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『私を処刑した第二王子との婚約はお断りします 〜時を遡った伯爵令嬢、公爵家の養女になって人生をやり直します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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102/115

第102話 署名する前に届いた知らせと、父が知らなかった私の意思


 翌朝、エレノアが目を覚ましたとき、窓の外には薄い雲が広がっていた。


 秋の朝らしい冷たさが室内にも忍び込み、寝台から起き上がると、肩に掛けていた薄い布の温もりが急に恋しくなった。窓辺の木々は風に揺れていたが、雨が降り出すほど空は暗くなく、庭の小道には早くから働き始めた使用人たちの姿が見えていた。


 エレノアはしばらくその景色を眺め、それから昨夜机の上へ片づけた書類のことを思い出した。


 叔父アルフォンスが書き直してくれたロシュフォール家の説明書は、昨日の話し合いで全文を確認している。自分の意思と家族の説明を混同しない文章になったことにも納得していたし、母アデラインの名前を残すことについても、祖母と話したことで気持ちの整理がついていた。


 けれど、エレノア自身の拒否声明には、まだ署名していない。


(今日は、もう少し先へ進めるかしら。怖くないと言えば嘘になるけれど、昨日までに確かめたことを、いつまでも確かめ直しているだけではいられないわ)


 そう考えたところで、扉の向こうから控えめなノックが聞こえた。


「エレノア様、お目覚めでいらっしゃいますか」


「ええ、リディア。起きているわ。入ってちょうだい」


 入室したリディアは、いつものように朝の挨拶をすると、衣装を掛けた腕を少し持ち上げて見せた。今日は淡い灰青色のドレスを用意しており、襟元には小さな白い飾りがついている。


「今朝は少し冷えますので、こちらに薄手の肩掛けも合わせようと思います。午後になれば暖かくなるかもしれませんが、廊下を歩かれるときには冷えるかと存じます」


「ありがとう。今日はその方がよさそうね。昨夜は暖かかったから、朝も同じくらいだと思っていたのだけれど」


「季節が進んでおりますから。庭の木々も、少しずつ色が変わってまいりました」


 リディアは窓の外へ視線を向け、風に揺れる枝を確かめてから衣装の準備を始めた。


 エレノアは身支度を手伝ってもらいながら、昨日の説明書のことを話そうかと考えた。しかし、リディアはすでに書類を確認したことを知っているし、今朝はそれよりも、これから自分が何をしたいのかを伝えたかった。


「リディア。今日は叔父様に、私の拒否声明の署名についてお話ししたいと思っているの」


 背中側で留め具を整えていたリディアの手が、一瞬だけ止まった。


 それは驚きというより、エレノアの言葉を正確に受け止めようとする間だった。リディアはすぐに作業を続け、落ち着いた声で答えた。


「ご署名なさるおつもりでいらっしゃるのですね」


「ええ。ただ、まだ叔父様と確認したいことがあるわ。昨日の説明書は納得できたけれど、私の署名が入る書類と一緒に提出するなら、二つの書面が取り違えられないようにしていただきたいの」


 エレノアは鏡に映る自分の顔を見つめた。


 十五歳の少女の顔は、以前の人生で最後に見た自分よりもずっと幼い。


 そのことに慣れたつもりでも、ふとした瞬間に、まだ不思議な気持ちになる。


 けれど、鏡の中の少女がどれほど幼く見えたとしても、今ここで選ぼうとしていることは、ほかの誰かに任せられるものではなかった。


「署名したからといって、すぐにすべてが終わるわけではないと分かっているの。でも、署名しなければ、私の意思を正式な書面として届ける準備も終わらないでしょう」


 リディアは鏡越しにエレノアの表情を確かめた。


「それでしたら、アルフォンス様へお伝えする際には、私も必要なものをご用意いたします。お書きになる場所や筆記具など、落ち着いてお使いいただけるようにいたしますね」


「ありがとう。でも、まだ今日署名すると決めたわけではないのよ。叔父様のお話を聞いてから、最後に自分で決めたいの」


「もちろんでございます。エレノア様のお考えを、急がせるつもりはございません」


 リディアの答えに、エレノアは小さく微笑んだ。


 以前の自分なら、使用人にここまで気持ちを話すこともなかっただろう。


 ベルナール家で過ごしていた頃は、何かを相談しても、それがいつ誰の耳へ届くか分からないという不安があった。けれど、ロシュフォール家での生活を重ねるうちに、リディアへ言葉を預けることへのためらいは少しずつ薄れていた。


