起こした。
今日は、皇室へ送る返書の最終確認をする日だった。
昨日、アルフォンスと一緒に文面を考え、自分の意思が正確に伝わるよう言葉を直してもらった。夜になってもそのことが頭から離れず、日記にも何度か同じ文章を書きかけたが、最後には自分の気持ちを一行にまとめることができた。
『私の意思は、私のものだ』
机の上に置いた日記へ目を向けると、その言葉を書いた時の気持ちが蘇ってくる。
(今日、本当に皇室へ届けてもらうんだ)
そう思った途端、胸の奥が少しだけ強張った。
第二王子レオナードとの婚約を望んでいないことは、もう何度も確認している。養女縁組についても、自分の意思でロシュフォール家の娘になりたいと伝えた。
それなのに、いざ皇室へ正式な返答を送るとなると、怖さが消えてくれない。
皇室は、どう受け止めるのだろう。
第二王子本人が自分の拒絶を知った時、どのような反応をするのだろう。
考えても答えの出ない疑問が浮かび、エレノアは膝の上で指を重ねた。
前の人生で、レオナードは自分を婚約者として扱いながら、最後にはミレーヌを選んだ。そして、身に覚えのない罪を着せられた自分を救おうとはしなかった。
あの時の冷たい視線は、今でも忘れられない。
けれど、今のレオナードが何を考えているのかは分からない。まだ正式な婚約は成立しておらず、この人生で直接顔を合わせてもいないのだから、前の人生と同じ反応をするとは限らなかった。
(怖いからって、返事を出さなかったら、また誰かに決められてしまうかもしれない)
エレノアは静かに息を吐いた。
それだけは、もう嫌だった。
自分の人生を、自分の知らないところで決められること。
何も言わないまま、望まない未来へ進んでしまうこと。
その怖さを、エレノアは誰よりも知っている。
だからこそ、今日の返書は大切だった。
寝台から降りて窓辺へ向かうと、庭では朝露をまとった草花が陽光を受けて輝いていた。遠くの小道を使用人が歩き、屋敷の一日が少しずつ始まっている。
その穏やかな景色を見つめながら、エレノアは小さく頷いた。
「……大丈夫。私は、ちゃんと自分で決めたんだから」
声に出すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
やがてリディアが朝の支度を手伝いに訪れ、エレノアは淡いクリーム色のドレスを選んだ。胸元には小さな白い花の刺繍が施されており、派手ではないが柔らかな雰囲気の一着だった。
「本日は、こちらになさいますか?」
「はい。今日はこの服がいいです」
リディアは微笑み、丁寧にドレスを整えた。
「よくお似合いでございます。お嬢様は最近、ご自分でお選びになることが増えましたね」
エレノアは鏡の中の自分を見つめた。
「前は、何を選んでも怒られるかもしれないって思っていたんです。でも、ここでは好きなものを選んでもいいって、少しずつ分かってきました」
「はい。お嬢様がお好きなものを見つけてくださることは、私どもにとっても嬉しいことでございます」
リディアの言葉に、エレノアは小さく笑った。
今日は皇室へ返書を送る日だ。
それでも、朝の服を選ぶことまで特別なものにする必要はない。
自分の好きな服を着て、いつもの家族と朝食を取る。
そんな普通の一日を守るために、これから手紙を送るのだと思った。
◇ ◇ ◇
朝食の席には、アルフォンス、セドリック、オーギュスト、マルグリットが揃っていた。長い食卓には焼きたてのパンと温かなスープが並び、窓から差し込む光が白い食器を明るく照らしている。
エレノアが席へ着くと、マルグリットが穏やかに声をかけた。
「おはよう、エレノア。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはようございます、お祖母様。少し考え事をしてしまいましたけど、ちゃんと眠れました」
「そう。それならよかったわ」
マルグリットは安心したように微笑み、エレノアの皿へ果物を取り分けた。
