13.聖女が邪神 6
さすがに王太子選の期間中ずっと自分の正体を隠し通せるなんて思っていなかった。でも、いくらなんでも身バレが早すぎるのではないだろうか。
けれど背に腹は代えられないし、事態は一刻を争う。決意を固めたレリアは、ウィリアムへと向き直った。
「ウィリアム様。初めにお伝えしておきますが、本当に申し訳ありません」
「は?」
この非常事態に何の話だ、と言わんばかりのウィリアムに、レリアは支離滅裂な説明を続ける。
「言い訳はしません。これが終わったら、正式に謝罪させてください! でも、どんなにウィリアム様から嫌われても、私はこの任務から離れるのは嫌ですので、それだけは我慢してください……!」
「何の話だ⁉︎」
いよいよわけがわからないという表情をするウィリアムの前、レリアは変装魔法を解いた。呪文の詠唱なしにぱちんと指を鳴らすと、全身を覆っていた魔力が払われる。
さっきまで視界になかったラベンダー色の長い髪が肩の下で揺れるのが見える。
小柄だった身長が少し伸びて目線が高くなり、見慣れたものになる。魔力を常に消費し続ける変装魔法を使っているとき独特の、うっすらと鈍くて重い感覚が霧のように晴れた。
「動きやすくなりましたね」
「……!?」
両手を伸ばし、首を回して準備運動を始めたレリアの隣に、目を見開いたまま動けない男が一人。こちらを凝視して固まっている。
それはそうだと思う。けれど、面倒なことは後回しにしたい。彼に向かい、レリアは端的に告げた。
「この結界の中は安全です。絶対に外に出ないでください」
「……わかった」
受け入れ難いことが目の前で起きたというのに、状況を問いたださず、とりあえず受け入れてくれたウィリアムはさすがだ。
(やはり彼は国を担うにふさわしいお方ですね)
レリアはそのまま魔法を使って浮遊し、こちらへと向かってくる邪神のもとへ向かった。
近づくほどに瘴気が濃くなっていく。離れた場所にいたときは実体が見えなかったのだが、邪神はどうやら人の形をしているようだ。
(面倒なことになっていますね。イヴたちが苦戦したのはそのせいだわ)
邪神を上位とする魔物の類は人の形をしているときが一番厄介で強い。三年前にレリアが出会った『聖女』は人の形にはなっていたものの、まだ大勢の人間を取り込みきれてはおらず、邪神として覚醒ができないでいた。
それでも魔力量だけは膨大で手数も多く、抑え込むのに苦労した覚えがある。
現代の魔法と武器をもってすれば討伐は可能だが、さすがに一人で消し去るのは難しい。だから、レリアはとりあえずそれを人の形から解体することに成功し、地中深くに封印したはずだった。
(なのに、どうして人の形をしているの?)
視認できる距離に現れた邪神は、三年前に出会った彼女と同じ形をしていた。
濡羽色の長い髪に、白磁の肌、赤い唇。身に纏った真っ白い衣とヴェールまでが、聖女として偽っていたあの頃そのままの姿だ。聖女らしく空中にゆらりと浮いた彼女は、冷たい微笑みを浮かべる。
「懐かしいわ。なぜあなたがここに?」
「またあなたを封印しにきたんです」
「あら。無駄なことを? 今度は簡単には行かないわよ」
静かな怒りを隠さない邪神に対して、レリアは首を傾げた。
「……というか、三年前に封印したとき、もっとちゃんと閉じ込めたはずなのですが。なのに、なぜ人の形をしているんですか? 意味がわかりません」
「私を助けてくれた人がいたのよ。封印されている私の気配を辿って、ここまできてくれたの。私に人間の魔力を与えて、実体化させてくれた。後は、時間が経って姿が安定するのを待てばいいだけの状態にしてくれたの」
「助けてくれた人?」
邪神の口からすらすらと語られる協力者の存在に、嫌悪を覚える。いくら当時とはレベルが違うとはいえ、世界を滅ぼしかけた邪神に力を貸すなんて、その協力者の神経はどうかしているとしか思えない。
(一体何の目的でそんなことをしたのでしょうか。しかも、ここに邪神を封印していることを知っているのは、組織の上層部の人間だけのはず)
「その人の名前を教えてくださいませ?」
「わからないわ。私は地中にいたんだもの。地上から与えられるものは、気配は察知できても姿までは見えない。その人は封印を解く術をかけて行ってくれたけれど、実際に解けて地上に出てみたら、誰もいなかったし」
けらけらと話す彼女の言葉に嘘はない。邪神であり人間に屈しない彼女が、協力者を隠すメリットは何もないからだ。
(つまり、この邪神はその人に利用された可能性が高いということ。しかも、王太子選が始まるこのタイミングです。最悪を想定しなくてはいけません)
