14.謝罪と説明と開き直りと
丸一日馬車で移動し、屋敷に戻ると夕方だった。
ユノ荒野との往復に時間がかかったうえ、馬車での移動だったことや護衛任務もあったことからほとんど休めていないが、レリアは謝罪のためにすぐに書斎へと向かう。
(ただでさえ、正体を明らかにしてから馬車での移動を挟んでしまいました。一刻も早く謝罪と説明をしないと……!)
なお、ユノ荒野を後にするとき、ウィリアムと同じ馬車に乗って一連のあれこれを説明したいと直訴はしたのだが断られてしまった。ショックの深さが窺えて、心底申し訳ない。
覚悟を決めて書斎の扉を開けると、あきらかにやつれた様子のウィリアムが待ち構えていた。
「……来たか」
(うっ)
申し訳なくて、泣きたい。レリアはあらためて本来の姿――ピンクがかったラベンダー色の長い髪に、少し伸びた背丈で挨拶をした。
「あらためまして、レリアと申します。お久しぶりです、ウィリアム・エルランジェ公爵様」
それを見たウィリアムは、これはどうあっても受け入れざるを得ない事実なのだと、白旗をあげるしかなくなってしまったようだ。ため息をついて、片手をこめかみに当てる。
「正直、何から聞いたらいいのかもわからないんだが」
「……あの、その節は……ほ、本当に申し訳ございませんでした!」
ウィリアムの困惑は本当にもうその通りだと思う。
「これには深いわけがありまして」
事情説明という名前の言い訳と謝罪をしようとすれば、ウィリアムはレリアの言葉を遮った。
「君は、本当にレリアなんだな? あの、とんでもなく抜けていたレリア・アルトワ?」
「はい。最後に『馬鹿な女は愛せない』のごもっともなお言葉をいただいたレリアです」
「……そうか。わかった」
ウィリアムの視線は部屋の隅に控えている使用人へと動いた。
ちなみに、彼らは三年前にこの家をめちゃくちゃにした『馬鹿すぎた元妻』がなぜここにいるのかわからないようで、心底嫌そうな顔でこちらをものすごく警戒していた。ユノ荒野での一部始終を見ておらず、かつ、突然レリアがここに現れたのだから察せないのも無理はないだろう。
(使用人の方々には折りを見て説明するべきですが、変装魔法は高度な魔法であり一般の方にはなじみがありません。そういったことを説明してご理解いただくよりもまず、ウィリアム様への釈明が先です)
邪神と正対していたほうが随分と楽だったな、できることなら1日前に戻れないでしょうか、と思いかけたところで、ウィリアムの口から信じられない言葉が聞こえた。
「おまえたち。即刻、燃えそうな書類をここから片付けてくれ」
「「「……えっ?」」」
使用人だけでなく、後から書斎に入ってきて同席していたイヴたちもぽかんとして聞き返した。ついレリアまで間抜けな声を出してしまう。そして、唐突に思い出すのだった。
(あっ……これは⁉︎)
実は、レリアは三年前に書斎の書類を燃やしたことがある。
もちろん、書類以外が燃えて人的被害が出ないよう、入念に確認した上で『こんなたくさんの書類に火をつけてみたらどうなるのか知りたくて』という馬鹿すぎる理由で押し切り、悪事に必要と思われる書類を抜き取ったのがバレないよう、無関係な書類とすり替えて焼き払った。
どんな批判も受け止めたい。しかしとんでもない馬鹿を演じないといけなかったため、中途半端なことはできなかったのだ。ちなみに、書類は消火されるまでのわずか数分で見事な煤になった。
正直、いろいろあって火力を若干ミスったことは認める。あれがトラウマとなってウィリアムをこの奇行に駆り立てているのだろう。
(書斎がまた燃やされるのでは、と怯える気持ちは当然です!)
