11.聖女が邪神 4
自分の名前を含んだ短い詠唱とともに、目の前に透明な壁が現れた。その瞬間、同行している騎士団の面々から感嘆が漏れ聞こえる。
「……これが、特別組織の人間による防御結界か」
「ええ」
レリアは変装魔法を使っているため、これは本来の実力ではない。逆にいうと、変装魔法で魔力を消費し続けている状態でも使える程度の魔法だ。
けれど、必要以上に心配させては良くない。騎士たちと同じように驚いているウィリアムに対し、余裕たっぷりに微笑んでみせる。
「この結界は念のためです。あの三人なら、もし邪神を討伐できなかったとしても、一時的に封印して国軍が来るまでの間を持たせるぐらいのことは余裕で可能です。ウィリアム様まで危険が及ぶことはありません」
「この結界を見ただけで、君たちの底の知れなさはすでにわかったようなものだが……せっかくだ。お手並み拝見といこう」
「はい」
そうして、レリアは邪神が封印されている場所に向かっていった三人の後ろ姿を見守る。魔物討伐用の特別な服に身を包んだ三人は、宙に浮いて戦闘態勢をとっていた。
特に、あの三人の中で頼りになるのはジスランだ。彼は防御魔法に特化した【祝福】を持っていて、どんなに強烈な攻撃を受けても、自分が手の届く範囲を強固に防御することができるという特性がある。
彼はその特性を利用して、戦闘時は盾になる。だから、レリアはこの場をジスランに預けたのだった。
(正直なところ、ジスランの防御魔法は私が【祝福】を使っても貫通できるかわかりません。一生試す機会はないでしょうけれどね)
そんなことを考えていると、ウィリアムが問いかけてくる。
「あの、銀髪の彼――ジスランは君たち四人の中でも魔力の気配が違う。あの何事にも動じない雰囲気といい、恐らく祝福持ちなんだろうな」
「よく見ておいでですね」
さすが次期王太子になる可能性がある人だ。彼が王太子、その先国王になったらこの国は安泰ではないだろうか。元夫の優秀さに感心しているレリアだったが、続く言葉にぎょっとすることになった。
「だが、レリア――君の気配もおかしい」
「ひゃいっ!?」
澄ました笑みを浮かべていたレリアは、思わず噛んだ上に吹き出しそうになった。間諜として特殊訓練を受けたプライドをかけ、奇声を上げずに堪えたのを誰か褒めてほしい。
「……私はどこからどう見ても、王国庁傘下の特別部隊に所属する普通の間諜ですが!? 多少気配がおかしいのも普通です普通」
すると、ウィリアムは変わらずにまっすぐな視線を向けてくる。
「質問を変える。君は、どうしてここに邪神が封印されていることを知っていたんだ? 普通の間諜にしてはエルランジェ公爵領に詳しすぎないか? 俺も知らないことをなぜ知っていた」
「それは、組織が情報を持っていたからです。私はチーフですから他のチーム員が知らないことも把握しています」
あらかじめ準備していた回答を澱みなく伝えつつ、視線では邪神の近くまで向かった三人の姿を追う。
魔法で浮遊する三人はすっかり豆粒のように小さくなってしまった。けれど戦闘はまだ始まらない。つまり、この追及はまだしばらく続くのだろう。詰んだ。
その推測通り、ウィリアムは話題を変えることはなかった。
「いいや。君の反応はどう考えてもその感じではなかった。ユノ荒野に膨大な魔力反応があると聞いたとき、君はすぐに思い当たる節があると言っていただろう?」
「……他の任務に関わって知ったことですので」
嘘をつくのは簡単なことだ。けれど、あまりの後ろめたさに目が泳ぐ。ちなみに、この他の任務とは目の前にいる元夫を馬鹿のふりで騙すことだ。申し訳なくて、邪神と同じぐらいの地中まで埋まりたい。
一方、レリアが組織の人間であることを知っているウィリアムは、意味深にこちらを見つめていたものの、それ以上聞き出すのは諦めることにしたようだった。けれど、答えを求めない独り言のように呟く。
「君の魔力の気配はおかしい。たとえ祝福持ちだとしても、それとは違った意味で変だ。二色が混ざり合っているような――まるで、外面と内面で魔力が食い違っているようにすら感じられる」
「……」
ウィリアムが魔力に優れ魔法に長けていることは知っていたが、まさかここまで能力が高いとは。
さすがに変装魔法を見破られることはないはずだし、そもそも術者が限られる変装魔法の存在に気が付く可能性も極めて低いのだが、レリアは内心驚くばかりだ。
(ウィリアム様がここまでの方だったなんて知りませんでした……! 結婚していたときに本来の姿を見せていなかったのは私だけではないようですね)
内心ヒヤリとしたものの、レリアは一呼吸おいて、落ち着いた笑みを見せた。
「私は組織の人間で、今回の王太子選任務において責任者を務めております。常人にはないものを持ち、底知れぬ力を操ります。これで説明になっていますでしょうか?」
暗に祝福を持つことをちらつかせ、違和感を飲み込ませようとする。けれど、なぜか話は不思議な方向へと舵を切った。
「ああ。君と話していると、ある女性を思い出すな」
「ある女性?」