となれば、最初にこの事態を聞いたとき、マリアンヌが『王太子選絡みだ』と言い出したのは本当に当たっていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、急に目の前に巨大な炎の塊が現れ、レリアを包み込んだ。
「!」
すかさずレリアは邪神の攻撃魔法を払う。炎は一瞬で煙に変わり、そのまま霧散した。周囲の砂塵と混ざり合って赤茶けた空気が一体を覆い、視界が悪い。それが晴れると、目を丸くした邪神が現れた。
「あら? 簡単に払われちゃった。三年前にも思ったけど、あなたは一体何者?」
「人間の中での立ち位置としては、あなたと似たようなものです」
「ふーん。人間の中でも優位な【祝福】を持つタイプってことね」
邪神の攻撃をまともにくらったと見せかけ、無傷で現れたレリアを見ても、彼女は面白そうに笑っている。
「さっきの三人の中にも一人、毛色が違う子がいたわよね。防御魔法ばっかりで、防戦一方だったから、あっけなく負けていなくなっちゃったけど。あなたはあの子よりも下位ね? 秘めた魔力の量も、気配も、何もかもが弱いもの」
「私を弱いと判断されたことは否定しません。ですがまず勘違いをされているようですが、こういった戦いにおいては、防御力が高いことこそが重要だと思います。最後に生き残った者が勝ちの世界ですから」
「ふーん。あの銀髪の男を庇っているみたいだけど」
その瞬間、黒髪の女はレリアの視界から消えた。ほぼ同時に頬の右側を冷たい空気が刺す。
「どんなに威勢が良くても、私を封印できないのなら意味がないけど?」
耳元で声が聞こえた直後、レリアの右側で魔力が爆発した。レリアはそれを防御魔法で受け止めると、すぐに魔法構成を組む。
(ジスランたちが削ってくれたおかげで大分消耗しています。これなら祝福まで持ち出す必要はなさそうですね)
「――レリアの名において命じる。氷河よ、悠久を超えし怒りを解き放て」
手元から巨大な氷の柱が現れ、空に向かって突き抜ける。反撃から逃れるため、空高く飛び上がった邪神の足首を氷が捕らえた。それを無詠唱で弾いた彼女は、美しい外見にまるで似合わない、歪んだ笑みを浮かべる。
「ふーん。人間って、弱い魔法から出してくると思ってたけど、あなたは違うのね? さっきの男の子なんて、セオリー通りに目眩しみたいな魔法から始まったのに」
彼女は、手のひらの上に魔力を集約させる。禍々しい気配と、赤黒い魔力の塊に周囲の石が巻き上げられ、邪神の周囲に集まっていく。
「さっきの三人との戦闘では見せなかった、明らかにレベルが違う魔法ですね。私のように取るに足らない存在に、そんなに大きな魔法を使うのはなぜですか?」
「当たり前でしょ、三年前の恨みに決まってるじゃない? ――こんな枯れた土地に閉じ込めやがって。絶対に許さないから!」
ついさっきまで笑顔を浮かべていた邪神が、わかりやすく憎しみと恨みを込めた視線を向けてくる。それを好機と認識したレリアは、一瞬で邪神の頭上まで飛び上がると仲間に合図を出す。
「先発隊のセオリー通りの戦いも、私が弱そうなのも、あなたが怒りに任せて高位魔法を使うことになったのも、何もかもが伏線だなんて、思わないですよね」
「⁉︎」
急に表情を変えたレリアに困惑する邪神の周囲に、さっき遠くへ飛んだはずの三人が現れた。
彼らは邪神を取り囲むように三角形に位置取り、手を広げて呪文の詠唱を始める。あっという間に、邪神は光の結界の中に閉じ込められていく。
「レリア、悪い! やっぱり俺の攻撃魔法だけじゃ無理だった! 変装魔法を解かせないとかえらそうなこと言ったのに、恥ずかしいわ!」
イヴからの叫ぶような謝罪に、レリアは逆に頭を下げる。
「私のほうこそ巻き込んでごめんなさい! そもそも、こうなったのは私の責任ですから……!」
そうして、レリアは邪神の頭上で呪文の詠唱を始めた。
(今、邪神は高度な魔法を使うために大量の魔力を放出した状態になっています。私への復讐のため、ほぼ空っぽになった状態なら、今度こそ完全に消し去ることができます)
三年前に邪神と戦ったとき、レリアが苦戦したのは相手の魔力量だった。そのため、消極策としてレリアは封印を選ばざるをえなかったのだが、ジスラン、イヴ、マリアンヌという強力な味方がいる今回は別だ。
「――眠れる原初の光よ、星々を繋ぐ無限の環よ」
レリアは詠唱を続ける。三人の結界の中から逃げようともがく聖女の形をした邪神は、悍ましい表情を浮かべ奇声を上げる。
(最悪の方向に振り切った場合のプラン。三人が邪神を戦闘で十分に削った後、私への憎悪の感情を利用して高位魔法を使わせる。イヴが考えた作戦は完璧です……!)