その様子を見ていたオーギュストが、新聞から顔を上げる。
「今日はアルフォンスと大切な話をするそうだな」
「はい。皇室へ送るお返事の確認をします」
エレノアは少し緊張しながら答えた。
オーギュストは新聞を畳み、落ち着いた声で言った。
「自分の意思を伝えることは大切だ。相手が皇室であっても、その点は変わらん」
「……はい」
「ただし、難しい手続きや相手とのやり取りまで、お前一人で背負う必要はない。そういう時のために、家族がいるのだからな」
その言葉を聞いて、エレノアの胸が温かくなった。
オーギュストは普段から多くを語る方ではない。
けれど、必要な時にはこうしてはっきり言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます、お祖父様」
エレノアが笑うと、オーギュストは満足そうに頷いた。
セドリックはパンを手に取りながら、少し明るい声で話しかけた。
「そういえば、昨日の本はどうだった? 兄妹は仲直りできたかな」
「まだ途中なんです。でも、二人とも相手のことを心配しているのに、うまく伝えられないみたいで……」
「なるほど。そこまで読んだんだね」
「お兄様、結末を言わないでくださいね」
エレノアが少し慌てて言うと、セドリックは楽しそうに笑った。
「もちろん。君が自分で読む楽しみを奪うつもりはないよ」
そのやり取りを聞いていたアルフォンスも、穏やかな笑みを浮かべた。
エレノアが皇室への返書を気にしていることは分かっている。
けれど、家族全員がその話ばかりしていては、かえって緊張を強めてしまうだろう。
いつもの朝食を楽しみ、好きな本の話をする。
それもまた、今のエレノアに必要な時間だった。
食事が終わる頃、アルフォンスが静かに声をかけた。
「エレノア、午前中の都合はどうかな。書簡の準備が整っているから、よければ一緒に確認しよう」
「はい、叔父様。私も、今日確認したいです」
「分かった。食後に少し休んでから、執務室へおいで」
エレノアは頷いた。
その返事を聞いたアルフォンスは、それ以上急かすことなく話題を変えた。
朝食の時間は、最後まで穏やかに過ぎていった。
◇ ◇ ◇
午前の執務室には、窓から柔らかな光が差し込んでいた。
アルフォンスは執務机の上を片づけ、エレノアが確認しやすいように書簡を小卓へ置いていた。隣には、皇室から届いた照会の原本と、必要な記録をまとめた書類が並んでいる。
エレノアが入室すると、アルフォンスは椅子を勧めた。
「おはよう、エレノア。準備はできているよ」
「おはようございます、叔父様。よろしくお願いします」
エレノアは席へ着き、机の上の書簡へ目を向けた。
昨日見た回答案とは違い、今日は正式な文書として整えられている。
丁寧な文字が並び、ロシュフォール公爵家から皇室へ提出する書簡であることが分かる形式になっていた。
アルフォンスは書簡をエレノアの前へ差し出した。
「昨日、お前が希望した表現を反映してある。内容を確認して、気になるところがあれば遠慮なく言ってほしい」
「はい」
エレノアはゆっくり読み始めた。
最初に記されているのは、皇室からの照会に対する回答であること。
続いて、ベルナール伯爵家から以前受諾の返書が送られているものの、第二王子レオナードとエレノアの間には正式な婚約が成立していないことが記されていた。
そして、その次に自分の意思が書かれている。
『エレノア・ベルナール本人は、第二王子レオナード殿下との婚約を希望しておらず、今後も当該縁談を進める意思を有しておりません』
エレノアは、その一文を何度も読み返した。
昨日、自分がアルフォンスへ伝えた言葉だった。
ただ「今は望んでいない」とするのではなく、これから先も縁談を進めてほしくないと伝える。
その意味が、きちんと残っている。
(私の言葉が、ここにある)
胸の奥に温かなものが広がった。
けれど、同時に怖さもあった。