 それでも、すべてを話せるわけではない。


 処刑された過去も、時間が巻き戻ったことも、リディアは知らない。


 その秘密を抱えたままでも、今の自分の不安や希望を分かってもらえることが、エレノアにはありがたかった。


     ◇ ◇ ◇


 朝食の席では、オーギュストが庭園の東側の通路について、アルフォンスへ状況を尋ねていた。


 石畳の継ぎ目が持ち上がっている箇所は、雨のあとに水が残りやすくなっており、表面だけを直すのでは不十分かもしれないという。庭師のギュスターヴ・メルシエが状態を見守っているが、下の土や水の流れを調べる準備が必要だった。


「しばらく通行止めを続けるしかないだろう。見た目だけを整えても、次の雨でまた同じことになっては困るからな」


 オーギュストはそう言い、手元の茶器を静かに置いた。


 アルフォンスも頷いた。


「ギュスターヴには、調査の準備を進めてもらっています。通路を開ける時期については、まだ決めない方がよいでしょう」


「そうしてくれ。急いで直したつもりが、誰かの足元を危うくするようでは意味がない」


 祖父の言葉を聞きながら、エレノアは庭の東側へ目を向けた。


 以前なら、通れない道があることを少し不便に感じる程度だったかもしれない。しかし、最近は屋敷の中でも庭でも、何かを安全に進めるためには、目に見える部分だけでは分からないことがあるのだと感じる機会が増えていた。


 ただ、その考えを婚約の問題へ結びつけて長く考えることはしなかった。


 今朝は、もっと具体的に決めたいことがある。


 食事がひと段落したところで、エレノアはアルフォンスへ声を掛けた。


「叔父様。今日、お時間をいただいてもよろしいでしょうか。昨日の説明書についてではなく、私の拒否声明のことで、お話ししたいことがあるのです」


 アルフォンスは彼女へ顔を向けた。


「もちろんだよ。午前の仕事が終われば時間を取れる。急ぎの話かな」


「いいえ、急ぎというわけではありません。ただ、昨日までに確認したことを踏まえて、署名について考えたいと思っております」


 その言葉に、食卓の空気がわずかに変わった。


 マルグリットはエレノアの手元を見つめ、セドリックは驚いたように顔を上げたが、誰もすぐに意見を述べようとはしなかった。


 アルフォンスは少し考えてから、穏やかに答えた。


「分かった。では、昼前に執務室へ来てもらえるかな。昨日の説明書と君の拒否声明、それから王宮からの回答を揃えておこう」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 エレノアが頭を下げると、オーギュストが静かに口を開いた。


「エレノア。ひとつだけ言っておこう。書類に署名するというのは、確かに重いことだ。しかし、重いことだからといって、いつまでも自分の意思を言葉にできないままでいる必要はない」


 祖父は少し間を置き、孫娘の表情を確かめた。


「アルフォンスと十分に話し合いなさい。そのうえで、お前自身が納得したのなら、わしはその判断を尊重する」


 エレノアは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ありがとうございます、お祖父様」


 マルグリットも微笑みながら頷いた。


「お話が終わったら、少し休みなさいね。大切なことを決める日は、思っている以上に疲れるものだから」


「はい、お祖母様」


 家族の言葉を受け取りながら、エレノアは自分の中にある緊張を確かめた。


 怖さは消えていない。


 けれど、今朝はその怖さだけが胸を占めているわけではなかった。


     ◇ ◇ ◇


 朝食後、アルフォンスは執務室へ戻り、エレノアとの話し合いに必要な書類を用意し始めた。


 昨日修正した説明書は、エレノアが確認した内容のまま机の引き出しへ収めてある。王宮から届いた手続き上の回答も、原本を別の場所に保管し、確認用の写しを取り出せるようにしていた。


 彼は書類を揃えながら、今朝のエレノアの表情を思い返した。


 これまで彼女は、署名について慎重に考えたいと繰り返してきた。


 それは当然のことだと思っている。


 十五歳の少女が、王族との婚約に関する自分の意思を、正式な書面へ記すのである。父親がすでに受諾の返書を送っている以上、どのような反応が返ってくるか分からない。


 しかも、ロシュフォール家はエレノアを支援している立場であって、ベルナール家からの返書をなかったことにできるわけではない。


 アルフォンスは、王宮への提出が持つ意味を過小評価するつもりはなかった。


 ただ、今朝の姪の言葉には、これまでとは少し違う響きがあった。


(あの子は、もう一度同じ説明を聞きたいのではなく、確かめてきたことを踏まえて次の判断をしようとしているのだろう)


