エルランジェ公爵家への呪い 2
「はぁっ?」
唐突に『呪われている』と宣言され思わず目を見開いたウィリアムだったが、レリアは真剣に考え込み視線を鋭くする。
「この紙の使用者はどのお家の方でしょうか。一次を通過して二次投票に残った三家――バロー公爵家、ルモワーヌ公爵家、リュミエール公爵家のどれかだというのは間違いないと思うんですけど。前国王のご出身ルモワーヌだとそのまますぎるんですよね。呪いなので魔力は辿れませんし、わけがわからなくて気味が悪いです」
そこまで口にすると、ウィリアムはまたこめかみを押さえる。すっかり見慣れたその姿勢のまま、呻くような言葉を漏らした。
「待ってくれ。さっきの書斎が燃えた事件のほかに、まだ心当たりができた」
「んっ?」
「三年前、君はうちに届いた手紙をよく紙飛行機にしていただろう。俺に届いたものを勝手に開封して紙飛行機を折り、2階の階段の踊り場から下に向かって飛ばしていた」
「あー……」
ウィリアムの言葉には確かに覚えがあった。この男はなぜこんなことまで詳しく覚えているのだろう、という疑問を一瞬抱いたものの、もし妻がそんな振る舞いをしていたら印象が強烈すぎて忘れられないのも何となくわかった。
レリアは、恥ずかしい記憶の蓋が再度開いたことに遠い目をした。
「自分の愚行に腹痛がしてきましたね……」
「ごまかすな。つまり、あの紙飛行機もそういった類の攻撃をかわすものだったということだな? 俺よりも早く呪いの紙に気がつき、秘密裏に処理して紙飛行機にしていたと」
「うっ」
ここまではっきり言語化されてしまうと恥ずかしすぎる。けれど頷くしかない。
(紙飛行機を折るためにべたべた触った、ということにして不自然さを取り除いたはずだったのですが、あらためて考えるととんでもない馬鹿でないと成立しない条件でしたね!)
レリアは紙を手にため息を吐く。
「そうです、その通りです。当時は、私の仕事が信頼されていないのかと凹みましたね。組織に依頼して内部からぐちゃぐちゃにした上で呪いまでかけるなんて、あまりにも全力で潰しにかかりすぎていて」
「それが、単純に当時の国王――ルモワーヌ公爵家出身の国王陛下の差し金ならな。ところが、紙飛行機になった手紙はどれも差出人が実在していて、かつ特定の人間から送られたものではなかったように記憶している」
「はい。職人や芸術家の方からの営業のお手紙やお礼状が多く、私も犯人を特定するには至りませんでした」
こういう類の呪いは、じわじわと相手を侵蝕するものだ。攻撃魔法や毒のように即効性はないものの、長期間かけて相手を弱らせたい場合に有効な手段となる。
(普通の人間ではなかなか気付けないのがメリットですが、効果があまりにも限定的です。数年から十数年単位の長期戦の場合にのみ、有効だと教わっていますが……)
となると、相手は三年前から、現在に至るまでずっとウィリアムを敵視していたことになる。そうすると、途中で国王崩御により玉座から退いたルモワーヌ公爵家は犯人候補から外れるのだ。
「やっぱり組織に報告して調べたほうがいいんじゃない?」
イヴの発言をジスランが止めた。
「いや。王太子選絡みの場合、報告は最小限にするべきだ。俺たちで対処できるのならそれに越したことはない」
「そうですね。私もそう思います」
ジスランに同意すれば、部屋の端で皆にお茶を入れていたピエリックが申し訳なさそうに笑う。
「今回の件はともかく、三年前にウィリアム様へそのような手紙をお届けしていたとは……面目ありませんな」
「いや。ピエリックの手を通っていたら気が付かないはずがない。つまり、ピエリックを介さず、書斎に手紙を運べる人物が関わっていたということだ」
ウィリアムの言葉で、レリアの脳裏には家政婦長の顔が思い浮かんだ。ウィリアムの愛人とされていた幼馴染のキャサリンに協力し、おそらくガルシア侯爵の息がかかっていると思われる人間だ。
レリアは進言する。
「家政婦長ならそれが可能ですね? 貴族の使用人として、ウィリアム様に届いたお手紙を直接書斎にお持ちすることは自然ですから」
「となると、三年前の呪いの犯人は今回の王太子選でガルシアを味方につけたリュミエール公爵家ということか? にしては違和感が」
ウィリアムの違和感は当然だった。イヴも首を傾げている。
「リュミエール公爵家ってそんな非道なことをするイメージじゃないけどな。クレバーな印象の家だ。仮に犯人だったとしても、バレた時に家の印象が悪くなるようなことはしない気がする」
「たしかに、呪いでじわじわと力を削ぐとか、陰湿ですもんね……」
レリアたちの話を聞いていたウィリアムは、苦笑して立ち上がるのだった。
「仕掛けたのが誰かはわからないが、ガルシア侯爵家は当主も娘も陰湿すぎるな」
「? どうしてそんなに元気なんですか? 呪われそうになったというのに」
「君が防いでくれたんだろう? それなら問題ない」
「なるほど……」
ウィリアムはそういうタイプではないとわかっているが、人によっては呪われそうになったことを気に病む人間もいる。そうなってしまった場合、どこから情報が漏れるかわからない。
だからレリアは最初、今回の件もごまかそうとしたのだ。けれど、全くその必要はなかったのだと理解する。
(ですが、ここまで動じないのは正直想定外です。ウィリアム様はなぜこんなに落ち着いていられるのでしょうか……?)
言葉にしがたい違和感に仮の夫をじっと見つめていると、書斎の扉が叩かれる気配がした。レリアは素早く防音結界を切った。
扉から顔を見せたのは、話題になっていた家政婦長だった。
「バロー公爵家のセス・バロー公爵閣下がおいでになっています。旦那様にお目通りをと」