この書簡が皇室へ届けば、自分の拒絶は正式な記録として扱われることになる。
それは、簡単に取り消せるものではないかもしれない。
エレノアは一度、書簡から顔を上げた。
「叔父様」
「どうした?」
「これを送ったら、もう私が嫌だと言ったことは、なかったことにはならないんですよね?」
アルフォンスは少し考えてから答えた。
「少なくとも、ロシュフォール公爵家から正式に本人の意思を伝えた記録は残る。皇室がどのような判断を示すかはまだ分からないが、お前が拒絶の意思を表明した事実を、こちらから曖昧にするつもりはない」
「……はい」
「ただし、返答を送ることと、縁談に関するすべての問題が解決することは別だ。皇室から追加の確認が来る可能性もあるし、別の手続きが必要になるかもしれない」
エレノアは頷いた。
昨日も聞いたことだった。
けれど、正式な書簡を目の前にすると、その意味がよりはっきり分かる。
「それでも、私の気持ちは変わりません」
エレノアは書簡を見つめたまま言った。
「私は、第二王子殿下との婚約を望んでいません。これからも、その縁談を進めてほしくありません」
アルフォンスは静かに頷いた。
「分かった。その意思を、私の責任で皇室へ届けよう」
エレノアは少しだけ目を潤ませた。
以前の自分なら、こんなふうに誰かへ頼ることもできなかっただろう。
自分の気持ちを伝えれば迷惑になると思い、何も言わずに我慢していたはずだ。
けれど、今は違う。
アルフォンスは自分の意思を聞き、その言葉を守ろうとしてくれている。
「叔父様、ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことではないよ。お前が自分の人生について意思を示すのは、当然のことだからね」
エレノアは小さく笑った。
その当然のことが、これまでどれほど難しかったか。
今なら、少しずつ分かる気がした。
書簡の残りには、現在の居住先と養女縁組の準備について記されていた。
エレノアが自らロシュフォール公爵家への養女縁組を希望していること。
ベルナール伯爵からは反対しない旨の返書が届いていること。
ただし、正式な手続きはまだ完了しておらず、現在も必要な確認が進められていること。
エレノアは最後まで読み、ゆっくり紙を置いた。
「全部、確認できました」
「気になる表現はなかったかな」
「はい。私の気持ちと違うところはありません」
アルフォンスは安心したように頷いた。
「それなら、この内容で正式に送る準備を進めよう」
エレノアは一度深呼吸をした。
それから、まっすぐアルフォンスを見つめた。
「叔父様、お願いします」
その言葉には、昨日までとは少し違う確かさがあった。
怖さがなくなったわけではない。
けれど、自分の意思を伝えることを、もう迷ってはいなかった。
◇ ◇ ◇
昼前、ロシュフォール公爵家の執務室では、皇室へ送る書簡の封緘が行われた。
アルフォンスが最終確認を終えた書簡は、正式な封筒へ収められ、公爵家の印章によって封じられる。家令は宛先と添付書類を確認し、記録簿へ必要事項を書き込んだ。
エレノアは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
自分の言葉が書かれた紙が封筒へ入れられ、印章によって閉じられていく。
それは静かな作業だった。
けれど、エレノアにはとても大きな出来事に思えた。
「これで、準備は整いました」
家令がアルフォンスへ報告した。
「ありがとう。予定通り、正式な経路で届けてくれ」
「承知いたしました」
家令は一礼し、書簡を持って退出した。
エレノアは閉じられた扉を見つめた。
あの封筒の中には、自分の意思がある。
誰かが勝手に決めた婚約を受け入れるのではなく、自分が望まないと伝えるための言葉がある。
そのことが、まだ少し信じられなかった。
「叔父様」
「何だい?」
「……本当に、送るんですね」