 彼はそう考え、机の上へ三つの書類を並べた。


 王宮からの手続き回答。


 ロシュフォール家の説明書。


 そして、エレノア自身の拒否声明。


 それぞれの役割は異なる。


 王宮からの回答は、書類をどこへ、どのような形で提出するのかを示すものだ。


 ロシュフォール家の説明書は、家として把握している事情を伝えるためのもの。


 エレノアの拒否声明は、本人が婚約を望んでいないことを示すもの。


 この三つを混同しないようにすることが、今の段階では何より重要だった。


 そのとき、扉が叩かれた。


「アルフォンス様。お届け物がございます」


 入室したのは、屋敷の書簡を取り扱う使用人だった。


 差し出された封筒を見た瞬間、アルフォンスはわずかに眉を寄せた。


 封蝋には、見覚えのある紋章が押されている。


 ベルナール家からの書簡だった。


「いつ届いたものだい」


「先ほどでございます。ベルナール家の使いの者が届けてまいりました。お返事をお待ちするような申し出はございませんでしたので、受領のみいたしました」


「分かった。ありがとう」


 使用人が退出すると、アルフォンスは封筒を机の上へ置いた。


 ベルナール家からの連絡が、今この時期に届くこと自体は不思議ではない。


 エレノアがロシュフォール家で暮らしていることも、養子縁組の手続きが進められていることも、ロベルトにとって無関係な話ではないからだ。


 ただ、王宮へ拒否声明を提出する準備を進めている今、父親からの書簡が届いたことには慎重にならざるを得なかった。


 アルフォンスは封を切り、便箋を取り出した。


 そこには、ロベルト・ベルナールの署名があった。


 文面は長くなかった。


 エレノアがロシュフォール家に滞在している状況について、近いうちに改めて確認したいこと。


 養子縁組に関する手続きの進行状況について、現時点で説明できる範囲を知らせてほしいこと。


 そして、王宮との婚約に関する連絡が今後生じる場合には、ベルナール家にも関係するため、必要な情報があれば共有してほしいという内容だった。


 アルフォンスは最後まで読み終えると、便箋を机へ置いた。


 少なくとも、この書簡にはエレノア本人の拒否声明についての具体的な言及はない。


 ロベルトが彼女の意思をどこまで知っているのかも、文面からは判断できなかった。


 王宮へ送った手続き上の問い合わせについて、ベルナール家へ知らせたわけでもない。


 したがって、この書簡が問い合わせを受けて送られたものだと考える根拠もなかった。


 しかし、だからといって軽く扱える内容ではない。


(婚約に関する連絡を共有してほしい、か。父親として関係を持とうとするのは理解できるが、本人の意思を確認しないまま返書を送った経緯を考えると、慎重に対応する必要がある)


 アルフォンスは書簡を折り直し、別の封筒へ収めた。


 エレノアには、今日この手紙が届いたことを伝えるべきだろう。


 ただし、彼女が署名について相談しようとしている直前に、父親の言葉をどのように伝えるかは考えなければならない。


 隠しておくつもりはない。


 しかし、ロベルトから書簡が届いたという事実を、エレノアが自分の意思を変えなければならない理由のように扱うことも避けたかった。


 アルフォンスは呼び鈴を鳴らし、セドリックを呼んでもらうよう頼んだ。


     ◇ ◇ ◇


 セドリックが執務室へ入ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。


 アルフォンスは書簡の内容を簡潔に説明し、原本を手渡した。


 セドリックは読み進めるうちに、表情を引き締めた。


「ベルナール伯爵から、ですか。婚約についての連絡を共有してほしいと書かれていますね」


「そうだ。ただし、これだけでエレノアの拒否声明について何かを知っていると判断してはいけない。婚約に関する一般的な連絡を求めている可能性もある」


「それは分かります。でも、父上。今日、エレノアは署名についてお話ししたいと言っていました。その日にこの手紙が届いたと知れば、きっと気にすると思います」


 セドリックは便箋を丁寧に折り直し、父へ返した。


 彼はロベルトの考えを知っているわけではない。


 エレノアがベルナール家でどのように過ごしてきたのかについても、すべてを聞いているわけではなかった。


 それでも、従妹が父親との関係に慎重になっていることは、これまでの会話から感じ取っていた。


「だからこそ、隠すべきではないと思っているよ」


 アルフォンスは静かに答えた。


「ただ、署名の判断と、この手紙への対応は別の問題として考えたい。エレノアが今日署名したいと思っているのなら、ロベルトから書簡が届いたというだけで、その意思を押しとどめるべきではないだろう」


「ええ。けれど、彼女が内容を知ったうえで考えたいと言うなら、それも尊重する必要がありますね」


「その通りだ」


 アルフォンスは書簡を机の端へ移した。


「私はまず、今日予定していた話し合いを行う。その中で、この手紙が届いたことを伝えるつもりだ。内容を読んでもらうかどうかも、本人の希望を確かめよう」


 セドリックは頷いた。


「僕も同席してよろしいでしょうか。エレノアが望むのであれば、ですが」


「もちろんだよ。君がそばにいることで、あの子が落ち着いて話せるならありがたい」


 セドリックは少しだけ安心したように息を吐いた。


 父と話している間も、彼の胸には小さな懸念が残っていた。


 エレノアがようやく自分の意思を伝える準備を整えようとしているときに、ベルナール家からの連絡が届いた。


 偶然かもしれない。


 けれど、その偶然が彼女の気持ちへ与える影響は、決して小さくないだろう。


 セドリックは窓の外へ目を向けた。


 庭では、朝から吹いていた風が少し弱まり、木々の葉が穏やかに揺れている。


(エレノアが何を選んでも、まずは本人の言葉を聞こう。僕たちが先に結論を決めてしまっては、これまで一緒に考えてきた意味がなくなってしまう)


