エルランジェ公爵家への呪い 1
王太子選の一次投票が終わった翌日のこと。護衛対象であり仮の夫であるウィリアムの書斎で、レリアは頬杖をつきながら、空いた手で一枚の紙をすべすべとのばしていた。
そこへ、ウィリアムが一次投票突破のお礼を口にする。
「昨日も同じことを何度も言い、いい加減にしてくれと思っているかもしれないが……。王太子になりこの国の制度を変えることは悲願だ。それに向けて、最良のスタートを切れたのは皆のおかげだ。本当に、心から感謝する」
「将来、国を背負って立たれる方からそのようにもったいないお言葉をいただけるとは、私どもも光栄です」
「誠心誠意、尽くしてまいりますわ」
イヴとマリアンヌがぴりりとした雰囲気で主君に応じる。ジスランは何も言わないが、真面目そうな顔をしていて、一方のレリアは真面目にひたすら紙をのばし続けていた。
「……何をしているんだ?」
当然、疑問に思ったらしいウィリアムが心底不思議そうに問いかけてくる。それをレリアは笑ってごまかした。
「あっ……いいえ、なんでも」
「? 怪しいな。まずその紙はなんだ?」
「何の変哲もない、ただの紙ですわ?」
すべすべと伸ばしまくったおかげで、折り皺がきれいに取れたその紙を、レリアはひらりと掲げてみせた。けれど、眉間にしわを寄せたウィリアムはあっさりと見破る。
「……魔力を帯びている」
「大丈夫です、この後、魔力を除去するんで」
「は? どうやって?」
「祝福で、ちゃちゃっと」
「……」
元夫であり現夫であり護衛対象が、心底疑わしい目でこちらを見ているのは気のせいだろうか。そして、疑われるようなことをしていた自覚のあるレリアは白状することにした。
「本当ですよ? 私の祝福って、魔法の構造を可視化できるものなんです。自分の魔力に関してはさらに特化していて、魔力そのものであっても気配を分解して消せてしまうのですよね」
「……」
同じ部屋にいるイヴ、マリアンヌ、ジスランは何も言わず静かに今後の予定を眺めている。それもそのはず、二次投票は一ヶ月後に迫っているのだ。余計なトラブルに対処している時間的な余裕はない。そんな時間があるのなら票集めに走るべきだ。
そして、彼らはレリアのことをよく知っているため、レリアの話の内容も今ウィリアムがドン引きして固まっているのもどちらにも違和感がないらしい。その中でただ一人、皆についていけていなかったウィリアムはやっと口を開くのだった。
「……待ってくれ。その『魔力消し』についてひとつ心当たりがある」
「なんでしょう?」
きょとんとして首を傾げれば、ウィリアムは頭を抱える。
「君がとんでもない馬鹿を演じていた頃、書斎の書類を燃やしたことがあっただろう? あの時、書斎からは魔力反応が全く出なかった。だから、君の奇妙すぎる行動も間諜や工作員の類だと疑うことはなかったんだ。ただ本当に放火しただけだと」
「ああ、さすがウィリアム様は勘がよくて聡明ですね! 大正解です。あれ、私が祝福で魔力の気配を消してたんです。よく今さら思い出しましたね」
「はぁっ……!? というか褒めるのか馬鹿にするのかどちらかにしてくれないか」
「褒めてます褒めてます、ものすごく」
ぱちぱちと拍手をした後で、レリアはこれがチャンスとばかりにすべすべに伸ばした紙をウィリアムの目の前から持ち出そうとする。けれどそれは叶わなかった。
「となると、ますます怪しい。これは何だ?」
「うっ」
(まあ、そうなりますよね)
ごまかしきれない、と判断したレリアは観念して紙を裏返した。そこには呪文によく似た文字が書かれているのだった。
「これ、今朝このタウンハウスの扉に張り付いていた紙です。まぁ、ウィリアム様への呪いみたいなものです。今無効化したところなので、問題ありません」




