9.聖女が邪神 2
長距離移動と戦闘の準備を整え、レリアたちは馬車に乗った。
もちろん、特殊組織の間諜ともなれば転移魔法の類も難なく扱えるのだが、遠くへの移動になるほど魔力の消費が大きくなる。加えて、レリアが変装魔法を使用しているということも踏まえて陸路での移動となった。
ウィリアムには適当な理由をつけて説明したのだが、すんなり納得してくれた。
それを見たイヴたちは「ウィリアム様ってめっちゃいい人じゃん」と感動していた。仲間からの、三年前に『とんでもない馬鹿』を演じたことへの肯定が揺らいだように思えるのは、自分の気のせいだと信じたい。
(任務先では、私たちが組織の人間だとわかった途端、『魔法なんて無限に使えるんだろう』と無理難題を言って酷使しようとする人も多いですからね)
先を行く馬車にはレリアとイヴが乗り、後からついていく馬車にはウィリアムとジスランとマリアンヌが乗っている。この内訳になったのは、シンプルにレリアがウィリアムと同じ馬車に乗ることを避けるためだ。
(何がきっかけで私が元妻と同一人物だとバレるかわかりませんから……!)
二台の馬車を、公爵家の常設騎士団が護衛するように取り囲んでいるため、安全面は万全だった。そして今、レリアの真正面にはイヴが座っている。
「急いでいるから、道が悪いところも回り道をしないで進むみたいです。揺れがすごくて、酔ってしまいそうですよね」
気安い仲のはずの同僚に水を向ければ、彼はじとりとした目でこちらを見た。イヴは明らかに怒っている。その理由がわかるので、レリアも正直気まずい。
「……で、レリア。さっきの話をもう一度確認してもいい?」
「はい。作戦に理解できないところがあれば、何度でもお話を……」
にこりと応じれば、いつも温厚なはずの彼は声を荒げるのだった。
「違う! 何でこんな事態になってるのかって話! ――これから向かうユノ荒野に『三年前、世界を滅ぼせる規模の邪神を封印した』ってどういうことだよ!?」
これはついさっき出発前のミーティングで、ウィリアムの不在を見計らい、レリアが報告したとんでもない事実の続きである。レリアはあらためてしおしおとイヴに頭を下げるのだった。
「イヴ、すみません……あの時は本当にどうしようもなくて……」
◇
遡ること、三年ほど前。
エルランジェ公爵家の馬鹿すぎる公爵夫人として元気いっぱいに諜報活動に励むレリアは、領地内に聖女様を迎え入れたところだった。
当時は、領地の中に魔物が出没しやすいエリアが複数あり、その討伐に手を焼いていた。となると国からの支援だけでは足りず、私設騎士団を用いることになる。
優秀な人材を雇用することが常に重要な課題だったが、その中でもとりわけ、傷ついた騎士を癒すことができる『聖女』を受け入れることは急務だった。けれど、それは言うほど簡単なことでもない。
(聖女様は、この世界に両手で数えるほどしかいません。ですが、穢れた土地を浄化し、傷ついた人を完璧に治療できるのは聖女様だけです。本来なら、出会うことも、居着いてくれることも、どちらも奇跡のようなこと)
そんなとき、巡礼者としてエルランジェ公爵領を訪れた女性がいた。
濡羽色の髪に陶器のようになめらかな純白の肌をした彼女は、この世のものとは思えないほど異質な美しさだった。初めて会ったとき、レリアも思わず固まってしまったほどだ。
加えて、彼女は土地を浄化し、傷ついた人を癒す力を持っていた。聖女の条件を十分に満たしている彼女は、すぐに疑いなく『聖女』として迎え入れられ、ウィリアムも公爵家の人々も、この街で暮らす領民たち全員が歓迎した。
レリアも違和感を隠しつつ見守った。そうして街に馴染みはじめてきた頃、彼女はレリアに言ったのだ。
「エルランジェ公爵夫人、レリア・エルランジェ様。わたくしに教会の采配を任せてくださいませんか」
「きょうかいのさいはい? お祝いの乾杯か何かでしょうか! それはどんなお味ですか? 甘い? 酸っぱい?」
「……。い、いえ、大丈夫ですわ。今の……何も聞かなかったことにしてください」
「ふぅん、苦くはなさそうですね? よかったぁ、私、苦いの苦手なんですよね」
「…………」
元気いっぱいにとんでもない馬鹿を演じていたレリアに、清廉潔白な『聖女』は驚くほどあっさり引っかかった。レリアを甘く見て、すぐに醜悪な本性を表したことは、不幸中の幸いだったかもしれない。
(その翌日から、教会を起点とした結界に異物が入り込むようになったのですよね)
魔物が出没するこの国で領地が安全に保たれ、人々が平和に暮らしているのは、莫大な規模の結界が組まれているからだ。結界の維持は領地内の安全を左右する重大な仕事で、どうやって結界を維持しているかはどこの家でもトップシークレットだった。
もちろん、前回の任務でのレリアは馬鹿すぎたため、ついにその方法を知ることはなかった。
(馬鹿すぎる私には絶対に結界のことを教えないウィリアム様。領民への真摯な思いが伝わってきて、本当に好感度高かったですね)
馬鹿すぎた自分への想いはおいて、その意味でもウィリアムはかなり優秀な当主だった。ところが、その堅牢な結界に綻びが出るようになったのだ。
原因は、件の聖女だった。
予想通りだと思ったレリアは、結界を修復しようとするウィリアムとは別ルートで秘密裏に調査を進めた。
すると、聖女だと思われていた彼女は実は魔物の類……どころか、数百年前に封印され、覚醒しようと踠いている邪神の生まれ変わりだったとわかったのだ。
(邪神が前回覚醒した数百年前には、大変な騒ぎになったのだとか。そんな厄介な存在を放置するわけにはいきません)
なお、その当時は祝福を持つ者をトップとした討伐軍が編成されたものの、完全に倒すまでは至らなかったらしい。邪神が多くの人を殺し自分が覚醒する元手にしようとしている、とは気がついたのだが、レリアには万全で動けない事情があった。
(当時、私にとって最も大事な任務は、馬鹿を演じ続けてエルランジェ公爵家をめちゃくちゃにすることでした。仮に組織へ報告したとしても、放っておけと言われるのは明らか。というか、ぼろぼろにするのが目的でしたから、むしろ邪神に襲われるぐらいがちょうど良かったのですよね)
今は数百年前と比べると魔法も武器も大きく進化している。もし邪神が覚醒してエルランジェ公爵家を滅ぼしたとしても、国がその気になればちょうどいいところで制圧できるに違いないのだ。
国が、手を貸さないどころか邪魔をする可能性を視野に入れたレリアは途方に暮れた。
けれど、レリアはエルランジェ公であるウィリアムが悪い人ではないことを知っていたし、いざというときに領民に被害が及ぶ可能性があることも心配だった。
そうして、迷った末についに行動に出る。
表向きは聖女様を追い出すふりをして、ユノ荒野まで連れて行って消し去ることにしたのだ。




