第114話 届く前の手紙と、父が初めて確かめようとしたこと
秋の朝は、昨日よりも少し冷え込んでいた。ロシュフォール家の庭園では、夜の間に落ちた葉が小道の端へ寄り集まり、まだ低い朝日を受けて淡く輝いている。エレノアは寝室の窓辺に立ち、庭師たちが作業を始める様子を眺めながら、父へ宛てた手紙のことを考えていた。
自分の希望を言葉にして送り出してから、まだそれほど時間は経っていない。父がいつ手紙を受け取るのか、読んだあとにどのような返事を書くのか、そのどちらも分からなかったが、今朝は昨日ほど胸が落ち着かないわけではなかった。返事を待つ時間にも、自分の暮らしを続けてよいのだと、少しずつ思えるようになっていた。
(お父様が何をお考えになるかは、私には決められないわ。でも、私が何を望んでいるのかは、もう手紙に書いたのだから)
そう考えても、不安が完全に消えるわけではない。ベルナール家で過ごしていた頃、父の判断に疑問を持っても、それを口にすることはほとんどなかった。父の前で自分の考えを述べることに慣れていないエレノアにとって、返事を待つという行為そのものが、新しい経験だった。
扉が控えめに叩かれ、リディアが朝の身支度を整えるために入室した。彼女はエレノアの表情を見て、いつもと変わらない穏やかな声で挨拶をしたあと、窓辺へ目を向けた。
「今朝は風が冷たいようでございますね。庭園へお出かけになるのでしたら、少し厚手の上着をご用意いたしましょうか」
「ありがとう、リディア。今日は庭園を歩くより、午前中に少し調べたいことがあるの」
「お調べになりたいこと、でございますか」
エレノアは頷き、机の上に置いてある手帳へ目を向けた。昨日、セドリックと古い資料の保存について話したことが、まだ心に残っていた。
「古い紙を傷つけずに残す方法を、少し勉強してみたいと思っているの。エレーヌたちがどのように記録を扱っているのか、私も知っておきたいわ」
リディアは嬉しそうに微笑んだ。
「それはよろしいことでございますね。エレノア様がお調べになっている記録にも、きっと役立つことがあると思います」
「ええ。ただ、専門家のように扱えるようになりたいわけではないの。何をしてはいけないのか、どんなときに人の助けが必要なのかを知っておきたいのよ」
エレノアがそう答えると、リディアは静かに頷いた。主人が以前よりも、自分の考えを落ち着いて言葉にするようになっていることを、彼女は感じていた。
少し前までのエレノアは、何かを望んでも、すぐに遠慮するような言葉を添えることが多かった。けれど今は、自分が何をしたいのか、そのために何を確かめたいのかを、少しずつ具体的に話せるようになっている。
リディアはその変化を嬉しく思いながら、衣装棚から淡い色のドレスを取り出した。
「それでしたら、朝食のあとにご予定を確認いたしましょう。エレーヌ様のお仕事のご都合もございますから、まずはお尋ねしてみるのがよろしいかと存じます」
「そうね。お仕事の邪魔にならない時間に、少しだけお話を伺えたら嬉しいわ」
エレノアは微笑み、身支度を始めた。
◇ ◇ ◇
ベルナール伯爵家の執務室では、ロベルトが朝から書類の整理を進めていた。領地から届いた報告書には、秋の収穫に関する数字や、冬を迎える前に修繕が必要な施設についての記載が並んでいる。いつもなら順番に確認して署名を済ませるところだったが、今朝は机の端に置いた一通の封書が気にかかっていた。
差出人はアルフォンス・ロシュフォール。先日届いた返書であり、すでに何度も読み返したものだった。
そこには、エレノアが現在もロシュフォール家で暮らしていること、養子縁組の手続きがまだ正式に完了していないこと、王宮との婚約に関する情報については慎重に対応するということが記されていた。
ロベルトは封書を開き、もう一度最後の部分へ目を通した。
アルフォンスの文章は丁寧で、必要な事実も示されている。しかし、ロベルトが最も知りたかったことについては、明確な答えが書かれていなかった。
エレノア自身は、これからどうしたいのか。
