エルランジェ公爵家への呪い 3
応接室へと場所を変え、レリアは目の前でウィリアムと正対して座るセス・バローについての情報を脳裏に呼び起こす。
(セス・バロー、27歳。現国王陛下の息子で、バロー公爵家の当主。この王太子選において最も有力とされる本命候補です。その人物像は父親と同じで公正公平。正義感に満ち溢れた、あらゆる方面からの評価が高い方ですね)
銀色の髪とはっきり目立つ長身。さすが、二十年前にジスランが影武者を演じたことがあるだけあって、レリアの隣に控えるジスランとは雰囲気がよく似ている。
(我が国では銀色の髪を持つ方は少数派です。その一方で、バロー公爵家の当主は代々銀色の髪を持って生まれています。二十年前の混乱を極めた王太子選において、これだけ似た背格好の方が組織にいたのは幸運でしたね)
そんなことを考えていると、セスが口を開いた。
「今日は約束もなしに突然申し訳ない。同じ候補者として、貴殿に第一次投票突破のお祝いをと思ったんだ」
そう言って、お付きの者に贈り物が入った箱を取り出させる。二人がかりでその箱を前に出し包みを開けると、中からは高級そうなシャンパンが何本も出てきた。それを覗き込んだマリアンヌが思わず声を漏らす。
「うっわ。超高級シャンパンがこの屋敷の人数分……!」
「全員分あるぞ。ぜひこれで祝勝会をするといい」
そう言って笑みを浮かべるセスの表情は自信に満ちていて、いわゆる『公正公平で光の中しか知らない本命候補』そのものだ。ざわついてしまったのはマリアンヌだけではない。イヴは目を泳がせ、ここまで案内した使用人もセスにすっかり見惚れていた。
(なるほど。まさに、カリスマ性が高く生まれながらの為政者、という感じですね)
セスについて雑にまとめたレリアはウィリアムに視線を送る。喜びも困惑も感じさせない表情で、仮の夫は淡々と答えた。
「ここまでご足労いただき感謝する。他に用件は?」
「い、いや。ないが」
「そうか。では門まで送りましょう」
「え? あ、ああ」
呆気に取られているセスをウィリアムは有無を言わせず、流れるような仕草で外へと誘導した。すると、セスに見とれていた使用人たちもはっと我に返る。セスに興味津々だったマリアンヌもあわてて表情を元に戻した。
レリアはウィリアムに続いてセスを門のところまで送り届ける。屋敷を出たところで、セスが少しだけ周囲を見回すような素振りを見せた気がした。
(……?)
不思議に思ったレリアは、セスに問いかける。
「……不躾に申し訳ございません。セス・バロー公爵閣下はこのタウンハウスのお庭を散策されたことはおありで? もしよろしければご案内しましょうか?」
「公爵夫人のありがたい申し出だが、この後も予定があるんだ。またの機会にぜひ」
「そうですか。こちらこそ」
レリアが微笑みを見せると、セスはそれ以上の爽やかな笑みを浮かべた。何の疑いも抱かせない、真っ白く正義感に満ち溢れた表情。確かにこれは素晴らしいとは思う。
(ですが……)
ウィリアムとレリアが見送る中で、セスはエルランジェ公爵家の屋敷を出て行った。馬車を見送った後で、ウィリアムはレリアに問いかけてくる。
「今の。何か怪しいところがあったか?」
「はい。おそらく呪いの紙の様子を見に来たのではないでしょうか? 私が屋敷に貼ってあった紙を剥がして、呪いを無効化してしまったので、何があったのか確認しに来たと」
「やはり君もそう思ったか」
ウィリアムは感心したような笑みを漏らし、続ける。
「敵陣にシャンパンを差し入れるという彼の言動は、セス・バローそのもので、一般的に見れば、特に違和感はない。だが、これまでに彼が家に来たことなどほとんどないんだ。何か他に探りたいことがあったと結論付けるのは自然だろうな」
「随分と私を警戒していらっしゃる様子でした。きっとウィリアム様の推測は当たっていると存じます。念のため、ルモワーヌ公爵家とリュミエール公爵家にもお祝いが送られているか確認いたしますわ。まぁ、その辺は抜かりなくやっているでしょうけれど」
「あぁ、一応頼む」
ウィリアムの命令に頭を下げつつ、レリアは周囲を見回した。
(セス・バロー様は屋敷の様子を気にしていたのに、庭の案内は不要だとおっしゃっていた。やはり、屋敷の壁に貼ったはずの呪いの紙が剥がされたから、気になって直々に訪問してきたと考えるのが自然ですね)
二人並んで門から屋敷への道を歩く。
「にしても、ウィリアム様、あまりにもあっさり追い返しすぎじゃないですか……? 仮にも最有力候補ですよ。王太子選では何があるかわかりませんし、もう少し手懐ける系の何かがあってもいいのではと」
「そんなの時間の無駄だろう。もし呪いをかけてきた張本人だとしたら、会話を広げて余計な情報をくれてやる気はない」
「賢明な判断とは存じますが……三年前、馬鹿すぎた妻のことは結構優しく見守ってくださったのが意外ですね」
「…………。だから、あれは――」
ずっと候補者としての表情をしていたウィリアムに人間らしさが覗く。しかしその瞬間、不意に彼の足が止まった。同時に片手で頭を押さえ、がくんと膝の力が抜ける。すぐに持ち直したものの、明らかに様子がおかしい。レリアは慌てて声をかけた。
「ウィリアム様!? どうなさいました!?」
「……っ」
ウィリアムから返答はない。ただ真っ青な顔をして頭を抱え体が震えている。レリアは防御結界を張りつつ、慌てて声を張り上げた。
「誰か! ウィリアム様の様子がおかしい!」
すると、ウィリアムは大量の汗をかいたままレリアの手をきつく握るのだった。
「いや……いい。こんなことで騒ぎにするな。それよりもピエリックを呼んでくれ。今すぐにだ」
「――!?」




