7.ウィリアム・エルランジェ
ウィリアム視点です
ウィリアム・エルランジェはエルランジェ公爵家の若き当主である。
両親を落石事故で亡くしたのは三年と少し前。それ以来、ウィリアムは一人でこの公爵家を守ってきた。
父が当主だった頃、エルランジェ公爵家といえば悪事に手を染め私服を肥やす、七大公爵家の面汚しとまで言われていた。
父はいつ逮捕されてもおかしくない状態だったはずなのだが、悪知恵だけは働くようで、なぜか捜査の手から逃れていた。けれどある日、馬車に乗っているところを落石事故にあい、帰らぬ人となった。
両親の死後、公爵家にはそれこそ問題が山のように残された。
ずっと父の姿を苦々しく思っていたウィリアムは、それ以来、あるべき姿にこの公爵家を正せるよう、領民のことを第一に考えてやってきた自負はある。
その甲斐あって、最近の領民からの評判は悪くはないし、七大公爵家の当主としての責任も果たせている――と、評価が上がり始めていた。
つまり、人望も能力もある彼は、有能な人物なのだ。しかしそれでも、彼自身がわけがわからない事態に遭遇することは、人生の中で割と多かった。
そんな運の悪い彼は、王太子選の護衛のために公爵家を訪れた一団との初対面を思い出して遠い目をしていた。
「さっきのあれは何だったんだ……」
つい先ほど、書斎で対面した護衛たちの中には、元妻と同じ名前の女性が含まれていた。
レリアといえば、そこまで珍しい名前でもない。そう結論づけて思考を切り替えようと思うものの、どうしても違和感に襲われるのだ。
(姿形は別人のはずなのに……表情がどこか本人と重なるような)
そんなウィリアムに、幼い頃から彼を知る家令であり侍従のピエリックが穏やかに微笑む。
「かつての奥方様と同じ名前でしたね。私も、つい当時のことを思い出して懐かしくなってしまいましたよ」
「だが別人だ。心配することはない。魔法を使用する際に偽りない名前が必要だということを考慮しても、二人のレリアが同一人物という可能性はない。今日のレリアは、王国庁から派遣されてきた人間だからな。外見もまるで違うし、信用に値する」
自分に言い聞かせるように答えれば、ピエリックは意味深に笑った。
「私は心配していませんよ。逆に、別人で残念なくらいですねぇ」
ウィリアムはじとりとした視線を向けた後、ため息をつく。
「俺が、三年前に離縁した時のことを覚えているか?」
「はい。私はその場にいませんでしたが、坊ちゃんの幼馴染のキャサリン様と一緒に階段から落ちた直後、離縁という話になった日のことですね」
「ああ。あれは……キャサリンがガルシア侯爵家からレリアの暗殺を命じられたと読んで、レリアを安全な場所へ逃すために離縁した」
「当時、レリア様を殺すか追い出すかしろと脅してくる親戚が本当に多かったですからね」
ピエリックの言葉に、当時を思い出したウィリアムは当時のことを回想をする。
そうだった。元妻レリアの奇行の噂は、エルランジェ公爵家の遠縁まで轟いた。公爵家を支援し利害関係をともにする家々は皆、レリアをどうにかしろ、具体的には、馬鹿すぎて危険だからとっとと殺してしまえ、と煩かったのだ。
(だが、いくら王命で無理やり娶ることになったとはいえ、一度結婚した相手をそんな酷い目に遭わせられるか)
つまり、ウィリアムがレリアと離縁したのは、彼女を守るという目的もあった。
当時、離縁を告げる際にあえて『馬鹿な女は愛せない』という強い言葉を使ったのは、それを周囲に悟らせないためである。黙りこくるウィリアムに、ピエリックは続ける。
「……それでも、暗殺未遂と思われる出来事が発生するまでの半年間、坊ちゃんがレリア様に手を焼きつつも屋敷に置いていらしたのはどういう意味なんでしょうかねぇ」
「ピエリック?」
聞き捨てならない言葉にウィリアムは片頬を引き攣らせた。けれどピエリックは上機嫌である。
「坊ちゃんは本当に面倒見がよくていらっしゃる。ははは」
「……いい加減にしてくれ」
二度制止し、睨め付けたものの、老齢の家令兼侍従は止まらない。
「レリア様、かわいらしくて憎めない素敵なお嬢さんで、私も大好きでしたねぇ。今はどこで何をしていらっしゃるのか。お会いしたいですね」
「……俺は、当時も今も何も言っていない。黙ってくれ」
「ははははは」
心底嫌そうな顔をしながらもわずかに頬を染めるウィリアムに、ピエリックは孫を愛でるような目で微笑みを向けてくる。そうして、穏やかな表情のまま声を潜めて続けた。
「坊ちゃん。あなたの【祝福】で見える未来に、変化はありそうでしょうかね」
爺の言葉に、ウィリアムは瞼を閉じるだけだ。
「……おそらく変化はないだろう。元妻と同じ名前の護衛が現れた程度では、俺に見える『結末』は変わらない」




