8.聖女が邪神 1
翌日。午前中から、レリアたちは与えられた個室に集まっていた。
いざ任務地に入り、王太子選の護衛について打ち合わせをするためだ。けれど、ここに護衛対象であるウィリアムはいない。全てを決めた後で報告することになっている。
(昨日のご挨拶で正体を知られることはありませんでしたが、用心するに越したことはありません!)
そんなことを考えながら、レリアは隣のマリアンヌに問いかけた。
「この家の敷地の警備はしやすそうでしょうか?」
「レリアからの事前情報の通りよ。この屋敷、ちゃんと王太子選を想定した造りになってるわ。三年前のレリアの調査結果にも無駄がなくてさすがね。……イヴの警備計画はどう?」
「今のところは問題ないよ」
「前回も早期に動きがあった。気を引き締めていこう」
「ジスランの前回の経験は本当に頼りになりますね」
わいわいと、昨日のうちに済ませたエルランジェ公爵家の敷地内のセキュリティチェックの結果や、予想される他家の動きについてなどを確認していく。
「それと、一つ気になるんだけど」
「なんでしょう?」
手を挙げたイヴに、レリアは報告を促す。
「この屋敷の使用人の中にも派閥があるみたいだ。もちろん、皆がウィリアム様を慕っているのには変わりないけど、動機となるものが違うみたいだね。後々何か影響があるかもしれないから、一応共有しとく」
「そうですね。ありがとう、イヴ」
それは、三年前も気づきはしつつ、馬鹿な妻としては手が回らなかった部分だった。一人でない任務はやはり心強い。
(かつて『馬鹿な女は愛せない』と追い出された家での再任務というイレギュラーな点はありますが、任務には変わりありません。私たちが当面の大きな目標とするのはただ一つ)
話し終えたレリアは、全員に向かって念を押す。
「まずは、一ヶ月後の第一回の投票を乗り越えることが最も重要です。私たちは彼が死んだり他家の策略で王太子候補から脱落したりすることのないよう、しっかり護衛に努めましょう」
「「「了解」」」
チーフであるレリアの言葉に従い、全員が緊張の面持ちで返事をした。
(私の実家、アルトワ侯爵家が妙な絡み方をしてくる可能性があるのも気になるところですが、ウィリアム様に危険が及ばない限り、任務とは関係ありませんから)
アルトワ侯爵家との遺恨はある。けれど、それはまた別の話だ。今は何よりも目の前の任務に集中しなければならない。
(ただでさえ、今回は元夫に正体を隠しつつの護衛という特殊な側面があるのです。よそ見をしている暇はありません)
そうして一通りの議題が片付いたところで、マリアンヌが興味津々に聞いてくる。
「で、レリアとエルランジェ公って」
「はい?」
「夫婦としてはどうだったのかしら?」
意外な質問に目を瞬くレリアに対し、マリアンヌは目をきらきらと輝かせて続ける。
「あんなに美しい旦那様なんだもの。いくら任務とはいえ、少しは何かあったでしょう?」
どうやら、彼女はロマンスの話題を期待しているらしい。何も期待に応えることができなくて、心底申し訳ない気持ちになる。
「うーん……。最低限の会話しか交わさなかったので、なんとも……というか、会話が成り立たないように頑張ってはいましたね、ええ」
「なるほど。全て理解したわ。そういうタイプのバカを演じるのが任務だったものね。あと、恋愛の話なんて、レリアにはまだ早かった」
「なんか、すみません」
ロマンスの話題を諦めたマリアンヌがぴしゃりと会話を切り上げ、なでなでと頭を撫でまわしてくる。しかし、今度はイヴが納得しない様子だ。
「い、いや、任務があったとはいえ、半年間も結婚して一緒に住んでたんだろう? 最低限の会話しかしないって、あり得なくない?」
「本当に何もないです。同衾したこともなかったですね。ほとんどずっと別室です」
「「え」」