 そう心の中で確かめ、彼は父とともに書類を整え始めた。


     ◇ ◇ ◇


 昼前、エレノアが執務室へ向かうと、廊下の途中でセドリックが待っていた。


 彼はいつものように穏やかな笑顔を浮かべていたが、どこか考え事をしているようにも見えた。


「お兄様。お待たせしてしまいましたか」


「いいや、僕も今来たところだよ。父上が書類を揃えてくださっているから、一緒に行こうと思ってね」


 エレノアは微笑み、セドリックの隣へ並んだ。


 歩き始めてから、彼がいつもより少し静かなことに気づいた。


「お兄様。何かございましたか」


 セドリックは一瞬だけ足を緩めた。


「父上から話があると思う。僕が先に説明するより、父上と一緒に聞いてもらった方がよいことなんだ」


 その答えに、エレノアの胸がわずかに強張った。


 ただ、セドリックの表情には、急いで何かを隠そうとする様子はなかった。


「分かりました。叔父様のお話を伺います」


 エレノアはそう答え、廊下の先へ目を向けた。


 執務室へ入ると、アルフォンスは席を立って迎えてくれた。


 机の上には、昨日確認した説明書と、王宮からの回答の写しが並んでいる。


 そして、その横に、見慣れない封筒が置かれていた。


 エレノアは自然とその封筒へ目を向けた。


 封蝋に押された紋章を見た瞬間、呼吸が浅くなった。


 ベルナール家の紋章だった。


 彼女はその形を、忘れるはずがなかった。


 以前の人生でも、今の人生でも、長く暮らした屋敷で何度も目にしてきたものだからだ。


 指先が冷たくなるのを感じながら、エレノアは視線を封筒から外した。


「叔父様。そのお手紙は……」


 アルフォンスは彼女の様子を見て、静かに頷いた。


「今朝、ベルナール家から届いたものだよ。ロベルト殿からの書簡だ」


 エレノアは唇を結んだ。


 父からの手紙。


 その言葉だけで、胸の奥に古い記憶が浮かび上がりそうになる。


 以前の人生で、自分の意思がどれほど軽く扱われたのか。


 何を望んでいないと伝えても、家のためだと言われて受け入れるよう求められたこと。


 そして、最後には誰も自分の言葉を信じてくれなかったこと。


 それらは、今のこの部屋で起きている出来事ではない。


 アルフォンスもセドリックも、その過去を知らない。


 エレノアは椅子の背へそっと手を添え、呼吸を整えた。


(まだ内容を聞いていないわ。お父様から手紙が届いたというだけで、以前と同じことが起きると決めつけてはいけない。でも、怖いと思ってしまう気持ちまで、すぐに消せるわけではないのね)


 アルフォンスは彼女が席に着くのを待ち、落ち着いた声で説明を始めた。


「書簡には、君がこちらで暮らしている状況や、養子縁組の手続きについて確認したいことがあると書かれている。それから、王宮との婚約に関する連絡が今後生じる場合には、ベルナール家にも関係するため、必要な情報を共有してほしいという内容だ」


