渦中のパーティー 5
ガルシア侯爵親子を見送ったレリアは、イヴが連れてきた闇医者に微笑んだ。
「ありがとうございました。イヴ、お礼を」
「了解。こちらで渡しておく」
「……いい小遣い稼ぎになりましたよ。顧客連中も今後コントロールしやすくなりそうだ」
闇医者は歪んだ笑みを浮かべた。レリアは彼には応えず、穏やかに視線を外す。
「イヴ、お見送りをお願い」
「了解」
二人がパーティー会場から出ていくのを見ていると、ウィリアムが小声で問いかけてくる。
「君たちの情報収集力は置いておいて……あの闇医者、キャサリンからの口止め料に不満があっただけではこんなことはしないだろう? なぜ協力してくれたんだ」
「イヴはあの闇医者さんが裏社会のギャンブルにどっぷりなことを突き止めたようですよ。それを原因とした借金苦が、このパーティー会場でひと暴れすれば容易に解消できると言いくるめたそうです」
ウィリアムは思いっきり呆れた顔をした。
「……そういう緻密な計画を実行するタイプの君たちが、なぜ三年前にあんなイカれた作戦を」
「しっかり騙されたでしょう?」
にっこりと笑って見せると、ウィリアムはうっとなって固まった。こほんと咳払いをしてから、なんとも言えない表情を浮かべる。
「今回は彼のおかげで助かったが……あれは本来は放置していていい人間じゃないな。キャサリンの件はまだかわいいもので、人の命を扱う犯罪にも関与していそうだ」
「大丈夫です。ギャンブルの件で取り押さえるよう、帰り道で警察を待たせていますから」
「本当に抜かりがないな」
そんな会話をしていると、後ろから声をかけられた。
「ウィリアム・エルランジェ殿」
「……侯爵閣下」
それは、上品な雰囲気を漂わせた背の高い男だった。
グレゴリオ侯爵。教会と宮廷魔術師を統べる、この国きっての魔法に関する名門の主人だ。第一回投票のときも会場にはいたが、不正を嫌い清廉潔白を好む家柄から、どの候補者とも会話を交わしていなかった。
ウィリアムに認知しない子供がいるという噂を聞き、一旦は距離を置いた彼は、感情の読めない笑みを浮かべる。
「なるほど、そのような経緯だろうとは思っていました。一度でも疑ったことをお許しください。ですが、醜聞になっている間は我々はあなた方と距離を置く必要があった」
「わかっていただけたようで何よりです」
ウィリアムの言葉に、グレゴリオ侯爵は自分の後ろへと視線を送る。そこには、先日レリアたちを門前払いにした家令が付き人として控えていて、背筋を伸ばしこちらに礼をする。侯爵は続けた。
「彼からの言付けは聞いていました。どのような方法で無実を証明されるのかと思っていましたが、想像よりもずっと大胆なやり方をされる」
「時間がありませんし、手段を選んでいる場合でもありませんでした。ここでなら、貴殿だけでなく多くの貴族にアピールできる。新聞で行き渡るよりもずっと早い」
「なるほど。評判通りあなたは為政者に必要な資質はお持ちのようだ。……ですが、さすがにあの闇医者を放置していたら、私は支援者に戻ることはしませんでしたね。随分と行き届いた頭脳をつけているようだ。王国庁の裏の顔は好きではありませんが、あなたの陣営に不足はなさそうだ」
さっきのレリアとウィリアムの会話を聞いていたのだろう。闇医者が出て行った方向を睨む侯爵に、レリアは頭を下げるのだった。
「主人をお褒めいただき感謝申し上げます。……ということは、二次投票では予定通り支援をしていただけると。そういうことでよろしいのでしょうか?」
「ああ。教会を統べる我が家の名を汚す候補者でないことがわかって安心しました。今後も全面的に支援しましょう」
「感謝する」
ウィリアムが手を差し出し、侯爵がそれを握る。大広間の中央で行われたそれは、ガルシア侯爵親子の不正を暴くこと以上に、これ以上ない王太子選へのアピールとなったのだった。
そこから少し後の二次投票は、エルランジェ公爵家、現国王の息子であるセス・バロー率いるバロー公爵家、軍部を掌握するガルシア侯からの支援を受けたリュミエール公爵家、前国王の出身であるルモワーヌ公爵家の四家で行われた。
予想通り、セス・バローが圧倒的優位で勝利。グレゴリオ侯爵家を味方へと引き戻したウィリアム・エルランジェが次点で続き、ウィリアムを嵌めて求心力を落としていたガルシア侯の支援をうけたリュミエール公爵家と、ルモワーヌ公爵家は決選投票に残れなかった。
結果が出たことを民衆に知らせる煙を見上げながら、ウィリアムはなんだか腑に落ちない表情をしている。
「二次投票、たしかにガルシアからの妨害は受けたが……あまりにもあっけなくなかったか?」
「確かにそうですね。一次で死人が出てパニックになったことを思えば、なんだか平和すぎる気も。お仕事のしがいがないですね」
そんな会話をするウィリアムとレリアを見て、イヴが顔を引き攣らせる。
「平和に越したことはないよ。レリアが言うと面倒な事件が起きそうだからやめて」
「あらイヴ、ごめんなさい」
レリアは謝って、ウィリアムに問いかけた。
「決選投票に残りましたが、例の件に変化は?」
「いや、ないな。大体、この前のセス・バロー訪問で変化したのが異例中の異例だったんだ。そう簡単に変わらないだろう」
ウィリアムが言っているのは、当然『彼に見えている』結末のことだ。
(この先の護衛のヒントがあればと思いましたが、そう上手くはいかないですよね。それにしても、どうして先日は急激な変化があったのでしょう。やはり、私の祝福との相性……?)
あたりをつけては見るものの、答えを確かめる術もない。考え込んでいるレリアをウィリアムは気遣うのだった。
「決選投票までまた少し日が開く。今度は領地に戻って休もうと思う」
「承知いたしました」
「タウンハウスに連れてこなかった使用人たちは、君の正体を知ってから顔を合わせるのは初めてだろう? どんな反応をするのか楽しみだな」
「……ウィリアム様、結構いい神経していらっしゃるのですね」
「君に言われたくないな……」
ウィリアムの呆れた声に、背後でイヴたちが吹き出す気配がする。これからタウンハウスに戻ったら、支度を整えてエルランジェ公爵領へと出発する予定だ。
(キャサリン様――ガルシア侯爵親子のスパイだった家政婦長も解雇されましたし、お屋敷の雰囲気がかなり変わっていそうですね)
拍子抜けの二次投票を乗り越えたレリアは、のんきに伸びをする。
――けれど三日後。目が覚めたレリアは、なぜか、領地ではなく知らない屋敷の地下室にいた。




