渦中のパーティー 4
イヴが連れてきた医者は、随分と綺麗な身なりをしていた。
貴族と遜色ない上品な顔立ちにスマートな身のこなし、パーティーにふさわしい盛装。一目見ただけで、こういう場と無縁ではないというのが察せられる。言われなければ、彼が闇医者だとは絶対にわからないだろう。
医者は周囲を見回すとニヤリと笑った。
「この会場には、ほかにも私の顧客がいるようですね」
「……そういう話は後にしてくれるか。今日の目的は身の潔白を証明することだ。これ以上面倒な事態にしたくない」
ウィリアムが顔を引き攣らせて止めた。闇医者に診てもらうようなものといえば、後ろ暗くてグレゴリオ侯爵家に知られたくない経緯があることは明白。その家の当主がここにいる以上、関わりを知られないよう距離を取ろうとする貴族が多いことは折り込み済みである。
レリアは医者に問いかける。
「キャサリン様のお腹にはお子さんがいらっしゃいますか?」
「いや、いない。狂言ですよ」
「はぁっ……!? あなた何を!?」
真っ青な顔をして取り乱したキャサリンに、医者はフンと鼻で笑って見せる。
「秘密を守って欲しいのなら、ちゃんと金を払ってくださいよ? 先週分をまだもらっていませんが?」
「はぁ? ちゃんと渡したでしょう? 領収書だってあるわ」
「いいや。もらったのは半分だけだ。倍に値上げした分の代金はまだもらっていない」
「本気で言っているの!? あんな法外な代金、払う人間がいるはずないじゃないの!」
公然でのやりとりに、パーティーに参加している人々も彼らの間でどんな取引が行われたのかを分かったようで、内容が伝わるにつれ、会場内がザワザワとし始める。
悲劇だったのは、ガルシア侯爵もその一人だったことだ。さっきまで怒りに赤く染まり血管が切れそうだった顔は、今は青く見えた。
「どういう……ことだ。キャサリンの主治医は闇医者? なぜ我が家の主治医に診せなかった……? しかも、嘘をついてまで」
目を泳がせるガルシア侯爵に対し、キャサリンではなく医者が薄情に吐き捨てる。
「だから言ったでしょう。侯爵家の主治医に診せなかったのは、妊娠自体が嘘だからですよ。そのドレスをめくってみればいい。お腹に布が大量に巻かれているはずだ」
「な、何を……」
「あなた、デタラメを言うのはやめて!」
ガルシア侯が呆然とする一方で、キャサリンが喚き声を上げる。騒然とするパーティー会場で、レリアは予定通り動いた。
「ということですのでお願いします!」
レリアが手を挙げると、マリアンヌに先導された衝立を持った女性たちが現れた。そうして喚き声をあげるキャサリンを衝立で二重に囲み、周囲から完全に見えないようにしてお腹をあらためる。
「ぎゃっ! 何するのよ! やめて! 私にこんなことして、お父様が許すはずないわ! お父様、助けて! 私本当にウィリアムの子を」
衝立の中から悲鳴が続いているが、本来ならそれを止めるはずだったガルシア侯爵は蒼い顔をしたまま動かない。怒りにガチガチと歯を鳴らす音だけが聞こえる。
キャサリンとマリアンヌたちの攻防は十数秒にわたって続いたようだったが、ほどなくして、衝立の中からマリアンヌが現れた。手には布を抱えている。
「レリア、見ての通りよ」
「ありがとう」
お礼を告げると、女性たちは衝立を持ってパーティー会場からサッと引き上げていった。あまりにも素早く無駄のない身のこなしに皆が驚く。
嵐が去った後、椅子に座ったキャサリンが残った。さっきまで膨らんでいたお腹は、ぺたんこになっていた。
「あ……あ……」
娘の妊娠が狂言だったと確信したガルシア侯は呆然としている。一方のキャサリンはまだ懲りていないのか、頬を膨らませている。
「ウィリアム、あなたが悪いのよ!? 私をずっとそばに置いておきながら、勝手に2回も結婚するなんて! 私を馬鹿にしてるわ。許さない」
「俺にとっては、どんなに拒絶しても離れて行かないし、その気がないことを示すため君に縁談を進めてもヒステリックに喚いてはまた戻ってくる面倒な女でしかなかったが」
「はぁ!?」
キャサリンの怒りが頂点に達したようで、喚き声が会場全体に響き始める。
「何よ……それ。なんだかんだ言っても、最後にはお父様の名前を出せばあなたはおとなしくなっていたでしょう!? 三年前、ボロボロだったエルランジェ公爵家を助けたのは誰よ! お父様でしょう!? ずっとそばにいた私を捨てる気なの!?」
(キャサリン様、そこまでされても、なぜウィリアム様に執着していたのでしょうか。そもそも、妊娠という嘘は期間限定の諸刃の剣です。結局生まれないと嘘がばれてしまいますし、既成事実を作ると言ってもいまのウィリアム様の言葉から察するに、かなり厳しかったのでは)
キャサリンの言葉には無理が多い。そこへ、ガルシア侯が割って入るのだった。
「……ウィリアムくんのことは、お前が一方的に追いかけ回しているのはわかっていた。だからこそ、今回はお前が薬でも盛って既成事実を作るのに成功したとばかり思っていた」
「お、お父様」
キャサリンに向けられた厳しい声音に、本人だけでなく会場全体が緊張する。それは、ウィリアムにも向けられた。
「どこからだ。どこから仕組んでいた」
「それはこちらのセリフだ。娘を利用してまで俺を貶めようとするとは、軍部を掌握する重鎮のあなたらしくない」
「ふざけるな。エルランジェにいるうちの手の者を使ってこちらに偽の情報を流し、この場を整えたのはすべてそっちの策略だろう!?」
「どんな経緯があっても、乗ったのは貴殿だ」
ウィリアムはどんなに凄まれても全く動揺を見せない。それを感じ取ったガルシア侯爵は、怒りに打ち震えつつ、吐き捨てた。
「キャサリン。帰るぞ」
「え!? でもお父様……」
「もう終わりだ。これ以上の醜態を晒す前にここから出るんだ」
きょろきょろと周囲を見るキャサリンを引っ張るようにして、ガルシア侯爵はパーティー会場を出て行く。最初に見た時の、取り巻きらしき貴族たちは誰も跡を追わないのだった。
いつも読みにきてくださってありがとうございます。
明日以降、更新が1日おきになります。
完結まで一気に行きたかったのですが……すみません;;
書籍化・コミカライズが決まっていることもあり、完結まで必ず更新しますので、ぜひ最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
(こちらのお知らせも近いうちにできそうな感じです……!)