 エレノアは顔を上げた。


「私の拒否声明について、何か書かれているのでしょうか」


「いいや。君が拒否声明を書いたことや、署名について考えていることには触れられていない。少なくとも、この書簡からロベルト殿がそれを知っているとは判断できないよ」


 その答えに、エレノアは少しだけ肩の力を抜いた。


 けれど、すぐに別の疑問が浮かんだ。


「それでは、お父様は、王宮へ何か連絡があれば知らせてほしいとお考えなのですね」


「そう書かれている。ただ、どこまで知らせるべきかは、こちらで慎重に考える必要がある。君の意思に関する書類を、本人へ確認せずにベルナール家へ渡すつもりはないよ」


 アルフォンスの言葉を聞き、エレノアは目を伏せた。


 父親だからといって、自分の言葉をすべて先に知る権利があるのだろうか。


 その問いは、簡単には答えられなかった。


 ロベルトは今も、彼女の法的な父親である。


 養子縁組の手続きは進んでいるものの、まだ完了していない。


 だから、ベルナール家が婚約に関する問題と無関係になるわけではない。


 けれど、だからといって、自分が何を望んでいるかを父親が代わりに決めてよいことにはならないはずだった。


「叔父様。お手紙を読ませていただいてもよろしいでしょうか」


 エレノアがそう尋ねると、アルフォンスはすぐに封筒を差し出した。


「もちろんだよ。君に関係する内容だから、読んでもらいたいと思っていた」


 エレノアは便箋を受け取り、ゆっくりと開いた。


 そこには、父ロベルトの見慣れた筆跡があった。


 文字は整っており、感情を強く表すような言葉は使われていない。


 エレノアの滞在状況についての確認。


 養子縁組の進行状況についての問い合わせ。


 そして、婚約に関する王宮との連絡について、必要な情報の共有を求める文章。


 内容はアルフォンスが説明したとおりだった。


 しかし、最後まで読んでも、エレノア自身がどう考えているのかを尋ねる言葉は見当たらなかった。


 そのことに気づいたとき、胸の奥に広がったのは、恐怖だけではなかった。


 小さな寂しさと、言葉にしにくい悔しさが混ざり合っていた。


(お父様は、私がここでどう暮らしているのかを知りたいのね。でも、私が婚約をどう思っているのかについては、何も尋ねてくださらないのだわ)


 エレノアは便箋の端を指で押さえた。


 父が本当に何を考えているのかは分からない。


 手紙に書かれていないからといって、まったく気にしていないと断定することもできない。


 それでも、婚約に関する連絡を求める文章がありながら、本人の意思への問いかけがないことは、彼女の心に残った。


 アルフォンスは急かさずに待っていた。


 セドリックも隣の席からエレノアを見守っている。


 やがて、エレノアは便箋を丁寧に折り直し、机の上へ置いた。


「叔父様。読ませていただき、ありがとうございました」


「どう感じたか、話せそうかな。今すぐでなくても構わないよ」


 エレノアは少し考えてから答えた。


「お父様が何をお考えなのか、私にはまだ分かりません。ただ、このお手紙には、私が婚約を望んでいるかどうかを尋ねる言葉がありませんでした。それが、少し寂しかったのだと思います」


 言い終えたあと、エレノアは自分でも驚いた。


 以前なら、父の言葉に寂しさを感じたことを、誰かの前で話そうとは思わなかっただろう。


 けれど、今はその気持ちを隠さずに伝えることができた。


 アルフォンスは静かに頷いた。


「そう感じたのなら、その気持ちを大切にしてよいと思う。ただ、ロベルト殿が何を考えているのかは、書かれた内容以上には分からない。だからこそ、こちらも推測だけで返事を決めるべきではないだろうね」


「はい。私も、お父様が必ずこう考えていらっしゃると決めつけたくはありません」


 エレノアは顔を上げた。


「でも、叔父様。ひとつお願いがあります」


「何だい」


「私が拒否声明へ署名するかどうかを決める前に、このお手紙が届いたことを理由に、私の考えを変えるよう求めないでいただきたいのです」


 アルフォンスは、すぐには答えなかった。


 それは迷っていたからではなく、姪がどれほどの思いでその言葉を口にしたのか、確かめようとしているようだった。


 やがて、彼ははっきりと頷いた。


「約束するよ。ロベルト殿から書簡が届いたことと、君が婚約を望んでいないことは、別の問題だ。君が自分の意思を変えたいと思っていないのなら、私が変えるよう求めることはない」


 エレノアは息を吐いた。


 胸の奥にあった強張りが、少しずつ緩んでいく。


「ありがとうございます、叔父様」


 セドリックも静かに口を開いた。


「エレノア。僕からもひとつ言わせてほしい。君が今日、署名について考えたいと言ったのは、この手紙が届く前だった。だから、手紙を読んだあとでも、君が何を望んでいるのかを大切にしてほしい」


 エレノアは従兄の顔を見つめた。


 その表情には、彼女の判断を急がせようとする様子も、逆に止めようとする様子もなかった。


 ただ、本人の言葉を聞こうとする姿勢があった。


「お兄様。ありがとうございます。私も、そうしたいと思います」


     ◇ ◇ ◇


 ベルナール家からの書簡を脇へ移すと、アルフォンスは予定していた三つの書類を机の中央へ並べ直した。


「では、今日の本来の話へ戻ろうか。エレノア、君は拒否声明への署名について考えたいと言っていたね」


「はい。昨日の説明書を確認して、私の意思とロシュフォール家の説明が別のものとして扱われることは理解できました。王宮からの回答にも、本人の署名と署名日が必要だと書かれていましたので、今日はそのことを改めて確認したいと思っております」


 アルフォンスは王宮からの回答の写しを示した。


「その理解で間違いないよ。本人の意思表示を提出する場合には、君自身の署名と署名した日付が必要になる。ただし、署名しただけで婚約に関する判断が終わるわけではないし、王宮が受け取ったという知らせが届いたとしても、それが婚約の可否についての結論を意味するわけではない」


