後始末
結局、攻撃を仕掛けた犯人は見つからなかった。
控え室に戻り、扉の施錠と部屋の安全を念入りに確認し終えたレリアは、ふぅと息を吐く。
「犯人の痕跡を追いかけたのですが、最後の最後で気配が消されていました。その場所までは、わかりやすく痕跡が残されていた点まで含めて、なんだか気持ちが悪いですね」
「気持ちが悪いのはそれだけじゃない。今回、候補者の間で人が死んだ。」
ジスランの言葉に、全員の緊張が高まる。
(あの混乱した会場が空っぽになった後、部屋の一角が地で染まっていることが判明しました。誰か貴族が殺されたのはわかりましたが、それ以上の詳細はきちんと調べないとわからないほどの酷い状況でした)
逆にそれだけの状況になったということは、最初から標的は王太子候補たちではなく、その貴族だったとも言えるのではないか。特定の候補者を狙ったわけでも、候補者全員を狙ったクーデターでもない、意味不明な襲撃。
「まさか、投票前にこんな非常事態が起きるなんて聞いていないですよ……?」
「レリアが扉を開放しなかったら、最悪の事態を招いた可能性がある。」
「ジスランこそ……あなたの祝福はこんなときに本当に頼りになります」
「……いや。」
ジスランは短く応じると、二回瞬いた。これは、任務に関して重要な共有事項があるときの揺らぎである。
(どうしたのでしょう)
視線だけで問いかけると、ジスランは窓から外を覗いているウィリアムを視線だけで指し示した。
(ウィリアム様に何か……?)
ここで話さないことを考えると、おそらく本人には秘密にしたいことなのだろう。あとで話を聞こう、と心に決めたところで、事件について情報収集に出ていたイヴが戻ってきた。
「ウィリアム様、レリア。とんでもないことがわかった」
「何がわかったんだ?」
ウィリアムに促されたイヴの顔色は焦りで蒼く見えた。
「大変です。先ほど、候補者の間で殺されたのは、ドラード伯爵――ユノ荒野で邪神の覚醒に手を貸したと思われていた男でした」
「!」
全員に緊張と驚きが走る。
(ユノ荒野の事件――確かにあれはおかしかった。私が封印した邪神がたった三年で出てきてしまったんだもの。最初は私の力不足だと思っていましたが、なんだかきな臭くなってきましたね)
王太子選が始まる直前のタイミングで、エルランジェ公爵家に降りかかった災難。決定的な証拠こそ掴めていないものの、あの事件は誰かの手引きによるものである可能性が非常に高いに違いなかった。
イヴは蒼い顔のまま続ける。
「現場検証の結果、最初に放たれた白い攻撃魔法の標的は彼だったと思われます。つまり、彼は私たちが防御結界を張る前に、恐ろしい魔法によってすでに殺されていた。つまり、彼を狙ったのは相当な手練れです」
レリアは話を聞きながら、ユノ荒野での邪神との戦いを回想する。
『私を助けてくれた人がいたのよ。封印されている私の気配を辿って、ここまできてくれたの。私に人間の魔力を与えて、実体化させてくれた。後は、時間が経って姿が安定するのを待てばいいだけの状態にしてくれたの』
邪神はこう言っていた。人間とはなんの利害関係もなく、嘘をつくことがない邪神が言っていたのだから、間違いなく本当のことなのだろう。
そしてユノ荒野近辺では、近隣に領地を持つドラード伯爵家のものらしき馬車が目撃されていた。さすがに馬車に家紋はなかったものの、御者の身体的特徴などがドラード伯爵家に仕える者の特徴にそっくりで、彼らの関与はかなり濃厚だと見られていた。
(ただ一点だけ気になることがあったのですよね。それは、周辺の村や街を管轄する貴族からは、邪神討伐のお礼状が届いたにも関わらず、ドラード伯爵家からは何もなかったということです。つまり、ユノ荒野の件に無関係だとアピールすることすらしなかった)
わかりやすい宣戦布告とするのならそういうこともあるかもしれない。けれど、王太子選はまだ始まったばかりだ。エルランジェ公爵家に正面から喧嘩を売って、自分たちが犯人だとアピールするメリットは一体なんなのか。
ふと、ウィリアムの整った横顔が視界に入る。王太子選で有利に立ち回るため、自分に迷いなく再婚を申し込んだ元夫の横顔だ。そこまで思い浮かんで、途端に閃く。
「――あの、もしかして。ドラード伯爵家もスケープゴート……だったりします?」
「は?」
怪訝そうなウィリアムにレリアは繰り返す。
「ウィリアム様が私に偽の再婚を申し込んだように、ドラード伯爵を動かして邪神を目覚めさせようとした真犯人がいるのでは。そして用済みになったから消したと」
仮にそうだとすると、レリアが疑問に感じていたことにも説明がつくのだ。
(あの荒野に邪神を封印したことを知っているのは、王国庁の組織の上層部の方々と、組織の一部が支援を頼もうとした軍部のごくわずかな方だけ!)
その条件に一致するのは誰なのか。
(あまりにも大勢いすぎて、全く絞りきれません)
レリアが考えを巡らせる一方、ウィリアムはイヴに問いかける。
「ユノ荒野に出入りしていたと思われる、ドラード伯爵の手先の動向は掴めているか?」
「……いえ。邪神を討伐した翌日以降、捜索に引っかかりません……」
「なるほど。さっきのあれで、全員消されたということか」
緊張感に満ちたウィリアムの声音が、レリアたちの間に不気味にと響いたのだった。




