12.聖女が邪神 5
目を泳がせないことだけで精一杯のレリアに対し、ウィリアムは続ける。
「君とその女性は知性や理解力の面では似ても似つかないんだが……根本的なところが同系統というか。こんな任務についているせいで上品に振る舞っているが、君は本当は素直で年齢以上に幼いタイプではないか?」
「あまり言われたことはないですね」
これは間違いなく元妻――つまり自分、の話をしている。即刻、そんな悪い女の話はやめるべきだと思う。しかし、ウィリアムは痛い話題を続けた。
「昨日、書斎へ挨拶に訪れたとき、君は他の三人に対して出遅れただろう? てっきり初めての任務で不慣れなせいだと思ったが、この任務のチーフを務めるという。その役回りも含めて、異質に見える」
「あれは、お屋敷の中があまりにも豪華で見惚れてしまいまして」
「逆を言えば、価値がわかる人間ということだな」
「まぁ、そうといえばそうですね」
「だろう? そういう噛み合わなさもあって、俺は君の気配をおかしいと感じているのかもしれない」
冷静に分析するウィリアムは、レリアを元妻と同一人物だとは思っていないようだが、一方で、ものすごく勘がいいことも伝わってくる。
(油断したら、すぐに私と元妻が同一人物だと気がついてしまうかもしれません)
加えて、自分に必要以上の興味を持っているようで、レリア個人に関する話題からなかなか離れてくれない。
「君は、誰に何を言われてもサラサラと受け流しそうで、実体が掴みにくいというか。外面に比べて、内面が危うい感じがする。『彼女』も同じだったな」
(内面が危うい……)
レリアは、不幸な出自と、まだ子供といえる年齢のうちに組織に拾われたせいで人間らしさに欠ける自覚がある。これまであまり言及されたことがないところに踏み込まれた上に、ウィリアムは心配するような口振りをしている。
(なんだか、調子がくるってしまいそう)
急に黙り込んだレリアを見て、ウィリアムはレリアがこの話題に戸惑っていると思ったらしい。種明かしをするように、教えてくれた。
「うちの屋敷で、彼女の名前はタブーなんだ。呪いの言葉だ」
「あっなるほど……呪いの言葉、レリア……」
うっかり素直に自分の名前を復唱すると、ウィリアムはふっと笑う。
「君のそんなところが彼女に似ている」
その表情は、家を潰すほど馬鹿だった元妻を憎むものではない。眼差しがあまりにも優しく見えて、レリアは目を瞬く。
(三年ほど前に半年間、一緒に暮らしただけでしたが、まさかこんなふうに私を認識してくださっていたなんて。ウィリアム様の意外な一面を知ってしまった気がします……)
その瞬間。
――踏みしめた地面から、微かな揺れが伝わってきた。
途端に、背後から莫大な魔力の気配を感じて、レリアは振り返った。濁った空の向こうが赤く染まっている。あれはイヴが放った探知魔法だということはすぐにわかった。
「始まったようですね」
「ああ」
すぐ近くに、とんでもなく大きな魔力の気配がある。一秒たりとも油断は許されない状況だ。
(それなのに、全く怯えていないウィリアム様はすごいですね。感心してしまいます)
後ろで控えている私設騎士団の騎士たちが怯えた表情を隠さないので、なおさらだ。肝の据わっている元夫に心の中で感嘆しつつ、レリアは説明する。
「作戦では、イヴが探知魔法と攻撃魔法、マリアンヌが物理攻撃を用いて邪神を攻撃することになっています。教科書通りの戦闘を指示していますので、ここで組織のセオリーをお勉強なさってください」
「待ってくれ。マリアンヌが物理攻撃?」
とんでもなく怪訝そうな声音が向けられている。確かに、魔法を使って戦うことが多い組織の人間が物理攻撃を得意とすると聞けば、困惑するのは当然だろう。レリアは説明した。
「この辺り、地面に巨大な岩なんかがゴロゴロ落ちているんですよね。マリアンヌはそういうのを使って物理で攻撃するタイプです。もしくは、砂を巻き上げて鼻と口から邪神の体内に送り込み、窒息させてしまったりですとか」
「……あの見た目で、マリアンヌはえげつない攻撃をするんだな……」
遠い目をするウィリアムに、レリアは笑う。
「私たちを誰だと思っているのですか。この国の平和を守るためならどんな手段も厭わない、隠密部隊ですよ?」
「そうだったな……知り合いに似ていると思ったのは、君にとっては失言なのかもしれない」
「お分かりいただけてよかったです」
さっき、ウィリアムが語った呪いの名をもつ女の話に、侮蔑の感情は全く感じなかった。だから全然嫌な気持ちはしないのだが、正体がバレないに越したことはない。
(これで赴任一週目で正体を知られてしまうという事態は避けられそうです……!)
そんなことを考えながら空を見つめていると、一際大きく砂塵が巻き上がり、その後で真っ白い光の爆発が起きる。
これまでで一番大きな魔法の展開に、レリアは目を眇めた。
「……予定よりも早いですね」
向こうで戦っているイヴたちに、何か予想外の事態が起きているのが伝わってきた。
魔法を使って戦うとき、敵に手の内を見せるようなことはしないのが組織の流儀だ。手持ちの魔法の中で、最も弱い魔法で片付けるのが最良とされているし、それが叶わない場合に限り、徐々に魔法のランクを上げていくことになる。それが『教科書通りの戦闘』だ。
けれど、レリアが知る限り、あれはイヴが持つ中で一番威力が高い攻撃魔法のはずだった。
「何が起きているの?」
レリアが厳しい視線を向けると同時に、光に包まれた何かが空に飛んだのが見える。
(――あれは)
レリアが言葉にするより早く、ウィリアムが信じられないというような呆然とした声音で問いかけてくる。
「あの光は、もしかしてジスランの魔力を纏っているのでは?」
「……そうですね。彼が、イヴとマリアンヌを守って遠くへ退避したようです」
声音に緊張が混じる。
退避するとき、相手に本陣がわからないようにするのは当然のことだ。ジスランは最低限、それを守ったようだが、一方で邪神を封印できないまま戦闘から離れざるを得なかったようだ。
となると、次に危険に晒されるのはこちらだ。レリアはすっと立ち上がる。
「こっちに来ますね」
「防御を固めろ! 数百年前に世界を滅ぼしかけた邪神のなりそこないが来るぞ!」
ウィリアムが厳しい声で私設騎士団へと指示をする。
(邪神が三年前に封印したときと同程度の強さだったのなら、あの三人であれば簡単に倒せるはずだったのですが)
この三年の間に、邪神の覚醒が進んでいたため、そうはならなかったようだ。想像し得るなかでもわりと最悪の事態に、レリアは空を見つめる目を眇める。
(ウィリアム様に傷ひとつなく終わらせるのが最優先事項です。となると、私が張った結界だけでは不安が残ります。転移魔法でウィリアム様だけをユノ荒野外へ飛ばすのが最善のはずですが、転移魔法は多くの魔力を消費するので却下。ウィリアム様だけ助けられても、国からの助けが来るまでの間に邪神を封印できるだけの魔力は残りません)
となれば、レリアがとれる策は自ずと決まるのだった。
(うっ、今日は赴任してまだ二日目……)