ロシュフォール家で暮らし続けたいという希望を持っているのか。それとも、今はただ父の家を離れて落ち着く時間を必要としているだけなのか。
ロベルトは便箋を机へ置き、指先で眉間を押さえた。
(私は、あの子が何を考えているのか、いつから分からなくなったのだろう)
娘が幼い頃は、アデラインが二人の間に立つことが多かった。エレノアが何かを望めば、母親であるアデラインがそれを聞き取り、必要に応じてロベルトへ伝えていた。
アデラインが亡くなってからは、家の中の役割も変わった。ロベルトは領地や王都での務めに追われ、エレノアの生活については、使用人やヴァレリアから報告を受けることが増えていった。
食事の席で娘と顔を合わせることはあった。体調や勉強について尋ねることもあったが、その会話の多くは、必要なことを確認するためのものだった。
娘が何を好み、何を嫌がり、どのようなことを望んでいるのか。
そのような話を、最後にいつ聞いただろう。
ロベルトは思い出そうとしたが、はっきりとした場面が浮かばなかった。
扉が叩かれ、執事が入室した。
「旦那様。昨日お申し付けになった件について、家政を担当する者から報告がございます」
「衣類の整理記録のことか」
「はい。奥様のご指示で、過去の帳簿の所在を確認しております。ただ、古い記録の中には保管場所が変わっているものもあるようで、すべてを揃えるには少し時間が必要とのことです」
ロベルトは頷いた。
「分かった。急がせる必要はない。ただし、記録が見つかった場合は、内容を変えずにそのまま確認できるようにしておいてくれ」
「かしこまりました」
執事が退出しようとしたところで、ロベルトは声をかけた。
「もう一つ、確認したいことがある」
執事は足を止め、振り返った。
「何でございましょう」
「エレノアがこの屋敷にいた頃、日常の世話を担当していた者たちの記録は残っているか」
「お嬢様付きの使用人について、でございますか」
「ああ。現在も屋敷にいる者だけでなく、以前仕えていた者についてもだ。どの時期に誰が担当していたのか、分かる範囲で整理してほしい」
執事は少し意外そうな表情を浮かべたものの、すぐに頭を下げた。
「承知いたしました。古い雇用記録も確認いたします」
ロベルトは頷き、執事を下がらせた。
娘の考えを知りたいと思っても、本人へ尋ねる前に、周囲の人間から聞いた話だけで判断することは避けたい。
しかし、自分がこれまで何を見落としていたのかを知るためには、屋敷の中でどのようなことが起きていたのか、確かめる必要があるとも思っていた。
ロベルトは机の上の書類を整え、別の便箋を取り出した。
エレノアへ直接手紙を書くべきかもしれない。
そう考えたものの、すぐには筆を取れなかった。
父親として何を尋ねればよいのか、まだ言葉がまとまっていなかったからだ。
◇ ◇ ◇
ロシュフォール家の朝食の席では、オーギュストが庭園の管理について報告を受けていた。東側の通路については、引き続き立ち入りを控える措置が取られており、庭師ギュスターヴ・メルシエが調査に必要な準備を進めているという。
「雨が続いたあとだからな。地面の状態を確かめる前に、無理な作業はさせられん」
オーギュストがそう告げると、アルフォンスは頷いた。
「ギュスターヴも同じ考えです。作業範囲と人員を確認してから、必要な調査へ進む予定です」
エレノアは二人の会話に耳を傾けながら、温かな茶を口に運んだ。東側の通路が使えないことには少し不便を感じていたが、安全を確かめることが先だと理解している。
朝食がひと段落したところで、エレノアはアルフォンスへ声をかけた。
「叔父様。今日、エレーヌに少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「エレーヌに?」
「はい。古い紙の保存について、基本的なことを教えていただきたいのです。昨日、お兄様とお話しして、私も少し勉強してみたいと思いました」
アルフォンスは穏やかに微笑んだ。