「ああ。お前が確認した内容のまま、皇室へ届ける」
エレノアは静かに頷いた。
怖さは残っている。
それでも、後悔はなかった。
「私、少し緊張しています」
「そうだろうね」
アルフォンスは優しく微笑んだ。
「けれど、今日のお前は十分に自分の意思を伝えられたよ。あとは、こちらで必要な手続きを進める。皇室から何か返答があれば、その内容もきちんと説明するからね」
「はい。ありがとうございます」
エレノアは小さく笑った。
その笑顔を見たアルフォンスは、胸の奥に静かな決意を感じていた。
皇室がどのような返答を寄越すかは分からない。
しかし、エレノアの意思を曖昧にしたまま話を進めさせるつもりはなかった。
◇ ◇ ◇
午後、エレノアは図書室で本を読んでいた。
昨日から読み進めている兄妹の物語は、ようやく二人が仲直りする場面へ差しかかっていた。
兄は、妹が困っている人を放っておけないことを理解した。
妹は、兄が旅の予定を守ろうとしていた理由を知った。
二人は互いに謝り、これからは何かを決める時にはきちんと話し合おうと約束する。
エレノアはその場面を読みながら、少しだけ笑った。
話し合うこと。
相手の気持ちを聞くこと。
自分の考えを伝えること。
物語の中では当たり前のように描かれていることが、今の自分にはとても大切に思えた。
「エレノア、ここにいたんだね」
声をかけられて顔を上げると、セドリックが図書室へ入ってきた。
「お兄様。はい、本の続きを読んでいました」
「父上から聞いたよ。皇室への返書を確認したんだって?」
「はい。私の気持ちが、ちゃんと書かれていました」
エレノアは本を閉じ、少し嬉しそうに答えた。
セドリックは向かいの椅子へ腰を下ろした。
「そうか。それならよかった。父上も、君が自分の意思をはっきり伝えてくれたことを喜んでいたよ」
「私、まだ少し怖いんです。でも、送らない方がよかったとは思っていません」
「それでいいと思うよ。怖いからといって、間違った選択をしたことにはならないからね」
エレノアは頷いた。
「お兄様、皇室から返事が来たら、どうなるんでしょうか」
セドリックは少し考えてから答えた。
「それは、返答の内容によると思う。正式な婚約が成立していないことを確認して、縁談の扱いを整理するだけかもしれないし、追加の説明を求められるかもしれない」
「……そうですよね」
「ただ、どんな返事が来ても、君の意思が変わったことにはならない。そこは忘れないでほしい」
エレノアはセドリックを見つめた。
「私の気持ちは、変わらないままでいいんですね」
「もちろん。誰かから返事が来たというだけで、自分の気持ちを変える必要はないよ」
セドリックの言葉は穏やかだった。
エレノアは少し安心したように笑った。
「ありがとうございます、お兄様」
「どういたしまして。それより、物語の兄妹は仲直りできたかな?」
エレノアは嬉しそうに本を開いた。
「はい。ちゃんと話し合って、仲直りしました」
「それはよかった。僕も、あの場面は好きだったな」
二人はしばらく、物語の続きを話した。
皇室への返書を送った日であっても、図書室にはいつもの穏やかな時間が流れている。
そのことが、エレノアには嬉しかった。
◇ ◇ ◇
夕方、皇室へ向かう正式な書簡がロシュフォール公爵家を出発した。
封緘された書簡は記録に従って運ばれ、所定の経路を通じて皇室の担当部署へ届けられる予定だった。屋敷の門を出ていく使者の姿を、アルフォンスは執務室の窓から静かに見送った。
エレノア本人の意思は、確かに書面となった。
けれど、それが皇室へ届いたあと、どのように扱われるかはまだ分からない。
アルフォンスは窓から離れ、机の上に残された控えを確認した。
正式な婚約は成立していない。
本人は縁談を望んでいない。
今後も婚約へ進む意思はない。
養女縁組については、本人の希望に基づいて手続きを進めている。
必要なことは、明確に記されている。