 エレノアは頷いた。


 何度も確認してきた内容だったが、今日は以前ほど遠い話には感じられなかった。


 自分の名前を書く。


 その日の日付を記す。


 そして、書類を提出する。


 それぞれの行為が持つ意味を、ようやく具体的に考えられるようになっていた。


「叔父様。署名したあと、提出するまでの間に、もう一度内容を確認することはできますか」


「もちろんだよ。署名したからといって、君に見せずにすぐ発送するつもりはない。最終的に提出する書類の組み合わせも、君に確認してもらおうと思っている」


「それなら、安心しました」


 エレノアは手元の拒否声明を見つめた。


 署名欄は、まだ空白のままだった。


 そこに自分の名前を書くことを想像すると、心臓が少し速くなる。


 けれど、父からの書簡を読んだあとでも、婚約を望んでいないという気持ちは変わっていなかった。


 むしろ、自分の意思を明確にしておく必要があると、改めて感じていた。


「叔父様。私、今日、署名したいと思います」


 アルフォンスはエレノアの顔を見つめた。


 セドリックも、静かに姿勢を正した。


「今ここで決めてしまってよいのか、もう一度考えても構わないよ」


 アルフォンスがそう言うと、エレノアは首を横に振った。


「考えずに決めたわけではありません。これまで何度も読み直して、叔父様にもお兄様にも相談しました。王宮からの回答も確認しましたし、昨日は説明書の内容も確かめることができました」


 エレノアは一度だけ息を整えた。


「私が第二王子との婚約を望んでいないことは、最初から変わっておりません。今も、その気持ちは同じです」


 アルフォンスは静かに頷いた。


「分かった。それなら、君の判断を尊重しよう。ただし、署名する前に、もう一度全文を読んでほしい。今ここにある書面が、君自身の意思と一致していることを確かめてからにしよう」


「はい」


 エレノアは拒否声明を手に取った。


 そこには、以前自分が書いた三つの文章が並んでいる。


 最初の一文を読むとき、指先がわずかに震えた。


 しかし、途中で読むのをやめることはなかった。


 父の返書が送られた経緯についての文章も、王宮へ求める記録上の扱いについての文章も、最後まで丁寧に読み直した。


 読み終えたあと、エレノアは顔を上げた。


「内容は、このままでお願いいたします」


 アルフォンスは頷き、机の上へ筆記具を用意した。


 セドリックは書類が動かないよう、机の端に置かれていた重しを近づけた。


 エレノアは椅子へ座り直し、筆を手に取った。


 署名欄の下には、日付を記すための空白がある。


 彼女はその場所を見つめた。


 以前の人生では、自分の名前が書かれた書類によって、何度も望まない立場へ追い込まれた。


 誰かが決めたことを、あたかも自分が受け入れたかのように扱われたこともあった。


 そして最後には、どれほど言葉を尽くしても、自分の意思を信じてもらえなかった。


 その記憶が、今も消えずに残っている。


 けれど、今目の前にある書類は違う。


 誰かに署名を命じられたものではない。


 自分で文章を考え、何度も確認し、納得できるまで家族と話し合ったものだ。


(この名前は、私のものだわ。誰かが決めた未来を受け入れるためではなく、私が望んでいないことを伝えるために、今ここへ書くの)


 エレノアは筆先を紙へ下ろした。


 最初の文字を書くとき、手が少し震えた。


 けれど、書き進めるうちに、指先の動きは落ち着いていった。


 エレノア・ベルナール。


 自分の名前を書き終えると、彼女は筆を止めた。


 署名欄には、確かに自分の筆跡が残っている。


 それを見つめていると、胸の奥にさまざまな感情が押し寄せてきた。


 安堵だけではない。


 不安もある。


 これから王宮へ書類が届いたとき、何が起きるのか分からないという怖さもある。


 それでも、今この瞬間に自分がしたことを、後悔したいとは思わなかった。


 エレノアは続けて、その日の日付を記した。


 アルフォンスは彼女が書き終えるまで、何も言わずに待っていた。


 セドリックも、隣から手を伸ばして代わりに何かをすることはなかった。


 すべてを書き終えたあと、エレノアは筆を置いた。


「叔父様。署名いたしました」


 アルフォンスは静かに頷いた。


「ありがとう、エレノア。まずは、君自身で決めたことを、ここまで形にできたね」


 その声を聞いた瞬間、エレノアの目元が熱くなった。


 けれど、涙をこぼすことはなかった。


 彼女は署名した書類を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。


「はい。まだ、すべてが終わったわけではありませんけれど……。私、自分で決めて書くことができました」


 セドリックは穏やかに微笑んだ。


「よく考えて決めたんだね。僕は、君がここまで一つずつ確かめてきたことを知っているから、その署名がどれほど大切なのか、少しは分かるつもりだよ」


 エレノアは従兄へ顔を向けた。


「ありがとうございます、お兄様」


 その言葉を口にしたとき、ようやく肩の力が抜けた。


 アルフォンスは書類をすぐに封筒へ入れず、署名と日付が記されていることを確認したうえで、机の中央へ戻した。


「では、この書類は提出まで私が責任を持って保管する。ただし、今日すぐに発送することはしない。説明書との組み合わせや提出方法について、最後の確認をしてからにしよう」


