悪事の露呈
アルトワ侯を子供扱いするような口調と、冷静な声音が響く。
不思議と人を惹きつけるその風格と声音は、生まれついての統治者のものだ。いつの間にか、父と兄以外の周辺の人々もこちらに注目している。
避難の混乱の中でも興味を引くほどの異様な空気のなか、レリアのすぐ隣まで歩いてきたウィリアムはもう一度繰り返した。
「水に流すというのは、赦しを乞う立場の者が使っていい言葉じゃない。そうだろう?」
「エルランジェ公爵閣下……これは、その」
しどろもどろに応じかけた父親の言葉を、ウィリアムは有無を言わせない空気で遮った。
「それ以前に、彼女は私の妻だ。それでいて、彼女は祝福を持ち、王国に認められた存在だ。エルランジェ公爵夫人の後ろ盾は、我が公爵家だ。家格も能力も劣る家が、傲慢に接していい相手ではないな」
一見すると冷静に見えるが、ウィリアムの言葉選びはアルトワ侯爵家への強烈な批判そのものだ。しかし父親は食い下がる。
「ですが、前回の結婚はうちが許可を出しましたが、再婚については何も聞いておりません。ご存じでしょう、結婚には家長の承諾が必要だと」
「父上、もうおやめください。これ以上反抗してはうちの立場が」
自分の力では王太子選の護衛を務めきれないこと、そして祝福のないアルトワ侯爵家には以前ほどの立ち位置を保つことができないとわかっているらしい兄が蒼い顔をして止めに入った。
けれど父は止まらず、顔を真っ赤にして続ける。
「黙れヘクター! 元はと言えば、お前が祝福を持って生まれなかったにもかかわらず、妹に悪さをして家を追い出したりするから」
「⁉︎ 黙認してきた父上が言っていいことでは⁉︎ それよりもうちの立場を考えてください!」
「十分に考えている! お前よりもずっとな!」
父子喧嘩を始めてしまった二人に、ウィリアムは軽蔑の瞳を向けた。
「……“祝福を持って生まれなかった”か。聞き捨てならない言葉が聞こえたな。ルモワーヌ公爵陣営はご存じなのか?」
「「あっ」」
二人が揃って口を押さえる。そして、ウィリアムはさらに重ねるのだった。
「俺が王太子の座についたら、六年前にアルトワ侯爵家で起きた殺人について、もう一度徹底的な捜査を命じるだろう。お前たちは証拠を隠滅したつもりかもしれないが、人の口に戸は建てられない。王太子権限で捜査されることの恐ろしさを覚悟しておくんだな」
「「……!」」
アルトワ侯爵家の二人が縮み上がった一方で、へクターが所属しているルモワーヌ公爵家の陣営からは、不信感をあらわにした声が上がり始める。
「今の話はどういうことだ?」
「祝福がないってお前⁉︎」
「今のは、その……誤解だ」
おろおろと答えるヘクターと呆然とした顔でそれを見つめている父親に、レリアは静かに背を向けた。もうこれ以上関わる必要はないのだと、不思議な感覚に包まれる。
(アルトワ侯爵家は、お兄様が祝福を持っていると偽装し周囲に思い込ませることで、今の立場を維持していましたから……嘘だったことがバレたら相当まずいでしょうね。祝福を持つ人間を多く輩出する家で一目置かれてきたのに、その中の一つが嘘だったのですから)
母親を殺されたこと以外での憎しみの感情はなかったはずなのに、憑き物が落ちたような気持ちだ。
(ですが、アルトワ侯爵家が没落しても、お母様が戻ってくるわけではないわ)
怒りと悲しみと安堵が胸の中でぐるぐると混ざり合っている。この気持ちをどう表したらいいのか、まったくわからない。
けれど、今わかっている気持ちが一つだけある。レリアはウィリアムに一歩近づくと、青い瞳を覗き込んだ。その中に、不安そうな表情の人間が映る。それが自分だと気がついて、レリアは一瞬驚いた。それから口をひらく。
「ウィリアム様、このような中で助けに来てくださってありがとうございます」
「……だから」
ただお礼を告げただけで、レリアは何もおかしなことを言っていないはずだった。それなのに、ウィリアムはなぜか苦渋に満ちた表情でレリアを見つめるばかり。
「だから、自分を粗末に扱うなと言っている。妻を守るのは当たり前のことだ」




