6.三年後の再会
「組織の皆様、お待ちしておりました」
エントランス前では家令が出迎えてくれた。
白みを帯びたブロンドの髪と髭、メガネの向こうに覗く上品で優しそうな瞳。三年前と変わらない佇まいをしているこの家令は、レリアがどんなに馬鹿な振る舞いをしても公爵以上に穏やかに見守ってくれた人だ。
(懐かしいです。お元気そうでよかった……)
思わずそんなことを考えてしまう。
国王直属の専門組織の人間が派遣されるという経緯から、レリアたちの名前は事前に明かされなかった。だから、この家令が優しく穏やかなのも、レリアが家をめちゃくちゃにするため馬鹿を演じていたことを知らないからこそだ。
もうこの際ずっと知らないままでいてもらうわけにはいかないだろうか。いやそれはさすがに無理ですよね……と遠い目をしたところで、書斎に案内される。
懐かしい廊下を、レリアはジスラン、イヴ、マリアンヌの後ろに続いて四人目として俯きながら歩いていく。
(私は外見こそ偽っていますが、名前は偽れません。魔法を使う際に必要になるからです。護衛対象の前で魔法を使えなかったら意味がありませんから)
できることなら、自分の名前を忘れていてくれないだろうか。そんな都合のいいことを考えているうちに、あっという間に書斎にたどり着いてしまった。
「ウィリアム・エルランジェ公爵閣下。初めてお目にかかります。ジスランと申します」
書斎に入ると、年長者のジスランが代表して挨拶をする。彼の背中の向こうに、久しぶりに会う元夫の姿が見えた。輝くようなブロンドヘアに透き通った青い瞳。すっと通った鼻梁、驚くほど完璧なパーツが完璧に配置された顔。
そこに浮かぶ、憂いを帯びた表情は、彼の美しさをますます強調するように思える。
(三年前と全く変わりませんね)
ここまで先頭を歩いてきた長身のジスランとほぼ同じ高さの目線でこちらを見つめた元夫ウィリアムは、表情を変えずに頷いた。
「ウィリアムだ。今日からよろしく頼む」
「イヴです」
「マリアンヌと申します」
「レ、レリアです」
皆が流れるように自己紹介をしたので、レリアも慌てて流れに乗った。しかしうまく乗れたと思ったのだが、ウィリアムの視線がレリアのところで止まる。
彼は青い瞳にレリアをはっきりと映し、怪訝そうに固まってしまった。
「君は――」
(ううっ……!)
人生の中で、人間が珍獣を見るような目を向けられることは、あってもほんの数回だと思うのだが、今レリアは間違いなくそのうちの一回にいる。
変装をせずに本来の姿をしていた場合、彼から見た自分が珍獣であることに特に異論のないレリアは、できるかぎりの早口で挨拶をした。
「このチームをまとめるチーフを務めさせていただきます。誠心誠意、務める所存です」
せめてこの任務では嘘はつきません、と心の中で誓う。すると、ウィリアムはさらに目を眇めた。
「……君、どこかで会ったことはないか?」
「ウィリアム様が一番よくおわかりではと」
「だよな。すまない」
さすがに真正面から嘘はつけなくて苦し紛れに問いで返せば、ウィリアムは自分の勘違いだと思ったようだ。しかし、彼はそれでも腑に落ちないようで、こちらを見つめ続けてくる。
それはそうだ、彼の記憶は間違っていない。どこかで会ったことがあるどころか、レリアは彼の元妻だ。
(ウィリアム様、想定以上に洞察力に優れたお方なのでは……?)
もともと、レリアは彼を高く評価していた。だからこそ、バレたらどうなるかを心配しているのだが、この反応は予想以上のような気がする。
けれど幸い、彼は姿形の違うレリアを元妻と結びつけることは諦めたらしかった。こめかみを抑えて頭を軽く振る。
「……悪い、見間違いのようだ。とにかく、王太子選は危険を伴うと聞く。君たちだけに頼らないようにするつもりだが、いざという時は頼む」
「承知いたしました」
レリアは膝を折ってかしこまる。表向き、その姿は主人に忠誠を誓う組織の上官そのものだ。けれど、心の中を占める感情はただ一つ。
(何とかやり過ごせてよかったです……!)
しかしここで面会は終わると思ったはずが、ウィリアムはさらに言葉を繋げた。
「申し訳ないが、君は、この屋敷内でその名前を名乗らない方がいいと思う。魔法を使う時以外は、レアという名前で暮らせ」
「はい……?」
思いがけない要請にレリアは顔をあげて目を瞠った。すると、ウィリアムは心底申し訳なさそうに解説をしてくれた。
「君の名前は、この屋敷では不吉なんだ。呪いの言葉、レリア」
「呪いの言葉……レリア」
ぽかんとして思わず復唱すれば、後ろでイヴがぶふぉっと噴く声がする。確かにそれはそうだと思う。
しかし、まさか自分の名前が呪いの言葉になっているとは。三年前の自分がいかにこの家にとって厄災だったのか把握した。
(ウィリアム様、本当にごめんなさい……この任務では絶対にお役に立ちますから!)
レリアは居た堪れなさに赤くなった顔で目を泳がせ、静々と書斎から下がるだけなのだった。




