大きな変化と 2
◇
レリアはウィリアムの私室の扉の前に立った。彼はついさっき、明らかに体調が良くなさそうだった。その様子を伺うためである。それに気がついた使用人が声をかけてくる。
「レリア様。旦那様は人払いをしておいでで」
「夫人である私も通してはならないと仰せでしょうか?」
「それは……」
にっこりと笑って問いかければ、使用人は目を泳がせた。この使用人は3年前も公爵家の使用人だった。レリアからこんな言葉遣いで、まともな返答があるとは思わなかったのだろう。
(ジスランからも聞いていますが、ウィリアム様には間違いなく何かがあります。それを把握しておきたいと思うのは、護衛としての責任感から来るものだと思っていましたが……ウィリアム様が隠していらっしゃるのなら、私は彼の心の中に土足で踏み込むことになってしまいます。悩ましいところですね)
本当なら、この部屋の中の会話を盗聴することだってできる。ピエリックが防音結界を張っている可能性も高いが、自分ならそれを解除することだって可能だ。もし相手が敵だったとしたら、間違いなくそうしていることだろう。
けれど。ウィリアムは自分たちの主人だ。そんなことはできない。
「私を通してはいけないか、ウィリアム様に直接お伺いしますね」
使用人にそう告げて、レリアは扉を叩いた。すぐにピエリックが顔を見せる。
「おや、レリア様」
「先ほどの件について、ウィリアム様にお伺いしたくて」
そう口にすれば、ピエリックはおやおやという風に目を丸くしてから優しく微笑み、部屋の中へと視線を移すのだった。
「坊ちゃん。噂をすれば、ですよ」
「……わかった。通せ。ピエリックは外していろ」
「承知いたしました」
ピエリックはレリアに恭しく頭を下げて部屋から出て行ってしまった。取り残されたレリアはぱちぱちと目を瞬いてから、首を傾げた。
「……お邪魔でしたか?」
「その逆だ。座ってくれ」
ウィリアムに促されて、彼の向かいに座った。代々使われているであろう、歴史を感じさせる調度品にあふれた部屋だ。ここへ立ち入るのはオフィシャルには初めてだ。
特にきょろきょろすることもなく、落ち着いて腰を下ろせば、ウィリアムは怪訝そうに顔を引き攣らせる。
「もしかしてと思うが、俺の部屋に入ったことは?」
「今回の滞在では初めてです」
「理解した」
にっこりと笑って見せると、ウィリアムは遠い目をして即答する。けれど、このやりとりで何か心が決まったようだった。少しの間をおいて、切り出す。
「俺には、未来視の祝福がある」
「――!」
必要な時以外、感情は表に出さないように気をつけているが、さすがに今回はそうはいかなかった。僅かに息を呑んだレリアに対し、ウィリアムは続けた。
「君たちのことだ。既に察していたんじゃないか?」
「……確定はしていませんし、どんな能力なのかわかっていませんでしたが……何か特別な能力をお持ちだろうなとは薄々察していました。ですが、未来視ってなんですかそれ。聞いたことないんですけど」
「俺には、自分の人生の結末が見える。つまり、死ぬその瞬間がわかる」
低い声で告げられて、レリアはぱちぱちと瞬いた。いろいろと感想はあるが、これだけは伝えておきたい。
「……あのそれ、すっごく、嫌な【祝福】ですね……?」
「嘘だろう。まさかその感想が一番に来るとは」
「だってそうじゃないですか。自分が死ぬシーンを頻繁に見ていると? そんなの最悪じゃないですか」
苦い表情をして頬を押さえたレリアを見て、ウィリアムはなぜか笑い出すのだった。
「ははは。やっぱり君の三年前の『馬鹿な妻』はかなり素だったんじゃないか?」
「!? いえ、あれは任務でしたから!」
慌てて否定すれば、ウィリアムは満足そうに笑った。
「……最初に祝福に気がついたのは、7歳の時だった。ピエリックの助けがあって、数年後に自分が魔物に襲われて死ぬ結末は変わった。だが、その頃から見えるようになった未来の終わりは変わらない。この国が何かとてつもなく大きな魔力に飲み込まれるというものだ」
「ウィリアム様もそれに巻き込まれて死ぬと?」
「そうだ。俺はそれを防ごうとして失敗し、死ぬ」
(嘘を言っているようには到底思えません)
自分を含め、祝福を持つ人間には共通した条件がある。それは体内に秘めた魔力量が莫大だということ、そして魔法操作に長けているということだ。三年前から、レリアはウィリアムがこの二つに置いて抜きん出ていると気づいていた。
ジスランからの報告もあり、ウィリアムが祝福を持っていることと、その内容が「未来視」であることは間違いないのだろう。
「さっき、ウィリアム様が顔色を変えていらっしゃったのは祝福がらみですか?」
問いかければ、彼は神妙な顔でうなずいた。
「ああ。ずっと同じ終わりが見えていたのが、急に詳細になったんだ。今までは、俺は最前線に立って国を守る立場で終わりを迎えていた。だから、王太子選に勝利し、権力のある立場からこの危機に臨めれば未来は変わる方向にかけていた。王太子になれば、なぜそんな事態になるのかもっと早く気がつけるかもしれないしな」
「当然の判断と存じます。なるほど、ウィリアム様が王太子選を勝ち抜きたい本当の理由はそこにあったのですね」
ひどく腑に落ちた。この国の仕組みを変えたいという動機は素晴らしいものだったが、一方で綺麗すぎる気もしていたからだ。
(ウィリアム様の人間性を考えると違和感はありませんでしたが、野望も私利私欲も何もないのに、この王太子選を本気で勝ち抜こうとするのは引っかかっていました。自分や家族の命がかかる場面も多いです。7大公爵家の中には、参加するだけ参加して、お茶を濁す候補者もいますから)
そんなことを考えていると、ウィリアムは続ける。
「だが、セス・バローを見送った直後、詳細に見えた結末は絶望的で意外すぎるものだった。この国が終わる原因は彼だった。彼は禍々しい何かを従えているように見えた。あれは危険だ」
「禍々しい何かって……例えば邪神みたいなものですか? 一ヶ月ほど前に討伐した」
「いや、あれとは雰囲気が違っていた。だが。それに近い何かだ」
「……あの。ひとつ、似たような系統でちょっとだけ心当たりがありまして」
ウィリアムの言葉から、嫌な予感を呼び起こしてしまったレリアは目を泳がせた。