「それはよい考えだね。ただ、エレーヌたちにも仕事があるから、都合のよい時間を確認してみよう」
「ありがとうございます。もちろん、お仕事の邪魔にならないようにいたします」
セドリックが隣から声をかけた。
「僕も、昨日話していた本を持っていこうか。専門的な内容もあるけれど、最初に知っておくと役立ちそうなことが書かれていたよ」
エレノアは嬉しそうに頷いた。
「ぜひお願いいたします、お兄様」
マルグリットは二人のやり取りを聞きながら、穏やかに微笑んでいた。
「エレノアは、最近いろいろなことに興味を持つようになったわね」
その言葉に、エレノアは少し照れたように視線を落とした。
「知らないことが多いと気づいたのです。お母様のことを調べているうちに、記録を読むだけではなく、残していくことも大切なのだと思うようになりました」
「それは素敵なことね。急いで覚えようとしなくてもよいのよ。少しずつ、自分の知りたいことを増やしていけばいいわ」
エレノアは頷き、胸の奥が温かくなるのを感じた。
以前の人生では、何かを学ぶことさえ、婚約者としてふさわしいかどうかという基準で考えていた。
けれど今は、自分が知りたいから学ぶことができる。
その違いは、エレノアにとって大きかった。
◇ ◇ ◇
午前の遅い時間、エレノアはセドリックとともに、古い記録を管理している部屋を訪ねた。
エレーヌ・フォシェは机の上で資料の整理を進めており、助手のマルタは別の棚で保管箱の状態を確認していた。二人はエレノアたちの姿を見ると、手を止めて丁寧に挨拶した。
「エレノア様、セドリック様。本日はどのようなご用件でしょうか」
エレノアは少し緊張しながらも、落ち着いて答えた。
「古い紙の保存について、基本的なことを教えていただきたいのです。今すぐ資料を開きたいということではなく、どのような扱い方が必要なのかを知っておきたくて」
エレーヌはその言葉を聞き、表情を和らげた。
「それでしたら、一般的なお話でよろしければご説明できます。ただし、資料の状態によって必要な対応は異なりますので、実際の作業は専門家の判断を待つことが大切です」
「はい。そのことも理解しておきたいと思っています」
エレーヌは頷き、机の上に置かれていた未使用の紙と、保存用の薄い台紙を示した。
「まず、古い紙は、見た目より弱くなっていることがございます。端が欠けていたり、折り目の部分が傷んでいたりする場合、無理に広げるだけで破れてしまうこともあります」
エレノアは真剣な表情で頷いた。
「以前、傷んだ紙束を見せていただいたときも、開かない方がよい部分がありましたね」
「はい。あのような状態の資料は、私たちだけで判断して扱うべきではありません。保存方法について助言を求めているのも、そのためです」
エレーヌは説明を続けた。
紙を扱うときには、清潔で乾いた手を保つことが重要であること。資料を置く場所は平らで安定している必要があること。紙の上へ不要な物を置かず、折れや擦れが起きないようにすること。
また、古い紙に書かれた文字を読みたいからといって、強く押さえたり、無理に光へかざしたりすることは避けるべきだと説明した。
エレノアは一つずつ手帳へ書き留めた。
「紙を開かずに、外から状態を確かめるだけでも意味があるのですね」
「ええ。ただし、外から見えることだけで内部の状態まで分かるわけではありません。何が分からないのかを記録しておくことも、大切な仕事なのです」
その言葉に、エレノアは顔を上げた。
「何が分からないのかを、記録する……」
エレーヌは穏やかに頷いた。
「はい。分からないことを無理に埋めてしまうと、あとから調べる方が誤った前提で考えてしまうことがあります。資料に書かれていることと、私たちが推測したことは、分けて残さなければなりません」
エレノアはその説明を聞き、古い衣類整理の記録を思い出した。
そこには「五」という数字が記されていた。
しかし、何を数えたものなのかは分かっていない。
もし、その数字を失われた衣類の数だと決めつけてしまえば、別の可能性を見落としてしまうかもしれない。