 エレノアは頷いた。


「お願いいたします。私も、提出する前にもう一度、二つの書類を並べて確認したいです」


「もちろんだよ。そのときには、どの書類をどの順番で提出するのかも、分かるようにしておこう」


 アルフォンスはそう答え、書類を丁寧に揃えた。


 エレノアはその様子を見つめながら、自分の署名が入った紙が、まだこの部屋にあることを確かめた。


 王宮へ届いたわけではない。


 婚約についての判断が下されたわけでもない。


 けれど、昨日まで空白だった署名欄には、今、自分の名前が記されている。


 その違いは、彼女にとって決して小さなものではなかった。


     ◇ ◇ ◇


 話し合いを終えて執務室を出たあと、エレノアはセドリックとともに廊下を歩いていた。


 窓から差し込む昼の光は、朝よりも明るくなっている。


 庭園の南側では、使用人たちが通路の掃除をしており、遠くから箒の音が聞こえてきた。


 エレノアはしばらく黙って歩いていたが、やがてセドリックへ声を掛けた。


「お兄様。私、署名したあと、もっと安心するのかと思っていました」


 セドリックは隣を歩きながら、穏やかに答えた。


「今は、そうではないのかい」


「安心していないわけではありません。でも、少し不思議な気持ちなのです。ようやく自分の名前を書けたのに、これから先のことを考えると、やっぱり怖くなってしまって」


 エレノアは窓の外へ目を向けた。


「お父様からのお手紙も届きましたし、王宮がどう受け取るのかも分かりません。だから、署名したからといって、急に何も怖くなくなるわけではないのですね」


 セドリックは少し考えたあと、静かに頷いた。


「そうだと思うよ。何かを決めたからといって、その先の不安がすべて消えるわけではない。むしろ、決めたからこそ、次に何が起きるのかが気になることもあるだろうね」


 彼はエレノアの歩調に合わせ、ゆっくりと続けた。


「でも、今日君がしたことは、怖さを感じなかったからできたわけではないんだろう。怖いと思いながらも、必要なことを確かめて、自分で決めたんだ。それは大切なことだと思う」


