10.聖女が邪神 3
当時の話を話しつつ、任務外のことに巻き込んでしまったと謝罪するレリアに、イヴは不機嫌そうに問いかけた。
「ねえ。なんで? 邪神を追い出したところまではわかるけど、祝福持ちのレリアともあろう人間がどうして討伐じゃなくて封印を選んだんだよ。しかもあの頃、聖女様を追い出すなんて、ぶっ飛んで馬鹿なレリア最高! って思ってたけど、ただの善行だったんじゃん。なんだよ、それ」
「それが……、未覚醒とはいえ、想像以上に強かったんです。偽者の聖女様」
回想しつつ、レリアはため息をつく。
「聖女様の皮を被った邪神のなりそこないを転移魔法でユノ荒野まで飛ばし、そこで処理しようと思ったのですが、すぐに私一人では処理しきれないことが発覚しました。彼女の魔力量が桁違いに想像を超えていて……まぁ、邪神のなり損ないなので魔力量が人間の比でないことは知っていたのですけれども。仕方なく組織の上官に応援を要請したのですが、案の定任務と関係ないことに首を突っ込むなと言われまして」
「それで、封印を選んだってわけ?」
「はい。土の中に埋めて厳重に封印をほどこし、数十年後に問題先送りにしたはずだったんですけど……たった三年で出てきてしまいましたね。あまりにも短期間すぎます。私の力不足ですね」
レリアはしょんぼりと肩を落とす。けれど、話を真剣に聞いていたイヴは腑に落ちない様子だ。
「でももし、いくら相手が邪神になる類のものだったとしても、レリアの封印をたった三年で解くなんておかしくない? 誰か悪意を持つ人間が関わってないか?」
「正直、その可能性も視野に入れています。まあ、これから行ってみればわかることです」
凛として車窓を見つめるレリアに、イヴがしぶしぶ協力する構えを見せる。
「何にせよ、とにかく、今回レリアは安全な場所から指揮をとって。もし強力な魔法を使うことになったら、変装魔法は解かないといけなくなる」
「はい、気をつけます。私だって、赴任して一週目に正体をバラすようなことはしたくないですからね……!」
自分で答えながら、何だか不安な気はする。とにかく翌朝、レリアたちはユノ荒野に到着したのだった。
視界いっぱいに広がる茶色い世界。ひび割れた乾いた土から巻き上がる砂埃には、濃密な瘴気が混ざっている。息をすると、喉がカラカラになりそうだ。
見渡す限りの土色。草もなく木もなく、ついでに空は濁って暗かった。見ているだけで体調が悪化しそうな景色に、レリアは表情を歪めた。
「うわぁ……なんて禍々しい空気。具合が悪くなりそうです」
「大丈夫か?」
「いえ、少し驚いただけです。護衛任務に関しては何の支障もありません」
ユノ荒野に到着して馬車から降りた途端、胸を押さえたレリアをウィリアムが心配している。しかし、護衛対象に心配をかけるなどあり得ないことだ。レリアは慌てて姿勢を正す。
「ここは瘴気が濃すぎます。私たち四人もですが、ウィリアム様もお辛いでしょう。瘴気は、魔法に長けた人間ほど敏感に感じ取りますから。エルランジェ公爵家の対魔物結界を拝見しましたが、ウィリアム様にも過酷な状況かとお察しします」
「そうだな。だが君ほどではない。心配は無用だ。君は体が慣れるまで無理をするな」
重ねて気遣いの言葉を向けてくる元夫は、まるで騎士のよう。レリアは瘴気によるものではない胸の痛さに、心の中で呻いた。
(な、なんていい人なの……!)
こうなると、三年前にしでかしたことがますます申し訳なくなってくる。今すぐに平身低頭謝罪したいという衝動を堪えたレリアは、コホンと咳払いをして、これからの作戦を話すことにした。
「ウィリアム様にはここへの訪問目的をまだお伝えしていませんでしたよね」
「? ああ。君が到着したら説明する、と言うから従ったまでだが」
「唐突な話題で申し訳ありませんが……その、ここには邪神が封印されているのです」
しおしおと告げれば、彼は眉間に皺を寄せる。
「は? 邪神?」
一体何を言っているんだという顔をしていたウィリアムの表情が次第に真剣さを帯びる。レリアの言葉が冗談ではないと把握したのだろう。歴史から数百年前の悲劇を知っているウィリアムの表情が険しくなり、そのまま問いかけてくる。
「邪神とは、かつて討伐には至らず、いつ生まれ変わるかと恐れられている、あの邪神であっているか?」
「はい。まさにその邪神です。この荒野に蔓延る濃い瘴気からも明らかです。ここまでの瘴気、普通の魔物が生み出すものではありませんから」
「確かに、ならばこの瘴気の説明はつくが……」
ウィリアムの口数が少なくなり、表情は真剣さを増していく。
数百年に一度クラスの邪神に遭遇すること自体が信じられないとは思いつつも、これまで、これほどの瘴気に遭遇したこともなかったのだから、レリアの言葉に真実味があると感じているのだろう。理解が早いウィリアムに感謝しつつ、レリアは重ねた。
「邪神の封印が弱まると、瘴気が地上に溢れ出ます。この瘴気から、邪神はまだ完全には覚醒していないと見ていいでしょう。ですが油断は禁物です。ウィリアム様は対応には加わらず、離れたところから見ていてください」
「君たちの動きは?」
「ジスラン、イヴ、マリアンヌの三人が対処します。私はあなたの護衛につき、公爵家の騎士団の皆様と一緒にウィリアム様を守ります」
いくら現代の魔法や武器が進化しているうえに未覚醒の邪神とはいえ、準備をしていない公爵家の私設騎士団が叶う相手ではない。王太子選の護衛任務を自分でできなかったエルランジェ公爵家ならばなおのことだ。
けれど、レリアはそのことは言わず、有無を言わせない強い瞳でウィリアムを見つめる。
「私たちの準備はできています。ウィリアム様がよろしければ、行きましょう」
レリアの短い髪が瘴気を含んだ風に揺れる。今は、甘いラベンダー色ではなく黄身を帯びたブラウンの髪が視界を舞う。
「――レリアの名のもとに命じる。【光よ、我が前に壁を築け】」




