好都合な噂 2
グレゴリオ侯爵家を訪れた二人を待っていたのは、気まずそうな顔をした侯爵家の家令だった。
「申し訳ございません。旦那様は今手が離せないそうで」
「約束の時間より早くに到着してしまい申し訳ない。時間になったらまた」
焦りの表情を上品な笑みで取り繕い公爵らしく話すウィリアムに、家令は目を泳がせ震える声で繰り返した。
「も、申し訳ございません。それが、旦那様は何時になっても会うつもりはないと」
「それは体調でも崩されたのでしょうか?」
「いえ、旦那様には問題がないのですが――」
あなたの方に問題がある――そう言いたげなおどおどとした瞳に、ウィリアムは全てを受け入れた様子だった。
「……つまり、グレゴリオの方々は虚偽の可能性がある噂をそのまま信じ、私は侯爵から遠ざけられると。そういうことか」
「そんなつもりは……ですが、とにかく今日のところはお引き取りを」
ウィリアムに鋭く見つめられ、今にも震え出しそうな家令を前に、レリアは状況を分析するばかりだ。
(遅かったようです。グレゴリオ侯爵家のご当主はすでに新聞を読まれてしまったようですね。そして、エルランジェ公爵家とは距離を置くことにする、というのがその答えだと)
今は王太子選の真っ最中。そして、一次投票を勝ち抜けたのはウィリアムの演説もあるが、その背景にはグレゴリオ侯爵家が支持を表明していたことが大きく働いたのは明白だ。けれど、意外なことにウィリアムの判断は早かった。
「今日は失礼する。訪問があったことだけ侯爵にお伝えいただきたい」
「承知いたしました」
「帰るぞ」
「! はい」
(でもこんなあっさり引き下がるのですか!?)
視線で抗議を入れれば、感情を隠したウィリアムの横顔に少しの悔しさが混ざっているのが見えた。わずかに唇を噛んでいる。不本意ではあるものの、これ以上追い縋ることはせず冷静になる時間を取る方が有益だと判断したのだろう。
(ウィリアム様……)
自分は、護衛としてではなくエルランジェ公爵夫人としてここにいるのだと思えば、自分にしかできない振る舞いが自ずと浮かんだ。ウィリアムに促され歩き始めたレリアだったが、数歩行ったところで立ち止まり振り向く。
「グレゴリオ侯爵家の家令さん」
歌うように問いかけたレリアに、家令はぽかんとした表情を向けた。まるで、殴られると思って歯を食いしばっていた口の中に甘いチョコレートを突っ込まれたような顔をしている。
穏やかなまなざしを向け優しく微笑めば、レリアは到底護衛には見えない。どこからどう見ても、無邪気に振る舞うウィリアムの妻だ。さらに、レリアは花が咲くような笑みを重ねた。
「あなた方は本気でエルランジェ公爵家から全面的に手を引くわけではありませんわよね? 教会を統べる気高きグレゴリオ侯爵家ですもの。醜聞が嘘だったと証明できればまた支援してくださると」
「そ、それはもちろん! ですが、難しいのではないかと。本来、我が家は中立でなければいけません。王太子選の時は特に気を遣うのです! ですから、もっとも無害で教会への貢献度が高い家を支援することになっています。この醜聞が出るまでは、エルランジェ公爵はグレゴリオが支援するのにふさわしい家でした」
無邪気に見せかけたレリアの言葉に、家令は建前を忘れて本音を明かす。それを聞いたレリアはウィリアムと目を合わせて笑うのだった。
「ふふっ。言質が取れて何よりですわ。あまりお時間をいただくことなく、無実を証明できると思いますのでお楽しみに」
「また来る」
「は、は……い?」
呆気に取られる家令を背に、二人はまた歩き出す。
(現状では判断しかねているだけで、今後の成り行きによってはまた味方になってくださる。それを知れただけで安心しました)
そんなことを考えていると、ウィリアムがぼそりと溢した。
「今みたいなやり方もできるのか……」
「三年前、こっちの方向でもよかったでしょうか?」
「いや、こっちだったら間諜だと即バレしてただろう。……だが、俺もこっちのレリアに翻弄されてみたい気はするな」
「え。ウィリアム様、ちょっと馬鹿になってます?」
そんな会話をして、二人は公爵家へと戻ったのだった。
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