「私、以前は、手がかりが見つかればすぐに意味を知りたいと思っていました。でも、分からないまま残しておくことも、必要なのですね」
エレーヌは微笑んだ。
「そのとおりです。記録を守るというのは、紙そのものを残すだけではなく、そこに書かれている情報を正確に扱うことでもございます」
セドリックは隣で話を聞きながら、持参した本を開いた。
「ここにも、似たようなことが書かれていたよ。資料を扱う人が後から確認できるよう、作業の前後で状態を記録することが大切だと」
マルタも頷き、棚から空の保管箱を一つ取り出した。
「例えば、このような箱を使う場合でも、何を入れたのか、いつ確認したのかを記録しておきます。ただし、実際の古い資料にどのような箱が適しているかは、状態を見て判断する必要があります」
エレノアは保管箱を見つめた。
母の遺品や古い記録を調べていると、つい中身のことばかり考えてしまう。
けれど、それらがどのように保管され、誰が扱い、いつ移されたのかという情報も、大切な手がかりになるのだと分かってきた。
「ありがとうございます。今日のお話を聞いて、私が今できることが少し分かった気がします」
エレノアがそう告げると、エレーヌは穏やかに微笑んだ。
「何より大切なのは、急がないことです。エレノア様が大切にされている記録ですから、できるだけよい状態で残していきたいと思っております」
エレノアは深く頷いた。
傷んだ紙束を無理に開くことはしない。
専門家からの助言を待ち、必要な準備が整ってから、次の段階を考える。
その方針を改めて確認できたことが、今日の大きな収穫だった。
◇ ◇ ◇
午後のベルナール家では、ミレーヌが自室の衣装棚を前に立っていた。
棚には、季節に合わせたドレスが丁寧に並べられている。侍女が衣装の手入れを進めていたが、ミレーヌはその中の一着へ目を向けたまま、しばらく動かなかった。
以前、エリーズ・ダルモンと話したことが、まだ心に残っていた。
姉エレノアが使っていた衣類の一部が、自分のために仕立て直されていたのではないか。
その可能性を考えると、これまで何も気にせず着ていたドレスが、少し違って見えるようになっていた。
もちろん、すべての衣類が姉のものだったわけではない。
自分のために新しく仕立てられたドレスも多い。
しかし、どれがどのような経緯で用意されたものなのか、ミレーヌ自身が正確に知っているわけではなかった。
「このドレスは、いつ仕立てたものだったかしら」
ミレーヌが尋ねると、侍女は手を止めて振り返った。
「そちらでございますか。少し前にお直しをしたものと記憶しておりますが、詳しい記録は確認しなければ分かりません」
「そう……」
ミレーヌはドレスの袖へそっと触れた。
布地は柔らかく、仕立ても丁寧だった。
以前なら、ただ気に入っている衣装の一つとして眺めていただろう。
けれど今は、その前に誰が着ていたのかということが気になってしまう。
(もし、お姉様のものだったのなら……私は、知らないまま着ていたのかしら)
ミレーヌは指を離し、侍女へ向き直った。
「ねえ、このドレスの仕立て直しについて、記録が残っているか確かめてもらえる?」
侍女は少し驚いたように目を見開いた。
「お嬢様、何かお気になることがございますか」
「ええ。少しだけ、知っておきたいの。誰のものだったのか、いつ直したのか、分かる範囲でいいから」
侍女は頷いた。
「かしこまりました。ただ、古い記録でございますので、すぐに確認できるかどうかは分かりません」
「それでもいいわ。分からないなら、分からないと教えてちょうだい」
ミレーヌはそう答え、衣装棚から一歩離れた。
自分が何を知りたいのか、まだうまく説明できなかった。
姉のものだったと分かれば、どうすればよいのだろう。
謝るべきなのか。
返すべきなのか。
そもそも、姉がその衣類を大切にしていたのかどうかさえ、ミレーヌには分からない。
けれど、知らないままでいることが、以前よりも落ち着かなくなっていた。