 エレノアは従兄の顔を見つめた。


 セドリックは穏やかに微笑んでいた。


「僕は、君が今すぐ安心できなくても構わないと思うよ。これからも一緒に考えられることはあるし、何か分からないことが出てきたら、また父上に相談すればいい」


 エレノアは小さく頷いた。


「ありがとうございます。お兄様がそう言ってくださると、少し落ち着きます」


「それならよかった。今日は、もう難しい書類のことばかり考えなくてもいいんじゃないかな。祖母上も、休むようにおっしゃっていただろう」


 その言葉に、エレノアは思わず微笑んだ。


「そうでしたね。お祖母様にも、あとでお話ししたいと思います」


 二人は廊下の角を曲がり、階段へ向かった。


 エレノアは手すりへそっと手を添えながら、今日自分が書いた名前を思い出していた。


 署名した瞬間の指先の震えも、紙へ筆先が触れた感覚も、まだはっきりと残っている。


 それは、忘れたくない感覚だった。


     ◇ ◇ ◇


 午後、アルフォンスは執務室でベルナール家からの書簡をもう一度読み直していた。


 エレノアの署名した拒否声明は、ほかの書類と混ざらないよう、専用の保管場所へ収めてある。


 彼はロベルトからの書簡と、エレノアの署名した書類を同じ机の上へ置くことを避けた。


 内容も目的も異なる二つの書面を、無意識に同じ問題として扱わないためだった。


 ロベルトへの返答については、まだ決めていない。


 養子縁組の進行状況について説明できる範囲はあるが、婚約に関する情報の共有については慎重に考える必要がある。


 特に、エレノア本人の意思表示について、父親へどの時点で何を伝えるべきかは、簡単に結論を出せることではなかった。


 アルフォンスは机の上に新しい用紙を置き、返答に必要な事項を書き出し始めた。


 その途中で、セドリックが再び執務室を訪れた。


「父上。エレノアは、少し休んでから祖母上のところへ行くそうです。署名したことをお話ししたいと言っていました」


「そうか。それならよかった。今日は、あの子にとって大切な日になっただろうからね」


 アルフォンスは筆を置き、息子へ顔を向けた。


「セドリック。ロベルト殿への返答について、君の考えも聞いておきたい」


 セドリックは椅子へ腰を下ろし、父の話に耳を傾けた。


 ベルナール家との関係を完全に断ち切ることは、今の段階ではできない。


 養子縁組も婚約も、まだ手続きの途中にある。


 だからこそ、必要な連絡を避け続けることも現実的ではなかった。


 しかし、エレノアの意思を無視した形で情報を共有すれば、彼女がようやく自分の言葉を記した意味を損なってしまう。


「父上。まずは養子縁組の進行状況について、説明できる範囲だけをお伝えするのがよいと思います。婚約に関することは、エレノアの署名した書類をどのように提出するか決めてから、改めて考えるべきではありませんか」


 セドリックの意見に、アルフォンスは頷いた。


「私も同じ考えだよ。ただ、返答の仕方によっては、こちらが何かを隠していると受け取られる可能性もある。だから、曖昧な約束をするのではなく、現時点で確実に説明できることだけを記すつもりだ」


 彼は机の上の用紙へ目を落とした。


「そして、エレノアの意思については、本人の書面を通じて王宮へ伝えることが先だと考えている。ロベルト殿から問い合わせがあったからといって、本人に確認せず内容を知らせることはしない」


 セドリックは静かに頷いた。


 父の判断は、単にベルナール家を警戒しているからではない。


 エレノア自身が、誰に何を伝えるのかを考える時間を持てるようにするためでもある。


 そのことが、セドリックにはよく分かった。


「エレノアにも、必要なことはお伝えしましょう。今日の手紙を読んだあと、あの子は自分の考えを変えませんでした。だからこそ、これからも本人の言葉を大切にしたいと思います」


 アルフォンスは息子の顔を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「そうだね。私たちができることは、まだたくさんある。だが、あの子の代わりに人生を決めることだけは、してはいけないのだろう」


 窓の外では、午後の風が木々を揺らしていた。


 アルフォンスは再び筆を取り、ロベルトへの返答を慎重に考え始めた。


     ◇ ◇ ◇


 夜、エレノアは自室で手帳を開いていた。


 今日は、書き留めておきたいことが多かった。


 父ロベルトから書簡が届いたこと。


 その内容を自分で読んだこと。


 そして、拒否声明へ署名したこと。


 エレノアは一つずつ、落ち着いた文字で記していった。


 父の手紙については、書かれていた内容だけを記し、自分が感じたことは別の行へ書いた。


 父が何を考えているのかは、まだ分からない。


 そのことを、分からないまま残しておく。


 以前の自分なら、父の言葉の意味を必死に考え、何とか機嫌を損ねない答えを探そうとしていたかもしれない。


 けれど、今は違う。


 父が何を望んでいるかと、自分が何を望んでいるかは、必ずしも同じではない。


 そして、その違いを認めることは、父を憎むことと同じではないのだと思えた。


 エレノアは筆を止め、机の上に置かれた青い花の刺繍へ目を向けた。


 まだ完成していない花びらには、青い糸が丁寧に重ねられている。


 母アデラインがどのような青い花を作ろうとしていたのかは、今も分からない。


 けれど、祖母が語ってくれた母の姿を思い出すと、その花を完成させる日が少し楽しみに感じられた。


 エレノアは手帳へ視線を戻した。


 最後の行に、今日の出来事を短く書き加える。


『私は、第二王子との婚約を望んでいないという意思を記した書類に、自分の名前と日付を書いた。』


 その文章を読み返すと、胸の奥に静かな実感が広がった。


 まだ王宮へ提出したわけではない。


 婚約についての判断が下されたわけでもない。


 父からの手紙への返答も、これから考える必要がある。


 それでも、今日の自分は、昨日までとは違う場所に立っている。


 エレノアは手帳を閉じ、窓の外へ目を向けた。


 夜の庭園には、柔らかな月明かりが落ちていた。


 遠くの木々が風に揺れ、葉の擦れる音がかすかに聞こえる。


 彼女はその景色を眺めながら、以前の人生で最後まで守ることのできなかったものを思い出していた。


 自分の意思。


 自分の言葉。


 そして、自分の名前。


 今の人生では、そのどれも、簡単に手放したくない。


 エレノアは窓から離れ、机の上の書類を整えた。


 署名した拒否声明は、今夜もアルフォンスのもとで大切に保管されている。


 明日以降、提出のための最後の確認が進められるだろう。


 王宮がどのように受け取るのか、父が何を言ってくるのか、まだ分からないことは多い。


 けれど、エレノアは今日、自分の意思を正式な書面へ記すことができた。


 その事実だけは、誰にも変えることができなかった。

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