「――レリアの名において命じる。その聖なる鎧を我が掌に集めたまえ」
瞬間、砂塵と禍々しい赤黒い魔力に包まれていた視界が一瞬で白く反転した。
同時に、世界を覆っていた瘴気が邪神の消滅に引っ張られて、彼方へと消えていく。そうして凄まじい風が吹いた後、からりと平穏が戻った。つい数秒前まで暗かった空は青く透き通り、太陽が輝いている。
一目でわかる『邪神の討伐成功』に、離れた場所から状況を見守っていたエルランジェ公爵家の私設騎士団から歓声が上がった。
しかし、邪神は片付いたものの、新たな問題が浮上した。
ウィリアムの反応が恐ろしすぎて、レリアは彼がいる方向に顔を向けられない。
(どうしましょう……赴任してわずか二日なのに、もう正体を明かしてしまいました……)
こんなのは完全に想定外なのだ。目を瞬き、若干猫背になって地面に降り立ったレリアの元に、ジスラン、イヴ、マリアンヌの三人が駆け寄ってくる。
「レリア、怪我はないか。」
「この通り大丈夫です。皆さんも怪我がなさそうで何よりです」
一番に体の心配をしてくれるのが、やはり年長者のジスランらしい。ついで、イヴとマリアンヌが次々に反省を口にする。イヴは落ち込み、マリアンヌは怒っているようだ。
「可能なら、三人だけで片付けたかったんだけど。現代魔法を持ってしても、無理だったな」
「私は無理だと思ってたわ⁉︎ レリアがこっち側に入るならともかくとして、私の物理攻撃とイヴの攻撃魔法だけじゃ火力が足りないもの⁉︎ 早期に削るだけ削る作戦に変更したけど、期待に応えられてない。もっと訓練が必要だわ」
レリアは二人を取り持つように、ぽんぽんと背中を撫でる。
「とにかく、倒せましたのでよしとしましょうか。……ですが、組織への報告は少し待ってください。王太子選の最中です。敵陣営へ情報が漏れては大変だもの」
「だな。レリアの封印がたった三年で解けたのがおかしいと思ってたけど、これは面倒な事情がありそうだ」
「ええ」
イヴの言葉に、レリアはただ頷くだけだ。
(組織の中で王太子選の護衛を引き受けているのは私たちだけではありません。別チームが他の陣営についている場合も十分に考えられますから)
秘密保持のためにレリアたち諜報員自身には明かされないが、厄介な相手が背後にいると思ったら、実は同じ組織の人間だった、なんてことがザラにあるのが『王太子選』の護衛任務なのだという。
(第一回の投票で顔を合わせれば全てわかることではありますけどね)
真剣に状況を分析していると、マリアンヌの声で現実に引き戻された。
「レリア。王太子選の護衛任務についてもだけど、これからこっち側も大変そうね?」
「うっ」
うっかり離れた場所にいるウィリアムの方を見てしまう。
ウィリアムは背後の騎士たちが沸く中、無表情でこちらを見つめていた。変装魔法を解いた瞬間から表情筋がしんでいるように思えるのは、気のせいだろうか。
(こっ、これは……戻ったらすぐに謝罪をしないといけませんね……!)
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