ミレーヌは窓辺へ歩み寄り、庭園を眺めた。
姉がロシュフォール家でどのように暮らしているのか、詳しいことは知らない。
それでも、以前よりも遠い場所にいるように感じられた。
◇ ◇ ◇
夕方、ベルナール家の執務室では、ロベルトが再び便箋を前にしていた。
エレノアへ直接手紙を書くことを考え始めてから、何度か文章を書きかけては、筆を止めていた。
最初に書こうとしたのは、ロシュフォール家での生活についての確認だった。
しかし、娘がどのように暮らしているのかを尋ねるだけでは、これまでと変わらないように思えた。
次に考えたのは、ベルナール家へ戻る意思があるのかという問いだった。
けれど、それでは娘が今どのように考えているのかを知る前に、帰るか帰らないかという答えを求めることになってしまう。
ロベルトは筆を置き、椅子の背へ身体を預けた。
(私は、何を尋ねればよいのだろう。あの子が答えやすい言葉を、これまで考えたことがあっただろうか)
娘はいつも、父の問いに丁寧に答えていた。
しかし、それが本当に本人の望みだったのかどうか、ロベルトには分からない。
ロベルトは机の上に置いたアルフォンスの返書へ目を向けた。
ロシュフォール家が娘の希望を尊重していることは、文章から伝わってくる。
ならば、自分もまず娘の言葉を聞くべきなのかもしれない。
ロベルトは新しい便箋を取り出し、ゆっくりと筆を走らせた。
『エレノアへ。ロシュフォール家での暮らしについて、あなた自身がどのように考えているのか、聞かせてほしいと思っています。』
そこまで書いて、手を止めた。
父親が娘へ送る手紙としては、あまりに簡潔かもしれない。
けれど、長い説明を重ねるよりも、まずは何を尋ねたいのかを明確にした方がよいように思えた。
ロベルトは続けて書いた。
『すぐに答えを出す必要はありません。あなたが今、何を望んでいるのか、考えがまとまったときに教えてください。』
書き終えたあと、ロベルトは便箋を読み返した。
これまでの自分なら、娘へ期限を示し、必要な返答を求めていたかもしれない。
しかし今回は、そうした言葉を書き加える気にはなれなかった。
娘が何を考えているのかを知りたい。
そのためには、答える時間を与えることも必要なのだろう。
ロベルトは便箋を折り畳まず、机の上へ置いた。
まだ封をするつもりはなかった。
もう少し考えてから、正式な手紙にしたいと思ったからだ。
◇ ◇ ◇
夜のロシュフォール家では、エレノアが自室で手帳を開いていた。
机の上には、午前中にエレーヌから教わったことが丁寧に書き留められている。
古い紙は、見た目以上に傷んでいることがある。
無理に開かない。
資料に書かれていることと、推測したことを分ける。
分からないことは、分からないまま記録しておく。
エレノアはその一つずつを読み返しながら、母の遺品について考えた。
まだ見つかっていない木箱。
行方の分からない衣類。
古い記録に残された数字や名前。
それらを一つの答えへ結びつけたい気持ちはある。
けれど、今の段階では、どれも十分な証拠が揃っていない。
(分からないことを、分かったことにしてはいけないのね。お母様のことを大切にしたいからこそ、急がずに確かめていきたいわ)
エレノアは筆を置き、窓の外へ目を向けた。
夜の庭園には、月の光が静かに差し込んでいる。
父への手紙については、まだ何の知らせもない。
それでも、今日は自分が知りたいと思ったことを学ぶことができた。
その小さな充実感が、胸の奥に残っていた。
エレノアは手帳を閉じ、机の上へ置いた。
父が今、娘へどのような手紙を書こうとしているのか、彼女はまだ知らない。
ベルナール家で、衣類の記録が改めて確認され始めていることも、ミレーヌが自分の着ていたドレスの経緯を気にかけていることも、知る由はなかった。
ただ、エレノア自身の時間は、今日も少しずつ進んでいた。
彼女は灯りを落とし、寝台へ向かった。
明日もまた、自分にできることを一つずつ続けていこう。
そう思いながら、静かに目を閉じた。