ウィリアムには心底申し訳ないと思いつつ、そもそもの誤解を解かないといけない。
「どうか落ち着いてくださいませ」
「俺は冷静だ。どうかしているのは君の方で」
元夫の心の傷があまりにも深すぎる。心底申し訳なく思いながら、レリアは至極当然のことを口にした。
「実は……書類に火をつければ全部燃えるのは知っております」
「……は?」
おずおずと白状すれば、元夫は真剣な眼差しを向けてくる。疑念と不信感と余裕のなさが同居した、これ以上なくこちらを見極めようとする瞳だ。レリアは遠慮がちに続ける。
「紙に火をつければ燃えますし、初対面の方に相応しい挨拶をしなければ縁を繋げませんし名門の名を汚します。夫の愛人と本気で喧嘩するのも家を鑑みたものではありません。また、浪費も罪です。領民を導くものは誰よりも質素であり倹約すべきです」
「……君は何を……?」
ウィリアムは、これらの言葉が馬鹿すぎて離縁したはずの元妻の口から出ているとは到底信じられないらしい。眉間に皺を寄せて固まってしまった。
ちょうどそこで、書斎の扉が開いた。
家令の案内で、二日間強の遠征に同行した馬車の御者が顔を出す。そのまま、すみませんと空気を読まずに声をかけてくる。
「あの……お取り込み中、申し訳ございません。心づけを頂きすぎたようなので確認をと」
彼の手には、さっきレリアが馬車を降りた時に渡した紙幣が握られていた。
「あら?」
レリアは「少々お待ちくださいませ」とウィリアムに断り、御者のところまで行くと微笑んで、そのまま手を握らせる。
「いいのです。今回は危険な任務に同行していただきましたから。多少多くても気にせず受け取ってくださいませ。私たちからの心付けはエルランジェ公爵家からの給金と考えてください」
「あ、ありがとうございます。では私はこれで失礼いたします」
「ええ、こちらこそ感謝申し上げます」
そんなやりとりがあった後で御者を見送ると、ウィリアムは怪訝そうな表情を見せるのだった。
「君はなぜそんなにまともな対応ができる? そして、三年前は紙幣で芋を焼いていたが、それが金だといつ理解した……?」
そんなこともありましたね、とレリアはまた小さくなる。
「恐縮ですが、紙幣は紙幣です。どうしたって、焼き芋を焼く枯葉の代わりになどなりませんわ。当時の自分の言動が恐ろしいですね」
「俺も……自分が自分で何を問いかけたのか信じられないでいる」
「同感ですわ。私も当時の自分の言動は正直意味不明で。書斎を燃やしたことなどは特に」
さらに縮こまったレリアを見て、ただひたすら驚き混乱するばかりだったウィリアムも、やっと事情を理解し始めたようだ。受け入れ難い事態に気がついて、こめかみを押さえている。
「では……昨日の邪神は?」
「あれは、お察しの通り、私が三年前に暇を言い渡した聖女様です。ウィリアム様も覚えていらっしゃいますよね? 結界を壊そうとしていた方で、少しお邪魔だったので荒野にちょっと封印を」
「ちょっと封印? あのレベルの邪神を、一人でか!?」
珍しく大声でつっこみを入れたウィリアムはまた考え込んでしまった。
「……待ってくれ。移動中、この事態について俺なりに考えた。君は俺との離縁後、生家を追われたのだろうと。その後、組織に入り、この任務を命じられたに過ぎないという結論に至ったんだが、もしかしてそれだけではないんだな……?」
申し訳ない思いは引き続き大きいが、しっかり真相に辿り着いてしまった元夫に感心する。
「結構理解が早くていらっしゃる。さすがです」
「君のほうは予想通り図太いな……」
こんな事態になってもなお、レリアが悪意を持っていない方向に信じてくれているウィリアムは心底いい人なのだろう。
(せめて、もうこれ以上嘘をつくことにならないよう、遠回しではなく事実を伝えるべきです……!)
レリアは元夫を心苦しい気持ちで見つめるのだ。
「恐れながら、私はあなた様と結婚していた時から組織の人間でした。当時は上からの命令通り、馬鹿な妻を演じてエルランジェ公爵家をめちゃくちゃにしましたが、今回はウィリアム様をお守りする方向に方針転換を……」
「待ってくれ」
その辺りでやっと、理解することを拒否していたウィリアムの頭も諦めざるを得なかったようだ。彼は愕然として叫ぶのだった。
「――王国庁は正気か⁉︎」
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