それでも、皇室側が以前の受諾の返書をどのように扱うのかについては、返答を待たなければならなかった。
アルフォンスは静かに息を吐いた。
(あの子の意思が、正しく受け止められることを願うしかないな)
ただ願うだけで終わらせるつもりはない。
もし追加の確認が必要になれば、必要な記録を整える。
もしエレノア本人へ説明を求める申し入れがあれば、その必要性と方法を慎重に確認する。
何より、本人が望まない形で話を進めることだけは避けなければならない。
アルフォンスは控えを丁寧に保管し、次に必要となる書類へ目を向けた。
養女縁組の手続きも、まだ始まったばかりだ。
エレノアが安心して暮らせる未来のために、進めなければならないことは多かった。
◇ ◇ ◇
夜、エレノアは自室の机へ向かっていた。
日記を開き、今日の出来事を書き留める。
『今日は、皇室へ送る返書を確認した』
『私の意思が、きちんと書かれていた』
『叔父様にお願いして、その内容のまま送ってもらった』
そこまで書いたあと、エレノアは少しだけペンを止めた。
皇室へ向かう手紙。
その中には、自分が第二王子との婚約を望まないことが記されている。
前の人生では、そんな手紙を書くことさえ考えられなかった。
父が決めた縁談を受け入れ、第二王子の婚約者として振る舞うことが、自分に与えられた役目だと思っていた。
けれど、今は違う。
自分の意思で、別の未来を選ぼうとしている。
エレノアは窓の外へ目を向けた。
夜の庭は静かで、遠くの木々が月明かりに照らされている。
明日も、この家で朝を迎える。
皇室から返事が来るまで、どれほど時間がかかるのかは分からない。
けれど、その間も自分の生活は続いていく。
好きな本を読み、刺繍をして、家族と食事をする。
母の遺品についても、少しずつ調べていく。
養女縁組の手続きも進められている。
エレノアは日記へ最後の一行を書き加えた。
『私は、私の未来を選びたい』
その言葉を見つめながら、静かに微笑んだ。
怖さがなくなったわけではない。
けれど、もう自分の気持ちを押し殺して誰かの決定に従うつもりはなかった。
エレノアは日記を閉じ、灯りを落とした。
寝台へ入ると、窓から差し込む月明かりが床を淡く照らしている。
皇室へ向かう手紙が、今どこを運ばれているのかは分からない。
それでも、確かに自分の意思が届けられようとしている。
その事実を胸に、エレノアは静かに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
一方、皇都セレディアの皇宮では、夜になっても一部の執務室に灯りが残っていた。
皇室へ寄せられる書簡は、内容や宛先に応じて担当部署で整理される。縁談や貴族家の身分に関わる照会も、その中の一つだった。
机の上には、いくつもの記録が並んでいる。
その中には、ベルナール伯爵家から以前提出された、第二王子との縁談に関する受諾の返書も保管されていた。
しかし、正式な婚約が成立したことを示す記録は、まだ存在していない。
ロシュフォール公爵家からの回答は、これから届く。
その内容が確認されれば、担当部署は改めて縁談の扱いを整理しなければならないだろう。
皇室が、エレノア本人の拒絶をどのように受け止めるのか。
第二王子レオナードの意思が、今後どのように関わってくるのか。
そして、ロシュフォール公爵家への養女縁組の準備が、この縁談にどのような影響を与えるのか。
それらは、まだ何一つ結論が出ていなかった。
ただ、これまでベルナール伯爵家の受諾の返書によって進められていた縁談に、本人の明確な拒絶が正式に示されようとしている。
その事実は、皇室側にとっても無視できないものになるはずだった。
エレノアが自分の未来を守るために送り出した一通の手紙。
その返答がどのようなものになるのか、まだ誰にも分からない。
けれど、彼女の人生を左右するかもしれない次の判断は、確実に近づいていた。




