理屈ではないのなら
「前エルランジェ公爵――ウィリアム様のお父様なのですが。禁呪の研究をなさっていたことはご存じでした?」
「はぁっ!?」
ウィリアムから、今日一番大きな声が出た。レリアは気まずさを感じながら続ける。
「ですよね。ウィリアム様がもし知っていたら、放置していなかったですよね……。その、私が3年前にこの家に侵入してすぐ、書斎の奥に禁呪の呪文リストがあることを発見しまして。結果、いろいろ省略しまして、書斎を燃やしました。禁呪リストは王国庁に提出しました」
「……前エルランジェ公爵。あらゆる悪事に手を染めていたことは知っていたが、まさか禁呪までとは」
ウィリアムはすっかり頭を抱えている。それはそうだろう。ついさっき詳細な未来を見てしまった上、今度は死んだ悪名高い父親の本気の悪事が発覚したのだ。正気でいられるはずがない。
申し訳なさで潰れそうになりながら、レリアは説明する。
「当時、ざっと呪文の内容を読み解いたところでは、古い錆びついた魔力を復活させるものや、他者を操りコントロールする類の非道なものもあったように記憶しています」
「なるほど。だから、俺が見ている未来と繋がると?」
「はい。セス・バロー公爵閣下がこの家を偵察したり、呪いをかけているのは、彼が既に手にしているその『禍々しい何か』を奪える力がここにあると思い込んでいる可能性が出てきます」
「だとしたら……とんでもないことだぞ。セス・バローは本気の本命候補だ。正義感に満ち溢れていて人望もあり、彼が王太子になり将来国王になることを望んでいる国民も多い」
「でも、ウィリアム様がご覧になっている結末とぴったり一致しません?」
愛想笑いを浮かべれば、ウィリアムは黙ってしまった。表情は険しく、これ以上なく衝撃を受け悩んでいるのが伝わってくる。レリアはおっとりと笑う。
「とにかく、ウィリアム様の祝福の件は護衛チーム全員に共有させていただきます。これは明らかにあなた様の安全に関わることですから。当然、セス・バローの件もです。もちろん、両方とも口外禁止を命じますからご安心を」
「それで頼む。にしても、どうして急に詳細な未来が見えるようになったのか」
「もしかして、私が持つ祝福の内容が関係しているかもしれません。魔法の構造を読み解いて書き換えができるので……今回はお屋敷の壁に貼ってあった呪いを解きましたよね。それをきっかけにセス・バローが行動を起こしている。私が介在したことで、影響が出た可能性が高いです」
「つまり、もっと君が彼と俺の間に入ればもっと詳細に見えるようになる可能性が高いと」
「うーん、理論上は?」
首を傾げると、ウィリアムはなんとなく納得した様子だった。
「それなら、今後は彼からの呪いや魔法による接触を遮断しないほうがいいな。今回のことでもう警戒されているかもしれないが」
「おそらく、二次投票までの間に接触してくることはないですね。セス・バローは馬鹿ではないでしょうから」
そういうと、ウィリアムはあることを思い出したようだ。かなわない、というふうに頭を下げる。
「あの火事の原因は、禁呪魔法の呪文リストをすり替えて燃やしたからだったんだな。禁呪魔法は発動条件が危ういものもあると聞く。放置していたらとんでもないことになっていた可能性がある。……君にはまた知らない間に助けられていたようだ。感謝する」
「いえいえいえいえ! お仕事でしたから」
ぶんぶんと両手を振ってウィリアムの頭を上げさせようとするが、彼は謝罪をやめない。それどころか、心底忌々しげに続ける。
「……三年前の我が家は、本当に内部からぐっちゃぐちゃにしてめちゃくちゃに破壊した方がいい名門だったな。前国王陛下の判断は間違っていなかった」
「うーん。私はそういった詳細までは聞かされていませんでしたが、思う存分好きなようにやるがいい、というずいぶん振り切った指示をいただいており」
「いい上司だ」
あまりにも投げやりな答えに、ウィリアムのメンタルが心配になってしまう。
(子は親を選べない、とはよく言ったものですね……)
その点については自分も心当たりがある。けれど、自分は家を出られただけでもましだったのかもしれない。七大公爵家のひとつを背負って立つウィリアムには、逃げ場などなかったことは容易に想像がつく。
「……ウィリアム様はピエリックさんを信頼していらっしゃいますよね。祝福のことも、ご両親以外では彼だけが知っていた」
「両親がアレだったからな。ピエリックが親代わりのようなものだよ。どんな任務も請け負う組織出身の人間が常識を教え心の支えになってくれた、なんて冗談のようだけどな」
「私も似たようなものですよ? 必要なことは組織で教わりましたから」
ふふふ、と笑えば、ウィリアムはなぜか眩しそうに目を眇める。
「君にも――レリアにも、ピエリックのような未来があると知ってほしかった」
「え?」
唐突な言葉に目を瞬けば、ウィリアムは続けた。
「組織は危険な任務が多い。今回、君に再婚を申し入れたときに『スケープゴートになってほしい』というのを理由にしただろう? あれは半分本当だが、半分は嘘だ」
「半分が嘘? どうして」
スケープゴート目的でなければなんなのか。驚きを隠せないレリアに向け、ウィリアムは言うのだった。
「俺は、結末を変えるためだけに生きてきた。そこには他者の存在は不要だった。結末がわかっているのに、特定の守りたいものができてしまうと邪魔だからな。だが、初めて理屈では説明できないものに出会ったんだよな」
「馬鹿すぎた妻が理屈では説明できないことはわかりますけれど……」
思わず心からの言葉が漏れる。ウィリアムがそういう意味で言っているわけではないのはもちろん理解しているが、馬鹿すぎた自分が理屈では説明できないのも本当のことなので、こうなるのは許してほしい。
とんちんかんなところにいるレリアに、ウィリアムはふっと笑った。
「結局、人の感情は理屈じゃない。そういうことだ」