イヴとあえて会話に加わらないでいたらしいジスランが、顔を引き攣らせた。しかし、先に全てを理解したマリアンヌの顔色は変わらない。一方で、そんなにおかしいことなのか、とレリアは首を傾げる。
「当時、私が十五歳だったせいですかね……? 貴族ではこのぐらいの年齢で嫁ぐ方もいらっしゃいますが、確かに若い方ですもんね」
とはいえ、レリアは特殊組織の間諜として潜入したのだ。『馬鹿を演じる』という大前提があるにしても、多少色っぽい任務があることは十分に理解していたし、組織ではそういうことも教わった。
疑われないためには夫婦としての義務を果たすべきだというのはよくわかる。レリアは当然、覚悟を決めてエルランジェ公爵家にやってきたのだが。
「さすがに、結婚して初日こそ同室になりましたが……私の振る舞いが幼いことも手伝ってか、一度もそういう雰囲気にはなりませんでしたね。ずっととんでもない馬鹿でしたので」
「ウィリアム様は紳士ね。馬鹿だと嫌っていても、とりあえず手を出すクソジジイもいるっていうのに」
マリアンヌがぽつりと呟き、イヴとジスランが顔を見合わせて目を泳がせる。
(ええ。マリアンヌが言う通り、やはりウィリアム様は良識あるいい人……)
自分に魅力がなかったのは問題まで至らずにすんだところで。部屋の扉がノックされたかと思うと、つい数秒前まで話題の中心にいたウィリアムが顔を覗かせた。
「今いいか?」
イヴ、マリアンヌ、ジスランの三人は顔を見合わせ、一方のレリアは笑顔で出迎える。
「ウィリアム様。今ちょうど護衛プランについて話し合っていたところなのです。まとまりましたらご報告にまいりますので、もう少しお待ちいただけますか?」
「わかった。それはいいんだが」
(……あら?)
そこで、レリアはウィリアムが外出着を身につけていることに気がついた。
しかも、ただの外出着ではない。一見すると普通のスーツに見えなくもないが、よく見ると防御魔法を帯びた、戦闘用の外出着だ。日常ではあまり目にすることがない格好に、疑問を持つ。
「どちらへお出かけでしょうか?」
一瞥しただけで異変を把握し冷静に問いかけたレリアを見て、ウィリアムは感心したように頷いてみせる。
「ああ。さっき、領地の北のはずれ――ユノ荒野のあたりに大きな魔力反応が出ていると報告があった。人が住んでいる最寄りの村からはいくぶん距離があるが、看過できない規模の反応だというから現地に赴いて見てくる」
「ユノ荒野……? ああっ」
わずかに思案した後、思わず奇声を上げたレリアに、ウィリアムは不思議そうだ。
「どうかしたか」
「いえ、いえ、何でもありません……!」
当然、何でもないはずはない。正直、『三年前の置き土産』に関わって心当たりがありすぎた。けれどレリアの反応を見て、王太子選の護衛絡みと誤解したらしいマリアンヌがいち早く立ち上がる。
「ユノ荒野というと、最寄りの村はドラード伯爵領に属していますね。エルランジェ公爵家とは敵対し、王太子選で妨害を仕掛けてくる可能性がある家です」
「では、この異常な魔力反応は王太子選に絡んだ罠の可能性があるということか」
「はい。警戒するべきかと、ウィリアム様」
澄ました顔で進言するマリアンヌに、ウィリアムがさらりと命じた。
「わかった。君たちの同行を要請する。偵察のため、全員は不要だ。二人もついてきてくれればいい」
「「「御意」」」
レリア以外の三人は神妙に応じたが、レリアだけは気まずさに立ち尽くしていた。そうして、そろりと手を挙げる。
「あのぅ……」
「何だ?」
「今のお話に、心当たりがありまして」
「心当たり? 赴任したばかりの君が?」
怪訝そうに眉間に皺を寄せるウィリアムに対して、レリアは気まずさを隠せずに頷く。それから、おずおずと申し出るのだった。
「それ、全員で同行します。王太子選には全く無関係で、かつ、ものすごく危険な任務になると思いますから」
あまりにも予想外な言葉にウィリアムが目を眇め、一方のチーム員たちも首を傾げるのが見えた。




